「……ちょっとヤバくねーか? コレ」

 得点板を睨みつけながらぽつりと呟いたハリーの言葉に、私とチョビっちょは顔を見合わせた。


 52.3年目:体育祭 休戦協定


「なにがヤバいの?」

 小テストの答案用紙を睨みつけてるときと同じ顔して、顎に手をあてて唸ってるハリー。
 みんなのお弁当の空き箱を片付けていた私とチョビっちょは、そのハリーの背後から得点板を覗き込んだ。

 ちなみにお弁当は若王子先生監修の特別メニュー。
 それを我らがアイドル密っちや水樹ちゃんが作ってきたってことで、クラスの男子はみんな涙流してかきこんでたっけ。
 単純だなぁとは思いつつも、これも作戦ですから!
 アイドルお手製弁当で午後のやる気も補充バッチリ! てなもんですよ!

「見てみろよ。この得点」
「? 3−Bの独走じゃない。なにか問題ある?」
「バッカ、よく見ろって! 3−Bの得点と、I組の得点!」

 私はハリーに首根を掴まれて、鼻先スレスレまで得点板に近づけられて。
 ついでに私が両肩抑えてたチョビっちょも一緒に。

 B組 前半総合 150P
 I組 前半総合 130P

「……? 20ポイントも差がついてるよ?」

 一体なにがいけないんだろ。
 私は首を傾げる。

 ところがチョビっちょは思い当たったらしい。「あ!」と短く声を上げて私を振り向いた。

「確かにこれはマズイかもしれません。他のクラスならいざ知らず、I組と20ポイントしか差がついていなかったなんて」
「だろ! 後半の競技に出るヤツにハッパかけねぇとマズイよな?」
「な、なんでなんで? だって、後半戦って男子1500と女子800、あと男女混合リレーと棒倒しでしょ? 全部うちのエースがエントリーしてるじゃない」

 男子1500は志波っちょ、女子800は竜子姐、男女混合リレーは先の二人とリッちゃん、それに佐伯くんが出る予定になってるもん。
 余裕でポイントゲットできるじゃない!

 って思いながらハリーとチョビっちょの二人を見たら、二人とも大きくため息をついた。

「バッカ。競技ごとのポイント割り振り考えてみろっつーの!」
「え? えぇと、1500と800は各クラス1名エントリーで1位が15ポイント、2位が10ポイント、3位が5ポイントでしょ? で、花形競技の男女混合リレーが1位30ポイント、2位20ポイント……メインの棒倒しは一発逆転をかけて1位が50、2位が30、3位が10……だよね?」
「それで問題になってくるのが、B組の選手とI組の選手のエントリーです」

 首を傾げてると、チョビっちょは1枚の用紙を広げた。
 それはヒカミッチたち情報収集班が探ってきた、各クラスの競技出場予定選手の一覧表だった。

「見てください。私たちはあくまで総合優勝を狙うために、B組主力の志波くん、佐伯くん、藤堂さん、海野さん、大崎さんを順当に勝てる競技に午前中から割り振ってきました。ところが……」

 チョビちょの人差し指がI組の選手欄を指す。
 選手の横には競技結果が書き込まれていて、I組はほとんどが2位、ときどき1位という結果。

「うん。……で?」
「だぁ! もう察しの悪いヤツだな! っ、I組の部活構成は!?」

 イライラしてきたハリーにびしっ! と指を突きつけられて、私は一歩後退り。

「え、えとえと、主に野球部と柔道部……だっけ? あと、ちょこっとサッカー部……」
「それです! 見てください、午前中の競技に、その人たち1度も出てないんですよ!」
「えっ!?」

 私の声に、まわりにいたクラスメイトたちもなんだなんだと集まってきた。

 たしかにチョビっちょの言うとおり。
 I組の午前中の競技参加者は今言った主力と思われる人が全く出てなかった。

 ということは。

 ハリーは難しい顔して私たちをぐるりと見回した。

「I組の連中、はなから午後の得点の高い競技での逆転を狙ってやがったんだ」
「で、でもウチの主力のトラックタイムは学年トップクラスだよ? そんな心配しなくても……」
「いえ、それは違いますよ、さん」

 口を挟んできたのは若王子先生だ。
 若王子先生も難しい顔して、ちょっと小首をかしげるような感じで得点板と一覧表を交互に見て。

「みなさん見てください。I組は混合リレーと棒倒しで逆転を狙ってるはずです。午後の競技で参加競技がかぶっているのは棒倒しに参加する男子だけ。でも、3−Bは」

 若王子先生の指先が1500、800、混合リレーと順番に移動する。

「志波くんと藤堂さんが連戦です。特に藤堂さんは800のあとすぐに400×4のリレーに出場だ。志波くんなんか3競技にでなきゃいけない」
「あっ!」
「直前の競技に参加するということは疲労度に相当なハンデになるはずです」
「で、でも、I組のリレーに参加する女子は運動系部活の所属者じゃないですよ? 確かに、速いタイムを持ってるみたいだけど……」
「いや」

 あかりちゃんの言葉を遮ったのは志波っちょだ。
 その横で、なぜかリッちゃんも苦虫噛み潰したような顔してる。

「女子は知らねぇけど、男子二人は速い」
「ふたりとも野球部なん? あれ、コッチの子、リツカちゃんの双子の弟クンやなかったっけ?」
「そ。コイツ、100メートル10秒台で走るよ」
「ええええええ!?」

 リッちゃんの言葉に、クラス中が大声を上げた。
 だって、だって、100メートル10秒台って! 陸上部でもないのに!

「でででも、400と100じゃ勝手が違うでしょ?」
「でも速いことは速い」
「それで疲労の蓄積してる志波くんや竜子が相手するのは大変ね……」
「問題はそれだけではないな。最終競技の棒倒しも要注意だ」

 眼鏡をずりあげながら、ヒカミッチも話に加わってきた。

「ほら、I組の男子はさっきも言ったとおり野球部と柔道部が集まってる。これは手ごわいよ」
「うちのクラスはひょろいのばっかだしねぇ」

 竜子姐が腕を組みながらB組男子一同を見回す。
 男子は多少ムッとしたみたいだけど、竜子姐になにか言い返すような度胸はなかったみたい。
 ああもう。そういうところで駄目なんだってば!

「これは作戦を考え直す必要がありそうだな……」
「「「「「うーん……」」」」」

 午後の競技、1500と800は1位を間違いなくとれると思うけど、そのあとの混合リレーと棒倒しを落としてしまったら、I組に並ばれる可能性がある。
 このポイント奪取の争いは正式なものじゃないから、チャンピオン決定戦なんてやるわけないし。

 引き分け終了なんて中途半端な終わり方、ぜーったいヤダ!

 どうにかしてポイントを稼がなきゃ……!

「なぁ」

 と。

 みんなが頭を悩ませていたとき。
 声を発したのは、一番後で話を聞いていたらしい佐伯くんだった。

 うわーめずらしい。こういう時に自分から発言するタイプじゃないのに。

「なになに、佐伯くん!」
「何かいい案があるの?」
「ああ、うん。ちょっとね」

 クラスの女子が期待に満ちた目を佐伯くんに向ければ、愛想笑いを浮かべた佐伯くんはあかりちゃんの方を向いて。

「リレーさ、あか……その、海野さんに走ってもらえば?」
「えっ、私??」

 いきなりご指名されたあかりちゃんは目をぱちくり。
 でもハリーとヒカミッチはぽんと手を打った。

「そっか。そーだよな! 疲れてる藤堂じゃなくて、あかりが走ればいーんじゃねーか!」
「そもそも混合リレーはこれまでのタイムと当日の体調でエントリーを決めようという話だったからね。今ならまだエントリー変更もきくはずだ」
「ちょ、ちょっと待って! でも私、竜子さんとじゃ1秒近くタイムが違うんだよ?」
「あかりのベストタイムと竜子姐の800走った後のタイムなら、大して差はあらへんやろ? それに今回は100やなくて400やし、万全の体調で臨めるあかりのほうがええんちゃう?」

 戸惑うあかりちゃんに、ハリーやヒカミッチ、ぱるぴんまでもが説得にかかる。
 でもでも、考えてみればそうなんだ。
 あかりちゃんだって、竜子姐やリッちゃんほどじゃないにしろB組のトップアスリートのひとり。妥当な判断だよね。

「海野さん、お願い!」
「I組に勝とうよ!」

 そのうちクラスのみんなもあかりちゃんを説得にかかって。

「う、うん……それじゃあ私、リレー走ってみる!」

 最後にはあかりちゃんもやる気をみなぎらせて頷いた。
 よしよし、とりあえずリレーはこれでオッケーだね!

 チョビっちょが大会本部にエントリー変更を知らせに走る。
 その間に、今度は棒倒しの作戦会議だ。

「つっても、まともに柔道部とぶつかっても勝ち目ねぇぞ?」
「僕たちのクラスならば、機動力をいかして短期決着をつけるくらいしかないと思うけど……」
「それなんだけど」

 で、再びハリーを中心にうちのブレーンが頭を抱えたときだ。
 またまた発言したのは佐伯くん。

 今度こそクラス中が目を丸くして佐伯くんを振り向いた。
 いきなりクラス全員から注目されて、佐伯くんもぎょっとするんだけど……。

「な、なにかな?」
「なにかな、って。コッチの台詞だっつーの! なんだよお前、いつになく燃えてんじゃん!」
「わ、悪いか? 僕だって、3年目の体育祭は勝ちたいんだ」

 なんとかいつものすまし顔を取り繕ってる佐伯くんだけど。
 私とあかりちゃんは思わず顔を見合わせて、「あ」と声に出さずに口をあけた。

 そうだった。
 午前中の競技も、怪我しちゃううくらいめずらしく気合入ってるな〜なんて思ってたけど。

 佐伯くんって、勝負事にはとにかく熱くなる人だったっけ! 超負けず嫌い!
 なんだ、澄ましたフリして、人一倍体育祭に燃えてるんじゃーん!

 かーわいー……! ……くなーいもーん……。

「へっ、別に悪いなんて言ってねぇって! やる気になってんなら文句なし! で、なんだよ佐伯。なんかアイデアあんのか?」
「ああ。棒倒しに僕たち男子が全力を尽くすのはモチロンだけど、女子にも活躍してもらったらどうかなって」
「瑛クン、棒倒しに女のコは参加できへんねんで?」
「なにも競技参加しなくても、勝利につながる道はあるだろ?」

 佐伯くんの含んだ言い方に、クラスのみんなが首を傾げる。
 しかししかし、若王子先生だけはニヤリとアヤシイ笑みを浮かべて佐伯くんを見つめ返した。

「なるほど。心理戦をしかけるというわけですね?」
「そうです。実力で戦えないなら、相手の動揺を誘えばいい」

 若王子先生のニヤリに、こちらもわっるーいニヤリで返す佐伯くん。
 っておーい……。はね学2大イケメンが揃ってそんな顔してていいんですかー?

「I組のヤツだけじゃない。女子の力で対戦相手に心理的な圧力や同様をかけられれば試合に対する集中力が減って、有利に動けるはずだ」
「なに言ってんだい。そんなセコイことすんのは性に合わないね」
「いや、そんなことはない」

 はっ、と鼻であしらった竜子姐に志波っちょが首を振る。

「心理戦は正当な戦法だ。この程度で崩れるようなやわな精神じゃ、プロ失格だ」
「志波っちょ、これ学生スポーツだよー」
「あれだろ? サッカーとかでユニフォームひっぱったりわざと足引っ掛けたり、審判にばれなきゃ有効だっていう『マレーシア』!」
「針谷くん、それを言うなら『マリーシア』だ」
「ま、さすがに学校の体育祭でボディチャージするわけにいかないから、心理戦にしようかってこと」

 うーん……。

 佐伯くんの提案にみんな腕を組んで考え込む。

「でも佐伯くん、女子が心理戦をしかけるなんて、なにかいい方法はあるの?」
「いや、全然」
「ないんかいっ!」

 密っちの問いかけに首を振る佐伯くん。ここはビシッとぱるぴんのツッコミが入った。

「だけど」

 ところが。

 佐伯くんがこっちを見た。あれ、誰を見てるんだろ?
 くるっと振り向いても、私の後ろには佐伯くんのファンもいないし、大して親しいとも言えない男子だけ。
 もう一度視線を戻してみても、やっぱり佐伯くんはこっちを見てる。

 ……ん?

さんなら」

「え?」

 佐伯くんは私を指差して、視線をハリーたちに戻す。

さんなら、きっといい方法を考え付いてくれると思うんだけど」

 それって。

 私に厄介ごとおしつけて嫌がらせしてるなっ!?
 人をいじめるときに限って、その爽やかな外見に反した陰険なことするんだから!

 だけど。

 むっかー! ときた私が反論するよりも早く。

「なるほど! 確かにならおもしれぇアイデア思いつきそうだよな!」
「なんたって裏店長だし!」
「裏クラス代表だし!」

 うぉぉと盛り上がってしまったクラス中の期待の眼差しを向けられちゃ、ちゃんも引き下がれませんって。

「ま、まっかせて! このさんがI組を恐怖のズンドコに陥れちゃうような作戦考えちゃうんだからっ!」
「任せたぞっ!」
っ、期待してるぞっ!」

 乗せられると降りられない私は、結局引き受けてしまうのでした……って、どうしよー!!!



 ……で、何のアイデアも思いつかないまま体育祭は午後イチの応援合戦に突入していた。
 毎年竜子姐が応援部と一緒にカッコいい学ラン姿を披露してて、去年までは私もきゃあきゃあいいながらそれを見てたんだけど……。

 今年はそれどころじゃないっ!
 試合中のI組を陥れるような心理作戦なんて、どうすればいいんだかっ!

「毒を盛るならお昼休み前がチャンスだったのにっ……」

 いい案が思いつかなくて、我ながらとんでもないこと口走ってるなーなんて思いながら。
 クラス席の後方で応援合戦もろくに見ないでぶつぶつぶつぶつ。

 あーもう! ぜんっぜん思いつかないってばー!

 思わず頭を抱えてぐしゃぐしゃと髪をかきまわそうとしたとき。
 1個席を空けて、隣に誰かが腰掛けた。

 座ったのは……佐伯くん。

 腹立つくらい澄ました顔してグラウンドの方を見つめて、ふいに視線だけ私のほうに向けてきた。
 身長差のせいで、それは見下ろされるような感じで。

「ちゃんと考えてるのか?」
「むっ! 佐伯くんのせいで応援合戦見れないんだからねっ! 毎年毎年、竜子姐の団長姿やリッちゃんの女神楽しみにしてたのにっ。こんな嫌がらせひどいよっ」
「嫌がらせなんかしてない。お前だって体育祭優勝したいんだろ?」
「そうだけどっ」

 前方で応援合戦に夢中になってるみんなにバレない程度の小声で佐伯くんと応酬してる私。
 口をとがらせて、むぅぅぅ〜と佐伯くんを睨みつけてやる。

 意地悪っ。陰険っ。二重人格っ。ヘタレっ。音痴っ。

「なんだと?」
「なななななななんにも言ってないよっ!」

 うわびっくりした。絶対聞こえないくらいに呟いてたのにっ。

 慌てて頭をぶんぶん振る私に、佐伯くんは不服そうに目を細めてコッチを見てた。
 でもやがて視線を応援合戦に戻して。

「……別にオレ、お前に嫌がらせしたつもりじゃないし」

 なんだか拗ねたような口調でそう呟いた。

 顔を上げると、そこにはやっぱり不貞腐れたような、拗ねたような。子供のような顔して応援合戦を見ている佐伯くんの横顔。

「勝負事に負けたくないし。だから、ならきっと何か考えてくれるんじゃないかって」
「……佐伯くん」
「なんて言うと思ったら、大間違いだっ」

 ぺしっ!

「アイタっ!」

 いったたた……。
 もうっ、自分で言った台詞に照れるんなら最初っから言わなきゃいいのに!
 照れ隠しに人の頭チョップするなんて、なんてっ。

 ……なんて、佐伯くんらしい。

 私は叩かれた頭をさすりながら佐伯くんを見上げた。

 口をとがらせて、照れてるのかほんの少しだけ頬を染めて、ちっとも怖くない顔して私を睨みつけてる佐伯くん。
 でも、でもそっか。
 佐伯くん、嫌がらせじゃなくて、私に期待してくれたんだ。

 信頼してくれたんだなぁ……。
 なんか喧嘩中ってことも忘れて感動しちゃう。

 そういえば、佐伯くんのチョップをくらうのもすっごく久しぶりだ。
 機嫌が悪いときは特大チョップをかますくせに、喧嘩してる相手に手加減チョップ。

 私は頭をさすりながら、黙って佐伯くんを見上げていた。
 すると佐伯くん、沈黙に耐えかねたのか、再びぷいっと顔を背けちゃった。
 ふふふ、なんか。

 可愛いなぁ。

「なんだよ。人の顔見て笑うな」
「佐伯くんが笑える顔してるのが悪いんだもん」
「なんだと? まだチョップが欲しいのか?」
「いらないよーだ」

 べーっと舌を出せば、今度は佐伯くんは体ごと私に向き直った。
 そして、右腕を肩からぐるぐる回しだして……って、それは凶悪チョップの構えッッ!?

「ちょ、ちょっと待った! これ以上殴られたら心理作戦の案が浮かばなくなっちゃうってば!」
「ちっ、上手い逃げ方だな、

 残念そうに腕を下げる佐伯くん。
 ……なんで佐伯くんって、私にチョップしようとするとき妙に気合入ってるんだろ……?

 ま、まぁそれは今は置いといて、と。

「佐伯くん」

 私は佐伯くんの前に右手を差し出した。
 突然差し出された手に、佐伯くんはきょとんとして視線を落として、ゆっくりと私の顔に視線を移す。

「なんだよ」
「あ、あのね、その……」

 謝らなきゃ。

 密っちやあかりちゃんの言うとおり。意地張ってたって仕方ないんだもん。
 大体、本気で佐伯くんのこと嫌いになるなんて、できるわけない。
 あの時は一方的に佐伯くんが悪いんだと思って大ッ嫌いなんて言っちゃったけど、もしかしたらその前に私が佐伯くんの気に障ることを言ったのかもしれないし。

 謝って、また元通り仲良くしたい。

 でも。

 パシッ

 私が謝罪を口にするより先に、佐伯くんは差し出した私の手を右手で払いのけた。
 驚いて佐伯くんの顔を見れば、そこには怒ったような複雑な色をした佐伯くんの瞳。

「言っとくけど。オレ、お前と仲直りする気なんかないからな」
「え」

 佐伯くんの言葉に思わず手を引っ込める。

 どうしよう。
 私が思ってたよりも、佐伯くんの怒りは大きかったんだ。
 そうだよね、あんなひどい言葉を投げつけた上に勝手に珊瑚礁まで辞めて……。

 どうしよう、どうしよう。
 私の心臓が不安で早鐘を打ち始める。

「……っていうか、フツー立場逆だろ……」
「え、なに?」
っ」

 ところが、佐伯くん。
 がしがしと頭を掻いたかと思うと、今度は佐伯くんが手を差し出してきた。
 ただし、左手。

「え、え?」

 一体どういう意味なのか測りかねていると、佐伯くんに強引に左手を掴まれた。
 ハイタッチするような格好で、手を強く握り締められる。

「佐伯く……」


 呆気にとられて佐伯くんを見れば、怒ってるのか照れてるのか、口を真一文字にして眉間に皺をよせていて。

「これは休戦協定だ」
「……は?」
「体育祭勝利のために、一時休戦してやるって言ってるんだ」

 ……はぁ?

 ぽかーんと口を開けてしまうと、みるみるうちに佐伯くんの顔が赤くなっていった。

「な、なんだよ!? せっかく今だけでも休戦してやろうっていうのに!」
「あ、あのさぁ佐伯くん……」

 どうして、この人はこう……。

 私はがっくりと肩と頭を落とす。

 どうして佐伯くんってば、こうも可愛いんでしょうね!!??
 ああもうたまんないっ!! この意地っぱりっ!!
 だめっ、やっぱりちゃんに佐伯くんを嫌うなんてことできません!

 こみあげる笑いに震える肩をとめられずにいたら、べしっ! とさっきよりも強いチョップが降ってきた。
 顔をあげれば、ますます顔を赤くした佐伯くんが怒りの形相で私を睨みつけてる。

 でもその顔だって可愛くて愛しくて。

「何笑ってるんだよ!?」
「ううん、なんでも! それじゃあ佐伯サマ、休戦よろしくおねがいしまっす!」
「よ、よし。しっかり作戦考えろよ!?」
「アイサー、隊長っ!」

 びし! と敬礼して返事すれば、佐伯くんは「変なヤツー」とぶつぶつ言いながら席を立ってどこかへ行ってしまった。

 くすくす笑いながら佐伯くんの後姿を見送っていたら、とんとんと肩を叩かれて。
 振り向けば、くーちゃんと密っちがにこにこしながら立っていた。
 私は二人にぐっと親指をつきつけて満面の笑顔を向ける。


 佐伯くんの期待も背負っちゃったしっ。
 さぁ、ここからちゃんの体育祭本領発揮ですよ!
 3−Bを優勝に導く必勝心理作戦、ばっちり決めてみせるんだから!

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