お風呂入ったし、歯も磨いたし、パジャマに着替えたし、日記も書いた。
 今日やること全てを終わらせて、私は自室のベッドの上で正座していた。
 じーっと見つめる1点は、私の膝の前にある携帯。

 そろそろなんだけどな。

 と思った瞬間、ちかちかとランプが光った!
 着メロが流れるよりも早く、私は携帯を取り上げて通話ボタンをプッシュ!

「もしもし佐伯くんっ? 今日もお疲れ様!」
『お前、また携帯の前で正座して待ってたのか?』

 珊瑚礁閉店時間から1時間後。
 いつものようにかかってきた電話の相手はもちろん佐伯くん。
 呆れたような声してたけど、疲れはなく元気そうだったからほっとした。



 65.電波に乗せて



「今日はどうだった? お客さん多かった?」
『コーヒー飲みに来る客はいつもどおりだったけど、今日はケーキの予約に来る客が多かったな。ミルハニーもそうなんだろ?』
「そうだね。パパが一年に一番腕を振るう時期だもん。珊瑚礁に負けないからねっ!」
『ほーう。から宣戦布告とはいい度胸だ。負けたほうはチョップの刑だからな」
「いいよ? どうせチョップするのもされるのもパパだもん」
『じゃあこっちもじいちゃんがするのか?』
「……あんま意味ないね、ソレ」
『意味ないな』

 電話口から佐伯くんの笑い声が聞こえてくる。

 季節は真冬の12月。ここ最近、私と佐伯くんは珊瑚礁の片付けが終わったくらいの時間に、こうして電話している。


 実は私、珊瑚礁に行けなくなっちゃったんです。
 原因はやっぱりあの文化祭での一件。私、すっかり佐伯くんのファンの子たちに目ぇつけられちゃったんだよねぇぇ。とほほ……。

 文化祭が終了したあと、いつも以上に学校では佐伯くんに近寄らないようにしようと思ってたんだけど。
 近寄るも何も。文化祭明けから、佐伯くんのファン、っていうか親衛隊? が、私の行動一日中監視してるんだもん!
 一番最初は、ドンッ! て肩ぶつけられたりもした。
 だけどたまたまその時竜子姐と密っちが一緒にいて。二人が一睨みしてくれたお陰で、それ以来暴力的なことはされてないけど。

 びっくりしたよ! 家までついてくるんだもん!
 もうアレだね。佐伯くんを守るためならアフター5も厭わない! ってカンジですごかった。

 そんな状態で珊瑚礁に行けるわけなくて。

 私は部屋に戻ったあと、佐伯くんに事の次第を伝えて、アルバイト休業状態に入ってしまったのだ〜。

「ホンッットごめんね! これからが忙しい時期なのに!」
『だからお前、いっつも先に謝るなって言ってるだろ? ……ごめんな、

 あの時の佐伯くん、電話口の声がすっごく辛そうだった。


 まぁ、ファンの子の私ストーカーにはちょっと勘弁してよ〜とは思うものの、佐伯くんの学校生活のことを考えたらバイトのことは仕方ないかなって思うし。
 大体、佐伯くんが悪いんじゃないんだし。そのことについて佐伯くんが落ち込んじゃうのは私も嫌だ。

 でもでも、学校でも話せないし珊瑚礁にも行けないしって。
 いくらなんでも寂しいなぁ……って私がぽろりと言ってしまった翌日から。

 佐伯くん、いっつもこの時間に電話してきてくれるようになったのだ!
 私だけの特別サービスだもんね! 卒業までの時間くらい平気で我慢しちゃうのだ!

『じいちゃんも最近は元気だし、店のほうは問題ないから』
「そっかぁ。よかったよかった。それでね? 佐伯くーん」
『だめ』
「ちょ、まだ何にも言ってないのにっ」
『お前が猫なで声出すときはロクなことない。お小遣いなら足りてるだろ?』
「もー、お小遣いの催促じゃないよお父さんっ!」

 私は口でぶーぶー言いながら机に手を伸ばす。
 手に取ったのは数学の教科書。

 そう! 季節は最後のテスト週間! 明後日にはテストが始まってしまうのだ!

「あのねっ、数学の教科書の102ページ目のねっ」
『やっぱりそれか。家庭教師料、分給1000円出すなら教えてやってもいい』
「高ッ! てゆーか時給じゃなくて分給!? 破産するっ! 破産するー!」

 ばふん! とベッドに寝転んで足をじたばたさせても、佐伯くんに見えるわけじゃなく。

 ううー……実は今回の期末、ピンチなんだよね……。
 一流大学狙いは全く変わってないんだけど、1学期の期末がちょっと、っていうかかなり悲惨な結果だったから。
 今日、いつもの素敵スマイルを浮かべた若王子先生がさっくり一言。

さん、この成績だと一流大学はちょっと厳しいです。でも、先生はさんを信じてますよ?」
『……それ、若王子先生のマネか?』
「今回のテストで10番台くらいを狙わないと、本番厳しいって……」

 あうー、と呻いて枕にばふんと顔をうずめる。

『日頃の行いの差だな』

 ふふん、と鼻で笑う佐伯くん。携帯越しでもその意地悪い笑顔が目に浮かぶよう。

 私は携帯をハンズフリーにして、突っ伏したままごろんと頭だけ横に向けた。

「ホントだよねぇ……。佐伯くんはあんなに忙しい毎日送ってるのに、きっちり勉強やってるんだもんね」
『時間できたんだし、少しは勉強したらどうだ?』
「なんか佐伯くんの電話が待ち遠しくて、勉強に身が入んない〜……」

 ごろごろ。
 私はついでに手足を思いっきり伸ばしたり、えびぞりしたりとストレッチ。

 ……あれ?

「もしもーし、佐伯くん?」

 おや? なんかいきなり返事がなくなっちゃったんだけど。
 私は慌てて携帯を引き寄せて電波を確認したけど、ちゃんと3本立ってるよ?
 ハンズフリーモードから通常通話に切り替えて、私は携帯を耳に当てる。

「佐伯くん、聞こえてる?」
『……あのさ、
「あ、なんだ通じてるじゃん。どうしたの? 急に黙り込んじゃって」
『明日、なんか予定あるか?』
「明日?」

 いきなり話題を変えた佐伯くん。
 私はごろんと寝返りをうって、壁のカレンダーを見た。

「ううん、なんにも。どうかしたの?」
『そっか。なら、明日勉強見てやる』
「へ?」

 予想外の言葉に、私は上半身を起こして、意味もなく正座したりなんかして。

「え、でもさ、大丈夫かな?」
『見張りのこと言ってんのか? さすがに休日まで張り込みはしないだろ?』
「いや、わかんないよー? なんかもう、あの子たちの佐伯くんにかける情熱ハンパないもん。あ、ねぇねぇ、佐伯くんってやっぱりあの取り巻きの子たちに告白されたりしてるの?」
『そういうのをストーカーって言うんだ。はそういうのやりそうだよな』
「ひどっ! そ、そりゃあスーチャの出待ちとかはしたことあるけどさぁ……」

 だからってストーカーと一緒くたなんてひどくないですかっ!
 ぶちぶちと言葉にならない文句を口の中でつぶやいていたら、佐伯くんが咳払いひとつ。

『だったら明日、隣町の図書館で待ち合わせしよう。場所わかるか?』
「隣町のって、あのおっきな専門図書館? ちょっと遠くない?」
『遠いからいいんだろ? 見つかる心配も少ないし』
「そりゃそうだろうけど……。佐伯くん、自分の勉強いいの?」

 佐伯くんの邪魔になんないようにって思って、今電話中に聞いちゃおうと思ったんだけどな。

 だけど佐伯くんは、またしばらく押し黙ったかと思えば。

『……お前、オレに会いたくないのかよ?』
「ぎゃふんっ!」
『今時ぎゃふんって本当に言うヤツいるかっ!』

 いや! 突っ込まれたって気にしない!!

 もうもうもう、超可愛いよ佐伯くんてば!
 お前、オレに会いたくないのかよ? だって!
 会いたいに決まってるじゃないデスカー!!!

「行く行く行く! もう駆けつけちゃう! 恋の翼でひとっ飛びー! なんちゃ」
『来んな。来なくていい。まだ約束してない』
「がぁんっ! せめて最後まで言ってから突っ込んでよー!」

 一気に氷点下の口調でざっくり言い切った! 
 うん、でもこれでこそ佐伯くん。これが出てるうちは元気な証拠なんだよね。私は痛いけど! とほほ……。

「うう……明日は隣町の図書館で待ち合わせしてください佐伯サマ……」
『そこまで言うなら、行ってやらなくもない。ミルハニーのケーキ持ってこいよ?』
「あ、うん! あの図書館飲食スペースあったもんね。じゃあ佐伯くんははちみつミルク淹れて来てね!」
『おっけー。じゃあ、明日な』
「うんっ」

 私は元気よく返事して。

『…………』
「…………」
『先、切れよ』
「あー、うん。佐伯くんこそ」
『オレはいいんだ』
「私だっていいもん」
『…………』
「…………」
『なぁ、まだ時間あるならさ』
「うん、もうちょっとだけ」

 なーんて、なーんて!
 我ながら甘酸っぱいなぁぁ! と思うやりとりも毎度のことだったりして!

 なんていうか、ね。
 佐伯くんと付き合うってことはいろいろと障害があるんだけど。
 なんかむしろ前よりラブラブ? かもしれないんだな!

 学校でのことなんか、全然平気。私は佐伯くんが元気でいられるならそれでいいもん。

 な、なにより佐伯くんと卒業後も一緒にいるために、まずは勉強しなきゃいけないんだし! むしろこの状況は願ったりかなったりだもん!

 ……ってことを佐伯くんに悟られちゃったらまた落ち込んじゃうだろうから、表には絶対に出さないようにして。
 私は久しぶりのデート(テスト勉強だけどね!)に思いを馳せながら、残り少なくなった今日という時間を、佐伯くんと楽しくおしゃべりしながら過ごしたのでした!

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