天高く、馬肥ゆる秋……。
 ついにやってきた、ちゃん本領発揮の文化祭ファイナルの季節!
 夏休みあけの新学期早々から、ハリーやぱるぴんやクラスのお祭好きの子たちと一緒に、着々と今年の文化祭計画を練ってたんだもんね。

 だけど。

 その気合入りまくりの企みは、あっさりと打ち砕かれてしまったのでした……。



 61.3年目:文化祭準備



「すまない、みんな。3−Bは今年の模擬店枠の抽選から漏れてしまったよ」

 あああ〜……

 申し訳なさそうに伝えたヒカミッチの言葉に、クラス中から落胆の声が響いた。

 10月中旬の放課後。来週からは学校全体で文化祭準備が始まるため、どこのクラスもこうして放課後集まってはクラス会議を開いているはず。
 私たち3−Bは、今年も裏店長よろしく頼むぜ! と期待された私を中心に、ハリーやぱるぴんたちと『3−B文化祭トップを狙え!委員会』を発足して計画を練っていたんだけど。

 文化祭最後の年は喫茶店をやって、はね学文化祭名物・売り上げレースで1位獲ろうぜ! なーんて盛り上がってただけに、ヒカミッチに告げられた結果にもうがっくり。

「ったく、氷上の抽選運が悪いんだよ!」
「そんなぁ、それは言いすぎだよハリー。仕方ないじゃない。ほらほら、ヒカミッチも代表委員会お疲れ様! コッチ来てアイデア出しに協力して!」

 お行儀悪く机に足を乗せたハリーがぶちぶちと毒づくけど、こればっかりはヒカミッチが悪いんじゃないもんね。
 私は教壇でしゅんとしてしまっているヒカミッチを手招きして、みんなの輪の中に招きいれた。

「喫茶枠から漏れた、っちゅーことは展示になるわけやろ? 計画イチから練り直しやな」
「裏店長〜、なんかいい案あるかぁ? 急いで決めないと準備から出遅れちまうぞ?」

 むむむと眉間にシワ寄せて考え込むぱるぴんやクラスメイトたち。

 ちなみにくーちゃんや密っちといった文化系部活に所属してる人たちはいない。文化祭は文化系部活の発表会も兼ねてるから、クラス展示への参加は任意なんだよね。
 今年も手芸部のモデルを依頼されたらしい水樹ちゃんもいない。

 それから、佐伯くんとあかりちゃんも。
 なんとなんと! 佐伯くんってば今年の学園演劇に大抜擢されたんだよねー! しかも王子様役で!
 演目は人魚姫。主演ははね学が誇る3大美女のひとり、あかりちゃんだ。
 そんなわけで、学園演劇の関係者もクラス展示は免除。

「展示かぁ……金銭のやりとりは禁止されてんだよな?」
「そうそう。それ考えると去年やったディスコヤングプリンスはいい案だったよね」
「騒がしいのは勘弁だ」
「同感」

 志波っちょと竜子姐は去年の2−Bの盛り上がりを思い出してるのか、辟易とした顔してるし。あはは。

 でもそうなると、何があるかなぁ?
 中学生の頃は社会的な真面目なパネル展示とかやったけど、高校の文化祭は完全お祭だもん。どうせなら楽しいことやりたいよね。

「思い出に残るようなことがいいですよね。準備も当日も楽しめるような」

 チョビっちょの言葉にみんながうんうんと頷く。

 と、その時私の脳裏にひらめくアイデア。
 私はぱちんと手を叩いた。

「そうだよ! 思い出残せばいいんだよ!」
「おっ、裏店長、なんか思いついたか!?」

 みんなが期待の眼差しで、一斉に私を見た。

「この教室全部、思い出にしちゃえばいいと思わない? 黒板も掲示板も窓も天井も机も全部、アルバムにしちゃうの!」
「は? アルバム?」

 私の言ってることがわかんなかったのか、ハリーは眉根を寄せて聞き返してきた。
 ニヤリと私は笑って、自分の席にとてぱてと駆け戻り、鞄からプリクラ帳を取り出して。
 みんなの前にばばっと広げる。

「皆が持ってる1年から今までの思い出の写真を、このプリクラ帳みたいに教室中に貼り付けるの! 学校行事の写真だけじゃなくてさ、羽ヶ崎での思い出がつまった写真ならなんでもオッケーってことにして」
「あ、ええんちゃう? 一足お先のはね学卒業アルバムをこの教室でやるんやな?」
「そうそう! 写真は全校から手広く集めてさ、3年生だけじゃなくて全校生徒が楽しめるようにすればみんな楽しめるし!」
「いいかも! どうせならホントにプリクラみたいに書き込み可にしてさ!」
「写真もカラーコピーにしとけば汚さずに済むよね!?」
「気に入った写真があったら焼き増ししますよーなんて付加価値つけるとか!」

 私のアイデアに食いついてきたのはやっぱり女子。みんなきゃあきゃあ言いながら、教室アルバム化計画のアイデアを次々と出していく。
 で、反応が鈍いのはやっぱり男子。

「なぁ……それ、面白いのか?」
「楽しいじゃん! みんなプリクラくらい撮ったことあるでしょ?」
「ねぇよ」
「僕もないな」

 あれ? そうなの?
 志波っちょやヒカミッチはそういうのなさそうな雰囲気だけど、他のみんなも「1回だけなら」とか「彼女としかない」とか、そんなのばっかり。

「も〜、あんな楽しいことないのに。乙女心がわかってないなぁ君タチ!」
「……そうなのか?」
「アタシを見るなよ……」

 あ、うん。竜子姐もそういう気質だよね。

「ほーらー。修学旅行の後とか、廊下に張り出された写真どれ買おうかなーって悩んだりするの、楽しかったでしょ?」
「ああ、なるほど。あの感覚ならわかる気がするな」
「業者が撮った写真以外にも、仲間内でとったお宝写真とか、きっとみんなが見ても楽しいよ」
「ん〜……」

 男子は顔を見合わせて。
 すると、ここはヒカミッチがクラス代表らしく仕切ってくれた。

「どうだろう、とりあえずクラスの中で写真だけでも集めてみるというのは。他に展示アイデアが出ないわけだし、集まった写真の印象で実際やるかどうかを決めてもいいだろう?」
「んな悠長なことやってる時間あんのか? オレだって別口でライブ予定あんだから、ちんたらやってられねぇぞ?」
「明日のHRでみんなに写真のことを伝えて、明後日に判断すればいい。そのくらいなら大丈夫だろう?」
「おう、それなら大丈夫だ」

 ハリーがぐっと親指を突き出せば、他のみんなもこっくりと頷いて。

「それじゃあ3−B今年の仮テーマは『卒業アルバム』ってことで! みんな、おもしろ写真持って来てね!」
「「「おーっ」」」

 というカンジで、3年目の文化祭準備は始まったのでした!



「というふうにクラス展示のほうは決まったよ。学園演劇の方はどう?」
「どうって、まだ顔合わせしただけだし。つーかなんでオレが演劇なんかしなきゃならないんだよ?」
「それはほら、校内人気投票の結果というか、文化祭にかける生徒会の熱意というか。相手役があかりちゃんなんだからいいじゃない」
「お前が言うなっ」

 少々不貞腐れ気味の佐伯くんは、ぷいっとそっぽを向いてカゴの中の食器を拭き始めた。
 私はマスターと顔を見合わせて小さく笑う。

 いつも通りの営業を終えた珊瑚礁。いつも通りに清掃作業に入った私たちは、いつも通りに話をする。

 新学期になって、私と佐伯くんの関係は勿論ヒミツ。
 どこから漏れるかわかったもんじゃない、ってことで、仲のいい子たちにも内緒にしてた。
 学校での私と佐伯くんはこれまでどおり。必要があれば話すけど、そうじゃなければ極々普通のクラスメイトって振りをしてる。

 いっつもお昼に女の子に囲まれてどこかへ去ってしまう佐伯くんが、ごめんな、って申し訳なさそうに言ってくれたこともあったけど、そんなのぜーんぜん気にしてないのに。
 このくらいは想定の範囲内。覚悟は出来てた、っていうよりも、それで当たり前って思ってたから私は全くのストレスフリー。

 ……って言ったら、逆に佐伯くんがむっとしたんだよね。
 あはは、さてはヤキモチ焼いて欲しかったんだなー? ってからかったら問答無用の本気チョップ!
 あれは痛かったなぁ……ふふふ。

「佐伯くんも写真集め協力してね。どんな写真でもいいから」
「メンドクサイ。……って言いたいけど、そのくらいなら、な。でもオレ、写真なんてそんなに持ってないぞ?」
「あれ、そうなの? あ、写メでもいいんだよ? 私たちで出力作業はするから」
に携帯預けたら、絶対お前、西本たちといじくりまわすだろ!」
「し、信用ないなぁ……。志波っちょもそんなこと言ってたけどさぁ……」

 でも当たってるだけにそれ以上の反論はできなかったりします。

は写真たくさん持ってるんだろ?」
「そりゃモッチロン! 友達1000人計画のさんはネタの引き出し豊富だよ!」
「……オレが写ってる写真は持ってくなよ?」
「うん。仕方ないよね。佐伯くんと一緒に写ってる写真ってすっごく気に入ってるのばっかりだから残念だけど」
「え?」

 最後のマグカップを拭き終えた佐伯くんが、きょとんとしてこっちを見た。

「オレ、そんなにお前と写真撮ってたっけ?」
「撮ってるよー。ひどいなぁ」

 むぅ、と口をとがらせたら、佐伯くんは困ったように眉をへの字に曲げて。
 と思ったら、マスターが口を挟んできた。

さん、私が撮った写真は瑛のヤツには渡してないんですよ」
「あれ、そうだったんですか?」
「は!? ちょっと待てよじーちゃん! なんだよソレ!」

 マスターの言葉に私は納得、佐伯くんはぎょっとして。
 にこにこと微笑んでたマスターは、時々見せる人の悪い笑みを口元に浮かべた。

「可愛いお嬢さんと可愛い孫の成長記録を収めておくのが、爺の唯一の楽しみでね」
「何が唯一だよ! って、いつの間に写真なんか!」
「海の家の時とか、珊瑚礁で働いてる時とか。あ、佐伯くんと遊びに行った帰りに、お客さんとして珊瑚礁に寄った時とか」
「隠し撮りかよ!?」
さんに現像した写真は渡しているから、隠し撮りとは言わないだろう?」
「ですよねー」

 私とマスターのタッグに、佐伯くんは顔を真っ赤にして怒るやら呆れ瑛やら。
 久しぶりに見ちゃった。佐伯くんがマスターにやり込められるところ!

 その時時計が大きく鳴った。
 あ、いけない。そろそろバスの時刻だ。

「急がなきゃ! 私、着替えてきますね!」
「あ、こら! 逃げるなっ!」
「三十六計、逃げるが勝ちであります、隊長!」

 佐伯くんの怒声を聞きながら、私はすたこらと更衣室へと駆け込んだ。



「瑛、さんにあんまり強い口調でもの言いするものじゃないぞ?」
「だ、だってさ……ずるいよ、アイツだけ」
「なんだ拗ねてるのか」
「……じいちゃん、オレにもその写真くれよ」
「さて、どうしようかな。今は個人情報保護法というものもあるしなぁ」
「オレの個人情報はいいのかよっ!」



 あたりはもう真っ暗。
 佐伯くんはいつものように私をバス停まで送ってくれた。
 バスの定刻は過ぎてるんだけど、遅れているのかまだバスが来る気配はなし。

「佐伯くん、明日写真忘れないでね? 1枚でもいいからさ」
「わかったって。ちゃんと探しとく」

 少し冷たい海風が吹き抜ける中、佐伯くんは私の背後にぴったりとくっつくように立って、私の頭に顎を乗っけてる。
 これ、佐伯くんが私を温めてくれてる、って見せかけて。実は私が佐伯くんの風除けになってるんじゃないかと前々から思ってるんだけど……。
 くっついてても不思議じゃないシチュエーションじゃないと、なかなか佐伯くんに甘えられない私にとっては貴重な時間なわけで。
 実際佐伯くん、すっごくあったかいし。

 えへへ〜ノロケ〜♪

「でもなんかクヤシイなぁ。悔しいっていうか、残念っていうか」
「何がだよ?」
「佐伯くんと一緒に写ってる写真。ホントにいいのばっかりなのに」
「そっか。……オレは、お前がそう思ってくれてるならそれでいいけど」
「うんっ」
「……なんて、思わないでもない」

 こういう素直になりきれないところは相変わらず。



 佐伯くんが私を呼ぶ。
 頭や背中から、佐伯くんの低くて綺麗な声が私の体全体に響くのって、何度体験してもどきどきしちゃう。

「あのさ、お前が持ってるオレと写ってる写真で一番気に入ってるのって?」
「一番気に入ってるヤツ? そうだなぁ……」

 うーんと考え込んだのはほんの少しだけ
 私はくるっと振り向いて、ものすごくリラックスした表情で私を見下ろしてる佐伯くんを見上げた。

「やっぱアレでしょ! ほら、遊園地のジェットコースターで撮った写真!」
「遊園地のって……。ぷっ! アレか! がデコ全開のヤツ!」
「あっ、そういう佐伯くんだって怖くて目ぇ閉じてたじゃんっ」
「あれは怖くて閉じてたんじゃないって言っただろ。でもそっか、アレか……」

 去年の夏に佐伯くんと一緒に行った遊園地で買った写真。
 私だけしか買わなかったんだよね、あれ。
 でも佐伯くんにも印象深かったのか、思い出し笑いしちゃってるし。

「あー……
「ん? なに?」
「その、写真だけど」

 突然佐伯くんが口ごもる。そして右手で髪を掻きあげて。

 あ、これは佐伯くんの言いづらいこと言おうとしてますポーズだ。

「焼き増しとかって、出来るもんなのか?」
「焼き増しは出来ないけど、パソコンに取り込んでプリンターで写真印画紙に印刷することなら出来るよ?」
「そっか。……うん」

 佐伯くんって。
 人にお願い事するのヘタクソっていうか、なんていうか。
 可愛いなぁホント……。

「明日学校に持ってってなんかあったら大変だから、明後日のバイトの日に珊瑚礁に持ってくるね! ちゃーんと補正して綺麗にプリントしてくから!」
「あ、ああ、うん。よし、忘れるなよ?」
「モッチロン!」

 びっ! と、敬礼して見せれば、佐伯くんもニヤリと笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。えへへ〜。

 と、向こうのカーブから明かりが見えてきた。
 バスのヘッドライトだ。もう、定刻から7分遅れだ!

「それじゃ佐伯くん、寒い中ありがと!」
「うん。……
「なに?」

 見上げた瞬間、おでこに柔らかくてあったかい感触。
 反応を返すまえに、もう一度佐伯くんのおっきな手がわしゃわしゃと私の頭を撫でて。

「今日もお疲れ。風邪引くなよ?」

 頭に乗っけられたままの佐伯くんの手のせいで、狭い視界だったけど。

 隙間から見上げれば、佐伯くんは頬を染めながらも、すっごく優しい笑顔で私を見つめてくれていた。

Back