混合リレーを終えて。
 3−Bのクラス席は、異様な雰囲気が漂っていた。
 混合リレー、まさかのバトンミスにより着順は3位。
 I組とのポイント差はわずか10ポイントになってしまったんだ。



 54.3年目:体育祭 裏工作大作戦



 バトンミスがあったのは第3走者のあかりちゃんと第4走者の佐伯くんの受け渡しのとき。
 一時は5位まで順位が落ちてしまったけど、佐伯くんの必死のがんばりでなんとか3位に食い込んだ。

 でもでも、佐伯くんに支えられるような形でクラス席に戻ってきたあかりちゃんは、クラスのみんなが気にするなって声をかけても泣き止まなくて。
 密っちに優しい言葉をかけられても、ぱるぴんに明るく陽気に励まされても、竜子姐がハッパかけても全然駄目。

 ってことで、現在なぜか。

「くーちゃんお昼は何食べたの?」
「ん〜、チェリーパイ♪」
「欧米かっ!」
「欧米やで?」
「そうだった!」

「…………」

「……くーちゃん、いつまで続ければいいんだろ、この漫才……」
「あかりちゃんが泣き止んで笑顔見せてくれるまでやろ?」
「うぐっ。そ、それじゃあ次はディラン&キャサリンを……!」

 海野あかりを笑わせ係になってしまった私とくーちゃんは、必死の思いであかりちゃんの目の前で漫才を続けていたのでした。
 ってこれ、本当に意味ないような気がするんだけどなぁ……。

 あぁっ、向こうで志波っちょと竜子姐がすんごい白い目でこっち見てるし!

「あ、あかりちゃ〜ん……もう気にしないでもいいんだよ? なんだかんだってまだリードしてるんだし」
「そうやで? 残る棒倒しで1位取ればええんやで?」
「でも私、志波くんも大崎さんも1位で来てたのにっ」

 どんなに私とくーちゃんが笑わせようとがんばっても、あかりちゃんは自分のミスを悔やんだまま沈みっぱなし。

 今は棒倒しに向けてグラウンド整備中。
 女子チームは棒倒しに向かう男子を励ます&対戦チームを陥れる使命があるから、なんとかあかりちゃんには泣き止んでもらわないと。

 だいたい3−B3大美女の一人のあかりちゃんが暗い顔してちゃ、確実に男子のモチベーションに影響出ちゃうもんね!

 と、そこへ。

「いい加減泣き止めよあかり。辛気臭いだろ」

 私とくーちゃんの間に割り入るようにしてやってきたのは、佐伯くんだった。
 ほんの一瞬、くーちゃんと佐伯くんの間に流れるひんやりとした空気。
 ……な、なんだかなぁ。ここはここで……。

「辛気臭いって言い方はないでしょ、佐伯くん。口悪いんだから。励ますならもっと優しい言葉で!」
「そ、そっか。なぁ、あかりだって全力で走ってきたんだし、誰もお前のことせめてないって」

 あかりちゃんの目の前にしゃがみこんで、めずらしく優しい言葉をかける佐伯くん。

 佐伯くんって、あかりちゃんには優しいんだよね。……いや、いいんだけどさっ。
 仕事仲間にも少しぐらい気を遣った優しい言葉かけてくれたっていーじゃんって思うわけですよ。
 いや、喧嘩中だから仕方ないことなんだけどさ!

 と、その時。佐伯くんに割り込まれてちょっと離れてしまったくーちゃんが。

「せやせや。瑛クンの言うとおりや。バトンミスしたんはあかりちゃんだけとちゃうやろ?」

 にーっこりといつもの笑顔の端に黒いもの。

 おもわずあかりちゃんが目を点にして顔を上げた。
 その目に映るのは、見詰め合う、ってか睨みあう、はね学の王子とエンジェルの笑顔。

「ほう。どういう意味だ? クリス」
「ん〜、別になんの意味もあらへんよ〜?」
「そうか? オレには誰かを責めてるように聞こえたんだけど」
「いややわ瑛クン。ボク『には』発言の裏表なんてあらへんて」

 ばぢばぢばぢぃっ!!

 ほとばしる火花! 荒れ狂う風!

 ……っていうか怖いよふたりとも!?
 口だけ笑顔で黒い、黒い!!

 ってこうしちゃいられない。
 手に手を取って協力し合わなきゃいけない棒倒し前に、クラスメイト同士亀裂が入ってどうするの!

「あ、あ、あかりちゃんっ、元気になったよね!? もうすっかり元気だよね!?」
「え、あ、うん! もう元気! すっかり元気!」

 あかりちゃんも二人の間に流れる険悪なモノを感じ取ったのか、慌てた様子で頷いてくれた。
 驚いて涙もひっこんじゃうよね!

 そして私はくーちゃん、あかりちゃんは佐伯くんの腕をとってとりあえず引き離しにかかる。

「くーちゃん! とりあえずハリーに作戦内容聞きに行こう!」
「そうやね。そろそろ準備せんとあかんね?」
「瑛くん、瑛くんはコッチ!」
「ちょ、ちょっと待てよ。なんでがあっちなんだよ」

 ぶつぶつ言ってる佐伯くんの声が聞こえるけど、クラスの目立つふたりがいがみあってるのをこれ以上クラスメイトに見せられないもん。
 私はくーちゃんの腕を引っ張って、中庭の方にまでやってきた。

 中庭ではせまりくる棒倒しに向けて、3年生男子が思い思いにストレッチをしたり軽く走っていたり。
 あ、うちのクラスの男子も奥の方にいる。

 私とくーちゃんはみんなの邪魔にならないように、中庭隅の茂みのほうへ。

「なんかくーちゃんっぽくないよ。あんな意地悪な言い方しちゃって」

 人目につかないところまできて、私はくーちゃんを振り返る。

「私別に佐伯くんにいじめられてるわけじゃないよ? ちょこっとばかり喧嘩中なだけで。くーちゃんまで佐伯くんと喧嘩しなくても……」

 くーちゃんは私にすっごく優しいから、ちょっと感情任せにキツイこと言っちゃう佐伯くんから庇ってくれてるつもりなんだろうけど。
 私のせいで二人の友情にヒビが入っちゃうのは、すっごく申し訳ない。

 でもくーちゃんはいつものようににっこり微笑むだけで。

ちゃんも瑛クンも、もう少し自覚せなアカンで?」
「え? な、なにが?」
「そうせんと、意地悪くーちゃんはやめられへ〜ん」
「えええ?」

 なぜか嬉しそうに楽しそうに、ぽんぽんと私の頭を撫でるだけだった。



 ……で。
 そんなことしてる場合じゃなかったのだ!

「3−B女子の3−B女子による、3−B男子のための史上最大の作戦! ただいまより実行に移りますっ!」
「「「おーっ!!!」」」

 私が拳を振り上げると、クラスの女子全員+若王子先生が元気よく呼応してくれた。

 ここは若王子クラス特権の特別秘密会議場という名の化学準備室。
 普段は若王子先生が座ってるデスクの椅子に私が座り、その周りをぐるっとクラスの女子がかこんでた。
 そこにはすっかり元気を取り戻したあかりちゃんもいる。

 そうなのだ。

 私たち女子は男子の棒倒しをサポートすべく、相手に心理戦をしかける使命を持って集まっているのだ!!

 ……なんて言い方するとちょっとカッコいいよね。えへ。

「あの、隊長質問です」
「うむっ。なにかね若王子隊員っ」

 デスクの上に広げた作戦シートをみんな覗いていたんだけど、ひとりだけ窓の外を見ていた若王子先生がひょいっと手を挙げた。

「今現在3−B男子はその棒倒し1回戦の真っ最中なんですけど。作戦の実行が遅くないですか?」
「そんなことないですよ? 私たちの作戦は、あくまで決勝のI組に対して行うものですから」
「決勝くらいは自力でたどりついてもらわんとな。途中で負けたらそもそも優勝狙えへんやろ?」
「やや、そうでした」

 ぽんっと手を打って納得する若王子先生。

 だけどみんな、男子は問題なく決勝まで残ってくれるって信じてる。
 だって、だってねぇ?


「アンタたち、決勝まできっちり勝ち上がってこなかったらどうなるか、わかってんだろうね?」
「頭バリカンと眉毛バリカンとついでに脛毛……はガムテだね」
「お前らっ!! ゼッテー決勝いくぞ! ゼッテーだぞ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」


 姐御らしく啖呵を切った竜子姐と、バリカンとガムテープ片手にすーっごいいい笑顔浮かべたリッちゃんに応援されて、男子の気合の入りようったらなかったもんね。あっはっはっは。

「さて。試合は男子に任せて、私たちのI組かく乱作戦ですがっ」

 思い出し笑いを止めて、私は作戦シートを指した。
 そこには既に私とぱるぴんが中心となって書き出した作戦の数々と、作戦実行者の名前。

「まずはI組の1回戦に向けての作戦だけどね……」

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

「こんにちは。これから試合なの?」
「棒倒しがんばってね!」
「う、うわっ!? 水島さんに水樹さん!?」

 密っちと水樹ちゃん、はね学二大美女に話しかけられたI組の男子5人は、案の定激しく動揺した様子を見せた。
 棒倒しの集合場所に向かう途中だったらしい5人は、見た目も体つきもひょろっとした内気な感じの子ばかり。
 どうがんばったって、学園アイドルに自分から話しかけられるようなタイプの子じゃないって感じ。

 顔を見合わせて赤くなってるのか青くなってるのかよくわかんない彼らに、密っちと水樹ちゃんはにこにこと愛想のいい笑顔で近づいていく。

「I組は総合で2位なのよね? 3−Bも負けてられないわね」
「決勝で当たれるといいよね! がんばってね!」
「あ、あ、ありがとう!」

 あらら、デレデレしちゃって。
 5人組は「やるぞー!」「おー!」と気合を入れながら集合場所に向かっていった。

 校舎の角から様子を覗いていた私たちを振り返って、密っちと水樹ちゃんはいたずらっぽくVサイン。
 私たちも全員でVサインを返したのでした!


 で、結果。


「うぉぉぉぉぉ!!!」

 二人に激励された5人組はそりゃもう見てまるわかりなくらいに、試合中縦横無尽にグラウンドを駆けずり回っていた。
 まぁその5人のがんばりがあってもなくてもって感じで(あはは、ごめんね)I組は危なげなく1回戦を突破。

 だけど。

 1試合でその5人組はへろへろ状態。
 クラスメイトに肩を抱かれてやっとの状態でクラス席に戻っていったのでした。

 というわけで!

「対I組心理作戦第一弾! 学園アイドルの魅力で学力系男子の体力奪取作戦は無事成功っ!」

 ぽんっと作戦名の上に成功スタンプを押せば、女子一同からは「おおーっ」と拍手が沸いた。
 でも若王子先生だけは準備室の隅で。

「ひ、ひどいです……純情学生の心理を弄ぶような非道な作戦ですっ……!」
「ちなみに今の場面をこっそり志波っちょにも見せて、うちの戦力アップも欠かしてません!」
「…………」

 教室の隅で膝抱えて震えだした若王子先生はおいといて。

 私はばしっ! と作戦シートの次の作戦を教鞭で指した。

「続いてI組2回戦のための作戦! 学力系男子をつぶしたからには、次は体育系男子対策だね!」

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

「……で、次にこれが3グラムです」
「これが3グラム……と」
「続いてこちらが5グラムです」

 棒倒しの集合場所から近いんだけど、バックネットのせいで死角になってる日陰の水場。
 そこで額をつきあわせながら、なにやらペットボトルに怪しい粉末を注いでいる若王子先生とチョビちょとぱるぴん。

 そこへやってきたのは、というかうちの男子にも協力してもらって言葉巧みに誘導してやってきたのはI組の柔道部4人組。

「あれ、若王子先生。何してるんスか?」
「や、こんにちは。今先生重要な実験中なんです」
「は? 実験?」

 ペットボトルから視線もそらさず、言葉だけで返事する若王子先生。
 それはチョビっちょもぱるぴんも一緒。3人とも超真剣。

 柔道部4人組は興味をそそられたのか、顔を見合わせながらも3人のもとへ。

「実験てなんの?」
「棒倒しに向けて、うちのクラスの男子に差し入れするスポーツドリンクの配合実験です」
「若ちゃんが各メーカーの成分分析してな、ベストチョイスの配合あみだしてん! それの調合中や!」
「へ、へぇ〜……。3−Bってホント気合入ってるよな……」

 4人組は興味深そうにぱるぴんの持ったレシピと若王子先生が粉を注ぐペットボトルを見つめてる。
 よしよし、いい感じっ。

「で、最後にこれが2グラム。あとはボトルの口まで水入れれば完成や!」
「はいはいっ。水を入れて、っと」

 ごぽごぽぽ。

 水道水を勢いよくいれて、若王子先生ががしゃがしゃ振って。
 若王子先生、ごくんと一口。

「うん、バッチリです! 3−B男子専用、特別スポーツドリンク若王子スペシャルの完成ですっ!」
「ばっちりやな!」

 わー、と拍手を贈るぱるぴんとチョビっちょ。つられて4人組も拍手してる。

「っと、こうしてはいられません。急いで人数分用意しないと間に合いません!」
「せやな。アタシ台車借りてくるで」
「先生は人数分の粉の配合をしてきますね」
「私はお手伝いしてくださる人を呼んできます!」

 そう言って、若王子先生とぱるぴんとチョビっちょはあわただしく校舎の方へと走り去っていった。

 で、取り残されてぽかーんとしてた4人組。
 湧き上がるのは、頭脳アメを作り出してしまうとも言われる若王子先生が作ったスペシャルスポーツドリンクへの好奇心。

 緩んだ口元で、きょろきょろ辺りを見回しちゃったりして。

「……飲むか?」
「い、いいよな? つか、ここに置いてくほうが無用心なんだし!」
「一口ずつくらいなら、水足しとけば大丈夫だって!」
「これ以上3−Bに戦力アップされても困るし……」

 4人は一通り誰が聞いてるわけでもないいい訳を口にして。

 スポーツドリンク回し飲み! しかも一口ずつなんて言ったくせに、空っぽにしちゃってるし!

「「「「マズ…………」」」」

 4人組は顔をしかめながらも、カラになってしまったペットボトルを見下ろして。

 次の瞬間、ダッシュで逃げた!

「うわー……あれ、全部飲んじゃったよ、あの人たち……」
「ご愁傷さまだね」

 例のごとく校舎の角から様子を見ていた私たち。
 私は竜子姐と顔を見合わせて小さくほくそ笑むのでした。


 で、結果。


「おい、お前らどうしたんだよ? 顔色悪いぞ?」
「ちょ、悪い……ど、どいてくれっ!!」

 2回戦もI組はしっかりと勝ち進んだけど、若王子スペシャルドリンクを飲んだあの4人組は試合後、青い顔して走り去った。
 試合中もなんだか悲惨な顔してたけど、あれはちょっと可哀想だったかも。

「全部飲んでしまうから悪いんですよ」
「一口ずつ、味見する程度ならあそこまではならんかったんにな」
「で、一体あれってなんのドリンクだったの?」
「健康体に影響が無い分量を若王子先生に計算してもらった、便秘解消薬の粉末」
「……こうなったら一蓮托生です。みなさん、このことは絶対ぜーったいに、シーですよ?」

 よい子は絶対に真似しちゃいけません。
 とはいえ。

「対I組心理作戦第一弾! 3−Bブレーンで主戦力の体力を奪え大作戦は成功っ!」
「……これ心理作戦って言えるんですか?」
「ともかく成功っ!」

 ぽんっと成功スタンプを押して、女子一同から沸きあがる拍手。

 さて。
 いよいよ次は決勝戦だ。

「男子もちゃんと勝ちあがってきたし、いよいよ勝負の時やな」
「みんな気合入れていこうね! 絶対絶対、全員の力で総合優勝もぎ取ろう!」
「「「おーっ!!」」」

 若王子先生も気持ちを切り替えて、みんなと一緒に拳を振り上げる。

 さぁ、次こそが女子チームの本領発揮だ!

「では発表します! 次の決勝戦、私たちの作戦はこれですっ!」

 私は今までの作戦シートの上に、決勝戦用の作戦シートをばっと広げた。

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