「神様は正しきものを見捨てなかった! もう最高だよー!」

 私は他の生徒が白い目で見るのも構わずに、3年目クラス割り掲示板の前でひとり万歳三唱をしたのでした。


 47.カウントダウン


「おっはよー!!」
「ほら、のテンション最高潮やろ?」

 教室のドアをいきおいよく開けて教室中に響き渡るくらいの声で挨拶すれば、後ろの机に座ってた竜子姐と、その前で熱弁振るってたらしいぱるぴんがこっちを振り向いた。
 で、いつも早い佐伯くんもちらりとこっちに顔を向ける。
 私は佐伯くんにニッと笑いかけてから、小走りで二人に駆け寄る。

「おはよ、竜子姐、ぱるぴんっ! もうもう最高のクラス割だよね! みんな一緒なんだもん!」
「おっはよ、っ。ホンマ、若ちゃんがんばったみたいやな!」
「別に若王子がクラス割決めるわけじゃないだろ。まぁ、騒々しいとは思うけどおもしろいことになりそうな面子は揃ったね」

 机に頬杖ついてる竜子姐がニヤリと相変わらずカッコいい笑みを浮かべて私を見上げてる。
 いっつも見下ろされてるからこの視点はちょっと新鮮かも。

「若ちゃんがクラス割決めたんちゃうのはそうやろうけど、リツカは絶対ウラから手ぇまわして獲得してるで、絶対!」
「だよね、だよね!? もー今年はおもしろくなりそうだよねーっ!」
「そ、そんなわけないだろう!? 不謹慎な話はやめたまえ!」

 ありゃ。 
 ゴシップ大好きコンビの私とぱるぴんで、クラス割を見るなり飛び込んできた特大のネタで盛り上がろうとしたのにぃ。

 トレードマークの風紀委員腕章をはめたヒカミッチに怒られちゃった。

「そんな根も葉もない噂が広がったら、若王子先生にも大崎くんにも迷惑だろう!?」
「根も葉もあったらええんか? せやったら現場を押さえればええねんな!?」
「そういう問題ではありません!」

 あちゃ、チョビっちょにまで怒られた。
 ヒカミッチとチョビっちょは二人並んで腰に手を当てて私とぱるぴんと対峙して。

 なんのっ。負けないぞっ!

「まぁ若王子先生とリッちゃんのネタは新聞部と共同で追うとしてもさ、厳正な生徒会内でのラブも気になるところですよね、西本サン!」
「せやなぁサンっ! 真面目一筋氷上クンと小野田サンが最近どーもあやしゅーてなぁ?」
「「なななななな」」

 あはははは。
 ヒカミッチとチョビっちょ、揃って真っ赤なユデダコだ! かーわいーいなぁ!

「お前ら相変わらずだな……」
「ホントだね。でもはるひもも同じクラスだと1年きっと楽しいよ!」

 と、そこの現れたのは。
 全校生徒の憧れの的! はね学王道凸凹カップルの志波っちょと水樹ちゃんだ!
 くぅぅ、朝から仲良くらぶらぶ登校ですかっ!

 私はヒカミッチとチョビっちょから、志波っちょと水樹ちゃんの方に向き直る。
 しゅたっと手を挙げて朝の挨拶!

「志波っちょ!」

 べしッ!!

「いっ……いったぁぁい!! ちょ、いきなりチョップって!?」
「ああ、悪い。条件反射だな」

 いきなり脳天直撃したのは、ニヤリの笑ってる志波っちょの右手。
 た、確かにここ最近は志波っちょと見ればソッコーでからかってたけどさぁ……。
 問答無用で暴力って、女の子に対してあんまりじゃんっ!

「志波っちょって名前しか呼んでないのにー! 水樹ちゃんっ! この志波犬しつけがなってないっ!」
「誰がだっ!!」

 ゴッ!!

「☆д▲:*@ッッ!!!」
「か、勝己くんっ、いくらなんでも本気チョップはひどいよ!」

 う、ううん、水樹ちゃん……。
 今のは、私が、ふざけすぎ、た、……ガクッ!

 こうして私は優しい水樹ちゃんの腕の中で息絶えたのでした……。

「なにくっだらねーことで盛り上がってんだよ! このクラス割で盛り上がるンのはそんな話題じゃねっつの!」
「あ、おはよっ、ハリー! リッちゃんも一緒だね!」

「見ろ、水樹。はああいうヤツだ」
「い、一瞬で回復したね、……」

 後ろでごにょごにょ言ってる二人は置いといて。
 私はぴょこんと飛び上がって、教室の後ろ扉からいつものごとくギターをかついで登校してきたハリーと、めずらしく時間に余裕を持って登校してきたリッちゃんを出迎えた。

「リッちゃん、今日は早いね?」
「おはよ、。新学期早々朝練だって若先生に起こされた」
「へ〜、若ちゃんになぁ?」

 ふぁぁと大あくびしながら、こっちの輪に加わらずに自分の席に座っちゃうリッちゃん。
 私とぱるぴんは顔を見合わせてニンマリ。
 なんだかなぁ。ホント、どうなってるんだろ、リッちゃんと若王子先生って。

 で、そのリッちゃんとは対照的に自分の席にはギターとぺらぺらの鞄だけ置いて、ハリーはずかずかと私たちの輪に加わってきた。

「いいメンツ集まったよな! これで今年はいただきだぜ!」
「うんうん、最高のメンツだよね! ……で、何をいただくの?」
「体育祭総合優勝だよね?」

 ハリーが目をきらきらさせて何のことを言っているのかと思えば。
 いつの間にやら登校してきたあかりちゃんがひょこっと顔をのぞかせて、「ね?」とハリーの顔を覗き込んで。

「おうよ! それしかねぇだろ!?」

 ハリーは白い歯をニッと見せて、ぐっと親指を突き出した。

 そうだった。そういえばそうだった!
 毎年春の恒例行事、体育祭。
 非公認ではあるんだけど、なぜか3年目の体育祭はクラス対抗ポイント奪取大会になるんだよね!
 これまた非公認だけど代々伝わる伝統の得点表にのっとって競技ごとにポイント加算、総合得点で順位を競うのだ!

 優勝しても貰えるのは栄誉のみなんだけどね。
 でもでも、その栄誉目指して3年生全員が燃えちゃうんだな、これが!

「見ろよ! 女子は藤堂だろ、リツカだろ、あかりだろ? 男子は志波がいるし、佐伯も……おい佐伯っ! 聞いてんのかよ!」
「え!? あ、あぁ、うん?」

 まだ4月の始業式だってのに気合入りまくりなハリーにいきなり呼ばれて、ちらほら集まってきたクラスの女子に囲まれてた佐伯くんがびっくりして振り返る。

「体育祭まですましてんじゃねーぞ! きっちり働いてもらうかんな!」
「……わかってるよ」

 うわー貼り付けたような笑顔だ佐伯くん。
 あの目は「巻き込むな、メンドクサイ」って訴えてる。

 いやいやいや、3年目の体育祭くらい盛り上がろうよ!

「でも、最終学年をこのクラスメイトで過ごせるなんて夢みたいよね!」
「あ、密っち! おはよっ。本当だよね!」

 ここで遅れてやってきた密っちが合流。
 眠そうにしてる志波っちょとリッちゃんに熱弁ふるってるハリーからちょっと離れて、女の子の輪を作る。
 うーん、見事に屋上お昼の会が集まったよね。

「センセは受験や就職やってやかましいけど、楽しめそうなクラスやな!」
「そうだよね。体育祭もそうだけど、文化祭も超盛り上がりそうだよね!」
「なんたって裏店長と若王子先生のコンビだもんね? 1年のときも2年のときも売り上げダントツだったみたいだし」
「お任せクダサイ! 体育祭は応援しかできなくても、文化祭ははりきっちゃうから!」
「やるからには今年も一番ですよね?」
「当たり前だろ? 勝つ気でのぞまなくてどうするんだい」
「うふふ、竜子がそこまで燃えてるなら私も本気出そうかしら」

 クスクスと笑いながらおしゃべりに花をさかせる私たち。

 あ〜もう、クラス割の神様がいるなら全財産お布施して感謝したいくらい!
 凹むことの多かった去年と違って、今年は絶対絶対ハッピーな一年になりそうなんだもん。

「ねぇねぇ、そういえばさ……」

 私はウキウキ気分を抑えることもできずに、みんなに次なる話題を振ろうとして。

「あ、クリスくん。おはよう!」

 教室の入り口の方を向いてたあかりちゃんが顔を上げた。
 みんなで振り返ると、そこにはいつもの癒しエンジェルスマイルを浮かべたくーちゃんの姿!

「みんなお揃いやんな? ん〜、ボク出遅れてもーた」

 首を傾げながら、にこにこと近寄ってくるくーちゃん。

「オッスクリス! 1年よろしくな!」
「ハリークン、志波クン、オハヨーさん。なんや楽しいクラスになりそうやね? ボクこそよろしゅうな?」

 くーちゃんの席は志波っちょの近くみたい。
 リッちゃんと志波っちょに説教してたハリーに向かって朝の挨拶をしたあと、こっちに顔を向ける。

「あ、密ちゃんだけやなくてみんなも一緒やったんやね。ボクめっちゃ嬉しい〜!」
「くーちゃんくーちゃん、おはよっ! とうとう一緒のクラスになれたね!」

 ぴょんこぴょんこ飛び跳ねながら、私はくーちゃんに手を振る。
 すると、くーちゃんもぱっと顔を輝かせてコッチに来てくれた!

 私とくーちゃんは手と手を取り合って、その場でぴょんぴょん跳ねる。

ちゃんも一緒やね! めっちゃ幸せや〜♪」
「私も私も! くーちゃんと一緒のクラスで超ハッピー!」
「今年もぴったんこ同盟継続やんな?」
「あったりまえだよー!」
「ぴったんこー!」
「らぶらぶー!」

 そしてむぎゅー! とハグハグし合う私とくーちゃん。

 これだよこれこれ!
 今年1年、学校くればこのノリで過ごせるんだよ!?
 最高としかいいようがないよね!

 ……なんだけど。
 なぜかまわりからは失笑の嵐。

「……相変わらずやな、とクリスは……」
「アンタたち、いつまで幼稚園児気分でいる気なんだい……」
「つーかも全然成長しねーよな」
「見た目からしてな」
「うぐっ! し、志波っちょの一言が一番傷ついたんですけど……!」

 志波っちょの一言に、まわりのクラスメイトたちが爆笑しちゃうし。
 がくーんと大袈裟に肩を落とせば、くーちゃんと密っちが頭を撫で撫でしてくれた。えへへ。

さん」

 今年もクラスのお笑いキャラが確定した私に、こそっと密っちが耳打ちする。

「なに?」
「あんまり教室でクリスくんとぴったんこしないほうがいいと思うわよ?」
「え?」

 きょとんとして密っちを見上げると、密っちはうふふと意味深な笑みを浮かべた。

「あ、ご、ごめんね密っち! そうだよね、くーちゃんは密っち専属だよね!」
「え? やだ、さん! そういう意味じゃないわよ!」

 私ってば、はね学お嫁さんにしたい候補ブッチギリ1位の可愛い彼女の前でなんということを!
 ……っていうか、今までも散々してきたことだけど!

 でも私の思ったこととは違うことを密っちは思ってたみたい。
 クスクスと相変わらず優雅で可愛い笑いを漏らしながら、密っちはコツンと私の額を小突いた。

「もう。春休み前に言ったこと、ちゃんと考えたの?」
「え? 春休み前?」
「本命以外の男の子とあんまり仲睦まじくしてると、へそ曲げられちゃうわよ? クールに見えて案外子供っぽいみたいだものね、彼」

 ……へ?

 私は目をぱちぱちさせて。

 すると、今だ密っちの言葉を理解してない私の横で、なぜかくーちゃんが「あー」と言いながらぽんっと手を叩いた。

「そうやね。ちゃん、ボクとらぶらぶぴったんこするんは2番目やね〜」
「えぇえ?」
「アッチアッチ」

 にこにこと変わらない笑顔を浮かべてるくーちゃんが私の背後を指す。

 くるりと振り向いてみれば。

 私が振り向いたと同時に、こちらもふいっと黒板の方に視線を動かした……佐伯くん?
 あれ? なんで佐伯くんご機嫌斜め?
 もしかして、さっきハリーに体育祭の活躍を勝手に決められちゃったこと怒ってるとか?
 ……ん? でもなんでそれがくーちゃんとぴったんこ減らし令に繋がるの?

 あ。

『本命以外の男の子とあんまり仲睦まじくしてると、へそ曲げられちゃうわよ?』

 密っちが言ってたのって、佐伯くんのこと?
 そ、そっか。それなら佐伯くんが不機嫌なのもわかるかな。
 んも〜……。

 前に言ったのに!
 私はくーちゃんのこと恋愛対象として見てるんじゃないから、くーちゃんと密っちがらぶらぶしてたって傷つかないって!

「心配性だな〜佐伯くんは」
「……さん、きっと違うこと思ってるわね」
「せやな〜。瑛クンも大変やんな?」

 はぁ、となぜか仲良くため息つく密っちとくーちゃんを背に、私は今だむくれてる佐伯くんの後姿を見つめるのでした。



 その時は本当に、こんなことになるなんて思ってなかった。
 枕投げを一緒にやったみんなが一緒だから、佐伯くんも3年目は楽しく過ごせるだろうと思ってた。

 そもそもこのクラス割こそが『終わり』の原因になるなんて。

 仲良し組と同じクラスになれたことだけを喜んでいた私には、全く想像もできなかったんだ。

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