「……お前、それ脱げ」
「いやっ、志波クンてば破廉恥ッ!」
「ふざけるなっ!!!」

 棒倒し決勝戦。挨拶のために整列したグラウンド中央で、志波っちょがI組の野球部の仲間となんかもめてるみたい。
 いやまぁ……I組の男子、チアのコスプレしたままなんだもんね……。
 観戦するだけの女子は楽しそうだけど、男子からのブーイングはB組だけじゃなくて他のクラスからも上がってた。



 56.3年目:体育祭 激闘棒倒し



 気合に満ち満ちたチア姿のI組の先頭には担任のちょい悪親父。決勝戦前には、担任同士が正々堂々を誓って握手するのが通例なんだけど、B組に若王子先生の姿はない。
 本当ならもう試合が始まってる時間なんだけど、つまるところ今は若王子先生待ちの時間ってわけ。

「ったく。若王子のヤツおせーっつーの! 女子もみんなどっか行っちまったし、何やってんだ?」

 イラついた様子のハリーがきょろきょろしてるのが化学準備室の窓から見えた。

「密っちっ、まだ?」
「出来た! 完璧よ!」

 ここは3−B秘密基地と化した化学準備室。
 私たち女子チームは、大慌てで決勝戦に向けた応援準備をしていたわけだけど。

 若王子先生の準備にとっかかっていた密っちが額の汗を拭きながら、くるりとコッチを振り向いてOKサイン!
 やっと仕上がったかと若王子先生を見れば、その瞬間に瞬く無数の携帯カメラフラッシュ!!

「すっごい! 若サマ素敵すぎ!!」
「ちょい悪なんかメじゃないよね!」

 顔を赤くしながらきゃーきゃー騒いでるクラスの女子たちに、若王子先生はまぶしそうに目を細めながらも、照れ臭そうに頭を掻いてる。

「やー、照れますねぇ……」
「照れてる場合じゃないだろ若王子。大崎と一緒に、さっさと行ってきな!」
「やや、そうでした。それじゃあ大崎さん、行こうか」
「はいはい」

 竜子姐に言われて、若王子先生はリッちゃんを振り返る。
 デスクに腰掛けてダルそうにしてたリッちゃんもぴょんっと飛び降りて、差し出された若王子先生の手をとった。

「うわ……今の若ちゃんとリツカが並ぶとほんま綺麗やな……」
「ホントだよね! 試合終わったらみんなで記念撮影だね!」

 化学準備室の裏口を出て行ったふたりを見送って、グラウンドの反応を見るために窓際に寄る私たち。

 なんとか、なんとか間に合った!

 3−B男子のための、女子チームによる最終応援!

「みんなっ、先生同士の挨拶が終わったら、私たちもすぐ行くからね!」
「「「了解っ!!」」」

 私の声に、みんなはどきどきを押さえられないって風に、興奮した様子で返事をした。



 うぉぉぉぉぉ!!!

 トラックの端に姿を現した若王子先生とリッちゃんを見つけて、グラウンド中が揺れた。
 その反応に、私たちの口元が緩んでくる。

「なんだアレ!?」
「若ちゃんと、大崎か!? なんであんな格好してんだよ!」
「きゃーっ! 若サマ素敵ーっ!!」

 そこかしこから湧き上がる悲鳴なのか歓声なのか判別のつかない声に包まれながら、若王子先生とリッちゃんはB組とI組の列の間を威風堂々と進んでいく。

 若王子先生の格好は、演劇部から拝借したイギリス紳士風のフロックコートの三つ揃い。シルクハットにステッキ、白い手袋まで小物も完璧! 先生のフロックコート姿はクリパなんかで見たことあるけど、今回は密っちの完璧メイク&コーディネートでかなり完成度が高いんだよね!

 で、その若王子先生がエスコートしてるのが女神姿のリッちゃん。
 体育祭では応援合戦の余興として毎年『勝利の女神』が学校中の女子から選ばれてるんだけど。去年と今年、その女神に選ばれたリッちゃん、今回は3ーBのためだけの女神姿を披露なのだ!
 応援合戦の時とは違う、これまた演劇部から借りてきた真っ白いローブデコルテを着て、手には銀の錫杖。髪を綺麗に結い上げてメイクしたその顔は、本当に女神のような神秘性が見えた。ううう、いいなぁ美人さんは……!!

「やりますなぁ、若王子先生。二ケーまでつれて、準備のいいことで」

 唖然としてるI組B組男子の中にあって、ひとりにやにやと楽しそうに笑ってたちょい悪の目の前まできた若王子先生とリッちゃん。
 B組の列の先頭に立ち、くるっとちょい悪にむかって向きを変えたリッちゃんは、手にした錫状をしゃらんと鳴らし、ちょい悪を指した。

 すると、若王子先生がニヤリと微笑んで、手にした白い手袋をちょい悪の胸に投げつけた!

 おおお! と盛り上がる観客席!

「決闘です! 優勝という名の栄光をかけて!」
「はっはっは! いいでしょう、正々堂々、頼みますよ!」

 ノリのよさでは教師一のちょい悪もこちらの趣向を気に入ってくれたみたい。
 豪快に笑い飛ばして、若王子先生と強く握手!

 選手たちの礼も終わって、いよいよ試合準備だ。
 B組男子は若王子先生とリッちゃんのまわりに集まる。

「若ちゃん決まってんじゃん! 大崎とすっげーお似合い!」
「なにこれ、の提案?」
「そうですそうです。さんはしっかり君たちのリクエストに答えてくれましたよ?」

 若王子先生はニコニコしながら、B組クラス席を指した。
 みんなの視線がコッチに移る。

 準備はバッチリ!
 みんなが若王子先生とリッちゃんに注目している間に、私たちはB組クラス席にきっちりと整列してたもんね!

 まずは、真っ白い詰襟に身を通した応援団長・竜子姐の号令っ!

「行くよっ、アンタたちッ!!」
「押忍っ、団長!」

「うわ、水島さんのメイド姿!」
「しかも正統派メイド! す、すっげー可愛いっ!!」
「密ちゃーん、めっちゃカワイイでー!」

 応えるのは、密っち率いるスレンダーな知的美人系のメイド軍団!
 演劇部から借りたメイド衣装は、メイド喫茶的な衣装じゃなく、スカートの丈が足首まである正統派。
 そりゃ、ねぇ? 手にしてるのは教室掃除用のモップだろうと、スカートをつまんでペチコートのレースをチラ見せしながら優雅に微笑んでる密っちをみて、テンションの上がらない男子がいる?

「声が小さぁい!」
「押忍っ、団長っ!」

「み、水樹っ!?」
「…………」

 驚愕に目を見開く志波っちょと、ぱかっと口を開けて言葉を失ってる佐伯くん。
 次に団長の声に呼応したのは、水樹ちゃんやあかりちゃんといったプリチー美女たちのゴスロリ軍団だ。
 これは手芸部に借りたんだよね。どうだっ、学園アイドルの絶妙なるバランスを保つ絶対領域はっ!

「気合入れて応援するよ!」
「まかしときっ!!」

「へぇ、イケてんじゃん!」
「チアガールの衣装を、他のクラブのユニフォームで代用したのか」

 最後はぱるぴんやチョビっちょたち、小柄な女の子たちのはね学クラブ女子ユニフォームシリーズだ!
 ラクロス部やテニス部といった、ポロにスカートのユニフォームならチアっぽいよね? って話になって、急遽各部の部長に掛け合って借りてきたものだけど、これが案外可愛くって。
 I組もチアのポンポンまでは持っていかなかったから、小道具もばっちり! 応援ダンスも短いのをひとつ、さっきまでみんなでがんばって覚えたもんね!

「ほら裏応援団長! 気合の一言いきな!」
「おっけーっ!」

 そして竜子姐に呼ばれて、くーちゃんが作ったクラス応援旗を手に私が先頭に出る!

 その瞬間!

 B組男子全員がコケた!!

「……あ、あれ?」
「あ、あのなぁ……」

 新喜劇もびっくりな見事なコケっぷりに、目が点。
 これから締めの一言を言おうと思ってたのに、出鼻をくじかれちゃったんだけど。

 いち早く立ち上がったハリーが、呆れ果てた顔して言った。

「なんでお前ひとり、どくろクマの着ぐるみなんだよ!」
「ええっ!? 似合わない!?」
「いや、似合いすぎ。……じゃねーっつーの! そういうオチはいらねーだろ!」
「だ、だってさぁ、衣装が足りなかったんだから仕方ないじゃんっ」

 お、おかしいなぁ……女子の間では「超カワイイ!」「超ウケる!」って大絶賛されたんだけどなぁ……。

「えーと、えーと……とにかくっ! 3−B男子諸君! 君たちには勝利の女神に専属応援団長、可愛いメイドさんたちもついてるぞっ! 絶対絶対、優勝するぞーっ!」
「「「おーっ!」」」

 着ぐるみの動きにくい体で応援旗をばっさばっさ振って言えば、返事が返ってきたのは女子からだけ。
 男子はなんか疲れた様子で、ぱらぱらと力なく腕を振り上げただけだった。

「が、がぁんっ……竜子姐っ、ちゃん作戦ミスしちゃった!?」
「んなことないだろ。ほら見てみな。アイツら、緊張もほぐれていい顔してるよ」

 ぽんぽんと着ぐるみの頭を叩きながら、竜子姐。
 見れば、B組男子は確かにリラックスしきった様子で棒を起こし始めていた。

「ま、最後のオチには脱力したけどよ。たちがきっちり応援約束果たしてくれた以上、オレたちも気合入れねーとな!」
「当然だ。あんなフザけた連中に負けてたまるか」
「力をあわせて、僕たちのために働いてくれた女子諸君の思いに報いようじゃないか!」
「せやせや! いてかましたるでぇ!」
「ああ。……絶対勝つ」

 その表情はだんだんと闘志にみなぎっていき、ぎらぎらした目はI組へと向けられて。

さん、お役目ご苦労様でした」
「若王子先生」
「お陰でみんな気合ばっちりです。あとは、ここから応援しよう」
「はい!」

 クラス席に戻ってきた若王子先生も、フロックコートを脱いで額に竜子姐とお揃いのハチマキを巻きつける。

 さぁ、いよいよだ!

『羽ヶ崎学園体育祭、伝統の一戦、3年生男子棒倒し決勝戦……』

 放送局のアナウンスが入る。

 守備部隊の氷上っちはしっかりと棒を押さえてる。
 迎撃部隊の志波っちょとくーちゃんは、I組選手を睨みつけていて。
 攻撃部隊のハリーと佐伯くんは、姿勢を低くしてスタートダッシュに備えていた。

 佐伯くんの表情は真剣そのもの。学校行事なんでダルい、メンドクサイって言ってるいつもの顔とは全然違う。
 応援してるからね、全力で!

 そして。

 バァン!!

 試合開始の空砲が鳴った!

「行くぞっ、お前ら! 旗を奪えーっ!!」
「B組に優勝を渡すな! 勝つのはオレたちだっ!!」

 B組、I組、双方の攻撃部隊が一斉に走り出した!

「いいかい、みんな! 作戦通りいくぞ! I組の攻撃主体は柔道部だ! 彼らが突進してきたあとの野球部の攻撃に備えるんだ!」
「応っ!」

 ヒカミッチの指令が飛ぶ。
 言うとおり、I組の攻撃部隊は志波っちょもかくやと言うようなガタイのいい男子ばかり。

「堪えるぞ、クリス!」
「もちろんや!」
「うおぉぉぉっ!」

 I組攻撃部隊はスクラムを組んで突進してきた!
 棒を支える守備の前で、志波っちょやくーちゃんたち迎撃部隊がそれにがっぷりとよつ!

「くぅっ!」
「うぁっ!」

 衝撃に顔をしかめながらも、志波っちょたちはI組の突進をせき止めるのに成功! B組の棒は揺らいでもいない!

「ええで、志波やん! ナイスセーブや!」
「勝己くん、しっかりっ! 野球部の子たちが来るよっ!」

 私たちも大声を出して檄を飛ばす。

「来るぞっ! 仲間を足がかりに棒にしがみつくはずだ! ウェザーフィールドくんっ!」
「まかしときっ! 旗は渡さへんでぇ!」

 ヒカミッチが叫ぶとほぼ同時に、その通り身軽なI組男子たちが走りこんできた。
 志波っちょたちが組んでせめぎ合いしているところを踏み台にして、B組の棒にしがみつこうと飛び上がってくる!

「クリスくんっ、防いでっ!」
「ひきずりおろせーっ、くーちゃーん!」

 B組の棒によじ登ろうとするI組の選手を、スクラムから抜け出たくーちゃんや迎撃部隊が、服や足をひっぱって防ぐ。
 ……んだけど。

「うあー、スカートの下なんか穿いといてくれへんか……」
「なにが悲しくて男の脛毛足にしがみつかなきゃなんねーんだよ!」
「見たか! これぞ男のチアコスの真の威力だ!」

 勝ち誇ったように言うI組の子たちだけど、あれは見ていて美しくないよ……。
 うぅっ、くーちゃんたちも気の毒にっ!

「いいぞ針谷! そのまま奪えっ!」

 そこに、竜子姐の興奮した声が響いて我に返る。
 I組陣地を慌ててみれば、なんとなんとハリーがI組の棒にしがみついていた!

「すごいハリー! がんばれーっ!」
「瑛くんっ、右、右!」

 B組の攻撃部隊はハリーを中心とした機動力を生かした部隊。
 棒にしがみついたハリーを引きずりおろそうと戦力を割いてるI組に、手薄になったところから容赦なく攻め立てるB組選手!
 佐伯くんもその一人だ。

「佐伯っ、右側から登ってこいっ!」
「わかった!」

 服や足をひっぱられながらも、ハリーは棒にしがみついたまま仲間に指示を出す。
 佐伯くんはハリーに言われたとおり、少し手薄になってる右側に回りこんでI組の守備部隊に突撃していった。

「佐伯が来たぞ!」
「登らせんなっ! ふたりも登らせたらおしまいだっ!」

 すかさずI組迎撃部隊が佐伯くんの真正面に回りこんでくる。
 でもなぜか佐伯くんは余裕の表情。

「今だ! 全員で左側から突撃しろっ!」
「「応っ!!」」
「し、しまった!」

 なんとなんと。ヒカミッチがいるわけでもないのに、攻撃部隊も知能戦だ!
 試合はまさしく大混戦。体育祭優勝争いに相応しい戦いだよね!

「I組のヤツが棒に登ったぞー!!」

 観客席からのひときわ大きな歓声に、B組陣地に視線を戻す。
 見れば、棒の下でI組陣地以上に大混戦になってるB組の陣地で、ひとりのI組選手が棒にしっかりとしがみついていた!

「あぁっ、馬鹿っ! アイツに登らせてどーするっ! 志波っ、引きずりおろせっ!」

 リッちゃんが叫ぶ。しがみついてるのはリッちゃんの双子の弟くんで、志波っちょの野球仲間。混合リレーでも俊足を見せ付けてくれた野球部の主将だ!
 くーちゃんが弟くんの体操着の背中をしっかりと握ってるけど、そのくーちゃんもフォローにまわってるI組男子に押さえつけられそうになってて。

 その手が、離れた!

「ああーっっ!!」

 女子の間から悲鳴があがる!
 邪魔する手から解放されて、リッちゃんの弟くんは揺れる棒の振動に身を任せながらも、棒を登りはじめた!

 ど、ど、ど、どうしよう! 万事休す!?

 と、思ったら!

「いえ、間に合うかもしれません! みなさんっ、I組の棒を見てください!」

 チョビッチョの切羽詰った声に、再びI組の棒を見れば!

「たぁぁっ!!」

 ハリーと佐伯くんの右へ左への陽動作戦におどろらされてたI組。
 そしてついに、佐伯くんが再度手薄になった右側から棒にしがみつくことに成功したんだ!

「やっ……やったぁぁ!! 佐伯くんスゴイ!」
「棒を倒すんや! ハリーとサエキック、力合わせてっ!」

 応援席も盛り上がる!
 佐伯くんとハリーの二人分の重さで、I組の棒はぐらりと大きく傾いた。

「支えろーっ! 棒を倒させるなっ!!」
「佐伯っ、棒を揺らすぞ! ゼッテー倒すぞ!」
「ったりまえだっ! せーので行くぞ、せーのっ!」

 二人で呼吸を合わせて棒を揺らし、なんとか倒そうとする佐伯くんとハリー。
 そしてそれを阻止しようと棒を必死で支えるI組男子!

 その間にもB組の旗は棒をよじのぼる弟くんに奪われそうになってて。

 時間との勝負!

「佐伯くんっ! 佐伯くんがんばれーっ!!」

 私は声が枯れそうになるくらいに、大声で声援を送った。


 と、その時だ!


「たぁっ!!」

 ハリーと佐伯くんの努力の成果で、大きく傾いていたI組の棒。
 その棒の先に刺さる旗を、一陣の風が駆け抜けるがごとく、誰かが抜き去った!!

「え……!?」

 一体何が起きた? って顔してる佐伯くんとハリー。
 そして打ち鳴らされる、試合終了の空砲!

 わぁぁぁぁぁ!!!

 グラウンド全体から、大歓声が巻き起こる。

『勝負あり! 優勝、3−B!!』

 放送局の高らかな宣言が起きても、盛り上がってるのはB組とI組をのぞいた他の生徒たちばかり。

「い、今の……」

 私はぱるぴんと顔を見合わせた。
 見れば私とぱるぴんだけじゃない。クラスの女子みんなが、戸惑ったように視線を『彼』に向けていた。

「な、なんで?」
「なんでやねん? なんで、迎撃部隊におったクリスが旗を奪っとんの!?」

 そう。

 駆け抜けた風は金色に見えた。それはくーちゃんのゴージャスブロンドだったんだ。
 くーちゃんはにこにこしながら、奪い取った旗を片手で振っている。
 なにがなんだかって顔してたら、疲れ果てた様子でグラウンドに座り込んでいたヒカミッチが、眼鏡を直しながら笑顔を浮かべた。

「守備部隊の手の届かないところに登ってしまった彼を引き摺り下ろすことは不能、僕らの旗が奪われるのは時間の問題……。その時、佐伯くんと針谷くんがI組の棒を大きく傾けているのが見えてね」

 そこで一息ついたヒカミッチの変わりに、同じくグラウンドに座り込んでいた志波っちょが、口の端だけを上げる独特の笑い方で微笑みながら続きを言った。

「もう守ってても仕方ない。旗を奪われる前に奪えってことで、クリスを走らせた。……作戦的中だな、氷上」

 ぱしっと、ヒカミッチと志波っちょ。珍しい組み合わせの二人がハイタッチを交わす。

「すごいヒカミッチ……。あんな状況で、試合をちゃんと見てたんだ!?」
「氷上くんすごいです! 作戦勝ちですね!」
「やるやん! それに、優勝や! B組が総合優勝やで!!」

 事情が解れば、むくむくと湧き上がって来る喜びの感情。
 きゃぁぁ! と喜びを爆発させて、女子チームは男子のいるグラウンドになだれ込んだ!

「すごかったよ、勝己くん! もう感動しちゃった! 優勝おめでとう!」
「ああ、サンキュ。お前たちの応援のお陰だ。……とりあえず、早めに着替えろ、な」
「大活躍だったやん、ハリー! めっちゃカッコよかったで!」
「ったりめーだろ!? でも一番おいしいとこクリスに取られちまったんだよなぁ……」
「ええやん、総合優勝はみんなのもんや。アタシ的MVPはハリーやで!」
「だからそれはたりめーだっつーの! まぁ、お前もしっかり応援してたから褒めてやる」
「氷上くん、本当にすごかったです! さすがです!」
「ありがとう、小野田くん。運動が苦手な僕がみんなの優勝に貢献できて、僕も嬉しいよ!」

 B組のみんなは女子も男子も揉みくちゃになって、みんなで勝利の喜びを噛み締めてる。
 あの竜子姐やリッちゃんまでも満面の笑顔を浮かべて、でもなぜか若王子先生をどつきまわして独特な喜びを表してた。あはは。

 そして、優勝を決定付けた功労者のくーちゃんは、密っちと手をつないで嬉しそうにくるくる回ってた。
 ひとり着ぐるみという動きづらい格好だった私は、やっとの思いでくーちゃんの元にたどりつく。

「おめでとうくーちゃんっ! そしてありがとう! 優勝だよ優勝!」
「おおきにちゃん。密ちゃんやちゃんが可愛いカッコして応援してくれたお陰やんな?」
「またまた謙遜しちゃってぇ。すーっごいカッコよかったよ? 旗を掠め取ったときなんか、もうあれは風だね! くーちゃん風になってたね! ね、密っち!」
「うふふ、そうね。あの時のクリスくん、本当にカッコよかったわ」
「な、なんや照れるなぁ。密ちゃんとちゃんの二人にそこまで褒められると〜」

 くーちゃんはめずらしく本当に照れた様子でぽりぽりと頭を掻いた。あはは、可愛いなあ、くーちゃんてば。

「なぁなぁちゃん。瑛クンのとこには行かんでもええの?」
「え? 佐伯くん?」

 首を傾げて尋ねてくるくーちゃん。
 言われて私は佐伯くんを見るんだけど……

「あ、あれは行けないでしょう……私だって佐伯くんにお祝いと労いとお礼言いたいけどさ」
「そうよねぇ。あれは行けないわねぇ」

 あははと苦笑いしながら応えれば、密っちも頬に手をあてて、ふうと小さく息を吐いた。

 くーちゃんが優勝の立役者なのは間違いないけど、佐伯くんだってそのチャンスを作った功労者には違いない。
 だから私も佐伯くんに駆け寄っておめでとうの一言も言いたかったけどさ。

「佐伯くんおめでとう!」
「もうすっごくカッコよかったよー!」
「怪我してない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう、みんな」

 ほら、クラスの佐伯くんファンにすっかり取り囲まれちゃってるんだもん。佐伯くんもいつものいい子モード。
 佐伯くんのまわりに集まってるのは、メイドさんやゴスロリ衣装で可愛く着飾った子ばっかりで、あの中に着ぐるみちゃんが突撃してっても雰囲気をぶち壊すだけだろうしね。

 でも、一瞬こっちを向いた佐伯くんと目が合う。
 私はにっこりと微笑んで、お・め・で・と・う、と口パクで伝えたんだけど。

 あ、あれ? 気づかなかったのかな?
 佐伯くんは、眉ひとつ動かさずに、視線をそむけてしまった。
 ありゃ、残念。

「あとはフォークダンスで終わりやんな? 密ちゃん、そのカッコでダンスするん?」
「あら、それも楽しそうね。このままダンスしちゃおうかな?」
「ええ〜、やめたほうがいいよ密っち。そのカッコでダンスしたら、3年生の輪に1,2年生もなだれ込んできちゃうって!」

 結局佐伯くんにお祝いを言うのは無理そうだから、私はそのままくーちゃんと密っちの3人でおしゃべりを続けた。

 このあとはフォークダンスで、体育祭もおしまい。
 棒倒しの道具を片付けて、フォークダンスの準備をするっていうので3−Bのメンツは思い思いにクラス席へ戻っていった。
 グラウンドの整備中は待ち時間なんだけど、どうやら女子はみんなコスプレしたままダンスに臨むみたい。

もそのままダンスすんだろ?」
「できるわけないじゃんハリー! 私は着替えるよ!」
「やや、もったいない。クマさんさんと先生踊ってみたいです」
「うっ、そんなこと言われると心が揺れます、若王子先生……。でもさすがに動けないから、やっぱり着替えてきますね」

 というわけで、優勝の興奮冷めやらぬクラス席を一人あとにして、私は校舎に戻るべくグラウンドを出た。
 中庭を等身大どくろクマが歩いてるのって、かなり笑える光景だと思うけど、幸いなことにここには人っ子一人いな


「うわあっ!?」

 人っ子一人いない、と思ってたところに声をかけられたから、ちゃんの心臓は確実にギネス級に飛び出した!

 ところが、慌てて振り向いても誰もいない。
 ……あれ?

「気のせいにしては、はっきり聞こえたような……」
「ここだって」

 きょろきょろと辺りを見回しても、声はすれども姿は見えず。
 でも今の声は、確かに……佐伯くん。

 ということは。

 私はいつもの佐伯くんの隠れ家に近づいた。
 そして覗き込めば、そこには。

「お疲れお父さん、お休み中?」
「まぁな」

 頭の後ろで手を組んだ佐伯くんが、ごろんと寝転がっていた。
 私はお邪魔しまーすと声をかけて茂みの中に入り込んで、足を投げ出して座り込む。

「もしかしてフォークダンスサボるつもり?」
「そういうわけにいかないだろ。でも疲れるから今のうちに休憩してるんだ」
「だよねぇ。棒倒し、佐伯くん大活躍だったもんね! あ、優勝おめでとう!」

 がおー、とクマのように両手を挙げて、さっき言えなかったお祝いを述べる。

 でも、佐伯くんはなぜかつまらなさそうな顔して私を見上げただけだった。

「あれ? どうしたの、嬉しくないの?」
「嬉しくないね。全然」
「うあ、ちゃんの最大級のお祝いメッセージを、ひどいっ」
「お前の言葉が嬉しくないんじゃなくて」

 ごろんと。
 佐伯くんは寝返りを打って私に背を向ける。

「試合に勝ったけど勝負に負けたから、なにも嬉しくない」
「勝負?」

 聞き返しても佐伯くんはだんまり。

 変なの。佐伯くんだって、体育祭には燃えてたのに。優勝できたのに嬉しくないなんて。
 私は首を傾げつつも、とりあえず話題を変えることにした。

「ところで、なんか用だった?」
「用があるから呼んだに決まってるだろ」
「う、そうだけどさぁ……」

 背中向けたままで可愛くないぞっ、佐伯くんっ。

 と、佐伯くんは唐突に体を起こした。
 足は伸ばしたまま、背中を丸めて、視線は足元の芝生に落としたまま。

「佐伯くん……?」
「勝ったら謝るって言ったよな、オレ」
「え?」

 いつもと様子が違う佐伯くんに戸惑いつつも。
 こちらを見ずに、視線を落としたまま言葉をつむぐ佐伯くんを、私は黙って見つめた。

「あの時は悪かったよ。お前の言い分もちゃんと聞かないで。ごめん」
「あ、う、うん。こっちこそ、大嫌いなんて言っちゃってごめんね? あれ、勢いで言っただけで、違うんだからね」
「もっと早く謝っておけばよかった」

 ぽそ、と呟くように。
 佐伯くんは足元の芝生をぶちっと引っこ抜く。

「先に仲直りしてたら、お前、一番にオレのとこに駆け寄ってたよな?」
「……は?」
「だから、絶対に棒倒しは勝とうと思ってたのに、結局クリスが旗を取って」
「へ」
「仲直りしてなくても、オレが旗を取れば、はオレのとこに来たよな?」

 私は目をぱちぱち。
 佐伯くんは恨みがましそうな目をして、ちょこっとだけ顔を私の方にむけた。

「お前の一番は、オレだろ?」

 ぎゃーっ!!

 私は叫びそうになるのを必死に堪えたっ!!

 ちょ、なにそれ佐伯くん! なにその可愛い拗ね方!!
 あまっちょみたいな可愛い弟キャラがやるならまだしも、佐伯くんみたいな正統派イケメンがそういうのって、超ギャップ萌え!
 やだなぁ、佐伯くんってば……優勝して嬉しくないって、グラウンドでみんなみたいに親友と盛り上がれなかったこと拗ねてるの!?

 緩む口元が押さえられません、佐伯くん。

「あったりまえだよ佐伯くん! っていうか、私だってさっき、佐伯くんに駆け寄りたかったんだよ? だけどこんなカッコしてて歩きにくかったのもあるし、佐伯くんがもう他の女子の囲まれてたから近寄れなかっただけで。ちゃんも佐伯くんと優勝の喜びかみしめたかったよ! 一番の親友とっ!」
「だよな? うん、当たり前だ、そんなこと」

 私が一気にまくしたてれば、佐伯くんも一気に機嫌を直した様子で、いつもの尊大な態度に戻る。
 あはは、でもこれが一番佐伯くんらしい。
 佐伯くんは嬉しそうに笑顔を浮かべて、ようやく私に向き直ってくれた。

 ……あれ? でもなんか、口の端がひきつってる?

「さえ」
「よし、。今から勝利の喜びを一緒にかみしめてやる」
「え? う、うん……?」

 よくよくみれば、額に青筋浮いてるような気もする、佐伯くんの笑顔。

 でも、それ以上観察することは叶わなかった。

 なぜなら!! なぜならっ!!!

 いきなり佐伯くんが、私をぎゅむっ! と抱きしめたからだった!

 ……って。

「うぎゃぁぁぁっ!? ちょ、さえっ、さえっ、な、な、な、なんばしよるとですか!?」
「どこの人間だよお前。ていうか、ぬいぐるみの役目ってこういうもんだろ」
「ぬいぐるみじゃなくて着ぐるみ! ちゃんは人間!」
「ウルサイ鈍感。少しおとなしくしてろ天然」
「ちょっ……なんでそんな悪口言われなきゃなんないの!」

 うわ、うわ、うわ。
 もこもこの着ぐるみを着ているとはいえ、こうも密着してると佐伯くんの声が耳だけじゃなくて体全体に響いてくる。

 さ、佐伯くんってひょろッとして見えるのに、すごく力強い。

 なんていうか、ものすごく男の子だ。


「な、な、なんでしょうっ!?」
「オレがお前の一番だよな?」
「う、うん、モチロンっ! 一番の、しんゆ」
「あのな。オレが言ってる一番ってのは」

 不意に体が解放された。
 肩を押されて離されて、でもまたすぐに引き寄せられて。

 ぼやけるくらいに近寄った、佐伯くんの顔。

「……こういう意味の、一番だ」

「…………」

 今、一体なにが。

 目の前には少し顔を赤くした、だけどとっても真剣な顔して私を見つめてくる佐伯くん。

 ……いやいやいや、ありえない、ありえない。
 ソレはないない。絶対ないない。
 だって佐伯くんは、この学校で一番モテモテの王子様。成績優秀、スポーツ万能、ちょっと子供っぽいところだってむしろギャップがあって長所といえる。
 だって私は学校一のお笑いキャラで、チビでスタイル悪くて、成績はまあまあだけどスポーツは人並み、今だってどくろクマの着ぐるみ着てるんだよ?

 そんなこと、あるわけがないない。
 今のは幻覚、絶対まぼろし。

「だから、オレ、お前がす」
「ぎゃーっっっっ!!!」

 佐伯くんの言葉を遮って、私は逃げ出した。
 動きづらい着ぐるみを着込んだまま、私はもう必死に走って。

 3−Bクラス席近くまで走りこんだあと、足をもつらせて、顔面からスライディング!!

「……、なにしとんの?」
「なんでもない……」

 上から呆気にとられたぱるぴんの声が降って来たけど。
 私は地面につっぷしたまま、返事した。

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