「あ」

 休日の臨海地区にふらりと散歩にでかけたときのこと。
 臨海公園の地域掲示板に貼られてるポスターを見て、そういえばそんな約束してたっけ……と私は思い出した。


 48.3年目:ゴールデンウィーク


「そういえば1年ときだっけ? 夏にオルカショー見ようって。そんな約束してたな」
「うんうん。タコは見せてもらったけど、オルカショーのことすっかり忘れてたよね。でね? 佐伯くんゴールデンウィークの予定まだ空いてる?」
「空いてる。オレもちょうどの予定聞こうと思ってた」
「ホント? やだなぁ、佐伯くんと私ってほんと以心伝心一蓮托生、死ぬときは一緒だゼ! って感じだよね!」
「……落ち着けオレ。のお笑い体質改善は時間かけないと駄目だ……」

 なぜかグラスを拭きながらぶつぶつと何事か呟き始めた佐伯くんに首を傾げながらも。

 私ははね学プリンス・佐伯くんのゴールデンウィークの1日をゲットしたのでした!
 うーん、バイト先が一緒っていうファンの子にはメンゴって感じの立場を利用しちゃったけど、いいよね?
 なんたって、私は佐伯くんの親友ですから! なんちて。


 ……なんてことを言ってたのが先週のこと。
 学校でもうきうきしながら約束の日を待ってたものだから、ぱるぴんや密っちにいらない突っ込みうけたりしつつも。
 私は待ち合わせの臨海公園行きのバスに揺られていた。

 そういえば佐伯くんと休日にこうして遊びにいくのって元旦以来だなぁ。
 課外授業やなんかで学校外で会うことはあったけど、こうして終日フリーに出かけるのって、丸々4ヶ月ぶりなんだ。

 で、だからというわけではないんだけど。
 今日のちゃんはちょこっとおしゃれしてきちゃってますよ?
 裾口がリボンになってるショートパンツに、サーモンピンクのレースキャミソール。その上に鉤針編みのニットボレロ。バイト代奮発しちゃったもんね!

 少しは佐伯くんとつりあうといいな。
 私は修学旅行で交換した、右手にはめたガラスの指輪を左手でさすりながら緩む口元もそのままに窓の外を見ていた。

 と、鞄の中から小さな振動が伝わってくる。

 あ、メールだ。……と、ユキから?
 あれ、ユキって今日スーチャのライブ行くんじゃなかったっけ?
 と思いながら携帯を開けてみると。

『To:
 Sub:今日こそ海野の携帯番号聞いてくるよ! 協力してくれてありがとうな!
 本文:』

「……ユキってば浮かれすぎだよ〜」

 几帳面なユキらしくないメールに、思わず笑っちゃう。

 もう、いくらあかりちゃんとの初デートだからってテンパり過ぎだって!
 用件タイトルに入れちゃって、本文空っぽだし! あはは!

 私は聞けずに終わっても慰めてあげるから無理せずガンバレ! と返信した。

「うまくいくといいね、ユキっ」

 パチンと携帯を閉じて、私は再び窓の外の景色に視線を移した。
 空は雲ひとつ無い快晴で、絶好のデート日和!
 うーん、なんだかさらにテンションのぼってきちゃったぞっ。



「とりあえずその恥ずかしいテンション落とせ。じゃなきゃ並んで歩いてやらないからな」

 予想通りではあったけど、佐伯くんには呆れ果てた視線を向けられてしまいましたが。

 臨海公園の入り口を待ち合わせにしてたんだけど、佐伯くんはもう来てた。
 今日の佐伯くんはインディゴのジーンズに白のカットソー。シンプルだけどやっぱりカッコいい。

「そんなこと言わないでよ〜。私と佐伯くんの仲じゃんっ」

 怒られたって、佐伯くんもあのガラスの指輪を首から下げてきてくれたから嬉しくって。
 私は右手にはめた指輪を、佐伯くんの胸元に揺れるソレにこつんとぶつけた。

「ま、まぁな。うん。だよな? よし、許してやる」
「? どうかした?」
「どうもしない。ほら、行くぞ。連休中は混むから、急いでいい席取りにいくぞっ」
「うん! 最前列とらなきゃね!」

 コホンとひとつ咳払いした佐伯くんは、なんとも自然体に私の右手をとって歩き出した。

 ……えへへ。親友特権とはいえ、繋がれた手を見てるとにやけちゃう。
 とはいえ佐伯くんとは足の長さが違うから、しっかり歩かないと引きずられちゃうんだよね。
 私はちょっと小走りになりながら佐伯くんの隣に並んだ。

 水族館までは短い道のりだけど、私たちは楽しく仲良くおしゃべりしながら歩く。

「やっぱり今日は家族連れが多いのかな。ゴールデンウィークだし」
「水族館だからやっぱり家族連れだろうな。あとは……オレたちみたいな、カ、カ……ルとか」
「うんうん、友達連れだよね。水族館なら学生のお小遣いでも来やすいもんね!」
「………………そうだな。、とりあえずこっち向け」
「え、なに? って、いったぁぁい! な、なんでチョップ!?」
「ウルサイ。お前最近、若王子先生より天然ひどすぎ」
「がぁんっ!? ほ、ホントに!?」

 た、楽しく、仲良く……? おしゃべりしながら歩いてきましたよ?

 そんなこんなしながらたどりついた水族館。
 オルカショーまでは30分くらいあったんだけど、私たちはいい席確保のために即ショー会場に向かった。

 だーれもいない広いショー会場に、波もたってない海水プール。
 その中で私と佐伯くんは、客席中央最前列を苦もなくゲットして腰を下ろして。

「いいよな? 水族館自体はそんなリニューアルしてないだろうし」
「うん。むしろオルカショーだけみて、あとは臨海公園散歩したりでもいいよね」
「ああ、それいいな。そうするか」

 佐伯くんは後ろに手をついて、体を反らせる様にして吹き抜けの青空を見上げる。
 あー、なんか絵になるなぁ。

「なぁ
「なに?」

 でも佐伯くんはすぐに体を起こして、両膝に手をついて顔だけこっち向けて。

「前にここに来たときのこと、覚えてるか?」
「前に来たときって……そりゃあ」

 あかりちゃんが珊瑚礁やめちゃって、、落ち込んでた佐伯くんを元気づけようとして地雷原とは知らずに私が連れてきたとき……だよね。
 そんな強烈な失敗談、なかなか忘れられませんよ、佐伯くん。
 私は曖昧な表情で佐伯くんを見た。

 だけど佐伯くんは、なんだかとっても優しい笑顔を浮かべてて。

 うわ、なんかすっごく見入っちゃう。

「あの時ののこと、今でもよく思い出す」
「あの時の私? やだなぁ、わざわざ過去の私を思いださなくったって、今目の前のちゃんを堪能してくださいよ〜」
「……そうだよな」

 お、よ?

 佐伯くんのいつになくムーディな台詞にいつものように反応したんだけど。

 うわわわわ、なに、なに? 佐伯くん、なに!?
 ちょ、その笑顔反則! カッコいい! すっごくカッコいい!

 佐伯くんってば、すっごい優しい目をしてすっごい優しい笑顔を浮かべて、私を見つめてるんだけど!

「どどどど、どうしたの佐伯くん!? なに!? 灯台の裏に生えてたあやしいキノコでも食べちゃった!?」
「おまっ……」

 慌てた私の問いかけに、佐伯くんの表情が一瞬引きつる。
 だけど、その次の瞬間にはひとつ深呼吸をして。

「……のペースに乗るな……作戦通りいけ、オレ」

 へ? 作戦?

 佐伯くんの独り言に疑問を感じて私が突っ込むより早く。
 再びプリンススマイルを浮かべる佐伯くんに、私は言葉を飲み込むしかなかった。

 ううっ、佐伯くんのこのキラースマイルではね学女子の何割が殺されるでしょうか……!!

「あの時からさ、オレ気になりだしたんだ。打算的なとこなんて全く無い、お前の真っ直ぐさっていうか」
「い、いやあそんな、佐伯くんに褒められると照れちゃうな、あは、あは、あはは!」
「自分が汚れ役になっても友達を助けようとするところとか」
「いやいや、私もともとお笑いいじられキャラだし! 結果そうなってるだけだし!」
「……傷つけられても、相手の幸せを願える懐の広さとか」
「いやいやいや、ちゃんのウリはノーテンキですから! マイヘッドイズオールサニーデーイ、なんちて、あは、あはは!」

 さ、佐伯くん、これはなにか企んでるなっ!?
 だんだん笑顔が引きつってきた佐伯くんだけど、きっとちゃんを褒め殺してなにかさせようとしてるに違いないッ!

「だ、騙されないよ、佐伯くんっ!」
「は?」
「どーせ、ありがとう嬉しいっ、なんて言ったが最後、じゃあお礼に珊瑚礁休日出勤な、とか言い出すんでしょ!」



 ぴきっ



「…………………………
「な、なんでしょう?」

 完全にひきつった笑顔のまま、佐伯くんは低い声で私を呼んだ。

 ヤな予感。すーっごくヤな予感。

 だってほら。
 口元笑顔のままだけど、目が全然笑ってないし!
 ほらほら、ゆーっくり右手が上がってるし!!

「オレの日頃の行いが悪いのは認めよう」
「あ、そ、そんな反省するほどのことでもないんじゃないかなー?」
「だからってな」

 次の瞬間、佐伯くんの柳眉が一気に吊り上る!
 鬼面! 般若! マクラノギヌスッ!!

「お前もいろいろ反省しろっ!!」
「うきゃーっ! やっぱりチョップキター!!!」



「……うぅ、まだ痛いよぅ……」

 綺麗に脳天に決まった佐伯チョップのダメージにふらふらしながら、私はバスから降りた。

 あのあと私にチョップかました佐伯くんは、すっきりした様子で『いつもの』佐伯くんに戻って。
 なんか理不尽極まりないと思いながらも、佐伯くんが機嫌いいからまぁいいか〜なんて私も単純に気を取り直して。
 最前列でオルカショーをたっぷり堪能して。

「うわ!? あの飼育員のお姉さんオルカの背中乗ってるよ!?」
「いいよな!? オレも前から乗ってみたいって思ってたし!」

 その後予定変更して、水族館内も少し見てまわって。

「あれ? ねぇ佐伯くん、あのコ迷子かな? きょろきょろして今にも泣き出しそうな顔してる」
「よし、。あのコの目の前でハリセンボンの顔真似して元気付けてやれ」

 ショッピングモールにウィンドウショッピングなんかにも行ったりして。

「あ、メガネ! ねぇねぇ、佐伯くんは眼鏡っ娘萌え?」
「なんだよ萌えって……。はっ!? これにスクール水着で夏の珊瑚礁海の家は完全形態か!?」

 最後は臨海公園煉瓦道を仲良くマッタリお散歩なんかして。

「楽しかったね! 目一杯遊び倒したし、今日は晩御飯がおいしいよきっと!」
「……結局いつもと同じパターンかよ……」

 なんでか最後、ちょこっと落ち込んでた佐伯くんだったけど。

 海岸沿いに珊瑚礁まで一緒に歩いてきて、いつものバス停でお別れ。
 家まで送る、って佐伯くんは言ってくれたけど、まだ夕方だしわざわざバス代かけて送ってもらうほどでもなかったから丁重にお断りした。

 私は頭をさすりながらバスロータリーを迂回して、ミルハニーまでの道のりを歩く。

 ああでも、やっぱり佐伯くんと遊びに行くのって楽しいなぁ。
 気難しいところもあるけど、佐伯くんって私にはかかせないツッコミ役だし! 絶妙なんだよね! 関西人でもないのに!
 それにはしゃいでる佐伯くんって、もうもうめちゃめちゃ可愛いし。なんてこと本人に言ったらチョップが飛んでくるから言えないけど。

 佐伯くん、明日と明後日は何するのかな。珊瑚礁はゴールデンウィーク中はお休みだけど、なんか用事あるのかな?
 聞いてみようかな、用事があるかどうか。ふふ、はね学の王子様なんて言われてる人にゴールデンウィーク中ずっと付き合ってもらっちゃ図々しいかな?

 なんて、るんるん気分で歩いていた私。
 そんな私の目に、ふと見覚えのある人物がうつる。

「あれ、ユキ……?」

 それはまぎれもなくユキだった。藤色の長袖のカットソーを着て、ミルハニーの手前で地面に視線を落としてる。

 なんか、様子が変?
 私は首を傾げながら、ユキに駆け寄った。

「ユキっ」

 声をかけると、ユキはらしくもなくビクッと体を震わせて顔を上げた。

 その顔。

「……

 こんなユキの顔、見たことない。
 憔悴しきった、ていうのかな。なんか、途方にくれてるというか、泣きつかれたかのような。
 ひどい顔してた。

「ど、どうしたの? ユキ、そんな顔して。今日はあかりちゃんとデートしてきたんでしょ? あ、もしかしてまた連絡先聞き忘れて」


 目をぱちぱちさせながら尋ねる私の言葉を遮って、ユキは口を開いた。

「海野を傷つけた……」
「……は?」

 それだけ言って、また肩をがっくりと落とすユキ。
 って、どういうこと? それ。

 私は俯いたユキの顔を下から覗き込むようにして見上げた。

「傷つけた、って。喧嘩しちゃったの? もう、ユキってばいっつも一言多いんだから気をつけなよって言ったのに」
「違うんだ」

 ふるふると頭を振ったあと。
 ユキは私の肩に両手をついて、立つのも辛いと言わんばかりに大きくため息をついて。

「僕が勝手に誤解して、海野をなじったんだ。海野は何も悪くなかったのに」
「ちょ、ちょっとユキ。落ち着いて! ね、ミルハニーでなんか飲んで、気持ち落ち着けてから! それから話聞いてあげる」

 まるで懺悔するようにぽつりぽつりと話すユキ。
 こんなのいつものユキらしくない。

「ね?」

 私はユキの肩をがしっと掴んで体を揺さぶる。
 情けない顔したユキは、そんな私を虚ろな目で見下ろしてたけど、やがてこくんと一回首を縦に振った。

 ユキの背中を押しながら、私はミルハニーの中へと入る。
 パパもママも、佐伯くんと遊びに行ったはずの私が落ち込みまくってるユキを連れて帰ってきたものだから目を点にして驚いていたけど。
 私はユキを一番奥の席に連れてって、カウンターのママにロイヤルミルクティーを二つ注文した。



 温かい飲み物を飲んで幾分落ち着いたユキの口から聞いた事の顛末は、なんともユキらしい早合点のいうか、そんな出来事だった。
 あかりちゃんがくるはずだったコンサート会場の席には、なぜか別の人が来て(しかも偶然にもユキのクラスメイトだったんだって)。
 そのコが言うには、その席のチケットはさっきダフ屋から買ったものだと。
 ここでユキの勘違い。てっきり、あかりちゃんがダフ屋にチケットを売り飛ばしたんだと思ったんだって。

「あかりちゃんがそんな鬼みたいなことするような子じゃないって、考えなくてもわかるじゃん!」
「わかってるよ! でも、海野がチケット落としてしまってそれをダフ屋が拾って再販するなんてことのほうが考えにくいだろ!?」
「そ、それはそうだけどさぁぁ」

 そう。
 そのコが持ってたチケットは、ダフ屋が偶然拾ったものだったんだって。
 ユキがその事実を知ったのは会場を出て遠く離れてしまったあと。
 ……中に入れず入り口で待ってたあかりちゃんを、誤解したままひどく責めてしまったあとだったみたい。

「それはもうフォローのしようがないよユキ……。誠心誠意込めて謝罪するしかないんじゃない?」

 ため息つきながら私が言うと、ユキは何か反論しようとしたものの言葉が出なかったみたいで、ぐっと唇を噛んだ。

「大丈夫だよ! あかりちゃんは話せばちゃんとわかってくれる子だよ。ユキが怒ったのだって誤解だったってわかれば許してくれるって」
「そう……かな。そうだといいんだけど」
「だいじょぶだいじょぶ! そんな深く落ち込まない! はい課長、一気にいっちゃってください!」
「あのなぁ。人が真剣な相談してるのに茶化すなよ……」

 だけど、そういうユキも少しは元気を取り戻したみたい。
 だって私の軽口に反論できるみたいだもんね。うんうん、それでこそユキ!

 その日、私はミルハニー閉店までユキを元気付けてあげた。
 ユキとあかりちゃんのことはきちんと話し合えば絶対大丈夫だって思ってたから。


 そう、……思ってたんだけどなぁぁぁ。

 この数日後、さらに泥沼に足を踏み入れてしまったユキを、再度なぐさめることになるとは。
 全然想像もしてなかったよ……あうぅ。

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