「アカン! I組に先こされてもーた!」
棒倒し決勝戦を控えて、グラウンド最終整備中の待ち時間。
息せき切ってばたばたと走りこんできたのはぱるぴんだった。
55.3年目:体育祭 裏工作合戦
「I組に先越されたって、いったい何ヘマしたんだよ?」
作戦ボードを睨みつけていたハリーが顔を上げたのと、そこに転がるようにぱるぴんが飛び込んできたのはほぼ同時。
なんだなんだとみんなも集まってくる。
「チアの衣装や! 決勝戦で密っちとあかりとセイに着せてセクシーダンスさせたろ思っとったのに、アタシらの裏工作に気づいたI組の女子に、先手打たれてもーた!」
「「「なにぃぃぃぃ!!??」」」
ハリーに掴まりながら肩で大きく息をして、それでもなんとか言葉を搾り出したぱるぴんに、3−B男子の悲鳴が上がった。
「おまっ、西本っ!! 一番肝心な作戦ミスんなよ!」
「あー駄目だ。オレすっげーテンション下がった……」
まるでこの世の終わりが来たかのような悲惨な顔してへたり込む男子数名。
うんうん、そうだよねぇ。
はね学が誇る美女3人のチア姿、見たかっただろうねぇ。
……なんて生温い目で見てる場合じゃないか。
このテンションの激下がりっぷりは由々しき事態。なんとかしなきゃ!
「ぱるぴん、ってことはI組の女子がチアガールのコスプレするのかな?」
「そうなんちゃうの? あのクラスに目玉になりそうな女子おったっけ?」
首を傾げるぱるぴんだけど、クラス一丸となって女子が応援してくれたら男子だって嬉しいものでしょ? ……だよね?
と思ったら、つんつんと肩を叩かれた。
振り向けば志波っちょ。なぜか片手で顔を覆ってがっくりと肩を落としてる。
「あれ、どうしたの志波っちょ。水樹ちゃんのチア姿見れなくてそんなにがっかり?」
「んなわけあるか。晒し者にならなくてむしろほっとしてる。……じゃなくて。I組の作戦はあれだ」
心底疲れきった声で呟くように言う志波っちょ。
そのおっきな手が、グラウンドの先のある一点を指した。
私とぱるぴんはその指の先に視線を動かして……
「「ぶぷーっ!!??」」
一斉に吹き出した!
や、や、や…………
「やられたーっ! ぶははははは!!」
まいった! あはははは!
ぱるぴんも水樹ちゃんも、クールな竜子姐やリッちゃんさえも大爆笑!
だってだってだって!
あのチアの衣装! 女子が来て黄色い声で応援するのかと思ったのに!
I組の男子が全員着てるの! 脛毛そのまま! 気持ち悪い! でもおもしろーい!
ノリノリでやってる子もいれば、もうヤケクソって顔してる子もいる。
「あはは……はは……お、お腹痛い……すごいね、I組! 敵ながら天晴れだよ!」
「ほ、ほんまやわ……あはは……ハリー、これ、負けてもええんちゃう?」
「うるせーっ! あんな気持ち悪ィもん見せられて負けられるかっつーの!」
女子全員が声が出せないくらいに笑い転げてる横で、男子は全員顔をひきつらせてた。
あはは、やられちゃったなぁ。がんばってI組のモチベーション下げてきたけど、ここで一気に3−B男子のテンションが落ちちゃったよ。
さてさて、どうしたものか。
「……オレたちはお前を信じてるからなっ……」
なんかもう、笑わせたもの勝ち! って雰囲気になりつつあった体育祭会場。
私自身もそんな雰囲気に飲まれかけてたんだけど。
そんな時、クラスの男子のひとりに声をかけられた。
「お前なら必ずっ、オレたちのやる気を奮い立たせるサプライズを起こしてくれるって、信じてるからな!」
「え?」
「そうだっ。なら必ずやってくれるよな!?」
「えええ?」
振り向けば、私を熱いまなざしで見つめる3−B男子たち。
全員揃いも揃って、
『どんな手を使ってでも、オレたちに萌えを届けろ!!』
と、熱視線で訴えてた。
そ、そうだよね……。
密っちや水樹ちゃんがチア姿で応援してくれると思ってたところに、あの強烈筋肉チアボーイズの脛毛攻撃だもんねぇ。
それに期待されちゃうとちゃんも弱いですから!
私はへたり込んでるクラスの男子に向けて、ぐっと親指を突きつけた。
「まっかせといて! 試合前には必ず、必ず! 優勝まで一直線な大応援団揃えてみせるから!」
「うぉぉっ! 頼んだぞ裏店長っ!」
「期待してっからな!」
私の宣言に3−B男子は一縷の望みを託して、気合ともヤケクソの雄叫びともとれる大声を張り上げたのでした。
で。
どうしよう……!!!
全然アイデア思いつかないし! いつものノリで引き受けちゃったけど、全っ然思いつかないよー!
中庭にある佐伯くんの隠れ家で、私はひとり頭を抱えてた。
みんなの期待に答えられずしてなにが商売人かと、ちっちゃい頃からパパとママに仕込まれてきた身としては、なんとしても3−Bのためにナイスサプライズを起こしたいんだけど。
ううう、何も思いつかない……。
「まさかI組の男子がチアの衣装着込んじゃうなんて思いもしなかったし……」
あのインパクトに対抗出来て、なおかつ男子が奮い立つような応援手段!
この際笑いの神でもいいから、どうか私に降りてきてくださいっ!
刻々と過ぎていく時間に、伸びをする勢いで天を仰いじゃったりして。
そんなもんだから、茂みの向こうからこっちを見下ろしてる佐伯くんと、いきなり目が合った。
……って。
「うわっ!? 佐伯くん!?」
「なんだよ、うわっ、て。失礼なヤツだな」
そのまま後ろに倒れこもうかと思ってたのを両手をじたばたさせて堪えて、なんとか体を元通りに起こす。
急いでもう一度振り向けば、そこには腰に手を当てておもしろくなさそうな顔してこっちを見下ろしてる佐伯くんがいた。
「び、びっくりしたぁ。誰かいるとは思ってなかったんだもん」
「フン。喧嘩相手に背中を見せるとは余裕だな? 」
「あ、またそういう可愛くないこと言うんだ、佐伯くん」
言い返した瞬間、チョップが降って来た。
慌てて頭をガードすると、佐伯くんの右手は振り下ろされることなく。
佐伯くんは茂みをまたいで、私の隣にちょっとだけ距離を置いて座り込んだ。
「……どうしたの?」
「別に。棒倒しの召集もうすぐかかるだろ。アイデア浮かばずに逃亡する前に確保にきただけだ」
「うーわー、それは親切にどーもー……」
むっとして返事してやれば、佐伯くんは機嫌を損ねることなく、むしろニヤリと不敵に笑って。
なんだか今は機嫌がいいみたい?
もう、さっきまであんなに機嫌悪かったくせに。
「で? なんかいい案出たのかよ?」
「うっ……それが全然……」
「なんだよ、期待させといて。……別にお前のチア姿なんか見てもなんの得にもならなかったから、いーけどな」
ふふんと鼻でせせら笑う佐伯くんに、カチンときた。
どーせどーせ、私は幼児体型のちびっ子ですよ!
「ふんだ。あかりちゃんのチア姿が見られなくて残念だったね、佐伯くん!」
我ながら、こういうのが子供っぽいんだってわかっちゃいるけどやめられない。
ぷくーっと頬を膨らませて、拗ねまくってやる! イケメンに十人並みの容姿しか持たない女子の気持ちがわかるかっ!
ところが佐伯くんは、私の不貞腐れた一言にきょとんとする。
「は? なんでそこにあかりが出てくるんだよ?」
「なんでって……佐伯くん、あかりちゃんと仲いいじゃない。それにあかりちゃんは美人だし。私と違って」
……いや、でも改めてなんで? って聞かれると……なんでだろ?
こういうときはランキング的にもさらに上行く、密っちの名前にしとくべきだった?
いやいや、佐伯くんは密っちみたいなお嬢様系美人はタイプじゃなさそうだしなぁ……。
私はうーん? と首を傾げて自問自答。
「お前……もしかして、妬いてるのか?」
「……は?」
ぽかーんとした顔して、呟くように言った佐伯くんの言葉に、一瞬私の目が点になる。
妬いてる?
誰が、なにに?
「…………」
「…………」
私も佐伯くんも、お互い口を半開きにした間抜けな顔して、しばしの沈黙。
でも次の瞬間、なんか猛烈に恥ずかしくなってきた!
「だだだだだからここはやっぱり、当初の予定どおり女子のプリチー応援作戦の路線が一番いいと思うんですけど!」
「だ、だよな!? うん、オレもそう言おうと思ってた!」
「チアが無理でも、なにか他にやりようがあるよね!?」
「ある、ある。絶対ある! よし、考えるぞ。考えるんだっ」
お互い一瞬で真っ赤になっちゃって、誤魔化すようにまくしたてて。
私は腕を組んで大袈裟に唸ってみたり、佐伯くんはわざとらしく咳払いしたり。
いや、あの、なにがどうしたとか、そういうんじゃないんだけど。
なんか『間』が悪かったっていうか、なれない空間に迷い込んじゃった、っていうか!?
な、なんかドキドキしちゃった。はぁぁ、なんだったんだろ、今の一瞬!
落ち着け、落ち着け。
今は体育祭応援アイデアを考える時間なんだからっ。余計なこと考えてる暇はないっ!
……ん?
ふと、瞬間的にパニックに陥った気持ちを落ち着けようと深呼吸をしたとき。
赤い顔してなにかぶつぶつ言いながら考え事してる(フリだと思うけど)佐伯くんの横顔が、ちらりと視界に入った。
そのときだ!
「あっ! 水着エプロン!」
「は!? おまっ、何言ってんだよ!? 学校の体育祭でそんなことできるわけないだろ!?」
突然叫んだ私の言葉に、佐伯くんがぎょっとして振り返った。
でも私はその佐伯くんに両手を大きく振って。
「違う違う! そうじゃなくて、佐伯くん見て思いついたの! 佐伯くんって、水着エプロンだけじゃなくて、メイドさんも好きでしょ?」
「おいっ、人を変態みたいに言うな!」
「そうじゃなくって! 体育祭で応援だからチア、なんて思ってたけど、別に他の格好したっていいんだよね?」
「あ……!」
私の言葉に、佐伯くんも目を大きく見開いて私の顔を指差した。
「だよな!? いい案だっ!」
「でしょ!? ……あ、でも、衣装なんてどこから……」
「……演劇部だ! 手芸部にも頼めるんじゃないのか!?」
「それだ! 佐伯くん頭いい!」
「当たり前だ!」
私と佐伯くんは立ち上がって、両手でハイタッチ!
見詰め合うのは悪巧みの成功を思い浮かべてる、いたずらっ子の笑顔。
こんな楽しそうに生き生きした佐伯くんの笑顔を見るの、久しぶり。
見てるだけでこっちが嬉しくなっちゃうような、とびっきりの笑顔。
「……なぁ、」
ところが、佐伯くん。
元気いっぱいの笑顔を見せてくれてると思ったら、急に済まなさそうな顔になっちゃった。
な、なんだかなぁ。本当に今日の佐伯くんは気分の躁鬱が激しいっていうか。
「どうしたの?」
「あのさ、オレちゃんとがんばるから。決勝戦、クリスじゃなくて、ちゃんとオレを応援しろよ」
「佐伯くん……」
突然の言葉に、私はなんと返事したものか言葉を失って。
でも佐伯くんは、今度こそ優しい笑顔で私を真っ直ぐに見て。
「絶対優勝する。そうしたらオレ、ちゃんとお前に謝るから」
「えっ?」
「だから、今回は先に謝るな。わかったか?」
ぽすん、と。
照れ隠しなのか、私の頭に親愛のチョップ一発。
顔を上げたときには、佐伯くんはもうグラウンドに向けて走り出していた。
「佐伯くんっ」
その背中に向けて、私は声をかける。
「応援するよっ。私、佐伯くんを応援するからね!」
いつもなら「当然だ」とかなんとか、オレ様な返事が返って来るところだけど。
佐伯くんは振り返らずに、走りながら右手の拳を突き上げて、返事をしてくれた。
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