最後の文化祭が幕を開ける。
 私たちのクラスは華々しさには欠けるけど、誰もが楽しめる展示になったって思ってる。
 だって、ほら!
 開幕早々、3−Bは満員御礼!



 63.文化祭 当日



 展示は喫茶店と違って当番がほとんど必要ないんだけど、それでも会場の管理保全で一応のローテーションはある。
 私はみんなにお願いして、学園演劇の始まる午後ではなく午前中のシフトにしてもらっていた。

 教室内は女子を中心に1年生から3年生まで、はたまたはば学やきら校といった他校生までもが楽しそうに写真に書き込みしてる。

 そんな中、ひときわ黄色い声が目立つのは。

「ねぇねぇ、この佐伯くんの写ってる写真欲しいんだけど!」
「欲しい写真がある人は、写真の横の番号を控えて奥の出力サービスカウンターに行ってください!」
「あ、ちょっと待って! この体育祭の写真も良くない?」
「これ若サマとツーショット! これもこれも!」

 予想通りの佐伯くんと若王子先生のファンだったり。
 あーあ、すっごい熱気。
 会場整理をしてるチョビっちょとヒカミッチも大変だ。

 なんてことを考えてる私は出力カウンターの係なんだよね。今はぱるぴんや他のクラスの子たちと当番なのです。

 と、そこへ。

「押忍っ、先輩っ!」
「あまっちょいらっしゃい! 後輩たちの写真収集に協力してくれてありがとね!」

 にこにことやってきたのは、相変わらずラブリーな笑顔を見せてくれるあまっちょだった。
 3年生の写真はクラスメイトを中心に簡単に集まったんだけど、下級生の写真は部活に所属してた人たちが後輩たちに頼んだりして集めてた。
 でも、やっぱり3年生分と比べても集まりが悪くて。
 そんなとき、任せてください! って。どこで聞きつけたのかあまっちょが申し出てくれて、音頭をとってくれたのだ!

「今見て廻ってきましたけど、結構お宝写真が多いんですね。出力依頼って、やっぱり佐伯先輩や水島先輩が多いんですか?」
「そうそう! 男子と女子の一番人気だね。あ、でもあまっちょの写真が欲しい〜って子もさっき何人か来たよ?」
「え、僕のですか? うわ、なんか照れちゃうな」

 あまっちょってばハニカミ王子になっちゃって。
 もちろんちゃんも、はね学イケメン名簿の上位ランク者の写真は既に確保済みだから、あまっちょのお宝写真もゲット済みだったりするけどね!

「そういえばあまっちょ、ここに来たってことは写真の出力依頼?」
「そうなんです! お願いできますか?」

 そう言ってあまっちょは両手で丁寧にメモ用紙を差し出してきた。
 でもでも、その問題発言に出力係の女子が一斉に集まってくる。

「えーっ、なになに天地くん、気になる女子とかいるの?」
「やだーっ、はね学ミニプリに恋の予感?」

 だよね、だよね? 気になるよね?
 私たちはきゃあきゃあ言いながらあまっちょのメモに書かれた番号と、出力許可写真のリスト番号を照らし合わせていって。

 どきどきが、別の意味のどきどきに変わったのは、あまっちょの依頼した写真5枚全部を確認し終えたあとだった。
 私たちは笑顔を貼り付けたまま、あまっちょを見つめて。
 対するあまっちょは、可愛く首を傾げたりなんかして。

「あれ? もしかして出力不可の写真がありましたか?」
「う、ううん、大丈夫なんだけど……。あまっちょ、これさぁ……」
「はい、なんですか?」

 私たちは一度顔を見合わせてから、もう一度エンジェルスマイルのあまっちょを見つめた。

「これ全部、志波っちょの写真だけど……間違いない?」
「間違いありません! 僕、野球の応援の時はいつも応援部席で動いてたから一枚も写真撮れなくて。こんな機会を設けてくださって、ありがとうございます! 押忍っ!」

 ほのかに頬を染めながらはにかんでる姿は、もうもうめろめろな可愛さなんだけど。

「あ、あー、ほら。あまやんって志波やんのこと尊敬しとるやん! だからや!」
「そう、そうなんだよ! いいなぁ志波っちょ! こんな可愛い後輩に崇拝されてるなんてー! なーんて……」

 私とぱるぴんがとりあえずそう言って丸く収めようとしたんだけど。
 集まったクラスメイトたちは、なにかを悟ったかのようなぬるい笑顔を浮かべていたのでした。あ、あはは……はは。



 お昼が近づいてきて、私は当番を終えて。
 ますます賑わってきた教室をひとまず飛び出して、大きく伸びーっ!
 それからおっきな校内案内図のある正面玄関へと足を向けた。

「さてとっ。どこからまわろうかなぁ。その前に、誰か捕まえなきゃ」

 一人で文化祭まわってても退屈だもんね。
 くーちゃんと密っちはクラブ展示や発表準備で忙しいだろうし、学園演劇本番を控えてる佐伯くんとあかりちゃんも駄目でしょ。さっき一緒に当番を終えたぱるぴんはハリーのライブ応援に駆けつけちゃったし、同じくヒカミッチとチョビっちょは生徒会に急いで戻ってったし……。水樹ちゃんはファッションショー準備で、リッちゃんは……多分どこかでお昼寝中。
 ということは、狙い目はおいしいものレーダーの志波っちょか、恐らく一人で文化祭を見てまわってるだろう竜子姐!

 文化祭期間中は校内で携帯使っても怒られないもんね。
 私はまず竜子姐の番号を呼び出して。

「……あれ?」

 正面玄関まで辿り着いたとき、見覚えのある人が校内案内図に顔を近づけているのが見えた。
 おなじみのパーカーに緑のエプロン、それに特徴あるつんつん頭。

「あ、真咲さん!」
「ん? お、か! ちょうどいいトコに来たな!」

 珊瑚礁にもいっつもお花を届けてくれる、花屋アンネリーの真咲さんだ。
 真咲さんは私に気づいて、ぱっと笑顔を見せてくれて。私もちょこちょこと側まで駆け寄った。

「こんにちは! エプロンしてるってことは、お仕事中なんですか?」

 一瞬、幼馴染らしい志波っちょやリッちゃんに誘われたのかな、とも思ったんだけど。
 そう尋ねたら、真咲さんはとほほ〜と肩を落として大きくため息。

「そうなんだよ。リツカやセイから文化祭のことは聞いてたんだけどよ、店長がどうしてもっつーんでシフト入ったわけ。はなんだ? 一人か?」
「今から友達と合流しようかなーってところです。あ、私の今日のクラス当番はちゃんと終わらせましたよ?」
「ん、エライエライ、二重マル! は働きモンだな」

 そう言って、おっきな手でわしゃわしゃ私の頭を撫でてくれる真咲さん。
 あーもう幸せー! なんてこと言ったら佐伯くんにチョップくらっちゃうからおおっぴらには言えないけど。

「で、だ。ちょっと時間あるなら案内してくんねえか? 学園演劇で使うらしい花の宅配に来たんだけどよ、肝心の届け先をメモし忘れちまって」
「いいですよ! 多分学園演劇用控え室でいいと思います。化学室じゃないかなぁ」
「げ、今年の学園演劇の顧問、若王子かよ! 大丈夫かぁ?」
「大丈夫です。今年の主演はあかりちゃんと佐伯くんですから!」
「ああ、それはセイから聞いた。人魚姫で主演が珊瑚礁スタッフなんて出来すぎだよなぁ」

 真咲さんは傍らに降ろしていたバラやユリの花束をひょいっと持ち上げて、私の後をついてくる。

 案内するって言っても真咲さんもはね学の卒業生だし、結局私のしたことと言えば道すがらのおしゃべり相手だけだったような気もするけど。

「ちわーっ。花屋アンネリーです。ご注文の花をお届けにあがりましたーっ」

 たどりついた化学室の前で真咲さんは声を張り上げた。
 化学室の入り口には『関係者以外立ち入り厳禁!!』と筆文字でかかれた紙が何枚も貼られてて。
 佐伯くん見たさに女子がしょっちゅう押しかけてたんだろうなぁって、一発でわかる雰囲気になってた。

 で、私はと言うと。

 中に入れるのは真咲さんだけだろうから、ドアが開いた瞬間に中の様子を伺ってやろう! と思って、現在おっきな真咲さんの背中に隠れてる最中なのであります!

「ちゃーんと隠れとけよ? 、中見れるのは一瞬だけだろうけどな」
「ご協力感謝しますっ、真咲さん!」

 持つべき物は、話のわかる先輩だ!

 しばらくして、ゆっくりと化学室のドアが開く。
 開けたのは若王子先生だ。

「や、真咲くんお久しぶりです。お花の配達、ごくろうさまでした」
「本当に若王子が顧問かよ……。ちゃんと指導できてんのかぁ? あ、この伝票にサインお願いしますっと」

 いつもののほほん笑顔で真咲先輩からバラの花束を受け取った若王子先生(微妙にハマってるかも)。真咲先輩は若王子先生の空いた手にボールペンを握らせて、伝票を差し出して。

 今だ!

 私は真咲さんの背中から、ひょこっと顔を覗かせて中の様子を伺った。

 わ、人がいっぱい。台本を読んでる人や、メイク道具を持って走り回ってる人もいる。
 そんな中、窓際の奥で佐伯くんとあかりちゃんが並んで座っているのが見えた。
 額を寄せ合うようにして、台本の確認をしてるみたいだけど……。

 なんか。
 やっぱりあの二人って美男美女っていうか、見てて華があるっていうか。
 二人一緒にいるのが、すごくサマになって見える。

 ……今の私が佐伯くんの隣にあんな風に一緒にいたら、傍から見ててあんなふうにしっくり見えるのかな。

 なんて、ちょこっと卑屈なこと考えてたら、顔をあげた佐伯くんと目が合っちゃった。
 あは、びっくりしてる、びっくりしてる!

「あ、コラ! さん、覗き見はブ、ブーですよ?」
「見つかっちゃった! ごめんなさーい」
「ははっ、やっぱすぐに見つかっちまったな、! そんじゃサインも貰ったことだし、学園演劇がんばれよ、若王子っ」

 若王子先生に見つかって、小さい子を叱るようにメッと怒られて。
 肩をすくめた瞬間、佐伯くんがニヤリと笑って口パクで「バーカ」と言ってるのが見えた。なんですとー!!

 でも反論する間もなくドアは閉められちゃって。
 うーん、後は上演までのお預けかぁ。

「さてっと」

 真咲さんが腰に手をあてて私を振り返る。

「いろいろ見てまわりてーけど、残念ながら真咲おにーさんはここで退場だ。、文化祭楽しめよ?」
「はいっ。あ、じゃあこれあげますよ、はね学饅頭引き換え券! 生徒会室前で交換できますから、貰ってってください」
「おっ、サンキュ! はホント気が利くな。よしよし、二重マル!」
「やった、ニ個目だ!」

 きゃほー! と両手を挙げて喜べば、真咲さんは眉尻を下げて苦笑い。

「お前なぁ……ま、そういうところがのいいとこなんだろうけどよ、少しは年頃の魅力っつーもんがないもんかね」
「がーんっ! ひ、人が気にしてることをっ!」
「おっと悪い! じゃあな!」

 真咲さんはぺろっと舌を出して、すたこらと走り去ってしまって。
 さ、最後にそんな台詞残していかなくても……!

 ううっ、いいもん、いいもん。今の私には色気より食い気のほうが合ってるもんっ。
 というわけで目標変更! 演劇上演時間までは、志波っちょを誘っておいしいものジャーニーに決定!

 すんっと鼻をすすりあげながら、私は携帯を取り出したのでした。



 そして。再び場所は正面玄関前。

「……あ。ユキっ! こっちこっち!」

 うろうろうろうろと、熊のようにいったりきたりを繰り返していた私の視界に、ようやく待ちわびてた人物が飛び込んできた!
 髪を振り乱して、はあはあと大きく息をしながら駆けて来るはば学の青いブレザーを来たユキ。
 学園演劇上演7分前! 整理券もあるし、今なら間に合う!

、ごめん! 電車が遅れて」
「いいよいいよ! それより急ごう! 始まっちゃう!」

 私は呼吸を整える時間も与えずに、ユキの腕を掴んでひっぱった。

 体育館前はもう黒山の人だかりで、整理券を持ってない子たちがなんとか佐伯くんを見ようと潜りこもうとしてひしめきあってて。
 私とユキはそんな殺気立つ女子の横から整理券優先通路を通って、体育館内へ。
 学園演劇実行委員の腕章をした生徒に案内されて、中列目の一番端の席に通された。

「あちゃ、端っこかぁ……。仕方ないよね、もう時間ギリギリだもん」
「うん……」

 隣に座ったユキは落ち着かない様子であたりをきょろきょろと見回してる。

「ユキ、緊張してるんでしょ」

 わざとからかい口調で言えば、ユキはちょっとだけムッとしたように顔をしかめて。

「当たり前だろ?」
「はいはい。演劇見て覚悟決めたら、ちゃんと今日中に仲直りしてよね。あかりちゃんってはね学で人気あるんだから。今までフリーだったのが不思議なくらいなんだからね!」
「わかったって……」

 いつもの毒舌返しもなく、ホントにテンパってる様子のユキを見てると、なんだかもうこっちまでどきどきしてくるというか。
 ユキは一度大きく深呼吸したあと、キッと真剣な眼差しでステージを見つめた。

「昨日のうちに、覚悟決めてきたんだ。きっと最後のチャンスだって。結果がどうなったって、僕はちゃんと海野と話をして、気持ちを伝えるよ」
「その心意気っ! さすが赤城くんっ! 天下のはば学生徒会っ!」
「あのなぁ……人が真剣になってるときに茶化すなよ。の悪いクセだぞ」

 呆れた視線を向けてくるユキだけど、余裕がそれだけあるなら大丈夫だよね。
 がんばってね、ユキ。本当に、心の底から応援してるから!

 やがて体育館の照明が落とされ、上演合図のブザーが鳴る。

『これより、羽ヶ崎学園、学園演劇を行います……』

 放送局による上演のアナウンスのあと、ステージを覆っていた緞帳は静かに上がっていった。


 人魚姫はアンデルセンの童話。悲しい物語だけど、ほとんどの人がとても小さい頃に聞かされたお話だと思う。
 子供の頃に聞かせるお話なのに、どうしてハッピーエンドじゃないんだろう? って思ったのは最近のこと。

 人魚姫の衣装を着てステージに登場したあかりちゃんを見た瞬間、ユキの息を飲む音が聞こえた。
 でも、それはユキだけじゃなくて。
 あかりちゃん、もちろん舞台用のメイクもしてるんだろうけど、本当に綺麗だったんだもん!
 まさしくうたかたの恋に生きた人魚姫そのものってカンジ。

 なんたって、人魚姫が人間の足を得て立ち上がったシーンなんか、思わず観客席から拍手が沸いたくらいだもんね!
 ユキも一心不乱に拍手してた。これはもう、完全にやられちゃったね!

 ……まぁ、王子衣装に身を包んだ佐伯くんが登場したときは、そんなの比べ物にならないくらいの声援、っていうか絶叫が飛んだけど。
 あ、あれかぁ……佐伯くんが心底嫌がってたレースひらひらの王子衣装……。

 なんて客観的に舞台を見ていれば、ステージ上は早くも王子の婚約発表の舞踏会に突入。
 王子は嵐の夜に助けてくれたのが人魚姫だとは知らずに、声を失った人魚姫を妹のように可愛がって。
 この舞踏会でも、人魚姫の手をとりダンスをするシーン。

 このダンスシーン、何度やってもうまくいかないって。珊瑚礁が閉店したあと、練習につきあったこともあったっけ。
 佐伯くんよりもマスターのほうが上手に踊れて、見本見せてあげるーって二人で踊ったときは、佐伯くんの眉間のシワが志波っちょみたいになったんだよね! ふふふ。

「ああ、私はなんと幸せなのだろう。あの嵐の日に助けてくれた姫と、こうして結婚できるとは。君も、私の結婚を祝福してくれるだろう?」

 佐伯くんの王子としての台詞に、あかりちゃんは心底悲しい目をしながらも微笑んで。
 王子様を助けたのは人魚姫なのに。あのお姫様じゃないのに。声が出せないから、誤解を解くこともできない人魚姫の心情が、あかりちゃんの無言の演技からひしひしと伝わってくる。

 まさに迫真の演技。すごいなぁ、あかりちゃん……。

 学園演劇でまさかこんな熱演が見られるとは思ってなかった私は、ちょっとジーンときてたんだけど。

 突然。

 がたっ

「……ユキ? どうしたの?」

 隣に座っていたユキが立ち上がった。驚いて見上げれば、ユキは俯いたまま口を真一文字に結んでいて。
 くるっと踵を返したかと思えば、ずんずんと出口の方へ行っちゃって!

「え!? ちょ、ユキ!?」

 大声を出すわけには行かなくて、私も慌ててユキを追いかける。

 なんで? いきなりどうしちゃったの!?

 ユキはそのまま体育館を出て行っちゃって、正面玄関まで来たかと思えば、靴を履き替えだして。

「ちょ、ちょっとユキ! どうしたの!? 続き見ないの!?」
「……

 慌てて私も靴を履き替えて、玄関の外に出て行ったユキを追いかけると、ユキはくるっと私を振り向いた。
 その表情は今にも泣きそうなというか、疲れきったというか、憔悴しきった表情で。

「正直に答えてくれよ。あの王子役、確かのバイト先のヤツだよな?」
「う、うん……そうだけど」
「海野も昔バイトしてたところだよな、珊瑚礁って」
「そうだよ。でも、それがどうしたの?」

 ユキの言わんとしてることがわからなくて聞き返せば、ユキは一度ぎゅっと下唇を噛んで。
 ぱっと顔を上げたときには、思いっきり無理をした笑いきれてない笑顔を浮かべていた。

「そうだよな! 半年も時間が立ってるんだもんな。当然だよ、そんなこと」
「そんなことって、一体なに? どうしたのユキ」
は気づかなかったのか? 気ィ遣いのわりに結構鈍いよな、も。あの二人、付き合ってるんだろ?」


「…………は?」


 え、ちょ、あの、赤城さん。
 なんですか、ここでお得意の早とちりしちゃうんですか、アナタ。
 ていうか、今見てたの演劇だよ!? 演技だよ演技!
 なんで架空のシチュエーションの演技でいきなり二人が付き合ってるって発想になっちゃうわけ!?

「ユキ、あの、少し冷静に」
「今の見ただろ? 演技とは思えない真に迫った演技だったろ!? 素人役者が、あんな演技できるわけない!」
「いや出来ちゃうところがデイジースキルっていうか……とにかくそれはない! 絶対ないってば! また早とちりして勝手に決着つけちゃだめだよ、ユキ!」
「じゃあ本人に聞いてみろよ! とにかく僕はもう海野と話すことなんてない。なにもかも、遅かったんだ」
「だーかーらー!」

 ああもう! ユキってばこの意地っ張り頑固なとこがなかったら完璧なのに!
 私は帰ろうとしたユキの目の前に立ちふさがって、その両手を掴んで。

「違うってば! 勝手に人のカレシを他の子とくっつけないで!」

 ちょっとキツ目に言えば、私を押しのけて帰ろうとしていたユキの足が、ようやく止まった。
 止まったんだけど、今度は目も口もまん丸にぽかんと開けて私を見下ろして。

「え……?」
「だからっ、佐伯くんと付き合ってるのは私なの! ちなみに二股かけるような人じゃないんだからね、佐伯くんは!」
、の? え、って」

 ぱちぱちと目を瞬かせて、ユキは唖然とした様子で私を見つめて。
 言葉が出ないってカンジで、そのまま黙り込んじゃった。

 もう、世話の焼けるっ。

「だからあかりちゃんはきっと、今でもユキのこと待ってるよ。ね、ユキ。体育館に戻ろう?」
「…………」

 私は呆然としてるユキの腕を掴んで、再び体育館へと戻って。
 でも、観覧人数が人数だから、再入場はできませんって断られちゃって。

 仕方ないから私はユキを立ち入り禁止の屋上へと案内した。
 ……あ、立ち入り禁止なのに、来てみればカップルだらけ。やだなぁ、みんなして文化祭デートしちゃってさ。

、ここ立ち入り禁止なんだろ? こんなトコ来てどうするんだ?」
「ユキはここであかりちゃんを待ってて。私があかりちゃんの携帯にユキがここで待ってることメールしとくから。あかりちゃんが来るまで、一歩も動かず待ってるんだよ!」
「あ、ああ、わかった」

 私のいい加減仲直りしてくれオーラに気圧されたのか、ユキは素直に頷いた。
 そして私は手早くあかりちゃんに屋上へのお誘いメールを打って……送信完了!
 ぱちんと携帯をたたんだ私は、くるっとユキを振り向く。

「ユキ、がんばってね。それから、ちゃんとあかりちゃんに謝るんだよ?」
「そうするよ。……、本当にありがとうな」
「親友のちゃんに大感謝しなサイ! じゃ、お邪魔虫はこれでっ」

 健闘を祈る! と一度強く握手したあと、私は屋上を後にした。

 1階まで降りて、化学室の方へ。
 もう学園演劇も終わった頃だし、あかりちゃんがメールに気づかなきゃ意味がないから、一言声かけておかなくちゃね。
 そう思って化学室近くまで来たら、ちょうど制服に着替え終えたあかりちゃんが飛び出してきた。

「わっ!」
「きゃっ! あ、ちゃん!? メール、今読んだよ!」
「よかった! ユキは屋上で待ってるから、早く行ってあげて?」
「うんっ」

 慌てて着替えたんだろうな。髪にくしは入ってないし、ケープのリボンもほどけたまま。教頭先生やヒカミッチに見つかったらはしたないって怒られちゃいそうな、優等生のあかりちゃんにはめずらしい格好で。

 あかりちゃんは、泣きそうな顔をしながら私に一度深々と頭を下げた。

ちゃん、本当にありがとう! 本当に、本当にっ」
「い、いいってば! ほらほら、早く屋上行ってあげて? あんな寒い中待たせてたらユキも風邪引いちゃうし」
「うんっ。行ってくる!」

 最後にとびっきりの笑顔を見せてくれたあかりちゃんは、勢いよく駆け出した。

 よかった、これであの二人はきっともう大丈夫。……ユキがいつもの余計な一言言ったりしなければ、うまくおさまるはず!
 あーもう、ようやく肩の荷が降りたってカンジだよ〜。
 私は左肩に手をやって、こきこきと首をならした。

 さてっと。この後どうしようかな? 気疲れしてお腹もすいちゃったし、あまっちょのクラスの喫茶店でも行ってみようかな。そろそろくーちゃんも展示当番終わる頃だろうし……。

 なんてことを思いながら、化学室前を通り過ぎようとしたとき、鉄の扉が開いて中から人が出てきた。
 出てきたのは、すっかりいつもの体裁を整えた佐伯くんだった。

「あ、佐伯くん! 演劇お疲れ様! カッコよかったよ、王子様!」
「お前……」

 ファンの子に見られても違和感ないように、テンション高く話しかけてみれば。
 なぜか、佐伯くんはものすごく不愉快なものを見たって顔で、私を見下ろした。

 あ、れ? ご機嫌ナナメ?

「ど、どうしたの?」
「なにがだよ。なにがよかったんだ? 最後まで見てなかったくせに」
「あ」

 うそ。
 佐伯くん、あんな明るいステージの上にいたのに、薄暗い観客席が見えてたの!? っていうか、私のこと見てたの!?
 どの辺りに座るかなんてわからなかったはずなのに。当の本人ですら知らなかったのに。

「アイツと抜け出して何してたんだ? お前ホント、いい加減にしろよ」
「ちが、私、ユキと抜け出したんじゃなくて」

 うわ、佐伯くん、誤解してる。誤解してるうえに、物凄く怒ってる!
 これはちゃんと説明しなきゃ。場合によっては、あかりちゃんとユキを呼び出してでもっ!

 冷たい視線で見下ろしてくる佐伯くんを見上げて、私は急いで理由を説明しようと、

 したんだけど。

さん! ここにいたの!? 大変よ!!」
「……え、密っち?」

 どたばたと血相変えて走ってきたのは密っちとぱるぴん。
 佐伯くんは相変わらず不機嫌そうな顔してたけど、ふいっと視線をそらす。

 なんだかただごとじゃない様子の二人は私の前まで走ってきて、大きく息を吐いた。

「ど、どうしたの二人とも……あのね、私ちょっとこれから」
「用事なんか後回しにせぇ! 大変なんや!」
さん、急いでついてきて!」
「え、ちょ、ちょっと二人とも、わ、あ、あ!?」

 もう有無を言わさず。
 私は二人に両脇を抱えられて強引に連行されてしまった!

 足をもつらせながら振り向けば、佐伯くんは変わらず不愉快そうな顔をしたまま、ガツンと壁を殴っていた。

 あああ、なんて最悪のタイミング……。



「それで、どうしたのぱるぴんも密っちも……」

 二人に連行されたのは2階の奥。新聞部の前だ。
 新聞部は文化祭の最中、リアルタイムで号外を作って壁新聞の形で情報を流してるんだよね。
 今日も朝から売り上げレース速報や、ファッションショー特集なんかを逐一張り出してた。

 でも、その壁新聞になんかあったのかな?

 そういえば、なんだか今までみたことないくらいの人だかりになってるような気も。

っ、アレ見てみぃ!」

 ぱるぴんが私の腕をぐいっと引っ張って、掲示板を指した。
 その指先には、文化祭壁新聞の最新号、が。



 なに、これ。



 私は一瞬呼吸することさえも忘れてしまうくらいの衝撃を受けた。

 だって、そこに書かれた記事の見出し。


『はね学の王子様の恋人発覚!? 王子は私のカレシ宣言をしたのは、同じクラスのさん!』


 その場にいた全員の視線が私に向けられるのを感じた。

さんっ……」

 心配そうな密っちの声が無音となった空間に響く。


 どこかで、何かが崩壊し始める音が聞こえたような気がした。

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