夏だ! 海だ! 花火大会だーっ!!
6.1年目:花火大会
とういうわけで。
夕方の忙しいミルハニーをパパ一人に任せて、私とママはあーでもないこーでもないと一生懸命浴衣を着付けていた。
「着物なんてちゃんが生まれる前にパパとデートした以来着てないから、ママもよくわかんな〜い」
「私がわかってるから! えっと、次は……腰紐! 腰紐もう1本取って!」
なんて、私も雑誌片手に四苦八苦してるんだけど。
それでも着付けを始めて40分! ようやくなんとか形になった。
「ママ、どう?」
私は姿見の前で一回転。
ショッピングモールで吟味に吟味して買ったマリンカラーの浴衣。
白くぼかしで金魚の柄が入ってて、グラデーションに一目ぼれして即購入!
「とっても可愛いわ、ちゃん」
ママもぱちぱちと手を叩いて太鼓判を押してくれた。
よしっ、これで準備おっけい!
「じゃあママ行ってくるね。帰り混んでたらちょっと遅くなるかもしれないけど」
「駅までは赤城くんと一緒でしょ? 楽しんでらっしゃい」
ばたばたと1階に下りて、慣れない下駄を履いて巾着を持って。
私は自宅玄関から外に出て、一路待ち合わせのはばたき駅へと向かった。
待ちに待ったユキと一緒の花火大会デート!
いつもよりも歩幅の狭い足をせわしなく動かして、小走りになりながらはばたき駅へ。
駅前ロータリーも改札内も、浴衣姿のカップルや待ち合わせ客でいっぱい。
ユキとはロータリーから少し離れたところで待ち合わせたんだけど……
あ、いた!
白地の浴衣を着たユキが団扇を扇ぎながらきょろきょろしてる。
私にはまだ気づいてないみたい。
……ということはやっぱり、驚かせるべきでしょう!
私は大きくまわりこんで、ユキの後ろからそーっとそーっと近づいて……
「わっ!!」
「うわ!? な……っ、驚かすなよ!」
「えっへっへー。びっくりした? 早かったね、ユキ。5分前なのに」
腰に手を当てて勝ち誇ったように笑って見せると、ユキは一瞬むっとしながらも、すぐに眉尻を下げて笑い出した。
「本当は時間ぴったりくらいにこようかと思ってたんだ。きっとは遅刻するだろうと思って」
「あ、なによー。ちゃんと5分前行動したちゃんにそんなこと言うなんて」
「浴衣、着方わからなくて苦労したんだろ」
「な、なんでわかっちゃうかなぁ……。でも、どうこの浴衣。似合う?」
「うん、馬子にも衣装ってカンジで」
「……意味わかって言ってるんだよね。むかつくー!」
「ははは」
巾着を振り回す振りをして殴る真似をすれば、ユキはさらりとかわして先を歩き出す。
この距離感が、中学3年間かけても縮まらない。
ううん、今日はそんなこと気にせずに楽しむのだ!
私とユキは並んで花火大会会場まで歩いていった。
「今日の花火大会、はば学の友達には誘われなかったの?」
「誘われたけどのほうが先だったし。断った」
「わ、大感謝っ!」
「は? はね学の友達と行くなんて話なかったのか?」
「あったけど私も断っちゃった。ついでに課外授業もね」
ぺろっと舌をだせば、「へぇ」とユキはこっちを振り向く。
「はね学にも課外授業があるんだ。はば学にもあるよ」
「そうなの? この辺の学校ってどこでもやってるのかなぁ課外授業……」
小学生じゃあるまいし、なんて思ったけど。
はばたき市の教育カリキュラムにでも組み込まれてるのかな。
そんなこんなお互いの学校のことを話しながらたどりついた花火大会会場。
打ち上げまではまだ時間がある。
「ねぇねぇ、ユキっ」
「はいはい。言わなくてもわかるよ。縁日見たいんだろ?」
「さすがわかってらっしゃる! じゃあまずはリンゴ飴からゴー!」
わざとらしくため息をつくユキの背中を押して、私は大好きなリンゴ飴の屋台へ。
列の最後に並んで、お財布から500円玉を取り出す。
「今日は思いきっておっきぃ方買っちゃおうかな」
「食べきる前に打ち上げ始まるんじゃないか? 花火にぼーっと見惚れてる間にぼとり、なんてしないでくれよ」
「もう、ちっちゃい子じゃないんだから!」
とはいえユキの言ってることを去年やらかしてる身としてはあまり大きな声で反論も出来ないんだけど。
じゃあやっぱり今年も小さな姫リンゴの方かな。
なんて思いながら列に並んでいたら、右手前方からふわふわ揺れる豪奢な金髪とともに聞き覚えのある関西弁が聞こえてきた。
「めっちゃ混んでんなー。チョコバナナの屋台って、どのへんやろ」
「あれ? くーちゃん?」
近づいてきた人に声をかければ、やっぱりくーちゃんだ。
制服姿じゃなくて私服姿。くーちゃんは最初誰に声をかけられたのか解らなかったみたいでしばらくきょろきょろしてたんだけど。
やがて目の前の私に視線を止めた。
「あれぇ? ちゃんやん。わぁ、浴衣やんな?」
「え? さん?」
「あー本当だ、だ」
うわ、くーちゃんだけかと思ったら、1−Bのクラスメイトたちも一緒だ。
「くーちゃんたちも花火見に来たの?」
「そそそ。ボクたち、さっきまで海で若ちゃんセンセの課外授業受けてたんよー」
「クリスのヤツ、人が集まらないからって若ちゃんに誘われたらしくてさ」
「あはは、そうだったんだ」
そういえば若王子先生、課外授業のお誘い電話を断ったとき、すっごく悲しそうな声してたもんね。
……ととと、いけないいけない。
私はきょとんとみんなを見てるユキを振り返った。
「学校の友達だよ」
「へぇ」
「あ、ちゃんデート中やんな? えーと、皆さんお邪魔したらあきまへん。お馬さんに蹴られてまうでー」
くーちゃんはにこにことエンジェルスマイルを浮かべて軽口を叩きながらも「コンニチハー」とユキにも挨拶してくれる。
まさか丁寧に挨拶してくれるとは思ってなかったユキも、面食らいながら「こ、こんにちは」と返事した。
「したらな、ちゃん。今度はボクとデートしてなー?」
「くーちゃんならいつでも大歓迎だよー。またね!」
そして私とくーちゃん、1−Bのみんなは手を振って別れる。
するとユキはひゅぅと、口笛ともため息ともとれる声を出した。
「さすが。交友関係を海外にまで伸ばしてるとはね」
「うーん、くーちゃんって留学生扱いになるのかなぁ? おもしろい人でしょ」
「金髪碧眼で関西弁っていうのは、確かにインパクト強かったな」
人ごみの中でも目立つ綺麗な金髪を、ユキは振り返りながら見てた。
「そういえば僕にもはね学生の知り合いが出来たよ」
「え? ユキがはね学生と?」
「うん」
ユキが振り向いて頷いたところで、順番が回ってきた。
私はリンゴ飴、ユキはあんず飴を買って、そのまま私たちは打ち上げ会場までやって来た。
桟敷席はもういっぱいで、立ち見しやすいところを探して陣取る。
甘酸っぱいリンゴ飴を頬張りながら、私はユキを見た。
「ねぇ、ユキが知り合ったっていうはね学生って誰? 私が知ってる人かなぁ」
「1年生って言ってたから、なら知ってるかもな。なんて言ったっけ。えーと……水樹、セイ?」
「えええ!? 水樹ちゃん!?」
ユキの口から出た名前にあまりに驚いてしまって、おもわず落としそうになったリンゴ飴をわたわたと持ち直す私。
「……知り合いなのか?」
「知り合いもなにも! 同じクラスで超仲良しだよ! どこで水樹ちゃんと知り合ったの?」
「はば学近く。夏休み始まってすぐ、かな。彼女自転車で買い物に来てたらしいんだけど、チェーンがいかれて立ち往生してて。たまたまそこに僕が通りかかったんだ」
「へ、へぇ〜……人の結びつきって、不思議だよね〜……」
そんな偶然があったとは。
ユキが生徒会の仕事で休み中もちょくちょく学校に行ってるらしいことは知ってたけどさ。
へぇぇぇ〜。
「可愛かったでしょ、水樹ちゃん。あの子1学期期末テスト学年1位だったんだよ」
「へぇ、優秀なんだな」
「うん。普通にはば学も入れたんじゃないかって思うくらい」
「そっか……」
ふっと。
ユキが微笑んだんだけど、その様子がちょっと変だった。
なんだか少し寂しそうな、切なそうな……というか。
どきん。
ユキ、もしかして。
「あ。もしかして、水樹ちゃんに一目惚れしちゃった?」
聞くのが怖くて、でも聞かずにはいられなくて。
わざとからかい口調で聞いてみた。
でもユキは「はぁ?」と、あきれ返ったような声を返してきた。
「何言ってんだよ……。話したのなんかほんの10分程度だぞ? そんなので人を好きになれたら世話ないな」
「ほんとにぃ〜?」
「まったくは……人のゴシップが好きだよな?」
ぽすんとユキにチョップされる。
でも、どうやらユキの言葉は照れ隠しじゃなくて本心みたいだ。
ああ一安心。
水樹ちゃんみたいに可愛くて優秀な子が相手じゃ、どうがんばっても太刀打ちできないもんねぇ……。
「あのさ、」
ばれないようにホーッと胸を撫で下ろしていたら、再びユキに呼ばれた。
「なに?」
「もう一人……いるんだけど」
「なにが?」
「だから、知り合ったはね学生」
「だれだれ?」
リンゴ飴を舐めながらユキを見上げれば、ところが今度は視線を逸らす。
……あれ。
「名前は? 1年生なら大抵の子は知ってるよ?」
「いや、名前は知らないんだ。なんか成り行き上……」
「成り行き上?」
「ああ……最初は雨の日に雨宿りに駆け込んだところに、たまたま彼女がいて」
彼女。
女の子……。
「なかなか雨がやまなくてさ。僕が駅まで傘を買ってくるよって言ったんだけど」
「へぇ〜。ユキってそういうとこ優しいよね」
できるだけいつもどおりに相槌をうつ私。
「そしたらその子が自分も行く! って言い張って。二人とも濡れることないだろ? しばらく言い合ってたんだけど向こうは全然引かなくてさ」
「うん」
「結局一緒に駅まで走って。今度はコンビニ傘が最後の1本で、お互いに譲り合って。今思うと何やってたんだって思うけど、そんなことしてるうちに他の客に買われちゃってさ。なんかおかしくなって二人で笑っちゃったよ」
その時を思い出したのか、ユキはくつくつと笑い出す。
ユキ、今、どんな目をしてるかって、自分で解ってるのかな。
「その日はそこで別れて……変な出会いだったなって思ってたんだけど」
「けど……?」
「また偶然その子と会ったんだ。休日、バスの中で。ちょっとしたことで言い争いになっちゃってさ……。だって彼女、休みの日まではば学の制服見せびらかしてるの? なんて言うんだ」
「ふぅん。それはちょっと、ね」
「で、ちょっと気まずくなって……まぁ多少は誤解も解けたけどそのまま別れちゃってさ。なんかこう、むずかゆくてさ。すっきりしないんだ。不愉快な気持ちにさせたままなんじゃないか、とか……」
ユキはぽりぽりと頭を掻いた。
ねぇ、ユキ。
それって、ユキが優しい人だからだよね?
今度会うかどうかもわからない人のことを気遣うなんて、ユキが優しいからだよね?
けして、ユキが、
「その子のこと、好きだから?」
言った私は笑えてただろうか。
ユキは驚いたように目を見開いて。
でも、さっきみたいな否定の言葉は帰ってこなかった。
ユキはぎゅっと眉根をよせるけど、それは怒ってるんじゃなくて困ってるような。
「どうだろうな……よくわからないんだ。ただ、ちょっと気になってるってだけなんだ、今は」
今は。
じゃあこれからは……。
……。
「ねぇユキ」
「なに?」
「その子の特徴覚えてないの? 私が探してあげるよ! 私の人脈使えばすく見つかるって!」
「さ、探してどうするんだよ」
「それはユキ次第だよ。もう一度会えば気持ちが定まるかもしれないじゃない。好きなのか、そうでないのか。それでもし、ユキがその子のこと好きだってわかったら」
わかったら……
「このサンが親友の恋を応援してあげましょう!」
「先走りすぎだ、」
呆れた目で、ため息混じりに私を見るユキ。
でも、笑顔を浮かべて。
「でもありがとう。って、ほんといいヤツだよな。だからみんなに好かれるんだろうな」
「ま〜あね〜!」
胸をそらしてにやりと笑ってみせる。
ああ、私って、道化だ。
好きな人に向かって、私以外に向けられた恋の芽を育ててあげるなんて言っちゃうんだから。
ああ。
私って。
本当に、馬鹿!!!
「あ、始まるみたいだ」
「そうだね」
顔で笑って心で泣いて。
……って今時流行らないし、それ普通男の人の台詞だし!!
私は大好きな大好きなユキの横で笑顔を貼りつけて、はかなく一瞬で散ってしまう花火に自分を重ねて。
今年の花火大会を堪能したのでした……。
まだ諦めたわけじゃないモン!
ユキの言う名前も知らない『雨宿りの君』がユキをどう思ってるかもわかんないのに。
「今年の夏は女っぷりをあげてやるー!!」
帰宅後の自室で日記を書き上げたあと、私は帰りがけ買い込んだ雑誌をベッドに広げて猛烈に読み漁るのでした。
「……どうしたんだは、雄たけびなんかあげて」
「ちゃん、青春ねー♪」
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