「……つまり佐伯くんは、私の気を引くために水樹ちゃんに協力してもらっていきなり名前呼びの親密っぷり見せつけ作戦を始めたと」
「な、なんだよ。お前がいつまでたっても自覚しないから悪いんだろ?」
「休み明け、志波っちょに釘バットでフルボッコにされたって文句言えないんだからねー!」
「……マジで?」
60.3年目:初デート
「うぅ〜ん……」
私はベッドの上に登って仁王立ちしていた。
眼下に広がる足の踏み場も無い色とりどりのソレを見下ろしながら、首を捻る。
「どうしよう……決まんないよ〜!」
ぴょん、と飛び上がるようにして足を折り、私はベッドの上でお尻をバウンドさせる。
そして腕を組みなおして、またうんうんと唸りだした。
と、そこへ。
「ちゃーん、ちょっとお手伝い……あらあら」
かちゃっと私の部屋のドアを開けて顔を覗かせたママが、部屋の惨状を見て目を丸くした。
「どうしたのちゃん。こんなにたくさんお洋服広げて」
「明日着て行く服が決まんないの〜」
「こんなにたくさん広げたのに?」
ママは部屋の入り口に立ったまま、床に広げられた私の服を見回した。
シフォンとレースの白いチュニックも、バルーン袖のピンクのブラウスも、ドット柄の空色のワンピースも、リボンのついたショートパンツも。
お気に入りの服を全部引っ張り出してみたんだけど、なんかピンとこないんだもん。
「ねぇ、ママ。17歳の乙女が着るにはなんだか子供っぽすぎない?」
「そう? ちゃんにはどれも似合うと思うけど」
服の隙間を抜き足差し足、ママは私の隣までやってきて腰掛ける。
そして足元にあったキャミソールと鉤編みボレロのアンサンブルを持ち上げて、私の体にあてた。
「ほら。よく似合うじゃない」
「そりゃ服買うときは自分に似合うかどうか吟味に吟味を重ねて買うから、似合ってるとは思うけど……」
「思うけど?」
……佐伯くんの横に並んでて『似合う』とは思えないんだもん。
とは言えずに、ママから視線をそらして口の中でぶつぶつと。
ところがママは、急ににーっこりと微笑んだかと思えば、
「ちゃんったら。青春ねー♪」
「うぇえ!? ちょ、なに!? なんで!?」
なんでいきなりバレちゃうかな!?
佐伯くんと何某ありましたーなんてこれっぽっちも言ってないのに!
私が真っ赤になってわたわたするのを見ながらママはくすくすと笑って、私の頭を撫でた。
「相手に合わせたくて背伸びしたいのもわかるけど、いきなり無理すると辛くなっちゃうわよ?」
「う、や、やっぱりそうかなぁ……」
いや、自覚はしてるんだけどね。
どんなに私が背伸びしたって、隣にいるのは佐伯くんだもん。
黙って立ってるだけで目を引くイケメン。
……いや、黙って立ってるとイケメン。うん。いやいや、しゃべってても可愛いんだけどね!
でも。
明日はデートなんだもん。
今までだって一緒に遊びに行ったことあるけど、デートなんだもん、今回は。
ただでさえちっちゃくてお世辞にも美人なんて言える顔でもなくて、佐伯くんの隣にいたら「なにこの子」って言われるのが関の山な私の容姿。
それなら可能な限り着飾って少しでも釣り合いたいって思うよ。
「いいじゃない。佐伯くんは今までのちゃんを見て好きになってくれたんでしょう?」
「そうなんだけどさ……」
はぁ、と私はため息をついて。
…………。
ん?
「ちょ、ま、ま、ママっ!!?? なんでなんで、なんで佐伯くんがそこで出てくるのっ!?」
「やだもう、ちゃんたら。ほんとメンクイなんだからっ」
「ぱ、ぱ、ぱ、パパには絶対内緒ね! 絶対だからねーっ!!」
ありえないよ、ホントにもう! 天然のくせに直感だけ妙にするどいんだからっ!!
で、結局決めたのはママが勧めてくれた鉤編みのニットアンサンブルに、膝上丈のショーパン。ニーソックスにスニーカー。……それから『友情リング』!
ホントはこんないつものカッコじゃなくて、もっと女の子っぽい格好したかったんだけど。
今日は遊園地で大暴れ予定だから、仕方ない!
「あ、早い! もう来てる!」
時間ぴったりくらいに待ち合わせの遊園地前に走っていくと、佐伯くんは腕時計をちらちら見ながら落ち着かなさそうに門に寄りかかってた。
今日の佐伯くんは空色のTシャツにブラックジーンズ。あ、よかった。佐伯くんもラフな格好してる。
「佐伯くんっ」
私は佐伯くんに駆け寄って、目の前で「到着しました!」と敬礼ポーズ。
そして間髪入れずに、佐伯くんから本日1発目のチョップ!
「アイタっ!」
「遅い。オレを待たせるなんて10年早い」
「ちょ、時間ぴったりなのに〜」
相変わらず理不尽なこと言ってる佐伯くんだし。
叩かれた頭を押さえながら恨みがましく見上げたときに、胸元にぶらさがってるガラスのリングが見えた。
あは、佐伯くんもつけてきてくれたんだ。
嬉しくなって口元が緩んでくる。
「佐伯くん」
私は右手の中指にはめてたリングを、佐伯くんが首から下げてるリングにこつんとぶつけた。
途端にしかめっ面してた佐伯くんが、あ、と表情を和らげた。
「なんだ、もつけてきてたのか」
「モッチロン! これは忘れられないでしょ〜」
「……右手の中指か」
「え? なにが?」
「いや、なんでも。うん、なんでもない。サイズ合わないもんな」
「……なんの話?」
「ウルサイ。こういうのはさらっと流せ」
「アイタっ!」
ぽかっともう1回チョップされる。
ううう、佐伯くんはカノジョに昇格してもチョップ魔なんだから……。
「それにしても、なんで夕方に待ち合わせにしたの?」
私は誘われた日からずっと思ってた疑問を口にした。
そう、今日は佐伯くんから誘われたデートなのですよ! いやん、ちゃんもついに誘われるような女になっちゃいましたかー!
……という我ながら寒い浮かれっぷりはおいといて。
なんとも自分には不似合いな、ムーディなカップル成立を経験したあと。
なし崩し的に珊瑚礁に復帰することや、必然的に今年も海の家珊瑚礁にて水着エプロン接客することが決まって……って、フツー彼女に水着エプロンやらせるかなぁ、佐伯くんてば……。
マスターには妙に生温い目で見つめられたりしながら、海の家の営業が終わったのは二日前。
その日に佐伯くんに誘われたんだよね。次の日曜、夜に遊園地に行こうって。
佐伯くんは私の疑問に口の端をニヤッと上げながら。
「去年結局見れなかったし。忘れないうちにナイトパレード見ておこうと思って」
「ナイトパレード! そっか! さすが佐伯くん、ナイスチョイス!」
「当たり前だ。さすがオレ」
ふふんと偉そうに胸をそらす佐伯くん。そして遊園地の門の中を見ながら、私の方に手を差し出した。
「ほら行くぞ。いまのうちにいい場所取っておかないと」
「うん!」
まだ、ちょっと照れ臭いけど。
差し出された手をきゅっと握り返せば、ちょっと緊張気味に私を見下ろしてた佐伯くんもホッとしたように笑顔を見せてくれて。
太陽が大きく傾いて茜色に染まり始めた遊園地へ。
私と佐伯くんの、カレシカノジョの初デートは始まったのでした!
さすがにまだちょっと早かったみたいで、今年もジェットコースター対決をしたりして。
陣取ったのは観覧車の前の、広場をちょっと見下ろすところ。
既に日はとっぷりと暮れて、晴れた空には星も瞬き。
はからずもまたまたムーディな雰囲気に突入しつつあるこの状況に、私も佐伯くんもちょっぴりそわそわしながら、パレードの到着を待っていた。
「向こうから音楽が聞こえてきたな」
「うん。出発はメリーゴーランドの方だもんね。あとちょっとじゃないかな」
私は佐伯くんが向いてる方を、爪先立ちで思いっきり背伸びして見た。
夏休みの日曜日なのに、なぜか人ごみもまばらでアトラクション待ち時間も10分そこそこだった今日の遊園地だったけど、パレードを見るために集まってきた人はそれなりに多い。
一応佐伯くんと一緒に尽力したおかげで最前列は確保したけど、道の奥の方はちびっこのちゃんには全然見えなくて。
向かい側の通路でちっちゃい子がお父さんに肩車されてる。
いいなぁ、あれなら志波っちょよりも見晴らしいいだろうなぁ。
私は繋いだ手の反対の手で、佐伯くんの袖をつんつんとひっぱって。
「おとーさーん。も肩車ー」
「も重たくなったから、もうお父さんには無理だ。我慢しなさい」
「ひどっ! ちょ、それいくらなんでも女の子に言う台詞じゃないってば!」
「あのな。思いっきりキツイのお願いしますってボケかましといて、そういうこと言うか?」
だ、だからって『重たい』って女子に向かって最大の禁句を……。
ううう、でもやっぱ、私ってそういう風に見えるのかなぁ。ぽっちゃりまではいかなくても、あかりちゃんみたいに余計な脂肪全くナッシングってわけじゃないし。
ぷにぷにしてるのは自覚してたけど、佐伯くんに言われるとは……うあ、結構ぐっさりきたかも。
今年の夏はダイエットにも励もう……。うう。
などとうなだれながらそんなことを思ってたら、突然繋いだ手をぎゅぅっと強く握られて。
びっくりして見上げたら、眉尻を下げた佐伯くんがなんだかしゅんとして私を見下ろしてた。
「なあ……念のため説明しとくけど、さっきのはただのツッコミ。はちっちゃいから、肩車くらい平気だ」
「…………」
佐伯くんてば。
私はしょんぼりしてる佐伯くんをぽかんと見つめて、でもぷっと吹き出してしまった。
途端に佐伯くんが真っ赤になる。
「おまっ……! くそっ、お前頭出せ!」
「あははは! 佐伯くんってばかーわーいーいー! もうやだなぁ、自分よりカッコよくて可愛いカレシなんて〜」
「男が可愛くてどうするんだよ。ていうか、お前チョップ乱れ打ちの刑だ!」
「あ、ほらほら! ナイトパレード来たよ!」
佐伯くんの両手を掴んで必死に攻防してたら、奥から電飾に飾られたパレードの先頭が見えてきた。
それでも私の頭にしっかり1発チョップを入れてから、佐伯くんも通路の奥に身を乗り出して覗き込む。
「ホントだ。思ってたより迫力あるな」
「綺麗だね! 早くもっと近くに来ないかな」
宵闇色の空を、金や銀やいろとりどりの光の洪水で埋めていくパレードが近づいてくる。
賑やかで心が弾むような音楽と一緒に、キラキラしてふわふわした衣装をまとった踊り子さんたちも一緒に。
目の前までくれば、もう一瞬で夢の世界。
光が世界をうめつくして、その光に包まれてる佐伯くんはといえば、もうため息つくくらい絵になる風景。
「こら。なんでため息ついてんだよ」
「あれ、私本当にため息ついちゃってた?」
パレードと佐伯くんに見惚れてたら、額を小突かれた。ちょっと心配そうな顔した佐伯くんが、パレードの光を浴びながら私を見つめてる。
うわー、佐伯くんって本当にこういうキラキラな照明効果が似合うっていうか、違和感ないっていうか。
「……つまんなかったか?」
「え、全然! むしろ逆! すごく綺麗で、見惚れてため息でちゃったんだよ」
「そっか。ならいいんだ」
ほっとした笑顔をともに、ぽふっと私の頭に手を置く佐伯くん。
なんだかなあ。こんなに幸せでいいのかな、私。
私も佐伯くんも、しばらくパレードの山車を品評しながら見つめてた。
ところが、パレードも中盤に差し掛かった頃、急に佐伯くんが私の腕を掴んでパレードコースから連れ出して。
「どうしたの? パレードもう見ないの?」
「次は別の場所から見るんだ。、観覧車に乗るぞ」
「あ、いいかも! 上から見下ろすのもキレイだよね、きっと!」
「そういうこと」
ニヤッと楽しそうに微笑んで、佐伯くんは私を観覧車乗り場まで連れて行く。
なんか今日の佐伯くん、妙に引っ張ってくれるよね。黙ってオレについてこい! みたいな?
あぁ〜、憧れてたなぁ、こういうの。カレシにぜーんぶエスコートしてもらうデート!
しかもそのカレシが佐伯くん! うひゃあ、顔のにやけが止まらないっ。
観覧車乗り場は、今まさに目の前をパレードが通過しているだけあってがらんがらん。
私たちは待ち時間もなくゴンドラに乗り込んで、向かい合って座る。
だんだんと遠ざかる地上の光は、小さくなるにつれいろんな色が交じり合ってさらに幻想的になって。
「うわぁ、すごく綺麗……。パレードってこんなに長いんだね」
くるくると円を描く光の渦に見惚れて、ぴったりと窓に張り付いてる私。
「」
佐伯くんに呼ばれて振り返る。
すると佐伯くんは、席に座ったまま楽しそうに微笑んで、そのまま手首を捻って親指で自分の真横を指した。
指した方向は遊園地とは正反対の市街地と海が見える方。
「なに?」
佐伯くんが指してる方を見つめると。
夜空に瞬く大輪の華。
……って。
「えぇっ!? 今のって」
私は驚いて立ち上がり、佐伯くんの隣に立ち膝して夜空を見つめた。
数秒の後、再び上がる大きな花火。市街地よりもっと奥、羽ヶ崎の海岸の方。
私はもう目をきらきら輝かせながら佐伯くんを振り向いた。
「そっか! 今日花火大会なんだっけ! あ、だから遊園地にお客さん少なかったんだ!」
そういえば今日は8月第一日曜日。
毎年恒例、羽ヶ崎の花火大会の日だ。佐伯くんとのデートに浮かれてすっかり忘れてた。
「よく見えるだろ? あんな人ごみのゴミになりながら打ち上げ会場で見るより、個室の特等席で見るほうがずっといいだろ?」
「うん、最高! 花火を見下ろすのって初めて!」
はばたき山の中腹にある遊園地の、一番高いところにある観覧車だもん。
海岸で打ち上げてる花火は目線より少し下で瞬いてる。こんな光景初めて見た。
うわぁ、見下ろす花火って円じゃなくて球に見えるんだ……。
「すごいすごい! 佐伯くん、ありがとう!」
「あー、うん。まぁ落ち着け。鼻血でるぞ」
「ど、どうしてそういうこと言うかなぁ……。こう、ちゃんが可愛いカノジョしてるってのに」
「何言ってんだよ」
せっかく素直に感謝を伝えてるのに。
ぶー、と頬を膨らませて佐伯くんに抗議すると。
佐伯くんは急に真顔になって、ずいっと身を乗り出して顔を近づけてきた。……って、ちょ、ちょっと!?
「あ、ああっ! テレビ局のヘリ発見! あれ、よく花火に当たらないよね? 当たったら大変だけどね!」
「ほら見ろ。雰囲気作って困るの、のほうだろ」
う。
慌てて佐伯くんから顔を背けて取り繕ったことを言えば、佐伯くんは大きくため息をついて身を離す。
そしてそのまま窓の縁に肘をついて、困ったような顔して私を見た。
怒ってるわけではなさそうだけど……もしかして機嫌そこねちゃった?
私は佐伯くんとちょっとだけ空いてしまった距離に気まずい思いをしながらも、おずおずと佐伯くんを見つめ返す。
でも、佐伯くんは機嫌を損ねたわけじゃなかった。
「あのさ、無理すんなよ」
「……え?」
「今日のお前、テンション変。前も言っただろ、オレ、お前を困らせたいわけじゃないんだ」
目をぱちぱちさせて佐伯くんの話しに聞き入る私。
佐伯くんは体を起こして、まっすぐに私に向き直った。
「無理しなくていいから。がこういう雰囲気苦手なの、わかってるし。嫌なら嫌って言っていいんだ。オレは、お前と一緒にいられればいいんだから」
「佐伯くん……」
「なあ? 無理すんの、やめような。オレたち」
「うん」
ゴンドラは頂上に辿り着いて、パレードの灯りが佐伯くんの顔をほんのり照らしてる。
優しい佐伯くんの言葉に、なぜか無性に泣きたくなっちゃうのはなんでなのかな。
でもそれを全部包み込んで、私は満面の笑顔を浮かべた。
「佐伯くん、今日はホントにありがとう。全っ然嫌なんかじゃないよ。本当に楽しかった! また誘ってね!」
「そっか。楽しかったんならいいんだ」
照れたように鼻の頭を掻く佐伯くん。それからまたほっとしたように笑顔を見せてくれて。
「下につく頃にはパレードも通り過ぎちゃってるね」
「そうだろうな。あんまり遅くなっての親父さんに殴られるのも嫌だし、今日はもう帰るか」
「そうだね」
一緒にならんで向かいの座席に移って。
手を繋いだまま、遠くに見える花火を見つめて。
「……帰りの心配なんかしたくないよ。早く大人になりたい」
ぽつりと呟いた言葉に、佐伯くんの横顔をそっと見上げれば。
佐伯くんはなんだかとても遠い目をしていた。
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