「……晴れ着だ」
「へへー。どうどう? 新年最初の振袖美人!」
「自分で美人って言ってりゃ世話ないな。馬子にも、……」
「あれ、佐伯くん?」
「……いや、似合ってる。すごく似合ってる。よし、行くぞ!」

 くるりと踵を返してすたこらと玄関を出て行った佐伯くん。
 どうしちゃったんだろ?

「変なの。あ、じゃあ行って来るね!」
「ああ、いってらっしゃい。混んでるだろうから気をつけるんだよ」

 後ろで腕組みして仁王立ちしてる羽織姿のパパに声をかけて、私は佐伯くんの後を追った。


 41.2008年 元旦


の親父さんってさ、ほんっと親バカだよな……」
「な、なんかうちのパパが失礼しましたか?」
「ああ……うん、まぁ」

 佐伯くんは視線をあさっての方向にそらして、うんざりしたようにカラ笑い。
 ううう、なんだろう〜。
 あれこれ思い当たるフシが無きにしも非ずで、私はうんうん唸りながら思い悩む。

「こら」

 と、ここで新年1発目のチョップが炸裂!

「アイタッ!」
「ボーっとするな。遅い」
「うう、ごめ〜ん……。1年に1回しか着ないから歩きにくくって」

 頭をさすりながら佐伯くんを見上げると、思ったほど機嫌を損ねているふうでもなくて。
 っていうか、むしろ笑顔な佐伯くん。

 今日の佐伯くんは白いニットジャケットにビビッドなオレンジ色のマフラーを巻いて、新年早々カジュアルにカッコいい。
 対して私は、バイト代を貯めて購入した、ピンクの桜柄の振袖を着て。
 うーん、佐伯くんに合わせて私も普通の格好してくればよかったかな。

 すると今日の佐伯くんは相当ご機嫌なようで、すっと私に左手を差し出して。

「なんだよ。歩きにくいなら早く言えって。ほら、手ぇ貸してやる。……明日誕生日だから、特別だ」
「やったっ! ありがと佐伯くん!」

 新春役得第一号!
 私は遠慮することなく、差し出された佐伯くんの手を右手で握った。

 神宮前の道は今年も賑やかに混んでいて、進む速度もゆっくり。
 一部歩行者天国になってるところでは屋台も出張してきてて、寒空の中参拝に行く人たちに甘酒や豚汁を振舞ってる。

 去年はこの道をユキと一緒に切ない思いで歩いてたなぁ……。
 そういえばユキとあかりちゃんはもう初詣行ったのかな?

「混んでるな……これからあのヒトゴミのゴミになるんだ、オレたち……」
「もー、新年早々そういうこと言うかなぁ。佐伯くん、手、離さないでね?」
「え? あ、ああ。当たり前だろ?」
「うん。私ちっちゃいし、はぐれたら多分高いところから探しても、埋もれちゃって見つからないと思うし」
「……納得。おとうさんにしっかり掴まってなさい」
「はーい」

 佐伯くんはぎゅっと私の手を握る手に力を込めた。

「まずは破魔矢奉納だね。それからお参りかな」
「そうだな。よし、行くぞ
「アイサー隊長っ」

 大きな鳥居をくぐって、私と佐伯くんは境内へと足を踏み入れた。


 寒空の中、おしくらまんじゅう状態で並ぶこと10分少々。
 ようやくお賽銭箱の前までたどりついた私たち。
 佐伯くんはぽんっと硬貨を投げ入れて、すぐに手を合わせてお祈りに入る。
 私も例年通り、35円を投げ入れてぱんぱんと手を叩いた。

 でもなぁ。
 ここの神様、私と相性悪いみたいだしなぁ……。
 去年お願いしたこと、ことごとく叶えてくれなかったんだよね。

 神様、1年で今日しか信仰しませんけど願い叶えてくださいっ!

 むむむと真剣にお祈りしてから目を開ける。
 すると佐伯くんは既にお祈りし終わってたみたいで、私の顔を見ながらにやにやしてた。

「お前、何お願いしてたんだよ? 眉間に皺寄ってた」
「超真剣にお参りしてたんだもんっ。あ、それより早くどかなきゃ」
「ああ、そっか。ほらコッチ」

 佐伯くんに手を引かれて、お参りの列を外れる。

「で? 何をお願いしてたんだ?」
「そりゃあ勿論、家内安全無病息災、恋愛成就に学業成就、ついでに商売繁盛だよ!」
「げっ、忘れてた!」

 へ?

 佐伯くんが口を押さえたかと思えば、慌ててお参りにの列に駆け込んでいって。
 あ、割り込んだ! 悪いんだー!
 ポケットから小銭を取り出して、確かめもせずに投げ入れて、ぱしぱし、ぐっ。
 ……なんだかものすごく簡素にお参りを済ませて、佐伯くんはまた走って戻ってきた。

「めずらしー。佐伯くんが珊瑚礁のこと忘れるなんて。ねぇねぇ、最初何お願いしたの?」

 はぁ、と息をついて髪を掻きあげる佐伯くんを覗きこみながら尋ねると、佐伯くんは困ったように眉を寄せて視線をそらす。

「まぁ、オレは、えぇと……なんだっていいだろ。みたいに小銭で何個もお祈りするような欲張ったことはしてない」
「ひどっ! いいじゃん別に〜。神様なんだからきっと懐広いよ!」
「……だといいけど」

 ぽそっと呟くように言う佐伯くんの頬がほんのり赤い。

 んん〜?
 こういうところでそういう反応しちゃう人のお願いって、大抵は……。

「わかった! 佐伯くん、恋愛成就祈願したんでしょ!」
「え!?」

 びしっと指を突きつけて問い詰めれば、案の定佐伯くんはぎくっとしたように体を強張らせた。
 ビンゴだ! 絶対そうだ!

「だれだれだれっ? 教えてよ! 応援しちゃうよ? ファンの子にバレないように裏から手ぇまわしてあげる!」
「お前には無理だ」
「そんなぁ〜。大丈夫だよ。佐伯くんの力になるから!」

 はね学プリンスなんて言われてる佐伯くんが誰かに恋しちゃってるなんて、もうビッグニュースだよね!
 ファンの子にバレたら一大事だもん。だからって、恋心を押さえ込むことなんて出来ないだろうし。
 ここはひとつ、親友のためにちゃんが一肌脱いじゃいましょう!

 ……って思ったんだけど。

「……だから、お前にだけは絶対ムリ」

 佐伯くんは拗ねたように呟いて、そっぽを向いてしまった。

「えー……そんなに頼りないかな、私」
「お前さ、なんでそんなこと言うんだよ?」

 あれ?

 佐伯くんの声音が変わった。
 驚いて見上げれば、拗ねているのかと思ってた表情は不機嫌極まりないってカンジに変わってて。

 えええ、なんで? え、からかいすぎたとか?

「佐伯くん」
「なんでお前がそんなこと言うんだよ。人の気も知らないで……」
「だ、だって私、佐伯くんの力になりたいなぁって」
「だいたいオレ、いつまで『佐伯くん』なんだよ」
「え?」

 きょとん。
 いつまで『佐伯くん』って……どういう意味?

「オレだけ……」

 佐伯くんは怒ってるのか拗ねてるのか、判別つかない顔をして私を見てたけど、ふいっと顔をそむけた。
 そしてそのまま歩き出す。

「あ、待って!」
「ウルサイ」

 佐伯くんは私の方を振り向きもせずにずんずん行ってしまう。
 私も慌ててその後姿を追いかけようとして。
 ところが。

 どんっ

「わっ!」

 混んでる境内で流れに逆らおうとしたのがそもそもの間違い。
 私は前からやってくる人の肩にぶつかってよろけてしまい、後ろの人にぶつかってしまった。

「あっ、ごめんなさい!」
「ちっ……気をつけろよな」

 うう……冷たいなぁ……。ぶつかってしまった人は私に一瞥くれただけで去って行ってしまったけど。
 晴れ着なんて着てるから動きにくくてしょうがない。

 ……って、アレ?

 私は左手を見下ろす。
 さっきまで手に持ってた巾着、どこ?

 うわわっ、もしかして今落としちゃった!?

 慌てて周りを見回すと、右手前方にちりめんの巾着が落ちてるのが見えた。
 ところが人出が人出なもんだからなかなか近づけない上に、さっきから何人も私の巾着を蹴ってくし!
 あーもう、買ったばっかりなんだから蹴らないでー!
 
「す、すいません、あのっ」

 なんとか巾着の元に辿り着こうと人波に潜りこんだ私。

 ……それが悪かった。

「あれ、れ、れ、れ、わ、わぁぁっ!?」

 、153cm。……身長、少しだけサバ読んでます。
 初詣客の怒涛の人波に、近づくどころか、一気に飲み込まれて流されてしまったのでしたっ!

 って嘘ぉぉぉぉっ!!??



 で。

「うう……またお賽銭箱の前まで来ちゃった……」

 人波に逆らうことが出来ずに、私はお賽銭箱の前まで来ていた。
 お財布だけは袖に入れてたから、流れのままにまたお参りしたりして。
 神様、そんなに私のこと嫌いですか……。

 ようやく人の流れから解放されたときには、もう着物も派手に着崩れちゃってボロボロ。
 私は人の少ない境内の隅までいって、おはしょりと帯を直す。

 はぁ……最悪。

 佐伯くんは怒らせちゃうし。
 買ったばかりの巾着は落としちゃうし。
 携帯は巾着の中に入れてあったから、佐伯くんに連絡取ることもできないし。

 なんか泣きたくなっちゃう。
 こんなヒトゴミの中で携帯もなく佐伯くんを探すことなんて無理だろうし、どうしたらいいんだろ。

 はぁぁ。

「正月からため息つくな」
「そんなこと言ったって〜」

 私はがっくり肩を落としてもう一度ため息を吐、

 ……あれ?

「わっ、志波っちょ!?」

 聞き覚えのある声に振り向けば。
 そこにいたのは志波っちょだった。
 白いコートにタートルのセーターを着て、なんだかいつもの雰囲気より柔らかく見える。

「うわぁ偶然! あけおめっ!」
「……ことよろ」
「あ、ちゃんとわかってらっしゃる。志波っちょも初詣? あ、水樹ちゃんとでしょ」
「水樹は朝からバイトだ」
「うそっ、元旦から!?」
「元旦出勤は時給が上がるらしい。かなりはりきってた」

 そっかぁ。水樹ちゃん勤労学生だもんねぇ。
 うーん、でも志波っちょも一年の始まりは水樹ちゃんと過ごしたかったろうに。

「じゃあ今日は一人初詣?」
「いや。……アレの付き添いだ」

 新春から眠そうな目をしてる志波っちょは、あごでおみくじ売り場の方を示す。
 そこには、おみくじを開いてガッツポーズしてる……えええええ!?

「ちょ、リッちゃん!? 髪! どうしたの!?」
「あれ、じゃん。あけおめ」
「えええええと、ことよろっ。切っちゃったの!?」

 珍しく上機嫌な笑顔を浮かべてるリッちゃんがおみくじ片手にこっちにやってきた。
 でも、一瞬リッちゃんだってわかんなかったよ!?
 だってだって、トレードマークのあの綺麗な黒髪、ばっさり切り落としちゃってたんだもん!

「年末陸上部に顔出しして練習参加したとき髪邪魔だったから」
「な、なんて潔い……。勿体ないな、すっごく綺麗な髪だったのに」
「ほっとけばまた伸びるし」

 クールビューティはお正月からクールだ。ふはぁ。

「大吉とコキチだった。コキチの方かっちゃんにあげる」
「……かっちゃんって呼ぶな。っていうか、人の運勢勝手に決めるな」
「か……志波がおみくじ引かないって言ったんじゃん」
「だからってなんでお前が引くんだ」

 リッちゃんはコキチ……って多分小吉のことだと思うんだけど、そのおみくじを志波っちょに強引に押し付けて、大吉の方のおみくじを自分の財布にしまいこんだ。

 ふふ。いいなぁ幼馴染って。志波っちょもなんだかいつもとカンジが違って可愛い。
 と、さらにそこへ。

「お、いたいた。勝己は見つけやすくて助かるな」
「……勝己って呼ぶな」

 軽快な口調で近づいてきた一人のカッコいいお兄さん。
 って、あれ? この人……。

「元春にいちゃんお帰りっ」
「おう。ほらリツカ、オジサンの交通安全のお守り。ついでに勝己とリツカに学業成就のお守りな。あーオレって優しいなー」
「余計な世話だ」
「元春にいちゃんに偉そうな口利くなっ」

 あのクールビューティが猫みたいに、ニコちゃんマークのダウンジャケットを着た男の人に抱きついて、その男の人は二人にお守り渡しながらもにやりと笑って。
 志波っちょは苦々しい顔してるけど、心底嫌がってる風でもなくて。

 その男の人が、志波ッちょの隣の私に視線を下ろす。

「……あれ? じゃねぇ?」
「やっぱり! 真咲さんですよね? あけおめ……じゃなくて、あけましておめでとうございます!」
「おう、あけましておめでとう。なんだ偶然だな?」

 首を傾げながらも、笑顔で挨拶してくれる真咲さんは、珊瑚礁に卓上花を定期的に届けてくれる花屋のお兄さんだ。

「あのー……志波っちょとリッちゃん、真咲さんの知り合い?」
「知り合いっていうか……幼馴染だ」
「元春にいちゃんは私の従兄だよ」
「うわー世の中狭いっていうか狭すぎ……」

 思わず目が点になっちゃう。
 そっかぁ、幼馴染ーズで初詣に来たんだ。いいなぁそういうの。

「なんだ、勝己もリツカもと友達なのか?」
「1年の時同じクラスだった」
「……なんかいろいろ巻き込まれてるうちにな」
「うっ……志波っちょトゲあるなぁ……」

 とほほと大げさに肩を落としてみせれば、ははっと笑い出した真咲さんにわしゃわしゃと頭を撫でられる。

「で? は一人なのか?」
「ええと、さっきまで友達が一緒だったんですけどはぐれちゃって……」
「携帯で連絡取ればいいじゃん」
「それが携帯入れてた巾着落としちゃって。取りに行こうとしたら人波に流されちゃって、ここに漂着しちゃったんだ」
「……お前小せぇからな」

 ううっ。
 そういえば志波っちょも真咲さんもリッちゃんも、みんな背ぇ高いんだよね。
 み、見下ろされてるなぁ私……。

 すると真咲さんが首を傾げた。

「携帯の入った巾着? あー、もしかしたらソレ、オレがさっき拾ったやつかも」
「ええっ!?」
「何色の巾着だ? 上が白で底のほうがピンクのちりめんの?」
「それです! 紐が赤いので!」
「ああ、じゃあさっき落し物センターに届けたヤツだ」

 こっくりと頷いて、真咲さんは鳥居の方を指した。
 確かに神宮の鳥居をくぐってすぐのところに落し物センターがあった。
 よかった、真咲さんに拾われてて!

「ありがとうございます! 私これで失礼しますね!」
「よかったなー、悪いヤツに拾われなくて。じゃあな、今年もアンネリーをよろしく!」
「ばいばい、
「じゃあな」

 お礼もそこそこに私は走り出す。
 ……といっても晴れ着で下駄だからほとんど歩いてるのと変わらない速度なんだけど。
 人波を避けて、端の方をすり抜けるように進んで。

 ああよかった。今度は無事に鳥居まで抜けられた!

「えっと、忘れ物センターは」

 鳥居のすぐ横の白いテント。
 地域ボランティアと思われる白いジャンパーを着込んだ人たちが簡易ストーブの前で座ってる。
 あそこだ。

 私は振袖が他の人に引っかからないようにつまみあげて駆け寄って。

「……あっ、佐伯くん!?」

 そこで、係員の人と話をしてる佐伯くんを見つけた。
 私の声に佐伯くんは勢いよく振り返る。

! お前、大丈夫か!?」
「う、うん……。佐伯くん、なんでここに?」

 目を大きく見開いて、佐伯くんは私を上から下まで見つめる。
 なにか納得できたのか、佐伯くんはほっと息をついた。

「てっきりついてきてると思ってたのにいなかったから、慌てて携帯にかけてさ、でも繋がらなくて。何度かかけなおしたら、ここの人が出たから」
「うん、私佐伯くんとはぐれた直後に巾着落としちゃったの。ごめん、心配かけて」
「……いや」

 佐伯くんはバツが悪そうに視線をそらす。
 私は忘れ物センターの係員の人に事情を説明して、真咲さんが届けてくれた巾着と携帯を受け取った。

 巾着はいろんな人の足跡がついてどろどろだったけど、携帯は無事みたい。
 ああ、よかった!

「お手数かけてすいませんでした」
「気をつけてくださいね」

 ぺこんっと頭を下げて、私と佐伯くんは神宮を出る。
 神宮を出てしまえば、参拝客と帰宅する人の列は綺麗に分かれてるから流される心配もない。

 私は、神宮を出てから一言もしゃべらない佐伯くんをそっと見上げた。

「あの、佐伯くん。ごめんね、はぐれちゃって……」
「……謝るなよ」

 私を見ようともしないで、むすっとした口調で佐伯くんは言う。

「オレが悪かったんだ。お前、手、離さないでって言ってたのに。あんなヒトゴミでみたいな小柄なヤツの手を離したらどうなるか、わかってたのに」
「ううん。私がとろとろしてたんだよ」
「わかってたんだ。人魚を離したらどうなるかってことくらい」

 人魚?
 なんのことだろう。私はきょとんとしてしまう。

「だけどお前が」

 でも佐伯くんはそんな私の表情にも気づかずに。

「お前があんなこと言うから……」
「あんなこと?」
「……」

 佐伯くんは拗ねたような表情をして押し黙る。

 あんなことって、アレだよね?
 私が佐伯くんの恋応援しちゃうよ! って言ったヤツ。

 うーん……。
 佐伯くんプライド高いもんね。自分の恋くらい自分で成就させてやるぜ、お前の手なんかいらねーよ! ……ってこと?
 うぅーん、意味を図りかねるよ佐伯くん……。



 不意に佐伯くんが私を見下ろした。
 それと一緒に差し出される手。

「もう離さないから。ほら」
「うん」

 来るときと同じように手を繋ぐ。

 なんだかなぁ。手を繋いでないと迷子になっちゃうなんて、子供みたい。

「迷子になるのってすっごく久しぶりかも。うーんとちっちゃい頃にも迷子になったことあるんだよね」
は今でも小さいだろ?」
「うわっひどっ! 今よりももっと小さかったの!」

 むっとして睨み上げれば、ようやく佐伯くんは笑顔を見せてくれた。
 よかった、もう怒ってるわけじゃないみたい。

「前に迷子になったのは……そうだ、羽ヶ崎の海岸に遊びにいったときだ。幼稚園か小学生低学年くらいのときだったかなぁ? 波打ち際で遊ぶのに夢中になって、遠くまでいっちゃったんだよね」

「えっ」

 よし、それならいつものノリで会話を盛り上げて行こう! と、自分の失敗談をネタにしようとして子供の頃の話を出した瞬間だった。

 私を見下ろしていた佐伯くんの顔が一瞬で強張った。
 目を大きく見開いて、信じられないって顔して私を見てる。

「海で、迷子?」
「え、うん……。パパともママともはぐれちゃって。一人でわんわん泣いてたのだけ覚えてる」
「冗談だろ?」
「えぇ? 本当だよ! 子供のころだもん、迷子になることだってあるじゃない」
「だって……だって、あの子はあかりじゃ」

 へ?

 佐伯くんが右手で側頭部を押さえる。
 どうしたんだろう、なんだかひどく混乱してるように見えるんだけど。

「ど、どうしたの?」
「お前、その話本当なのか? 羽ヶ崎の海岸で迷子になったって」
「だから本当だってば!」
「じゃあ、その時、誰かに会わなかったか!?」

 強い口調で尋ねてくる佐伯くんに、私もびっくりしちゃう。

「誰かって……うんと小さい頃の話だもん。そこまで覚えてないよ」
「思い出せよ!」
「無茶言わないでよ〜! っていうか佐伯くん、本当にどうしたの?」
「いや……別に……」

 いやいや、別にって雰囲気じゃないでしょ、明らかに。

 ……でもさっき余計な突っ込みいれたせいで険悪になっちゃったばかりだから、それ以上は突っ込めなくて。

 佐伯くんはその後も時々ぶつぶつと呟いてはがしがしと頭を掻いて、の繰り返し。
 ミルハニーの前に来ても、そんな調子だった。

「それじゃ、ここで……。佐伯くん、大丈夫?」
「ああ……いや、ちょっと混乱してる。でも平気だ。少し考えてみる」
「う、うん、そう?」

 何をそんなに思い悩んでるのか検討もつかなかったけど、さっきよりは少し落ち着いたみたいだ。
 佐伯くんはぽりぽりと頭を掻いて私を見下ろす。

「あのさ、ほんと、今日はごめん。……今年もいい年にしような」
「うん! 今年もよろしくね、佐伯くん!」
「ああ。……そうだ、忘れるトコだった」

 ごそごそと佐伯くんが取り出したのは綺麗にラッピングされた白い包み。

「一日早いけど、オレ明日は珊瑚礁の開店準備とかあるし。コレ、誕生日プレゼント」
「わぁ、ありがとう! なになに? 開けていい?」
「うん。今日は日本中おめでたいから、言いやすくてちょうどよかった。その、おめでとう」
「……わ、綺麗……」

 佐伯くんがくれたプレゼントは、銀のチョーカーだった。
 淡いマリンカラーの石がついた、とっても繊細で華奢なチョーカー。

「クリスマスの時、言ってたろ? ドレスに合うようなアクセサリー持ってないって」
「気にしてくれてたんだ。すっごく嬉しいよ! ありがとう!」

 早速つけてみる。
 っていっても、晴れ着姿じゃさすがにちぐはぐだよね。

「えへへ……これじゃ似合うかどうかもわかんないね」
「似合うに決まってるだろ。オレが選んだんだから」
「うわ、自信家だなぁ、佐伯くんてば。……本当にありがとう。今度コレにあう服探して着てみるね」
「うん。よかった、ちゃんと言えて。……じゃあな、。また」
「ばいばいっ、またね、佐伯くん!」

 少し照れてるのかはにかんだ笑顔を見せてた佐伯くんは、軽く手を振って帰っていく。
 私はその後姿をしばらく見送って。


 なんだかんだひと悶着もあったけど。
 まずは上々の年明けなんじゃない?
 うん、今年こそはいい年になりそう!
 よーっし、最終学年3年生も目の前だし、がんばるぞーっ!

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