「リツカは子供ねぇ」

 密っちのため息まじりの言葉に、リッちゃんはぶすっと口をとがらせた。


 45.2年目:ホワイトデー


 ようやくぽかぽかとした陽射しが差し込むようになってきた3月ホワイトデー。
 屋上お昼の会には、めずらしくリッちゃんが参加していた。

 ……っていうか……どうやらリッちゃんは居場所がなくてここまで来たっぽいんだけど。

 本日の屋上お昼の会参加者は、いつものメンバーのぱるぴんと密っちとあかりちゃん、それから私と、スポット参加のリッちゃん。
 竜子姐は後輩にお返し配りしてるみたいで、小野田ちゃんは年度末の生徒会仕事が忙しいらしくて3月入ってからはほとんど顔出さなくなっちゃったんだよね。
 で、水樹ちゃんはというと。

 リッちゃんご機嫌斜めの原因だったりするんだよねぇ。
 もう可愛いなぁ、リッちゃんでば。

「えー、でも私はリッちゃんの気持ちわかるなー」
「アタシもわかるわかる! 大事なおもちゃとられて拗ねる子供みたいなもんやん!」

 フォローを入れたつもりの私に対して、ぱるぴんは半分からかいも含まれてるみたい。
 ぱるぴんがいちご牛乳飲みながらあははと笑えば、リッちゃんの唇がとがっていく。

「でも大崎さん、別に志波くんのこと好きってわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど。なんかつまんない」
「そりゃあ今まで一番だった幼馴染に彼女が出来ちゃね〜。構ってもらえなくてつまんないよね〜」

 なんだかいつもと違ってすっごい子供っぽいリッちゃんを見てると、ぱるぴんじゃないけど私もからかいたくなってきちゃうよ〜!

 つまるところ、リッちゃんは大好きな(といっても勿論友達としてね!)志波っちょが自分じゃなくて水樹ちゃんに構いっぱなしなのがおもしろくないわけで。
 弟や妹ができてお母さんがとられちゃったお姉ちゃん、みたいなカンジ?
 かーわいーいなぁ、クールビューティ!

 今日はホワイトデーだから、いつも以上にらぶらぶだったのかな。
 リッちゃんがいたたまれなくなって逃げ出してくるくらいだもん。
 ……うあー、なんかいつかの自分を思い出すなぁ……。

「ん? なに? ちゃん」
「ううううん、なんでもないよっ!?」

 可愛く小首をかしげるあかりちゃんには笑顔を返して。

「でもええやん。志波やんに構ってもらえへんくても、リツカには若ちゃんおるやろ?」
「……は?」

 ぱるぴんの言葉に、リッちゃんがきょとんとする。
 逆に一気に目を輝かせるのは密っちだ。

「やっぱり!? リツカと若王子先生ってそうなのね!?」
「ちょ、何盛り上がってんの水島……」
「若ちゃん親衛隊も、さすがにリツカに喧嘩売る度胸はないみたいやもんな! なんたってリツカの数少ない友達には竜子姐と志波やんのツートップがおるやろ?」
「そっか! それに大崎さんよりも、若王子先生のほうが大崎さんのことご執心だもんね?」
「2年がかりで陸上部にスカウトしたくらいだもんねー! うわー、教師と生徒の禁断ラーヴ!」

 当人のリッちゃんそっちのけで、私もあかりちゃんも『若王子先生、教え子ラブ疑惑!』のスキャンダル(ちょっと大袈裟)に参戦!
 いつもなら呆れた顔した竜子姐や、参戦したそうにうずうずしながらも理性を保ってるチョビっちょがこういうのはやんわり止めてくれるんだけど。

 今日は二人がいないから大暴走!

「リツカかて、授業サボり魔のくせに部活はちゃーんと毎日行っとるみたいやん!」
「あっ、そういえば私、前に大崎さんを迎えに行く若王子先生見たよ。今日は大崎さん掃除当番みたいですから、先生迎えに行くんです〜って!」
「あはは、あかりちゃん若王子先生の真似うまいじゃん!」
「いいわね〜。リツカも若王子先生もちょっと変わり者同士で気が合うのかしら」
「冗談じゃないっ! 誰があんな天然ボケボケ教師っ! 気が合った覚えないっ!!」
「「「「またまたぁ〜」」」」

 もう全員同じポーズでぱたぱたと手を振れば、リッちゃんの眉間の皺はどんどん深くなってって、ついでに柳眉もつりあがってって。

 そこにタイミング良く……というか悪くというか。

「やや、2年生のお返し配りはここで終了です!」

 若王子先生来ちゃうしなぁ。

 うわあっ、と慌ててるのはあかりちゃんだけ。
 ぱるぴんと密っちは「若ちゃんナイス!」とでも言いたげにいーい笑顔浮かべてるし。
 あ、もちろん私もだけど!

 両手に紙袋を提げた若王子先生は、若干疲れをにじませたにこにこ笑顔でこっちにやって来た。

「お昼中にすいません。先生からみなさんにバレンタインのお返しです」
「ありがとうございまーす」

 丁寧に一人ずつ、ちっちゃな飴玉を配ってくれる若王子先生。
 これ、去年と同じ頭脳アメかな?

 で。

「大崎さん、先生大崎さんにはなん〜にも貰ってませんけどあげちゃいます」

 にこにこと邪気のない笑顔で、若王子先生はリッちゃんにも飴を手渡した。
 それを固唾を呑んで見守る我らゴシップ大好き一同!

 リッちゃんは冷めた目で手の中の飴を見下ろしていた。

「ったく恩着せがましいよ、若先生。これおいしくないからいらない」
「うん。大崎さん、先生の作った頭脳アメ嫌いだったね。だから大崎さんの分は特別に別の味にしてます」
「ええっ!? 若王子先生、リツカのだけ別に作ったんですか!?」
「や、もちろん特別扱いしてるわけじゃないですよ? 先生はみんなに平等です」

 若王子先生の聞き捨てならない台詞に、おもわず密っちが身を乗り出して。
 みんなに平等なんて言って。わざわざリッちゃん専用味作っちゃうなんて特別じゃん!
 うわー、うわー、若王子先生ってば大人だから表情全然変わんないんだもん。真意が見えないよ〜!

「というか、大崎さんに渡したのは飴じゃなくて特製サプリメントです。実は陸上部の子にはそっちでお返ししてるんです」
「サプリ?」

 リッちゃんが怪訝そうな顔して聞き返せば、若王子先生は腰に手をやり胸をそらして。

「えっへん。先生のマル秘レシピで作った、運動系部活者向けのスーパーサプリメントです! みんな大好きオレンジ味です!」
「ふーん。じゃあかっちゃんにあげてこよ」
「……あれ?」

 なんの感慨もなく返事して、リッちゃんは立ち上がってさっさと屋上を出て行ってしまった。
 で、目をぱちぱちとしながらその後姿を見送ってた若王子先生。

 ばたん、と屋上のドアが閉まったところで、がっくりと肩を落としちゃった。あらら。

「せ、先生、昨日一生懸命作ったのに……」
「……若ちゃんなぁ、同情するねんけど、リツカには正攻法でいったってアカンて……」
「今度こそ大崎さんに尊敬してもらえると思ったのに、がっかりです……」
「(若王子先生を尊敬するリツカ?)」
「(そんな日がくるのかな……?)」
「(それって、志波っちょにくーちゃん級のエンジェルスマイルさせるよりも確率低い気がするよねぇ)」

 屋上にしゃがみこんでいじいじし始めた若王子先生の背中をぽぽぽぽんと叩きながら、私たちは残りの楽しいお昼時間を過ごしたのでした。



「ガキだな、大崎ってほんと」
「いやー、リッちゃんも佐伯くんには言われたくないんじゃないかな〜」
「お前最近、なんでそんなにチョップ欲しがるんだ?」
「欲しがってないですっ!!」

 というわけで、現在は放課後もとうに過ぎた珊瑚礁閉店後。
 ゆっくりと腕を振り上げた佐伯くんから慌てて逃げて、私は奥の掃除用具入れ横のラックに台拭きをかけた。

 そしてぐーっと両手を挙げて伸びーっ!

「終わったー! 1週間のただ働き! がんばった自分! おめでとうっ!」
「自業自得だろ。自分で自分を褒めて、寂しいヤツー」
「むっ。じゃあ佐伯くん褒めてよー」
「ん、エライエライ」
「心こもってないしぃぃ」

 むっとして抗議しても、佐伯くんは鼻であしらうだけ。

「でもまぁお疲れ。忙しかったな、今日」
「だよね。マスター大丈夫かな?」
「無理しないでもっと早く上がればよかったんだ。店ならもうオレでも回せるのに……」

 洗い物を済ませた佐伯くんがカウンターに湯気のたつカップをふたつ置く。
 それを合図に、私はカウンターのいつもの席にちょこんと座った。

 ホワイトデー当日の今日は本当にいつもよりもお客さんが多くて。
 駆けずり回るようにめまぐるしく働いていたんだけど、マスターがまた腰を痛めちゃったんだよね。
 閉店まであと少しだから大丈夫、なんて言ってたのを私と佐伯くんで強引に帰らせて。
 人数少ない分、閉店作業が遅くなっちゃって、バスの最終はもう行っちゃって。

「親父さん、すぐに来れるって?」
「なんかちょうど明日の仕込み始めちゃったとこらしくて。こっちくるまであと30分くらいかかるって言ってたよ」
「そっか。じゃあ仕方ないから一緒にいてやる」
「そんな意地の悪い言い方しなくってもいいのに〜」

 言いながら、佐伯くんもカウンターから出てきた。
 私の隣に腰掛けて、カフェオレを手に取る。
 ちなみに私に入れてくれたのは、いつものハチミツ入りホットミルク。

 佐伯くんは2,3口カフェオレを飲んだあと、くしゃっと髪をつぶして私の方を見た。

「さっきの続き。結局若王子先生ってマジで大崎のこと好きなのか?」
「う〜ん、どうなんだろ?ぱるぴんと密っちは盛り上がってるけど、違うんじゃないかな〜って気もするんだよね」
「だよな。だいたい大崎に惚れるようなヤツなんかいんのかよ。あんなわがまま気まぐれ女」
「あれ? 佐伯くんってそんな言うほどリッちゃんと友達だったっけ?」
「友達なわけないだろ。初対面でタックルかましてくるヤツなんか……」
「へ、タックル??」

 え、なになにその話。
 リッちゃんが佐伯くんにタックルって。

 大袈裟に驚いてみせて、目をまんまるに見開いてみせれば、佐伯くんは「しまった!」って顔して口を押さえる。
 あ。なーんかアヤシーなぁ。

「なになに? なんの話? リッちゃんと佐伯くんの秘話?」
「なんでもない。うん、なんでもない。……そうだ、20番台に届かなかったにしても、お前よくがんばったよな。お父さん褒めてやる」
「あ、ごまかした!」
「いいからごまかされとけ」

 わしゃわしゃと私の頭を撫でる、っていうより力任せに髪をかき回してる佐伯くん。

「もー、ぐしゃぐしゃになるー!」
「何言ってんだ、全然手のかかってなさそうな頭してるくせに」
「ひっどーい! そんなこと言うなら『はね学プリンス、通学前に鏡の前で1時間』説をハリーと一緒に流しちゃうんだからっ」
「どういう仕返しの仕方だよそれ……」

 佐伯くんはははっと笑い出す。
 なんだか今日の佐伯くんは随分とご機嫌だ。
 仕事のあとパパのお迎えまでつきあわせちゃってるのに、めずらしいこともあるもんだってカンジ?

「あ、そうだ。忘れないうちにこれ」

 温くなったミルクをすすると、佐伯くんはカウンターの内側に身を乗り出して手を伸ばした。

「どうしたの?」
「先月のお礼。まぁまぁうまかったから、ご褒美だな」
「わ、やった! ありがと佐伯くん! なになに?」

 よっ、と声をかけてカウンターの下からなにやら取り出した佐伯くん。
 その手にあったのは、小さなケーキボックスだった。

が手作りだったからオレも手作り。今食ってけよ」
「うわー、佐伯くんの手づくり! 開けるね!」

 佐伯くんはちょこっとだけ緊張してるのか照れてるのか、カウンターに頬杖ついて、ちょっとだけ泳いだ視線を私の手元に向けていた。

 手渡されたケーキボックスの中身は、とっても綺麗なホワイトチョコケーキ。
 今日、珊瑚礁のメニューに並んでたホワイトデー限定ケーキに似てるけど、すこしずつデコレーションが違う。

 もしかしてこれ、私用にわざわざデコレーション変えてくれたのかな?
 だとしたら、すっっっっっごい優越感なんだけど!

「おいしそう! いただきますっ!」
「うん。召し上がれ」

 フォークを貰ってぱくっと一口!
 疲れた体に染み渡る、甘い甘い至福の味!
 おいしー! さっすが佐伯くん!

「おいしいよ! 甘さがちょうどよくて、本当においしい!」
「そっか。よかった。……お前も早くこのくらいのレベルになれよ?」
「うぐっ、せ、せっかく味わってるのにお説教ですか……」
「……まぁ、オレが教えてやってもいいけど」
「そうやって珊瑚礁流を叩き込ませて、低賃金で安く使ってやろうとしてるんでしょー。パパに教わるからいいもん!」
「…………」
「でもホントおいしいなぁ」

 疲れた体にちょうどいい甘さ。
 私はもうノンストップでぱくぱくと。

 ……あ、でも。
 疲れてるといえば佐伯くんだってそうだよね?
 そういえば、バレンタインのときは私のチョコレートブラウニー半分こしたんだっけ。

 私は佐伯くんを見た。
 さっきよりもさらにカウンターにもたれかかるような姿勢で頬杖ついて、心なしかぶすっとした表情をしてるような。
 やっぱり疲れてるんだよね?

「佐伯くん、はい! 一口食べない?」

 というわけで、私も幸せのおすそ分け。
 フォークで一口分をすくって、私は佐伯くんの目の前に差し出した。

 途端にまん丸に見開かれる佐伯くんの目。

「……は?」
「いや、だから食べない? 佐伯くんも疲れてるでしょ。疲れたときには甘いもの! ね?」
「ちょ、ちょっと待てお前。これ……食えって?」
「うん」

 私はフォークをさらに佐伯くんの鼻先へとつきつけた。
 でも逆に佐伯くんを身をそらせてよけてしまう。

「だ、お前、これ……」
「はいはい。遠慮しないで」
「いや、遠慮っていうか」

 どうしたんだろ? 味に自信がないわけじゃないだろうし。こんなに目の前でおいしいおいしい言ってるんだから。
 ホワイトデーの贈り物だから、遠慮してるのかな?

 あれ、なんか顔も赤いし。

「いらないの?」
「いる! ……じゃなくてっ、その……」
「へんなのー。ほらほら。瑛たん、あーん♪」
「!!!」

 ふざけて私がそう言えば。
 佐伯くんが、ぱかんと口を開けて固まった。

 ……さすがに呆れちゃったかな?

 まぁいいや。この隙にえいっ。

「はい口閉じてー」
「……」

 むぐ

 硬直したままの状態で、口だけ閉じる佐伯くん。
 な、なんかおもしろいんですけど。
 それにそれに! 遊び半分とはいえ、あの佐伯くんに私今、あーん♪ しちゃったよ!?
 うわー! うわー! 役得ー!!

 私は緩みそうになる口元を必死でこらえながら、佐伯くんの口からフォークをすべらせるようにして引き抜いた。

「ね、染み渡るでしょ!? バツグンにおいしいよ、このケーキ!」
「……」
「あれ、自画自賛中で言葉も出ない?」
「お前……恐ろしいヤツ……」

 そう言って、佐伯くんはなぜかカウンターに突っ伏した。

 え、えぇえ? なにその感想?

 ……とまぁ、佐伯くんはその後もその状態のまましばらく突っ伏してて。
 私が食べ終える頃になって、ようやく復活? したようで体を起こした。

「ごちそうさまでした! 佐伯くん、ありがとう!」
「ああ、まぁ……こちらこそ」
「? なんかその受け答え変じゃない?」
「いいんだ」

 首を傾げる私の横で、佐伯くんは手早くカラのケーキボックスを畳んで奥のゴミ箱に捨ててきた。
 その間に私もフォークをちゃっちゃと洗ってカゴの中へ。

 戻ってきた佐伯くんは、なんだか妙に神妙な顔をしていた。

「もうすぐ親父さん来るよな?」
「うん、そろそろじゃないかな」
「そっか」

 そう言ってまた隣に腰掛けるんだけど、今度はこっちを見ないでカウンターの中をぼーっと見つめる佐伯くん。

 なんていうか。
 佐伯くんの気分屋っぷりは結構慣れてきたつもりだけど。
 なんかこう、怒るでなく喜ぶでなく、だんまりしてるのってめずらしい気がするんだけどな。

「佐伯くん、どうかした?」
「別に」

 返事はいつものご機嫌斜めモードみたいなんだけど……。

「なぁ、ってさ」
「なに?」

 突っ込んで聞いてみるべきか否か、判断に迷っていたら、佐伯くんがくるっと振り向いた。
 でも今度はお店の外のほうを眺めるようにして、私のほうを見ない。

「その、好きなタイプとかってあんのか?」
「へ? 好きなって……えーと、男の子の好みってこと?」
「女の好み聞いてどうするんだよ」
「いや、そうなんだけど……」

 いきなりどうしたですか、佐伯くん。

 突然の質問にぽかんとしていたら、佐伯くんはちょっと不機嫌そうな視線を私に向けた。

「理想のタイプとか……いるのか?」
「そりゃまぁ、ちゃんもお年頃ですから。理想の男性像くらいはあるよ?」
「どんなの?」
「えーと」

 と、とりあえず答えておこうかな? 佐伯くんの真意はわかんないけど。

「佐伯くんみたいにカッコいい人」
「な」

 ず、と佐伯くんの腕がカウンターからずり落ちて、椅子から転げ落ちそうになるのを寸ででこらえて。
 佐伯くんはぎょっとした顔でこっちを見た。

「で、ヒカミッチ級に頭がよくて、志波っちょくらいなんでもスポーツができて」
「……は?」
「くーちゃんみたいにチョーノリがよくて、あまっちょみたいに一緒に甘いもの食べてくれて、ハリーみたくいつも明るくて、若王子先生みたいに優しい人かな!」
「…………………お前な」

 しゃべってるうちに理想がむくむくとふくらんできて答えてたら、聞こえてきたのは佐伯くんのあきれ返った声。
 で、振り向いてみれば、

 ずべしっ!!

「いったーい!!!」
「どんな理想論だよ!? それは!?」
「だ、だってあくまで理想なんだからいいじゃんっ! 理想は高く! 夢は果てしなく!」
「身の丈考えてから言え」
「ひっどーい! 身長関係ないじゃんっ、自分背ぇ高いからってー!」
「誰が身長の話したっ!」

 問答無用にいきなりのチョップに納得いかなくて、私は頭を押さえながら佐伯くんに抗議!
 もぉぉぉ、ほんっとうに気まぐれチョップ王子なんだからっ!
 よくこれでリッちゃんのこと言えるもんだっ。

 で、お互いぎゃんぎゃんと言い合ったあと、「ふんだ!」と物別れ。
 私はむっと口をとがらせたまま、椅子を回転させて佐伯くんに背を向けた。

 のですが。

 ……うーん。ちょっと言い過ぎた、かな?
 喧嘩したってほどでもないんだけど、大したことない話題でちょっと熱くなりすぎた……かも。
 ううっ、お疲れのところパパ待ち付き合いしてもらってる佐伯くんに、いくらなんでも失礼だったかなぁ?
 でも、謝るってのも変なカンジだし。悪いことしたわけじゃないんだから、安易にごめんなさいっていうほうが失礼かな〜。

 ぶつぶつと。
 私はどうしようどうしようと思案して。

 その時。

 ぽす

 後ろから、全く痛くないチョップが入った。
 振り向けば、こっちもちょっとしゅんとしてる佐伯くんが、仔犬のような表情をして私の目の前に立っていた。

 うわー、可愛いんですけど。

「……まぁ、一番にオレが出てきたから、許してやる」
「えーと、じゃあ許されます」
「よし」

 何を許してくれたのか、何がよしなのかはわかんなかったけど。
 佐伯くんが笑ってくれたから、いいとする!

 そしてタイミングよく近づいてくる車のヘッドライト。

「来たみたいだな、親父さん」
「うん。あ、まだ着替えてない! 急いで着替えてこなきゃ!」
「早くしろよ。オレ、親父さんにまた変な誤解されたくないから」
「はーい!」

 出迎えてくれるつもりなのか、珊瑚礁の入り口のほうに歩き出した佐伯くんに返事して、私は更衣室に駆け込んだ。



 まぁ、そんなカンジで今年のホワイトデーは終了したんだけど。
 家について軽くご飯食べてお風呂に入って。
 いつもどおり日記を書き終えたあと。

 ふと、佐伯くんの言葉が蘇ってきた。

 まぁ、一番にオレが出てきたから、許してやる

「佐伯くん……」

 やっぱり佐伯くんって。

「結局親友の口から一番に自分の名前が出てこないと駄目なんて、リッちゃんのこと笑えないじゃーん!」

 ほんと仔犬属性な佐伯くんを思い出したら、口元にやけちゃうよね。
 かーわいーいなーあ、もうもうっ!

 私は最後の行に『はねプリらぶりー♪』と付け加えて、今日の日記を終了したのでした。

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