「おはようございます佐伯くんこれから梅雨入りしちゃうとは思えないいい天気だけどなんかもう体育祭で燃え尽きちゃったから授業なんか身に入んないよまいっちんぐ〜って感じでそろそろベルなっちゃうから教室行こうなんて思ってる所存でありますが今日は志波っちょやリッちゃんみたいにおサボりデビューしちゃうって手もありかななんて思ったり思わなかったりしないでもないなんてそういうわけでアデュッ!」
「……は?」
57.佐伯のココロ
「……はぁ」
「なんやねん、。朝からため息ついて」
教室にたどりつくなり、私は席に突っ伏して。
頭だけごろんと横に向けると、ぱるぴんが隣の席に座って私の顔を覗きこんでいた。
まさか教室に辿り着く前に、校門前で佐伯くんと遭遇しちゃうとは。
出会い頭にテンパって、何を言ったかなんて覚えてなくて。
授業を受ける前なのにすでに私は疲労困憊……。
「体育祭の疲れ抜けとらんとか言わんよな? 若ちゃんみたいに」
「え、若王子先生そうなの?」
「若ちゃんやったら今日あたり筋肉痛が来てそうやと思わん?」
「ぷ、思う思う!」
にしし、と笑うぱるぴんにつられて、私も腰痛に耐える若王子先生を想像しちゃっておもわず笑みをこぼしちゃって。
そうだよね。今日はまだまだこれからなんだし!
と、気を取り直して体を起こしたところ。
「あっ、佐伯くんおはよう!」
「めずらしいね? 佐伯くんがこんな時間に登校なんて」
さっき校門前で出会ってしまった佐伯くんが、教室に入ってきた。
いつもの穏やかな王子様スマイルを浮かべて、群がるファンの子をなれたようにあしらってる。
「おはよう。今日はちょっと寝坊したんだ」
当たり障りの無い軽い会話。それだけでもファンの子には嬉しいひと時なんだろうな。
今日の授業の話とか、お昼の順番とか。とりとめもないことを、抑揚も無く。
そういえば、私も佐伯くんと知り合った最初のころはあんな風に対応されてたっけ。
つまり佐伯くんのあの受け答えは、佐伯くんにとって『なんでもない人』だってことだ。
佐伯くんが素を出すのはあかりちゃんと私くらい。ハリーと一緒のときだって、まだまだ澄ましてるときがあるもんね。
などと思ってたら。
にゅ。
「……」
いきなり視界を塞いだのは、逆さ三日月の目をしたぱるぴん。
「な〜に〜〜? 朝からサエキックのこと見つめてもうて。アンタら体育祭のときは喧嘩しとったんちゃうの?」
「べべべ別に見つめてたわけじゃないよ!? ただちょっと、今日も3−Bの王子様はカッコいいなぁって思ってただけだもん」
「3−Bの王子やなくて、の王子やろ?」
「違うってば!」
にしし、といい顔して笑うぱるぴんに、チョップ一発!
今日一日佐伯くんとどう接するべきかだけで頭いっぱいなのに、余計なからかい攻撃うけてる心の余裕なんてないんだから!
すると、突然佐伯くんが自分の席を立った。
「どうしたの? 佐伯くん」
「ごめん、ちょっと」
ぐるりと机を囲んでいた女子の輪をすり抜けて、歩き出した佐伯くん。
佐伯くんが向かったのは……お?
たったいま登校してきて、自分の席についた水樹ちゃんのところ。
なんとなく目で追っていたんだけど。
佐伯くんは水樹ちゃんの机の前まで来て、なんとも魅力的な満面の笑顔を浮かべて。
「やぁ。おはよう、セイ」
……え?
佐伯くんの一言に、クラスが一瞬静まり返った。
私も予想外の言葉に口を開けてしまって、ぱるぴんと顔を見合わせた。
「(な……サエキックってセイのこと名前呼びしてたん??)」
「(してなかったはずだよ!? どういうこと!?)」
小声でひそひそと話していれば、話しかけられた水樹ちゃんも、多少ぎこちない笑顔ながらも。
「おはよう、瑛」
ざわっ!
今度こそクラスがどよめいた!
あ、教室の入り口で志波っちょが目を丸くして固まってるし!
「(え、ちょ、どないなっとるん!? セイまでサエキックを名前呼び!?)」
「(お、おい、はるひっ! ! どうなってんだよ!? セイってわざわざ佐伯が挨拶に行くくらい仲よかったか!?)」
「(ハリー……い、いやぁ、そんなことなかったと思うんだけど……)」
クラス一、いやいや学校一の美男美女の親密っぷりに、教室中でひそひそとささやきあう声が上がる。
奥で男友達とおしゃべりしてたハリーまでもが、あまりの衝撃でこっち飛んできちゃうくらいだもん!
私は半ば呆然として佐伯くんと水樹ちゃんを見た。
佐伯くんはいつもの王子様スマイル……? ううん、なんかちょっと違う気がする。
確かに水樹ちゃんは佐伯くんの本性を知ってる一人ではあるけど、あそこまで親密オーラ出すような仲じゃなかったのに。
っていうか。
佐伯くんがみんなの視線がある中、学校で自分から女子に話しかけるなんてめずらしすぎる。
「それじゃあ、またあとで」
「うん」
軽く会話をしただけで、佐伯くんは水樹ちゃんの席を離れて自分の席に戻る。
「さ、佐伯くん……水樹さんと仲いいの?」
「ああ、うん。ちょっとね」
ファンの子が顔をひきつらせながら聞くことにも、佐伯くんはさらりと答えた。
水樹ちゃんは自分の席で、肩を大きく落として大きくため息。
……なんか、様子がおかしいよ?
「」
と。
私の背後に忍び寄る、巨大なプレッシャー。
それはもう、言わずと知れた水樹ちゃんの正当なるカレシ。
「志波っちょ、多分なにかじじょ……ぉわぁぁぁっ、志波っちょっ!? ちょ、黒い! 黒いって!」
昨日あんな相談されたばっかなのになぁ、と思いながら振り向いたそこには、全身から黒い嫉妬のオーラを放出しまくりの怒れる狂犬!
地黒も手伝って、目がキュピーン! と光ってるのだけしか見えないってば!
「あとで話がある」
「わかったからその殺人オーラ鎮めて志波っちょ! 怖い怖い怖い!」
地獄の底から響いてきてるんじゃないかってくらいに迫力のあるバリトン声で、志波っちょはそれだけ告げて席に戻った。
ううう、なんかこれ、自分のことにいっぱいいっぱいになってる場合じゃなさそうかも……。
お昼休み。
人気の無い旧部室棟のある校舎で、3−B緊急会議が開かれた。
ちょっと湿っぽいところなんだけど、人が来ないことを前提にするとここしか適当な場所がなかったんだよね。
「昼休みになるまで、休み時間中ずーっとひそひそばっかりやったな? ウチのクラス」
「そ、そりゃあねぇ……。佐伯くんと水樹ちゃんだもん。そりゃ剣幕かわるでしょ、みんな」
「つーかマジで居心地悪かった。オレの弟子のくせに、オレの居場所の雰囲気悪くしてんじゃねっつーの!」
少々カビっぽい木造階段の踊り場での昼食タイムということもあって、ハリーはご機嫌ナナメ。ぱくぱくっと購買のパンを平らげた後、豪快にいちご牛乳を飲み干した。
緊急会議の列席者は私とぱるぴんとハリー。密っちとくーちゃんも参加したがってたんだけど、二人とも部活のミーティングがお昼に入っちゃって、泣く泣く不参加になっちゃったんだよね。
会議の詳細事細かに報告してね! って、音楽室に去ってく密っちに言われて。
でも、その会議を始めようにも、言いだしっぺの志波っちょがなかなかやってこない。
もう私もぱるぴんも、お昼ごはん食べ終わっちゃったのになぁ。
「志波っちょ遅いね? 購買混んでるのかな」
「混んでる、っていうにはちょぉ遅すぎん? あと10分で昼休み終わってまうで?」
「ったくどいつもこいつもっ。全員クビだクビっ!」
ハリーのイライラが頂点に達しそうになったころ。
「悪い。遅くなった」
「おせーよ志波!」
片手を上げながら、ようやくやってきた志波っちょ。その眉間のシワは朝から変わらず。
ところが志波っちょ、階下からこっちを見上げたまんま、踊り場に上がってこようとしない。
制服のポケットに手を突っ込んだまま、苦虫噛み潰したような顔してこっちを見てる。
「志波っちょ、どうしたの?」
「話は水樹から直接聞いた」
「「「……は?」」」
って。
志波っちょから予想外の報告が。
私たちは揃って口を開けて絶句。
そして一気に階段を駆け下りて、志波っちょに詰め寄った!
「ちょ、志波っちょ、直接って!」
「あああアンタっ、あんな無垢でいたいけなコを、そのコワモテで問いただしたん!?」
「おいおいおいっ! 学校で修羅場はヤベェだろ!?」
「……おい。勝手に話を作り上げんな」
ずべしべしべしっ!
詰め寄った私たちに、問答無用のチョップを食らわせる志波っちょ!
くぅぅ……身長差からくる重力加速度が加算されたチョップは重くて痛い……。
頭を押さえてうずくまる私たち3人を見下ろしながら、志波っちょはふーと大きく息を吐いた。
「水樹から言われたんだ。誤解しないで欲しいってな」
「あう……そうでしたか……」
涙目で見上げれば、変わらず眉間にシワを寄せたままの志波っちょ。
「とりあえず納得した。だから、もういい」
「納得って……アタシらなんも納得しとらんやん! 志波やん、アタシらにも事の真相教えてくれへん?」
「針谷と西本になら話してもいい」
「よっしゃ、話せ!」
水樹ちゃんと佐伯くんの急速接近の真相が聞きだせるとあって、ハリーとぱるぴんは即回復。
って志波っちょ?
私だけなんで仲間はずれ?
「志波っちょ〜、そんな意地悪しないでよ〜」
つんつんと志波っちょの袖をひっぱって、可愛くおねだりしてみたりなんかして。
ところがそんな可愛いちゃんのアプローチに、志波っちょは乱暴に腕を振り払って。
ギンッ!!
志波っちょは殺人視線を放った! 痛恨の一撃! は999のダメージを受けた! ぐはっ!
「って、ちょ、なに志波っちょ!? なんでいきなりそんな怖い顔して睨むの!?」
「うるせぇ。いいからお前はさっさと佐伯と話してこい」
「……は?」
怒りも嫉妬も最高潮です、って顔した志波っちょ。
でもなんでそこで佐伯くんの名前が出てくるの?
ところが。
私が疑問符を頭に浮かべていると、ぱるぴんとハリーは何かに思いあたったみたいで、二人仲良く一緒にぽんっと手を打った。
「なーるほどなぁ。なんかオレ読めた」
「アタシも。可哀想になぁ、セイ。志波やんなんていう嫉妬深いカレシ持ちなのに、巻き込まれてもーて」
うんうん、と。妙に納得した顔して頷いてるぱるぴんとハリーなんだけど……。
えーと。ちょっと待ってくださいお三方。
ちゃんを置いていかないでっ。
全然わけわかんないよ!? 私が鈍いだけ??
「しっかしサエキックも見栄っ張りやな〜。何もセイに話持ってかんでもええやん」
「だな。ケリがついたらオトシマエつけてもらう」
「よし志波。オレ様が許可するからおもいっきりオトシマエつけれ!」
……って、本当に置いていかないでってば3人とも……。
ぽつんと残された私には、なにがなんだか。
手がかりは志波っちょが言った「佐伯と話してこい」って言葉だけ。
私が佐伯くんと話することで、一体なにがわかるんだろ?
ていうか、一体なんの話をしろと。
それ以前に、あんなコトのあった後に私から佐伯くんに話しかけるの、超気まずいのにぃぃぃ。
「でもなんか、志波っちょの不機嫌の原因が私にあるってのは確実っぽいしなぁ……」
理由はわかんないんだけど。
うう、しょうがない! 友達のためにも、それから自分のためにも!
ここはひとつ、覚悟決めて佐伯くんと話そうじゃないかっ!
「よしっ!」
私は両手を握り締めて、掛け声をかけて気合を入れたのでした!
……が。
「…………」
放課後。
私は誰もいなくなった教室の自分の席で、ひとり座っていた。
視線の先には、無人の佐伯くんの席。
お昼休みに気合を入れたあと、休み時間か放課後、どっちでもいいからとにかく佐伯くんと話しをしよう! と思ったんだけど。
それはことごとく叶わなかった。
だって佐伯くん、いっつも女の子に囲まれてるんだもん。話しかけたところで、素で返してくれそうな状況じゃなかったし。
ううん、そんなことよりも。
「近くにいたと思ってたのに」
私はごろんと窓の方を見ながら、机に伏した。窓の外は、梅雨時のやな感じの曇天。
今の私の心の中みたいに、すっきりしない空。
今日、全然佐伯くんと話せなかった。
でも思い返してみれば、そもそも学校では佐伯くんとほとんどしゃべってなかったんだよね。
学校ではずっといい子の仮面を被り続けている佐伯くん。お昼休みに隠れ家に行ってるとき以外は、ほとんど学校では話さないようにしてたんだ。
私が佐伯くんと話していたのは、学校じゃなくて珊瑚礁だったんだって。今このときになって初めて認識した。
珊瑚礁を辞めたあと、しばらく気づかなかったのは喧嘩中で意図的にお互い避けてたから。
でもこれからは、これが普通になるんだ。
私が佐伯くんと会えるのは、もう学校だけになっちゃったんだから。
明日も、明後日も、ファンの子に囲まれてる佐伯くんを目で追うだけ。
そう思った瞬間。
どすん
なにか重たいものが、私の心の中に落ちた。
……ううん。私は佐伯くんの携帯の番号もメアドも知ってるもん。
喧嘩だって仲直りしたし、電話かければ前みたいに話せるんだよね?
近くにいる親友だと思ってた佐伯くんが、なんだか急に遠くなっちゃった気がする。
「佐伯くんも少しはこっちに気ぃ遣ってくれたっていいのに」
体育祭であんな大胆行動して、私が逃げ出したから最後まで聞けなかったけど、あれはやっぱり……こ、告白してくれたんだ、と思うしっ。
それなのに、そんなことしたっけオレ? って言わんばかりにいつもどおりの澄ました態度とっちゃってさ!
なにそれどういう作戦!? 挙句に学園アイドルにコナかけるってどういう了見だっ! 噂になったりしたら面倒だろって、自分が言ってたのに!
ねぇ、佐伯くん。
いっつもいっつも気分屋なわがまま王子だったけど、今回ばっかりは全然わかんないよ。
佐伯くんの気持ちを考えようにも、遠すぎて全然見えない。
「やだなぁ、こういうの……」
私は額を机にこすりつけた。
もやもやして落ち着かない。
なんで私、頭の中がこんなに佐伯くんでいっぱいになってるんだろ……。
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