「「あっ、危ない!!」」

 一緒に男子200メートルを観戦していた私とあかりちゃんは、同時に腰を浮かせて叫んだ。
 ゴール手前までデッドヒートをしていた3−B代表の佐伯くんが、勢いあまってゴールした直後、前のめりにすっ転んじゃったんだ!


 51.3年目:体育祭 作戦会議


「佐伯くん大丈夫!?」
「やだー、左腕すっごい擦り傷できてる〜!」
「でも顔に怪我がなくてよかった〜!」

 前の組で走っていた志波っちょと一緒に再びクラス席に戻ってきた佐伯くんは、あっという間に女子に囲まれてしまった。

「ああ、大丈夫。見た目派手だけど、あまり痛くないんだ」

 とかなんとか言ってるけど、本当に見た目激しく擦れちゃってる。
 ううう、痛そう〜。

 ……私には関係ないけど……。

「絆創膏の一番大きいのでも覆えないね」
「佐伯くん、包帯巻く?」
「いや、ただの擦り傷だし。ほっといても平気だよ。傷口洗ってくるから、ちょっとごめんね」

 そう言って、佐伯くんは愛想笑いを貼り付けたまま水場の方へ行っちゃった。

「でも佐伯にしちゃ根性見せたな。これで男子200もポイントゲット! 順当だな」

 クラス席の中央では、ハリーとぱるぴんがお手製ホワイトボードに得点を加えて。
 うんうん、B組は1種目めから暫定1位の順位をキープしてるね!

「ほんと、ゴール前の競り合いすごかったよね。いつもの瑛くんからは想像つかないくらいに熱くなってた感じ」

 ね? と笑顔であかりちゃんに同意を求められる。

 えーと……。

「いいカッコ見せたかったんでしょ。カッコつけマンだし」
ちゃん……」

 そっぽ向いて可愛くない台詞を言えば、あかりちゃんはその可愛い顔をきゅっとしかめてしまった。

 本当言うと、カッコいいなって思った。
 いつものすました顔じゃなくて、試合に熱くなっちゃって本来の負けず嫌いが表にバリバリ出てて。
 むしろキュンとしちゃったもんね! さすがはね学プリンス!

 でも、それとこれとは別物!
 金輪際、佐伯くんのフォローなんか絶対絶対してやんないんだからっ。

ちゃん、あのね? 瑛くんも意地はってるけど本当はね」
「いーのっ。こんな楽しい日につまんない話するのやめようよ、あかりちゃん。ほら、次はいよいよ女子200! うちのエース、リッちゃんの出番だよ!」
「う、うん……」

 あかりちゃんは責任を感じているのか、ことあるごとになんとか私と佐伯くんの仲の修復を試みてるみたいなんだけど。
 悪いけど、私にそんな気ないんだもん。

 私は強引にあかりちゃんの背中を押して、トラックの方へと向きを変えさせた。

「若ちゃん、いよいよやな! リツカの出番やで!」
「はいはいっ。大崎さんのコンディションは今日にあわせて先生がバッチリ仕上げてきましたから。きっとダントツで一番です!」

 ぱるぴんが、ばしんと若王子先生の背中を叩けば、若王子先生は目をきらっきらに輝かせて両手でガッツポーズ。
 その視線の先では、すでに女子の200メートルが始まっていた。
 リッちゃんは2組目だから、この次だ。

「リツカってば、めずらしく気合入ってるみたいね?」
「あ、密っち! もう、どこ行ってたの?」

 トラックを見つめながら私の隣に腰掛けたのは、今までずっと姿が見えなかった密っちだった。
 密っちはうふふと優雅に微笑みながら、

「午後イチ応援合戦があるでしょう? 吹奏楽部の有志で、飛び入りしようって話が盛り上がっちゃって。少し合わせてきたところなの」
「へぇ〜。特技があるのっていいよねぇ。がんばってね!」
「もう。がんばるのはさんでしょう?」
「へ?」

 めっ、と小さな子供を叱るように密っちは眉をきゅっとよせて。
 言われた私は目をぱちぱち。

「なんのこと?」
「クリスくんから聞いたわよ? 最近様子がおかしいと思ったら、やっぱり佐伯くんと喧嘩してるんですって?」
「あぅ、それはその」

 ごにょごにょ。
 密っちから視線を逸らして指先をまわす。
 すると密っちはあかりちゃんと顔を見合わせて「しょうがないんだから」と小さく息を吐き出した。

「意地はってたっていいことないのよ? 最後の体育祭なのに、嫌な思い出残したくないでしょう?」
「だ、だってさぁ……私悪くないもん。佐伯くんが……」
ちゃん、私もあのときのあれは瑛くんが早とちりだったって思うよ? だからね、瑛くんに謝る機会をあげて?」

 うぅっ。

 クラスの美少女二人からすがるような視線で見つめられちゃ、男子じゃなくたってどきどきしちゃうってば!

「で、でも今さら……」

 密っちとあかりちゃんの言うとおりだってわかるけどさ。
 私にだってなけなしの意地とプライドがあるもん。今回ばかりは今までみたいに私が折れて……なんて、絶対ヤダ!

 ……でも。

 佐伯くんとこのままの状態が続くほうがもっとヤダ……。

 すると。

「ねぇ! 誰か軟膏持ってなーい?」

 とてぱてと走ってきたクラスメイト。
 あれ? さっき傷口洗いに行った佐伯くんについてった子たちだ。

「どないしたん?」

 くるっとぱるぴんが振り向いてその子たちに声をかけると、彼女たちは水場の方と救護テントの方を指した。

「佐伯くんの怪我ね、絆創膏じゃ小さすぎるでしょ? でも包帯まくほど大袈裟でもないから軟膏塗っておくのがいいかなって思ったんだけどね」
「救護テントさぁ、2人3脚と障害競走のあとだからすっごい混んでて! 軟膏もらうの時間かかりそうだから誰かクラスで持ってる人いないかな〜って思ってこっちきたんだ」

 そういえば、毎年そうだったなぁ。2人3脚で派手に転んだり、障害競走で擦り傷作ったりしてこの2競技のあとはいっつも救護テント混んでたもんね。
 モチロン私ちゃんとくーちゃんのゴールデンペアは息ぴったりだったから、そんなヘマしなかったけどね! えっへん!

さんっ、チャンス到来じゃない!」
「へ?」

 と、いきなり目を輝かせ始めた密っち。
 きょとんとして見上げると、あかりちゃんまでもがぽんっと手を打って。

ちゃん、オロニャイン軟膏持ち歩いてたよね?」
「え、持ってるけど……」

 なんというか、そそっかしいのは生まれつきというか。刃物扱うバイトをしてたわけだし、擦り傷切り傷は日常茶飯事だったりしたから、軟膏や絆創膏はいつも持ち歩いてる。
 ま、学校にいる間はハリーや志波っちょにほとんど消費されてたんだけどね。

 って、そうじゃなくて!

「持ってるけど、やだよ!? なんで私が佐伯くんなんかに……」
「やだ、友達思いのさんとも思えない台詞。いいの? 傷ついてる人を放っておいても」
「う。ひ、密っちヤな言い方するなぁ……」
「仲直りのチャンスだよ、ちゃん!」

 べ、別に仲直りなんかしたくないもん。
 ……まぁ、佐伯くんの方から謝ってくれるんなら考えないでもないけどさっ。

 って。

 怪我人相手にこれはちょっと卑怯な考えだよね……。
 で、でもなぁ……うぅぅ。

さんが軟膏持ってるそうよ。今から届けに行ってくれるみたい」

 結局私の迷いなんてそっちのけ。
 強引に密っちが話を決めちゃったから、私は渋々オロニャインを持って水場に向かうことになっちゃった。

 それにしても密っち。

 私たちが届けるよ! と言ってくれたクラスメイトに微笑み一発。
 どうして彼女たちがすくみあがったのかは、……やっぱり突っ込んじゃだめだよね?



 バックネット近くの水場は、グラウンドを使う野球部やラクロス部がよく顔や手足を洗っているところ。
 その水場の一角に寄りかかりながら、佐伯くんは怪我をした腕を見て顔をしかめていた。
 水場は日陰になってるんだけど、そんな薄暗い中でも佐伯くんの腕の変色した擦り傷あとははっきりとわかった。

 うわ〜、やっぱり痛そう〜。

「……?」

 あ、気づいた。

 オロニャイン片手に、水場から5メートルほど離れた場所で様子伺いをしていた私を見つけて、佐伯くんが体を起こす。
 弱気になるなっ。毅然とした態度でっ。

 私はぎゅっと口を真一文字に結んだまま、佐伯くんから視線をそらさずにゆっくりと近づいて。
 何か物言いたげな顔してこっちを見てる佐伯くんの横に、オロニャインを置いた。

「あ」

 佐伯くんはオロニャインに視線を落として、ほんの少しだけ目を見開いた。
 私はそのまま1歩、2歩と後退り、それからくるりと佐伯くんに背を向ける。
 任務完了っ。早いトコクラス席に戻ろう!

 ……とした私を、佐伯くんが呼び止める。

「待てよ。じゃなくて、その……待って」

 めずらしく、気を遣った言い方をする佐伯くん。
 私は足を止めて、肩越しに視線だけ佐伯くんに向けた。

「……なに」
「な、なんだよその態度。可愛くないぞ」

 拗ねたような口調で、むっと口をとがらせる佐伯くんに、私もむっとして。

「佐伯くんに可愛いって思われても、なんの得にもならないしっ」

 つーん、と音が出そうなくらいの態度で顔をそむけてやった。
 ホントに可愛くないなぁ、私……。
 せっかく密っちが気を利かしてくれたっていうのに。

 だけど、だって。

「……そうだよな」

 すると、返ってきたのはいらついた声。
 振り向くと、佐伯くんはますます口をとがらせて不機嫌そうな顔をしてた。
 そしてふいっと顔を背けて、尊大な態度をして。

「そうだよな! お前が可愛いって思われたいのは別のヤツだもんな! つーかオレ、お前を可愛いなんて思ったことないし!」
「ちょっ……なにそれ! せっかく人がオロニャイン持って来たのに、可愛くない!」
「男が可愛くてどうするんだよ。っていうか、オレこんなの頼んでないし」
「うっわー、そういうこと言う!? 私だって別に持ってきたくて持ってきたわけじゃないもん! たまたま軟膏持ってたから無理矢理持って行かされただけだし!」

 あっ、余計なこと言っちゃった!

 なんて私が思ったときにはもう遅い。
 佐伯くんの表情が拗ねたようなふてくされ顔に変わっていく。

「だったら持って帰れよ。こんなものいるかっ」

 うわぁ、完全にへそ曲げた!
 で、でもここで私がフォローする義理なんかないもんね!

「なんで佐伯くんの命令聞かなきゃなんないのっ。持っていってって頼まれた以上、持って帰るわけにいかないじゃん! とにかく渡したからね!」
「いらない。誰がお前のものなんか」
「ふんだ。佐伯くんなんかいつまでも痛がってればいいんだっ」
「なんだと!? それじゃあお前はっ……オロニャインでその性格治療しろっ!」
「ちょ、なにそれーっ!? 性格治療は佐伯くんこそするべきじゃんっ!」

 むっかーっ!!
 佐伯くんに言われた! 性格治療って、佐伯くんだけには言われたくないこと言われた!
 こうなったらもう泥沼だ。
 小学生以下の低レベルな言い争いになること必至だけど、負けてなるものかっ!!

 絶対絶対、今日こそは言い負かしてやるんだから!

「オロニャインで怪我じゃなくてわがまま直せばいいんだよ、佐伯くんなんか!」
「だったらはオロニャインで頭の治療だな! そうすりゃ少しはいい点取れるんじゃないか!?」



「若先生、なんか水場で佐伯とがオロニャイン大喜利やってたけど」
「やや、佐伯くんとさんは本当に仲良しさんですねぇ」
「(さん……)」

 200メートル走を終えて顔を洗いに来たリッちゃんが私たちの一部始終見て的確な言葉で若王子先生に報告して、それを聞いた密っちが頭抱えてたなんて。
 私も佐伯くんも、知る由がないのだ。



「オロニャインで音痴矯正!」
「オロニャインで身長伸ばせ!」

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