ついにきた。期末テスト結果発表!
 どきどきしながら、私は順位表を見に行った。


 4.1年目:1学期期末テスト


「えっと……」

 上から順番に名前を探す。
 50番以内、50番以内にどうか!
 そうじゃなきゃ、テスト前日まで付き合ってくれたユキに申し訳ないよ!

 1位は水樹ちゃん。すごい! あんなに可愛いのにがり勉してる風でもないのに、頭いいんだ!
 2位は想像通り氷上くん。こっちはモロに秀才努力型。

 それから……。

 やっぱりすごい、佐伯くん。体育祭でも大活躍で、毎日遅くまで珊瑚礁で働いて。
 それなのに6位だよ!
 これはもう、あとで褒め讃えなきゃね!

 そして……。

 あ、あった! 47位に私の名前!

「よしっ!」

 思わずガッツポーズ。
 目標ぎりぎりだけど、それでも50番以内!
 あ〜よかった。今夜はユキにメール報告だ。


「あ、志波っちょ。それと」

 ほーっと胸を撫で下ろしていたら、意外な組み合わせの二人に声をかけられた。
 一人は志波っちょ。片眉を器用にあげて、まじまじと私を見下ろしてる。

 それからもう一人は、二ノ金ゴールドペイントの偉業を入学早々成し遂げたクリスくん。
 なんか接点なさそうな二人だけど、仲いいのかな?

「えーと、クリスくんだよね」
「わー、ボクのこと知っとったん? 光栄やわ〜。君はちゃんやんな?」
「うん。初めましてだよね!」
「そうやね! コンニチハ〜」
「ふふっ、コンニチハ〜」

 クリスくんが無邪気な笑顔を浮かべて、体を横に倒しながら挨拶してくれたから、私も真似してご挨拶。
 か〜わい〜いなぁ〜、クリスくんって。

「……何やってんだお前ら」
「やだなぁ志波っちょ。ノリ悪ーい」
「そやそや。志波クン、ノリ悪ーい」
「……」

 私とクリスくんの協力技に、ジトっとした視線を向ける志波っちょ。
 もう、真面目なんだから。

「それよりどうしたの? なんか用だった?」
「いや、お前、成績よかったんだな」
「えっへっへー、こう見えて一流大志望だからね!」
「そうなのか?」
「あかん〜、こんな可愛いのに頭もええなんて。ボク、ぎゅーしたいな、ぎゅー」
「あかん〜、クリスくんにぎゅーされたら嬉しくって死んじゃうかもー」
「……」

 ヤバイ。
 クリスくんと話してると楽しすぎる!!
 ほら、志波っちょは完全にあきれ果てた視線だもん。

「え、えーと、そろそろチャイム鳴っちゃうね? 教室戻らなきゃ」
「だな」
「そやね。それじゃちゃん、またなー?」
「うん。志波っちょ、クリスくん、またね!」

 ぱたぱたと二人に手を振って、私が教室に戻ろうとすると。

 ふと、視界の隅にこっちを見てる佐伯くんの姿が目に入った。
 いつもの親衛隊は教室に戻っちゃってるのか、めずらしくまわりに女の子の姿はない。

「佐伯くん?」

 足を止めて声をかけると、佐伯くんは弾かれたように我に返ったかのように。

「や、やぁ、、さん。な、なにかな?」
「え? う、うん。別に用はなかったんだけど……」

 めずらしくキョドってる佐伯くんにつられて、私まで挙動不審になっちゃう。
 佐伯くんは慌てた様子で髪を掻きあげて、なんだか必死な様子で笑顔を浮かべてるんだけど……。
 ど、どうしたのかな?

 聞いてみようかとも思った時、チャイムが鳴りだした。

「……あ、しまった次移動教室だった! じゃあ、っ、さん!」
「あ、うん。急げ、佐伯くん!」

 というわけで、何がなにやらという状況のまま、佐伯くんは走って教室に戻っていった。
 でも本当にどうしたんだろう。
 あんな佐伯くん初めて見たかも。


 昼休み。
 いっつもパパとママの共同作業で作られるお弁当をぺろりとたいらげたあと、私は中庭のほうにお散歩に来てた。
 今日はいつものお弁当メンバーがみんなばらばらだから、おしゃべりする相手もいなくて。
 ふらふら〜っと校内探索も兼ねて、普段はこない奥のほうまで。

 いい天気でテストも上々で、言うことなし!
 ふわぁ……なんか眠たくなってきちゃった。
 でも、この辺だと志波っちょや大崎さんあたりがごろんと寝てそうだなぁ……。

 ……。

 ちょっと見てみたいかも。
 私は芝生よりに中庭を歩き出した。
 志波っちょか大崎さんが寝てたら、写真撮って驚かしてやろっと!

 ところが。

「なぁ、どう思う?」
「どうって……佐伯くんはどう思ってるの?」

 え、佐伯くん?

 どこからかぼそぼそと聞こえてきた会話に、私は足を止めた。
 きょろきょろ辺りを見回しても、人影はないんだけど……。

 私はその場に立ち尽くして、神経を耳に集中させた。

「オレに判断つかないからお前に聞いてるんだろ」
ちゃんはいい子だよ? 明るくてノリがいいけど、人の秘密をほいほいしゃべっちゃうような子じゃないよ」

 この声、佐伯くんと、あかりちゃん?
 声はそれども姿は見えず。
 それに、今の佐伯くんの口調。
 あんなぞんざいで横柄な佐伯くんの言葉なんて、聞いたことない。

ちゃんも珊瑚礁の研修期間終わってもう私とシフト一緒になることないけど。佐伯くんはちゃんと一緒に仕事しててどう?」
「よく働くよ。嫌な客にも営業スマイル崩さないし、お前と違ってテキパキしてるし」
「あ、ヒドイ。私だってがんばってるのにっ」
「結果が伴わなきゃ意味ないだろ。仕事の現場で甘えを言うな」
「もー……」

 き、厳しいな、佐伯くん……。
 二人の声が聞こえるほうを探しながら、そろりそろりと近づく私。

「なぁ」
「なに?」
って信用できるかな」
「できると思う。ちゃん、いっつも人のことばかり考えてるもん。佐伯くんにもいっつも気を遣ってるでしょ?」
「……うん」

 おや、なんて素直な。

「珊瑚礁でまで猫かぶってたら、佐伯くん疲れちゃうでしょ?」

 猫かぶってたら?

「当たり前だ。が珊瑚礁バイト始めてからこっち、気が抜けなくて本当にまいってるんだからな」

 呼び捨て……。

 でも。

「佐伯くん」
「うわぁっ!?」
「わっ、ちゃん!?」

 ようやくたどりついた二人の秘密の会議場。
 中庭奥の、ものすごくわかりにくい茂みの中。本当に近づかなきゃ人がいるのがわからないくらいの。

 そこに、佐伯くんとあかりちゃん、二人仲良くお弁当を広げて座ってた。
 佐伯くんはいっつも日替わりで女子のお昼ご飯に呼ばれてるけど、今日は逃げ出したのかな?
 とはいえ、突如として現れた私に、佐伯くんもあかりちゃんも目を丸くしてこっちを見上げていた。

……さん?」
ちゃん、いつからいたの??」
「ごめん、結構前から。話聞こえちゃった」

 私は茂みに入らずに、外からぺこんと頭を下げた。

「佐伯くん、ごめんね!」
「え?」

 私が謝ると、佐伯くんは虚をつかれた様な、なんとも間抜けた声を出した。
 体を起こして佐伯くんを見る。

「なんか理由あるみたいだけど、私が珊瑚礁でバイトしてると、佐伯くん困るんでしょ? 今日にでもマスターに電話して、バイト辞めるから。気を遣わせてごめんね?」
「え!?」
「ま、まってちゃん! そうじゃないよ!」

 どんな理由があるにせよ。
 まがりなりにも客商売やってるパパとママの娘である私が、人に気を遣わせちゃうなんて。
 しかも、こんないい人の佐伯くんに。
 佐伯くんが気ィ遣いなのは知ってたはずなのに。

 あぁ〜もう私の馬鹿!
 ほんとに私って、人に対して気遣いが足りないんだから!

!」

 ところが佐伯くん、私の言葉に気分を害したみたいで。
 むすっと不機嫌な表情で私を呼んだ。

「何勝手に勘違いしてるんだよ。いいからそこ立ってないでこっち来いよ」
「え?」
「……人に見られたくないんだ。この場所、学校で唯一気ィ抜いてられる場所なんだから」
「あ、うん」

 いつもの佐伯くんからは考えられないような、でも他の子がいつも話してるような口調。
 私は言われるがまま茂みに入って、ちょこんとその場に正座した。

「あのね、ちゃん」

 むすっとしてそっぽを向いてしまった佐伯くんの代わりに、あかりちゃんが話し出す。

「佐伯くんってね、こっちが本当なの」
「え?」
「だからね、いつもは猫かぶってるだけなの。こっちの口が悪くて乱暴者ですぐ拗ねる」
「海野。そんなにオレのチョップが欲しいか」
「えーと、素直になれないのが本当の佐伯くんなの」

 チョップ?
 猫かぶり??
 本当の、佐伯くん???

 私はぽかんとして佐伯くんを見た。
 佐伯くんも私をちらっとみて、でもちょっと顔を赤くしてすぐにそっぽを向いた。

 な、なんていうか。

 佐伯くん、可愛い!!

「成績落とすな、学校で問題起こすなっていうのを条件に珊瑚礁でバイトしてるんだ。だから学校では優等生でないと駄目なんだよ」
「ええっ!? そんなこと言うような人には思えないけど……」
「じいちゃんじゃなくてオレの両親。エリート志向でうるさいんだ」

 へ、へぇ〜……。
 優等生佐伯くんの裏には、そんな事情があったんだ……。

「そっか……それじゃあ珊瑚礁で働いてる間くらいはリラックスしたいよね。あかりちゃんと話してるとき楽しそうだったのって、そういう理由からだったんだ」
「べっ、別に楽しくない!」
「またまたぁ。今までその秘密をあかりちゃんとだけ共有してたんでしょ? 息抜きにならないわけないじゃない!」
「……、喜べ。オレのスペシャルチョップを味わえるのは選ばれた人間だけだ」
「へ?」

 言うが早いか、佐伯くん。

 ずべしっ!!

「いっ、痛ぁいっ!!」

 さ、さ、さ、佐伯くんから、チョップされるとはっ!!
 フェミニストではね学の王子様なんて言われてる佐伯くんが、こうも簡単に暴力振るってくるなんてっ!

「もう、佐伯くん! ちゃんに乱暴やめて!」
「うるさい。しつこくつっかかってくるが悪い」

 佐伯くんは腕を組んで、ふふんと勝利の笑みを浮かべてる。
 私は頭をさすりながらも、そんな佐伯くんを見た。

 優等生の佐伯くんとは全然違う、子供っぽくて、でも生き生きしてる佐伯くん。
 確かに、この表情は本物だ。

「わかったよ、佐伯くん。佐伯くんがオンオフ使い分け大変だから、学校じゃあまり話しかけないほうがいいね?」
「話が早いな、。海野と大違いだ」
「む、どうせ私は鈍いもん」
「まぁまぁあかりちゃん。でもわかったよ。今日からは佐伯くん、珊瑚礁で気を遣わないでね。気づけなくてごめんね」
「いや……別にが謝ることないだろ。俺の演技が完璧だっただけだ」
「うわぁ、よく言う〜」
「よしっ、チョップ2発目が欲しいんだな、!」
「冗談! 私、教室戻りまーす!」

 膝を立ててチョップ発動体勢に入ろうとした佐伯くんに、私は慌てて立ち上がって茂みから飛び出して逃げた。
 そのまま教室まで逃げ帰って、自分の席に座る。

 ふわぁ、でも驚いた。
 佐伯くんが。
 あの佐伯くんが!

 あはは、なんだかすごくおかしくなってきちゃった!
 そっかぁ、佐伯くんってワケありだったんだな……。

 私はお店もバイトも学校もなにもかも、煩わされることなにもなく生活してるから、佐伯くんの苦労なんて共感することもおこがましいかもしれないけど。

 力になれるといいな。
 せめて、珊瑚礁のバイト中だけでも。

 私は佐伯くんのフォローを心に誓って、5時間目の授業の準備をした。



『To:ユキ
 Sub:47位だったよ!
 本文:やったよー!(^○^)/
    ユキのお陰でギリギリだけど50番以内! 大感謝!><
    今度お礼にケーキ奢るから、近いうちにミルハニーに来てねv』

『To:
 Sub:おめでとう
 本文:まぁギリギリとはいえ50番以内おめでとう。
    僕は18位だったよ。まぁまぁかな。
    夏休み中もしっかり勉強しろよ? 遊びそうだなぁ、は……』

『To:ユキ
 Sub:ちゃんと勉強するもん
 本文:勉強するよ!
    でも夏休みだから遊びたいのも事実。
    ユキ、花火大会一緒に行こうね!^^』

『To:
 Sub:はいはい
 本文:わかったよ。しょうがないなは。
    夏休みの宿題、はね学でも出るんだろ?
    花火大会前にメドつけておいて、憂いのないようにな!
    また31日に図書館呼び出されるのはごめんだぞ!』

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