来たる7月19日ははね学プリンスバースディ。
どんなに黄色い声が飛び交うかと思ってたけど、よくよく見れば水面下は戦々恐々としていた。
5.1年目:佐伯誕生日
「あれ、リッちゃんがもう来てる。めずらしいね? おっは」
「…………」
「よー……」
教室について遅刻魔のリッちゃんがもう登校してきてたから、いつもの調子で声をかけたらものすごい顔で睨まれた。
怒ってる。朝から最高潮に怒ってる。
私はカニ歩きでリッちゃんの脇をすり抜け、窓際に集まってた水樹ちゃんとあかりちゃんの元に駆け寄った。
「おはよっ。リッちゃんどうしたの、あれ」
「おはよう、。大崎さんね、アレに巻き込まれたみたい」
あははと苦笑いを浮かべる水樹ちゃんが指した窓の外には、玄関前の黒山の人だかり。
「あー……この時季にみられるはね学の佐伯星雲に巻き込まれたんだ……」
それはご愁傷様だ、リッちゃん。
「たまたま瑛くんと大崎さんの登校時間が重なったみたい。玄関前で待ち伏せしてたファンの子に突進されて、瑛くんごと揉みくちゃにされたんだって」
「さっきまで教室内で私とあかりにぎゃんぎゃん愚痴りちらしてたんだよ。不機嫌だけど、一応あれで落ち着いたんだから」
「それはそれは。リッちゃんも災難だったね……」
私は窓の外の佐伯星雲、すなわち佐伯くんを核として無数に群がる女の子の集団を見下ろした。
もう予鈴がなってるのに解散の気配なし。ヒカミッチとチョビっちょが風紀委員引き連れてなんとか解散させようとしてるけど……あ、教頭先生まで来た。
佐伯くんも気の毒に。
学校で騒ぎを起こすなって言われてるのに、まわりが勝手に騒いじゃうんだもんね。
王子様はつらいよ、ホント。
……本音を言うと私もアレに混ざりたい派なんだけどね。
事情を知ってる以上は我慢我慢。
「すごかったみたいだよ? 他の子を牽制しつつ、1センチでも佐伯くんに近づこうとしてるんだって。あれはもう格闘技の世界だよね」
「へ、へぇ〜……。佐伯くんの姿見えないけど、生きてるかな……」
で。
なんとなんとその佐伯星雲は休み時間という休み時間にまで発生してた。
そんなことだから、お昼休みには。
「佐伯くんがいなくなっちゃった!」
「ええーっ! 手分けして探そうよ! 屋上とか部室棟とか!」
「みつかったら連絡してよね! 抜け駆け禁止!!」
という状態の佐伯くんファンが殺気立って校内を駆けずり回っていた。
きっと当の佐伯くんは、中庭の秘密の茂みで一息ついてるんだろうな。そういえばあかりちゃんの姿もないし。
「佐伯くんの人気って、わかってはいたけどすごいんだね……」
「ホント。水樹ちゃんは佐伯くんに誕生日プレゼントしないの?」
「私? だって私佐伯くんとほとんどしゃべったことないし。かっこいいとは思うけど、あそこまでミーハーにはなれないよ」
お昼休みの残りの時間で、水樹ちゃんから化学のプリントを写させてもらいながら乙女雑談タイム。
今日までの宿題ってこと、すっかり忘れてた。
「でもさ、佐伯くんだったら当てはまるんじゃない? ほら例の『やさしくてカッコいい』ってヤツ」
「自己紹介シートのこと? じゃあの狙いは佐伯くんだなー?」
「ざーんねーんでーしたっ。違うんだなー。……あ、そういえばさ」
「なに?」
「男の子の自己紹介シートの選択肢ってどんなのだったんだろうね? 気にならない?」
「あ、気になる! そしてちょうどいいところにハリーとクリスくん!」
水樹ちゃんは、ちょうど1−Bの教室前を通り過ぎたハリーとくーちゃんを大声で呼び戻す。
一旦姿を消したハリーとくーちゃんは水樹ちゃんの声に気づいて、つつつ、と後ろ向きに戻ってきた。
「なんだよセイ。も一緒じゃん。呼んだか?」
「呼んだ呼んだ。ねぇ、二人に聞きたいことあるんだけど、こっち来てよ」
「うわぁ、お招きいただいてありがとうゴザイマス〜♪」
「いえいえこちらこそ〜♪」
水樹ちゃんがハリーを手招きして、私はくーちゃんと体を斜めにしながらご挨拶。
二人は私たちの隣の机に軽く腰掛けた。
「で、なんだよ?」
「あのさ、自己紹介シートのこと覚えてる?」
「入学式のあと配られたシートのことやろ? 覚えとるで」
よしよし。
私と水樹ちゃんは顔を見合わせてにっと微笑んだ。
「男の子に配られたシートの異性の好みの選択肢が気になっちゃって。教えてよ!」
「はぁ? そ、そんなもん聞いてどうすんだよ!?」
「ははぁ、さてはちゃんもセイちゃんも、気になる人でもおるん?」
「ひーみーつっ! ね、何も自分が選んだ選択肢教えてって言ってるんじゃないんだからさ。どんな選択肢だったか教えてよ」
「ええよー? なー、ハリークン?」
「ま、まぁそれなら……しょうがねぇなっ!」
ハリーは赤くなって、クリスくんは余裕の返答で。
対照的だなぁこの二人。
私はメモ帳とペンをハリーに渡す。
「えーっと、1つめの選択肢は確か『優しくて』『クールで』……それからなんだった?」
「あれや。『素直で』や」
「あ、そこ女子のと違うね? 私たちのは『素直で』じゃなくて『ちょっとキザで』だったよね?」
「セイちゃんとちゃんは『優しくて』か『素直で』のどっちかやね〜」
「くーちゃんは『優しくて』だよね!」
「ハリーは『ちょっとキザで』かなぁ」
「褒めてんのか? だったら許してやる」
「それで二つ目のが『純粋な人』と『可愛い人』と『ノリがいい人』だったな」
「二つ目は全然違うね。こっちは『頼れる人』『カッコいい人』『面白い人』だったよ」
「セイは『純粋な人』では『ノリがいい人』だな!」
「あ、ちょっとハリー! そこはお世辞でも『可愛い人』って言うところでしょー!? そんなこと言うならハリーは『ちょっとキザ』で『面白い人』決定!」
「なんでだよ! オレ様は『クールで』『カッコいい人』だっつーの!」
「なぁなぁボクは?」
「クリスくんは……『面白い人』?」
「ばっちぐー、ナイスな解答やでセイちゃん♪ ボクの言葉でみんなが楽しんでくれれば嬉しいわー」
「くーちゃん素直で純粋っ! 大好きっ!」
「ボクもちゃん大好きっ!」
「クリス、それ女子向け選択肢だろ……」
へぇぇ、そうだったんだ〜。
女子に配られたシートの選択肢じゃ、男子のに対応してないよね、なんて思ってたけどやっぱり違ったんだ。
ハリーもくーちゃんも、どれを選んだのかな。
「っと、予鈴鳴っちまったな! じゃあな、セイ、」
「セイちゃん、ちゃん、またなー?」
「うん、ありがとね、クリスくん、ハリー」
「まったねー!」
予鈴とともに教室を出て行くハリーとくーちゃんを見送ってから、私も席に戻った。
こうなると、俄然みんなの回答が気になるなぁ。
今度、志波っちょや竜子姐にも聞いてみよっと!
そして放課後。
今日はバイトの日じゃないんだけど、私は珊瑚礁方面の道を歩いていた。
実は私も佐伯くんにプレゼント用意してたんだよね。
さすがに学校で渡したら目立つし(というよりあの輪の中に入り込む自信がなかったし)、それなら珊瑚礁開店前にお店で渡そうと思って。
この間の日曜日、浴衣を見に行ったついでにショッピングモールを物色して、ちょっといいもの見つけたから買っておいたんだ。
今日、佐伯くんがベルさっさ(=チャイムと同時にさっさと帰る)したのはあかりちゃんから聞いていた。
「見つからないようにちょっと遠回りして帰るって言ってたよ」
「大変だね、佐伯くん……」
わざわざそんなところにまで気を遣わなきゃならないなんて。
でも遠回りして帰ったってことは、うまく行けばお店の前でプレゼントを渡せるかも。
などと思っていたら、珊瑚礁手前の海岸方面に向かうT字路で、左方向からきた佐伯くんとバッタリ。
「うわぁっ!? ……な、なんだか……おどかすな」
「ごめんごめん。制服だからファンの子かと思ったでしょ」
「大いに思った。少しは気ィ遣え」
盛大に驚いて数歩飛びのいた佐伯くん。
でも私だとわかってからは大きくため息をついてから、不機嫌そうに髪をかきあげた。
手には色とりどりのプレゼントの箱がつまった紙袋。
うう、重たそう……。
「ごめんってば。今日一日お疲れ様!」
「はぁ……は気楽でいいよな。まだまだこれから疲れるんだ、こっちは」
「そうでした。バイト、がんばってね?」
「今日はお客からケーキの差し入れたくさん貰うんだよ……。断るわけにいかないし」
「珊瑚礁についてからもプレゼント攻勢なんだ……。佐伯くん、そのプレゼント袋、珊瑚礁まで持とうか?」
心底うんざりしてる表情をしてる佐伯くんを見てたら、なんだか気の毒になってきちゃった。
ミルハニーの手伝いは時間拘束されてるわけじゃないし、珊瑚礁はすぐそこだもん。
すると佐伯くん。
一瞬「えっ?」って顔したけど。
すぐにニヤリと笑って、ぐいっと紙袋を突き出してきた。
「いい心がけだ。雇い主に対する礼儀をわきまえてるな?」
「私を雇ってるのはマスターだもーん。そんな減らず口叩いてると、プレゼントあげないぞっ」
憎まれ口を叩き返しながらも、私は佐伯くんからプレゼントの紙袋を受け取る。
うわ、ホントに重いよ、これ。
「もか? 別にいいよ、もうプレゼントなんか……」
「うわ、せっかく心を込めて選んだ贈り物を『なんか』なんて言われたっ」
「あ、いや……どうしてもっていうなら受け取らなくもない」
「……佐伯くんってもしかして、想像以上に屈折してる?」
「ウルサイ」
べしっ
「アイタっ」
「さっさと行くぞ」
私の頭に、自由になった右手でチョップを入れて、ふふんと鼻で笑う佐伯くん。
うう、いつか仕返ししてやる……。
「はぁはぁ、はぁーっ……つ、着いた……!」
「遅い。何分かかってるんだ」
「こんな大荷物持って長階段上ったんだから、ちょっとは褒めてよ!」
珊瑚礁手前の長階段を、両手でプレゼントの袋を抱えて上るって。
今度野球部に推奨してもいいんじゃないかってくらい、辛かった!
それなのに佐伯くんは、珊瑚礁の前で腕組みしてにやにやしながら仁王立ち。
「まぁ根性は認めてやる。……その、ありがとな」
「うん、今の一言で疲れ吹き飛んだ! じゃあ佐伯くん、バイトがんばってね」
「……は?」
半ば押し付けるような形で佐伯くんに袋を渡して、私は呼吸を整えながら笑顔を見せた。
すると佐伯くん、きょとんとして。
「……あ、そっか。今日のシフト、あかりだもんな。……え? それじゃ、何しに来たんだ?」
「だからプレゼント渡しに来たんだよ。はいこれ」
鞄から両手に乗るサイズの包みを取り出して、プレゼント袋の一番上に乗せる。
「学校で渡せばよかっただろ。わざわざ珊瑚礁まで来なくたって」
「学校で渡したら目立つし、ファンの子に私マークされちゃったら、珊瑚礁のことかぎつけちゃうかもしれないでしょ?」
「そっか……」
佐伯くんはプレゼント袋の中に視線を落とした。
そしてぽりぽりと頭をかきながらこっちを見る。
「あのさ、」
「ん? なに?」
「いや……ありがとな、気ィ遣ってくれて」
「うわ……佐伯くんが照れてる」
「お前な。人が素直に感謝してるんだから、さらっと流せよ」
「あはは、ごめんごめん」
だって、あまりに新鮮だったものだから。
イケメンでいつもすましてる佐伯くんが、年相応の幼い顔して照れてるんだもん。
かーわいーい!! 写メ撮りたいっ!!
「な、なぁ、これ開けていいか?」
「どーぞどーぞ。お気に召してもらえるかどうか」
紙袋を地面に置いて、私の渡した包みを取り出す。
エアクッションで幾重にも保護されたその包みの中身は。
「いいな……。うん、すごくいい」
「ほんと!?」
よしっ! 佐伯くんの好みを考え抜いて選んだかいがあった!
私が佐伯くんのプレゼントに選んだのは、繊細なガラス細工のメッセージクリップ。
スタンドの上にブルーのガラスのクリップがついていて、その背面にはメモをさせるシルバーの針がついてる。
「いつも予定がいっぱいの佐伯くんにぴったりでしょ?」
「ヤダ。これにオレの面倒な予定をはさみこむなんて勿体無い。なぁ、これ店で使っていいだろ?」
「あ、伝票刺し? うん、使って使って!」
佐伯くん、すごく喜んでる。
笑顔だもん。よかった。
「あ、お店開店準備あるよね。じゃあ私もう行くね」
「待てよ! まだ時間あるし、コーヒー飲んでけよ。淹れてやるから。もうすぐあかりも来るだろうし」
「ごめんっ! 今日はうちの店の手伝いしなきゃならないんだ!」
コーヒー飲むと酔うんです、とは言わない。
佐伯くんが猫かぶってた頃ならまだしも、今言えば絶対不機嫌になるかおもしろがって飲ませようとするかのどっちかだって、目に見えてる。
でも、誤魔化すために言った私の言葉も、佐伯くんのお気に召さなかったみたい。
「そういえばそうだった。お前、うちの競合他社だったな。礼なんか言うんじゃなかった」
「うあ、個人のお祝いなんだからそんなこと言わなくても」
「ウルサイ。この企業スパイめ」
「ひっどい! もう、意地悪だなぁ佐伯くん……」
わざと憤慨してる様子を見せれば、佐伯くんは鼻で笑い飛ばす。
「ま、せいぜいガンバレ。紅茶ごときにうちのコーヒーが負けるか」
「あ、それは挑戦状とみなすよ? ミルハニーの立地条件で珊瑚礁なんかに負けるかっ!」
「いーい度胸だっ。今度偵察に行ってやるっ」
「お好きにどーぞっ!」
べー、と舌を出して私はくるりと踵を返す。
そして、長階段の手前でまた佐伯くんを振り返った。
「佐伯くん、誕生日おめでとう! バイトがんばれっ!」
「……うん。ありがとな、っ」
お互い手を振り合って。
私はそれから長階段を一気に駆け下りた。
『To:ユキ
Sub:突然ですが質問です
本文:以下の選択肢の中で私に当てはまるものを1つずつ選びなサイ!
1.『優しくて』『クールで』『素直で』
2.『純粋な人』『可愛い人』『ノリがいい人』
必ず回答のこと!』
『To:
Sub:なんなんだこれ?
本文:またなんか企んでるのか?
1は素直で、2はノリがいい人かな』
「……ユキまで〜〜〜っ!!」
可愛い人、と言ってくれることを期待してたけど、やっぱりこっちでしたか。
私はユキのメールにがっくり肩を落としながらも、日記に調査結果を書き加えた……がくり。
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