「……では先生からはこれで終わりです。短い春休みが終わったら、次の新学期は最終学年です。毎日先生と会う機会は減っちゃうかもしれませんが、元気に登校してくださいね。それでは日直さん?」
「起立ー、礼っ」


 46.きっかけ


 日直の号令でがたがたと立ち上がり、2年生最後の授業が終了した。

「うーん、いよいよ来月からは3年生かぁ……」

 ぐーっと伸びをして私は誰に言うでもなくぽつりと呟いて。

「こら」

 ぺしっと。
 振り向かなくても、人の頭に問答無用でチョップしてくる人なんか佐伯くんしかいない!

「休みが始まったからって腑抜けんな」
「もー、先生みたいなこと言わないでよ。別に腑抜けてないもんっ」

 左手に鞄、右手でいつものように髪を掻きあげてる佐伯くん。
 にやりと笑いながら私を見下ろしてて、なーんか企んでそうな顔してるんだけど。

 教室内はみんな早々に引き上げてって人はまばら。
 佐伯くんも最近は、ファンの子がいないらしいと確認がとれたときには学校でも話しかけてくるようになったんだよね。
 少しは余裕が出てきたのかなぁ。

 と、教室前の時計を見上げて「いけねっ」と佐伯くんが呟く。

「お前と話してる場合じゃなかった。今日買出しして帰らなきゃならないんだった」
「そっか。じゃあがんばってね、佐伯くん!」
も休みの日はしっかり休んで、バイトの日はしっかり働けよ? ……それじゃあさん、また新学期に」
「うん、新学期に!」

 最後はクラスの女子が数人近づいてきたのを察知して、いつものいい子モードに切り替えて。
 さわやか王子スマイルで佐伯くんは小走りに帰っていった。

 さてっと。
 あかりちゃんは予備校直行って言ってたし、ぱるぴんはハリーのバンド手伝いに行くって言ってたし。
 遊びに誘えそうな友達はいなさそうだから、今日はおとなしく真っ直ぐ帰ろうかな?

 私は机の横の鞄を持って、教室の出口へと向かう。

 とそこへ。

「ねぇねぇさん」

 声をかけてきたのは、同じクラスの女子3人。
 何かあれば話すくらいの間柄の、特に親しいわけではない子たち。

「なに?」

 急いでるわけでもないし、私は足を止めて振り返る。
 すると彼女たちは、ちょこっとだけ期待を含んだ眼差しで私を見つめてきた。

 って、な、なにごと?

 ぎょっとして一歩足を引いたと同時に、真ん中の眼鏡をかけた子が口を開いた。

「ねぇねぇ、やっぱりさんって、佐伯くんと付き合ってるの?」
「えぇえ!?」

 突然の問いかけに私は思いっきり声を上げてしまって。
 慌てて口を押さえて周りをみれば、居残ってた他のクラスメイトにも変な顔された。

 ……って、そうじゃないそうじゃない!

「ちょ、ま、え!? なんで!?」
「え、なんでって……さんって佐伯くんとすっごく仲良くしゃべってるじゃない?」
「うんうん。あの王子様っぽい佐伯くんが、さんの前だとすっごくフツーっぽくなるし」

 ねー、と顔を見合わせて楽しそうに頷き合う彼女たち。

 こ、こ、こ、これはちょっとマズイのでは……。
 佐伯くん、前に言ってたもん。
 佐伯くんがいい子をやめられないのって、誰かの誘いを断って誰それと付き合い出したんじゃないかとか、そういう噂が立つのが嫌だからだって。
 そんな佐伯くんの息抜きになればと思って接してきたけど、やっぱり学校で仲良くするには無理があったのかな。

 こ、こんな噂が流れてるなんて佐伯くんにバレたら……。

 ……。

 うわぁぁぁんっ、絶対1週間ただ働きどころじゃない鉄槌が待ってるよー!
 どうしよー! どうしよー!?

 私は頭を抱えておたおたあわあわと。

「ちょ、ちょっとさん……慌てなくてもいいよ。ほら、私たち佐伯くんのファンってわけじゃないし」
「そうそう! さっき二人が話してるとこ見て、そうなのかなー? って思っただけだから!」
「ほ、ホント?」
「ホントホント! 二人が付き合ってることだって黙ってるよ!」
「つ、付き合ってないってば!」

 この子たちがあの強烈な水面下の戦いを繰り広げてる佐伯くんファンじゃないって知って一安心だけど。
 一番肝心なとこ誤解されたままじゃ困る!

「ホントに違うの?」
「ホントに違うよ!」
「ホントにー?」
「ホントにー?」
「ホントーにー?」
「……って、混ざってこなくていいってば!」

 妙なテンションになってる一角が気になったのか、話に割り込んできたのはあの『枕投げ発案部隊』の3人組。

 それと。

さん、本当に〜?」
「ほんまなん〜?」
「な、なんで密っちとくーちゃんまで……」
「密ちゃんと帰ろう思て廊下歩いとったら、ちゃんのおっきな声聞こえてん。なぁなぁ、ところで何の話しとるん?」

 にっこにこの笑顔で参戦してきたのははね学癒しカップルの密っちとくーちゃんだ。
 な、なんか噂話好きそうな人たちが集まっちゃったなぁ……。
 ううっ、ここにぱるぴんがいなくてよかった!

「ホントにホント! ね、そんなこと言ったら佐伯くんに迷惑かかっちゃうから言わないでね? はい、それでは解散っ!」
「「「「「え〜っ」」」」」

 これ以上盛り上がって、それこそ佐伯くんファンの耳に入ったら大変だもん。
 私は必死にその場を解散して、話を強引に打ち切ったのでした。



 で。

「なんだ。やっぱり他の人から見てもそういう風に見えてたのね?」
「やっぱりって……えぇ〜密っちまでそんな誤解してたの〜?」

 駅までは一緒、ということで。
 お邪魔かな〜とは思いつつも、私は密っちとくーちゃんの二人と一緒に下校することにした。
 学校を少し離れて、まわりにはね学生がいなくなった頃に密っちにさっきの話題を持ち出されちゃって。
 ことのあらましを二人に説明したんだけど。

「本当に誤解なの? さんと佐伯くんって本当に傍から見ててもお似合いカップルよ? ね、クリスくん」
「うんうん。ボク、瑛クンにちょこっとジェラシー感じてまうくらい」
「もー、やめてよ二人まで……。そりゃ佐伯くんはカッコいいしさ、お似合いって言われると嬉しいっていうかハッピーっていうかもっと言ってー! って感じだけど」
「ふふっ、さんったら」

 くすくすと微笑む密っち。
 その綺麗な立ち姿を見たら、ますます否定したくなっちゃうよ。

「だってさ、佐伯くんの好きなタイプと私って真逆もいいとこだよ?」
「そうなん? 瑛クンの好きなタイプってどんなん? ボク知りたい!」
「え、えーっと」

 佐伯くんの好きなタイプといえば、言わずと知れたあかりちゃんなんだけど……。
 さすがに実名出しはマズイよね、うん。

「私みたいなチビでぷにぷにした子じゃなくて、どっちかっていうと密っちみたいに綺麗系のスッとした子? それでちょこっと天然入ってるような可愛いカンジの」
「それってもしかしてあかりさんのこと?」
「え!?」

 な、なんでわかっちゃうかなぁ??
 私は絶句して、密っちを見て。
 密っちは可愛らしく小首を傾げて、にこっと微笑んだ。

「わぁ、当たっちゃった? ほら、1年生の時に佐伯くんのファンの子にあかりさんが目をつけられたことあったじゃない」
「あ、あ、そっか……。うぅっ、私が言ったなんて言わないでね!」
「言わないわよー。だって、佐伯くんの好きな人って今はもう違うんでしょう?」
「え……すごい密っち。なんでわかっちゃうかな」

 そういえば密っちって占いが得意って言ってたっけ。
 ……いやいやいや、密っちが佐伯くん占う必要性なんかどこにもないし。
 うーん、どうしてなんだろ?

 すると密っちは、くーちゃんと顔を見合わせてにこにこと微笑んで。

「だって私、さんのお姉さんですもの。心配してるのよ? さんの恋の行方を」
「えぇ? わ、私?」
「そやそや! ボクもちゃんのことめーっちゃ心配しとるんやで?」
「くーちゃんまで? でも私、心配されるようなことなにもないよ?」

 くすくすと意味ありげに微笑んでる二人に首を傾げる。
 いい加減私だってユキに失恋した痛手から立ち直ってるし、片思いなんて甘酸っぱいことしてるわけでもないし。

 ところが、首を傾げてる私に密っちは「仕方ないんだから〜」と困ったように微笑みかけてきた。

「ねぇ、さんは佐伯くんのことどう思ってるの?」
「へ?」
「ただのお友達……じゃないわよね?」
「う、うん。それは、そうだけど」

 秘密共有者で、同じ夢を持ってて、ちょっと前までは一緒に失恋の痛みを励ましあったりもした仲。
 なんかもう友達っていうよりは同志というか、ちょっとクサイ言葉でいうならかけがえのない仲間?

ちゃん、そうやなくて〜。そういうんとちゃうくて」

 なぜかくーちゃんが、私の頭の上で手をぱたぱたと振った。

「なぁなぁ、瑛クンってカッコええと思わん?」
「え? 思うよ。そりゃ勿論!」
「勉強もできるし、スポーツも出来るし」
「そうなんだよね! 努力の賜物とはいえ、こなしちゃうところがすごいよね!」
ちゃんといるときは部長面することもあるねんけど、楽しくおしゃべりしてくれるやろ?」
「うんうん。佐伯くんってああ見えて案外引き出し多いんだよー」
「バレンタインのチョコはちゃんと食べてるって聞いたけど?」
「そう! 甘いもの好きなんだよ。さすがにあの量にはウンザリしてたけどね」
「枕投げのときの瑛クン、めっちゃはりきってたやんな」
「遊びには結構ハマって熱中しちゃうとこあるんだよね〜。すましてるときよりずっといいけど!」
「それに、なんだかんだって親切よね?」
「うん。いろんなときに元気づけてくれ……て……」

 二人に乗せられてぺらぺらとしゃべってて。
 そこまでしゃべって、ふと何かがひっかかった。

 あれ、これって……?


『ヒカミッチ級に頭がよくて、志波っちょくらいなんでもスポーツができて』

『くーちゃんみたいにチョーノリがよくて、あまっちょみたいに一緒に甘いもの食べてくれて、ハリーみたくいつも明るくて、若王子先生みたいに優しい人かな!』


 今言ったのって、ついこの間佐伯くんに言った条件に……


『佐伯くんみたいにカッコいい人』


「っ」

 うわわわわ!
 一気に顔が火照ってきた!
 私はばしばしと頬を叩く。

 すごーい! すごいよ佐伯くん!
 考えてみたら佐伯くんってホントオールマイティに全部の理想クリアしちゃってるんだ!
 すごいなぁぁ、さっすがはね学の王子様なんて言われるだけあるよね!

「どうしたの?」

 一人感動していたら、こちらもなぜか期待の眼差しで頬を紅潮させた密っちに顔を覗きこまれた。

「あのねあのね、今すっごい佐伯くんの魅力に気づいた! すごいよね佐伯くんって!」
「……さん……」

 ところがなぜか密っちもくーちゃんも、ぱっと見てわかるくらいに落胆しちゃって。

「あれ、どうかした?」
「もう! さんったらニブイんだから!」
ちゃ〜ん……そこからもーちょい発展させな〜」
「え、えぇ?」

 と思ってたら、今度は説教モード。

 その後、なにがなにやら。
 私は駅につくまで二人に「恋愛とは!」となぜかとうとうとお説教を受けるハメになってしまって。

 別れ際。

さん! この休み中に自分の気持ちにちゃんと向き合うのよ!? あと1年しかないんだから!」
ちゃん、ボクちゃんのこといつでも応援したるからな?」
「う、うん、えと、了解ですっ……」

 二人の妙な迫力に押されて、私は今だ真意を理解できないまま頷いたりなんかして。

 え、えーとぉ……。

 とりあえず、私の春休みはこうして始まったのでした……?
 もう、なんなんだろ一体??


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