「ヒカミッチー! ヘルプミー!」
「なっ、なんだっ!?」


  44.2年目:学年末テスト


 参考書やら問題集を抱え込んだ私がいきなり生徒会室に飛び込んできたことに、チョビっちょや生徒会役員たちとお弁当を食べてたヒカミッチがぎょっとして振り向く。
 ……あ、喉詰まらせた。

「氷上くん! 大丈夫ですか!?」
「わわっ、ちょ、ヒカミッチ大丈夫??」

 赤い顔してばしばし胸を叩いてるヒカミッチ。そしてその背中をばしばし叩くチョビっちょ。
 私も慌ててヒカミッチのものと思われるパック牛乳を差し出した。
 うあー……悪いことしちゃったなぁ……。

 3月1週目の金曜お昼。私はいつもの屋上お昼の会を早々に切り上げて、頼みの綱のヒカミッチ様に助けを求めて生徒会室に駆け込んでいた。

 ヒカミッチは喉につまらせたものをなんとか飲み干して肩で荒く息をして。

「し、死ぬかと思った……」
「ごめ〜んヒカミッチ。で、そのせっかく助かった命で是非ともちゃんを助けてクダサイっ!」
「な、なんなんだ君は一体。意味がわからない!」
「わからないのは私でココ!」
「……『ココ』?」

 抗議を無視して私はヒカミッチの目の前にソレをつきつけた。
 なんだなんだと、まわりの生徒会役員も集まってきてソレを覗き込む。

さん、これ今回のテスト範囲ですよね?」
「そうそう! あ、わかるんだったらチョビっちょ教えてっ!」

 私はぱしっと手を合わせてチョビっちょを拝んだ。
 そんな私に、ヒカミッチとチョビっちょはぽかんとして顔を見合わせる。

くんらしくないな。この程度の問題なら君の実力で解けるはずだろう?」
「うう……2学期丸々勉強サボってたからわかんないとこ多くて……」
「そういえばさん、2学期の期末順位相当落としてましたね」
「自業自得だな、くん! しかもこんな直前になって勉強し始めても焼け石に水だと思うが?」
「ひどーいヒカミッチー! 恥をしのんで頼みに来てるのにー!」

 ううう、やっぱりこの間図書室でみんなに囲まれて勉強会してるの見たとき、怖気づかないで聞きに行けばよかった……。
 はぁぁ。

くん。その問題に答えているヒマはないんだけど、よかったら君も僕たちの勉強会に参加するかい?」

 すると、がっくりと肩を落とした私を気の毒に思ってくれたのか、ヒカミッチは食べ終わったお弁当箱の蓋を閉めながら私に声をかけてきた。

「勉強会? うーん、この問題につまづいてる私にヒカミッチレベルの勉強会になんてついていけるかなぁ」
「でもさんも一流大志望でしょう? 今回のテストには直接関係ありませんけど、受験には有効ですよ」
「……受験に有効?」

 見ればチョビっちょも他の生徒会役員もみんなお弁当箱をしまって、全員が手に赤い本を持ってヒカミッチのまわりに集まってきた。
 ……えーと、もしかしてその赤い本は……。

「3学期に入ってからちょくちょく集まって勉強会をしてるんだ。主に、一流大の入試過去問なんだけど」
「冗談でしょ!? 入試までまだ1年あるんだよ!?」
「「「1年しかないんだ!!」」」
「す、スイマセン……」

 声を揃えて返してきたインテリ眼鏡軍団に、縮こまって答えるしかない。
 す、すごいなぁ、はね学トップ集団は……。
 っていうか、3年生で習うところももう先取りしちゃってるんだ!
 うあー、やっぱり一流大受験するにはそのくらいの気構えが必要??

「えと、じゃあお邪魔しちゃ悪いし、私もう行くね。あは、あはは……」
「なんだ、参加しないのかい?」
「うん、それはまた今度!」

 っていうか、今は目先のテストの方が大事なんだもん!

 私は脳裏にほくそえむチョップ魔人の姿を思いながら、早々に生徒会室を脱出したのでした。



 と、いうわけで。
 昨年の散々だった期末テストの後、佐伯くんに宣告されたあの言葉。
 まさか本当に本気だとは思ってなかったんだよね。

 ところがどっこい(死語)!

、いよいよ来週からテスト期間だな」

 テスト期間突入前、最後のバイトが終わったあと。
 いつものように珊瑚礁の清掃をしていた私に、妙にいい笑顔を浮かべた佐伯くんが話しかけてきたんだよね。

「そうだね〜。もうやんなちゃうよ。さくっと終わらせて遊びたーい!」
「余裕だな? テストあとのこと考えてるなんて」
「別に余裕ってわけじゃないけどさぁ」

 客席拭きを終わらせて、私は洗い物をしてる佐伯くんと向かい合うようにカウンターを拭き始める。
 ちなみにマスターはいつもどおりレジの締め作業中。

「さすがに3年目になったら本腰いれなきゃなんないじゃん。本格的に遊べるのはこの春休みで終わっちゃうかもしれないし。テストよりも春休みどこ行くかで頭いっぱいだよ」
「お前らしー。ってことは、ちゃんと勉強してるんだな?」
「んー……まぁ2学期に比べればね。そこそこ順位は挽回できると思うよ」
「そこそこって……お前忘れてるな?」
「なにが?」

 手を止めてきょとんと佐伯くんを見つめれば、佐伯くんはニヤリと笑って。
 濡れた手でぴんっと指を弾いて水滴を私に飛ばす。

「冷たっ!」
「今回の学年末、20番台に戻ってこなかったら強制労働だって言っただろ」
「うそーっ!? それ冗談じゃなかったのーっ!?」
「なわけないだろ。ふふん、その様子だとオレの勝ちだな?」
「ずっるーい! こんなギリギリになってから言うなんてっ!」
「はぁ? オレが言ったの12月だろ」
「うっ、そ、そうだけどさぁぁ」

 それを言われるとそうなんだけど。
 ううう、ウカツ。なんだかんだと佐伯くんっていたずらっ子気質なんだもん。
 あの一言が本気であることくらい、想像できたよね……。

 洗い物を終えた佐伯くんは満足そうに微笑んで、手を拭いて私を見下ろす……ていうか見下す? ように腕組みして。

「学年末明けはちょうどホワイトデー商戦だ。人手はあって困ることないからな。よし、が手伝いに入るなら多少無理な予定たてても消化できるな!」
「くやしーっ。いいいいいいもんっ、今から挽回するんだからっ!」

 ぷくーっと頬を膨らませてがしがしとカウンターを拭く。

 するとそこに、マスターの堪えきれない笑いが響いてきた。

「ははは……。いや、失礼。しかし瑛、それだけじゃあ勝負にはならないだろう?」
「なんで?」
さんが負けたときだけじゃなく、勝ったときのご褒美も提案しておかないと」
「そう! そうですよマスター! さすがいいこと言った!」

 私を虐げたがる佐伯くんのお祖父さんとも思えない優しい言葉っ。
 私はてちてちとマスターのもとに駆け寄って、腕をとってタッグを組む。

 そして佐伯くんを振り向けば、佐伯くんはむっとした顔をしてこっちを見てた。

「なんだよ……。お前ホントじいちゃんに懐いてるよな」
「だって佐伯くんと違ってマスターは優しいもーん」
「ほう。お前あとで特大チョップな」
「だ、だから私が20番台に戻ったときのご褒美の話してるのっ」
「……いいだろう」

 佐伯くんは組んでた腕を解いて、顎に手を当ててしばし考え中。
 するとそこにマスターが。

さん。さんが見事成績を取り戻したら一日瑛のヤツを貸し出しますよ。財布代わりに連れまわしてやればいい」
「「へ?」」

 マスターのご褒美提案に、私と佐伯くんの声がハモる。

 一日はね学プリンスと遊び放題(遊戯資金は佐伯くん持ち)。

 うわーっ、それちょっとよくない!? よくない!?

「それがいいよ! うわー、オレ様佐伯くんを一日従者扱い! すっごい気分よさそう!」

 マスターありがとー! と盛り上がる私に対して。
 そんな屈辱条件飲めるかっ! と、いつもなら反論してきそうな佐伯くんなんだけど。

 なぜかぽかんとした顔をしたままこっちを見てて。

「あれ、佐伯くん?」
「え、あ、ああ……うん。わかった」
「へ? いいの?」

 うわー、いがーい……。
 佐伯くん、頷いたよ?

、お前勉強がんばれよ?」
「えぇ? そりゃもちろん……無賃労働なんてしたくないし……」
「……っていうか、お前が勝ったほうが条件いいし……」

 ぶつぶつ。

 何事か呟きながら次の片づけを始めてしまった佐伯くん。
 どうしたんだろう? と思ってる私の後ろで。
 マスターはというと、お腹を抱えて笑い声をかみ殺していたのでした。



 ……というわけで。
 勝ったら天国負けたら地獄! な勝負をしてしまった私。
 これは負けられない! と最後の足掻きでヒカミッチを頼ったのにぱぱっとあしらわれてしまって。

「うう〜……この数学をクリアしないと20番台なんて絶対無理だし〜……」

 参考書を抱えながら、私はちょっと近づきがたい後半クラスへと足を向けていた。

 目的は学年首位の水樹ちゃん。
 でもなぁ。
 多分追い返されるだろうなぁ。
 ……志波っちょに。

「当たり前だ。お前の勉強の手伝いなんかしてるひまあるか」

 ほら。

 一番最後のクラスの水樹ちゃんの席の目の前に、隣のクラスのはずの志波っちょが座ってて。
 勉強教えてって水樹ちゃんに頼んだのに、案の定志波っちょに断られてしまった私。

 くそーっ、らぶらぶだなーっ! うらやましーっ!

 バレンタインの衝撃チューを目撃したあと、志波っちょと水樹ちゃんのラブっぷりはもう目に痛い。
 水樹ちゃんも最近はお昼の会のあと、志波っちょとこんな風におしゃべりして過ごしてるみたい。

「水樹は学年末の成績で奨学金のランクが決まるんだ。少しは気を遣え」
「うっ、ご、ごめん……そうだよね」
「いいよお昼休みの間くらい。、どこ? わかんないとこって」
「えー、ええーっとー……」

 水樹ちゃんの奨学金の話なんて理由にしてるけど。
 志波っちょ、二人の時間を邪魔すんなって顔に書いてある。
 想像してたんだから来なけりゃいいのに、私。

「や、やっぱいいや! もうちょっと自分でがんばってみる!」
「ええ? でももうテスト来週だよ? 土日はさんじゃうんだから、わかんないとこ今日中に理解しとかないと大変だよ?」
「でもそのー、二人の邪魔しちゃ悪いっていうか〜……」
「そ、そんなことないってば……ね、勝己くん」

 ……ん?

「水樹ちゃん、もう一回」
「え? なにが?」
「今のもう一回」
「だからなにが?」
「……『勝己くん』」

 聞き捨てなら無い言葉をもう一度聞こうとして、なんのことだか首を傾げてる水樹ちゃんの横から、志波っちょが眠そうな顔して自分で言った。

 そうだよね? 今水樹ちゃん、志波っちょのことそう呼んだよね!?

「ちょ、うあー……ちゃん大ダメージ。ここのラブっぷるはシングルにキツイ!」
「な、なに言ってんのってば!」
「照れなくてもいいじゃんっ。もうらぶらぶオーラ放出しまくりなんだから〜。ねぇ志波っちょ!」
「だな」
「勝己くんも肯定しない!」
「ほらまた言ったー!」

 真っ赤になってる水樹ちゃんと余裕の志波っちょ、それからからかいモードスイッチオン! になった私の3人で。
 その後騒ぎを聞きつけてやってきたくーちゃんとハリーとぱるぴんも交えて。
 お昼休み中、他クラス貸切ラブップルいじり大会を開催したのでした!



 というわけで。

「助けてユキさまー!!!」
『…………』

 貴重な金曜日をいつものノリで潰してしまった私は、土曜がんばって結局わかんなかった問題を、日曜日にユキに頼ることにしたのでした。

「僕だって明日からテストなんだぞ? だいたい、の性格で一夜漬けなんてできるのか?」
「苦情はあとからなんだって聞くから! ミルハニー無料ドリンク券もあげるから! ちゃんを助けてクダサイ!」
「わかったよ。で、どこだって?」
「数学! えっと、これ! ここ、なんでこの公式がいきなりでてくるの?」
「……ああ、これか。これはまずこっちから解いていかないとそりゃわかんないよ」

 ユキを部屋に招いて、臨時家庭教師状態。
 中学の頃もこんな風に勉強したよね。
 なんか懐かしいな。

「……あっ、わかった! それでこうするんだ!」
「そう。なんだ、わかってるんじゃないか」
「えへへ〜。んじゃ次はコッチ!」
「数学だけじゃないのか? はぁ、ホントのんきだなは……」
「いーの! ってわけで物理もヨロシク!」

 ってカンジで仲良くお勉強して。

 1時間も過ぎた頃には、わからないところも完璧になりました!

「ありがとうユキ! これで勝てるよ!」
「いいよ。……で、勝てるって?」
「あ、それはこっちのこと。ね、ケーキ食べてって!」

 私はどたどたと下に下りていって、パパとママに頼んでおいたケーキとジュースを持って部屋に戻って。
 疲れた脳には甘いもの!
 私とユキはパパ特製ガトーショコラを頬張った。

「……そうだ。スーチャって知ってる?」

 ケーキも食べ終えて一息ついた頃。
 ストローでオレンジジュースを飲んでいたユキが、なんだか泳いだ視線で尋ねてきた。

「スーチャ? SUPER CHARGERのことだよね?」
「そう、それ」
「知ってるに決まってるじゃん! なに、ユキ、スーチャ好きだったっけ? CD貸そうか?」
「ああ……いや、僕が好きっていうか……その」
「?」

 珍しく歯切れの悪いユキ。
 どうしたんだろ?

「なになに?」
「うん……その、スーチャってやっぱりみんな好きなのかな?」
「好みはあると思うけど……まぁ一番旬なバンドだし。スーチャに興味なくても、大抵の人は曲知ってると思うよ」
「そっか。あのさ、海野ってそういうの好きなのかな」

 あ、なるほど。

 私はニヤリっと笑んで、テーブルに両肘ついて身を乗り出した。

「ユキ、あかりちゃんをデートに誘おうとしてる? ピンポンですかっ!」
「ああうん……まぁそんなカンジかな」
「うわーっ! いまだに電話番号も聞いてないのに、いきなりそっちにいきますか!」
「い、いいだろ別に!」

 ユキはほんのり赤くなって、ムキになって言い返してくる。
 あはは、かーわいーいなぁ。

「そっか。スーチャのライブに誘おうとしてるんだ? あかりちゃん多分スーチャ好きだよ? ハマッてるってほどでもないだろうけど。嫌いじゃないと思う!」
「よしっ。じゃああとはチケット取るだけだ」
「でも大丈夫? スーチャのチケットファンクラブ入ってても取るの大変だよ? 発売いつ?」
「テスト明けの10日から。ライブ自体はGWなんだけどさ」
「ふーん、随分前に発売になるんだね。手伝おうか?」
「本当に!? 頼むよ! 友達にも、出来るだけ頭数集めて電話したほうがいいって言われて」
「おっけーおっけー。とったチケットでライブ行けないのが残念だけど、テスト前勉強見てくれたユキに一肌脱いじゃいましょう!」
「サンキュ! やっぱりは頼りになるよ」

 ぱしっと片手でハイタッチ。

 そっかそっか。ユキもようやくあかりちゃんをデートに誘いますか。
 いいな〜、水樹ちゃんと志波っちょにしろ、ユキとあかりちゃんにしろ、みんな春に向けて花咲かせちゃってさぁ。
 私も誰かとらぶらぶしたいよー!

 その後自分のテスト勉強あるから、といってユキが帰宅して。

 私がラブ……はないかもしれないけど、ちょっといい気分で出かけられるとしたら、テストで20番台とって、佐伯くんと遊びに行くくらいだもんね。
 私も追い込みかけるように、夜までテスト勉強をがんばったのでした。



 で、テスト当日を迎え、そして発表日を迎え。

 結果!

「おめでとう。よくやった。1週間無償労働力の提供、珊瑚礁は万々歳だ」
「ううう〜っ……」

 勝負に勝ったくせに、なぜか不機嫌な顔して仁王立ちしてる佐伯くんの前で、私はうなだれていた。

 あとちょっと! あとちょっとだったんだよ!
 34位! それでも60位も順位上げたんだよ!

 で、でも勝負には負けた……。
 うう、若王子先生には「さんすごいです! エクセレントです!」って褒められたのにぃ。

「きっちり働いてもらうからな。覚悟しとけ」
「な、なんで佐伯くんがそんな不機嫌になってるの?」
「うるさいっ」

 べしっ

 ついでにチョップまでくらってしまって。
 なんか理不尽すぎませんか!? ねぇ!

 ……でも結局佐伯くんがなんで不機嫌になってるのかはわかんなくて。
 とーってもきまずいまま、私は一週間無賃労働をするはめになったのでした。
 うったえてやるーっ!



! スーチャのチケットサンキュ! ほんと助かったよ! 今度ちゃんとお礼するから!』
「うう……泣きっ面に蜂だあ……」

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