「……ディスコ?」
「そうディスコ」
「クラブじゃなくて?」
「ディスコなんだって」


 37.2年目:文化祭準備


 私が告げた言葉に、甘党試食会の全員の目が点になった。

 って、そうだよねぇ。
 私だって最初若王子先生の口からその言葉を聞いたとき、突っ込みそうになっちゃったもん。

「今年のクラス展示はディスコがいいです! ナウでヤングなギャルとダンシングナイトフィーバーです!」
「……それは先生の真似か?」
「若王子先生以外にこんな台詞言う人いないよ志波っちょ……」

 あははと笑いながらも、私はミルハニーから持ってきたケーキボックスの蓋を開けた。

「はい注目っ。ミルハニー秋の新メニューの試作品ですっ。それぞれ試食後レポート提出してくださいっ」

 じゃーんっ、と口で効果音を言いながら箱の中を見せれば、ぱるぴんとあまっちょ、それから志波っちょもぱちぱちと拍手してくれた。

 現在はね学お昼休みの中庭茂み。
 不定期に開催される、はね学甘党試食会の真っ最中なのです。
 といっても、要はうちの新メニューをスイーツ批評家の3人に評価してもらうっていうことなんだけどね。

「あれ、モンブランばっかやん? でも微妙に色が違う?」
「わかった! 先輩っ、これが栗でこれがかぼちゃで、これが……」
「さつまいもだろ」
「ピンポンです! あまっちょ志波っちょ大正解!」
「コンビにするな」

 ぶっきらぼうに言い放ちながらも、一番最初に手を伸ばすのは志波っちょだ。

「3種とも1個ずつあたるように持ってきてるから、今食べられなかったぶんは家で食べて、感想聞かせてね」
「お持ち帰り用の箱も持参してるなんて、さすが顧客サービス行き届いてますね!」
「お客様は神様ですから! あまっちょはどれから食べる?」

 志波っちょは栗のモンブランを取って、あまっちょはさつまいもの、ぱるぴんはかぼちゃの。
 みんながぱくぱくと食べだして、私はその間に残りを小分けに箱詰めして。

「……うまい。さすがだな」
「ほんま! 中にクリームがぎっしり詰まっとって重量感あるし!」
「それにプリンの層もあるんですね。いいなぁ、僕プリンケーキ大好きなんですよ!」

 甘いものを口に含めば、志波っちょだっていつもの渋い顔をほんわか和ませる。
 あまっちょとぱるぴんはもうにっこにこの笑顔でケーキに夢中だ。

 よしよし、反応は上々だね!

 私も自分用に持ってきた分をぱくりと一口。

「にしても若ちゃんなぁ。今時ディスコて。これがジェネレーションギャップってヤツなんかな」
「だよねぇ。あのまま若王子先生に任せておいたら、曲まで70年代くらいの用意されちゃったりして」
「でも、それはそれでレトロで楽しいかもしれませんよ?」

 たはは、と私とぱるぴんは顔を見合わせて苦笑い。
 あまっちょみたいな優しいフォローは、若王子先生の企画発表のときは誰からもなかったもんね。

「あまやんとこは何するん?」
「僕のクラスは喫茶店です。実は今、ショッピングモールのお店にチーズケーキの卸し交渉に行ってるんですよ」
「ショッピングモールのって、あのお店のチーズケーキ!? うわ、すごいね!」
「はい! うまいこと商談まとまったら是非食べに来てくださいね!」
「行く行く! ね、ぱるぴん!」

 今話題のケーキ屋さんのチーズケーキ、並んでもなかなか買えないって評判のところのだもん。
 両手を握り締めて私はぱるぴんを振り返る。
 ところがぱるぴんは厳しい顔して。

「……あまやん。勿論仕入れるのはベイクドやんな?」

 きらんと目を光らせてぱるぴんが尋ねると、あまっちょの表情がすっと変わる。

「いえ、もちろんレアですよ」
「まだそんなこと言っとるん!? チーズケーキの基本はベイクドやて何度も言うとるやろ!」
「西本先輩こそまだレアの素晴らしさがわからないんですか!? チーズそのものの味を感じるレアこそがチーズケーキの本髄です!」

 あ、あれ?

 ぱるぴんとあまっちょ、いきなり火花散らして自論戦争??

「ちょ、ふたりとも落ち着いて」
「ほっとけ
「えええ、だって志波っちょ〜」
「とばっちりくうぞ」
「……そ、そうだね」

 ばちばちとにらみ合ってる二人の側からケーキをこそこそと移動して。
 私は志波っちょの隣に座りなおす。

「志波っちょのクラスは?」
「喫茶店」
「あれ、志波っちょ2年連続喫茶店だね。なにか特別なことやるの?」
「普通の喫茶店だ。が同じクラスじゃなくてマジでよかった」
「うわ、ひっどいなぁ志波っちょ……。ちゃんが発案したから水樹ちゃんの可愛い可愛いメイド姿見れたんでしょー?」
「……」
「アイタッ!」

 むすっと不機嫌顔になった志波っちょから、デコピン1発の刑。
 い、痛いなぁもう……。

「でも水樹ちゃんのこと忘れるとこだった。はいこれ志波っちょ。水樹ちゃんに渡してくれる?」
「……なんだ?」

 残りのモンブランをぱくぱくと食べていた志波っちょに、私はみんなのお持ち帰り用ケースと同じ箱を手渡した。

「これは水樹ちゃんの分。ほら、水樹ちゃんって手芸部のモデルやってるから学校に残ってる日あるでしょ? ちなみに今日はバイト無しの日だから居残り練習日」
「そうなのか?」
「そうなの! で、志波っちょも野球部の練習あるでしょ。多分帰る時間一緒になると思うから、このケーキ口実に一緒に帰って親密度高めちゃいなよ!」

 志波っちょの手に強引に箱を押し付けて、私はぐっと親指をつきつけた。
 それから慌てておでこを隠す。

「……何やってんだ?」
「え、えーと、またデコピンくるかなぁって……」

 ところが志波っちょは呆れた視線を私に向けるだけで。
 ふー、と短く息を吐いたあと、やれやれといった表情で笑顔を見せてくれた。

「サンキュ、。……水樹に届けておく」
「うん。ご堪能くださいませ!」

 よかった、余計なおせっかいかもって思ったけど喜んでくれて。
 友達の幸せのためには一肌といわず二肌も三肌も脱いじゃいますよ、ちゃんは!

「さて、もう一個食べようかな」

 今だ飽き足らず討論してるあまっちょとぱるぴんはおいといて。
 私と志波っちょは二つ目のケーキに手を伸ばす。

 その時だった。

 がささっ

 茂みを鳴らして、突然入って来た男の子。

 私たち4人はきょとんとしてその人を見上げ……って。

「あれ、佐伯くん?」
「げっ」

 一瞬焦ったような表情を見せる佐伯くんだったけど、ここにいるのが例の枕投げメンツがほとんどと知ると、たちまち苦虫噛み潰したような顔をして。
 問答無用で私にチョップ!

「アイタっ! な、なんで??」
「お前、人の隠れ家で何やってんだっ」
「何って、はね学甘党御三家によるミルハニー新作試食会だよ?」
「だよ、じゃない。さも当然のように言うな」
「だ、だって、下手に屋上とかでケーキ広げてたらヒカミッチやチョビっちょに怒られるじゃない」
「だからって人の隠れ家を他人にバラすなよ!」

 うーわー……。

 佐伯くん、相当おかんむりだ。
 しかも志波っちょとぱるぴんには修学旅行でいろいろバレちゃったから、いい子仮面を取り繕うともしてないよ。
 あまっちょもいるのになぁ……。

 さぁて、どうやってご機嫌とりしよう。

 と考えてたら、佐伯くんの右手が差し出された。

「?」

 とりあえず私も右手で握り返して握手。

「違う!」
「あたっ!」

 すぐさま振りほどかれて、2発目のチョップ!
 ううう、志波っちょといい佐伯くんといい、人の頭ぽかぽか叩いてっ。

「場所代。ミルハニーのケーキ1個で勘弁してやる」
「うっそぉ!? 場所代って、ヤクザじゃあるまいしっ」
「ウルサイ。人の昼寝場所と時間を奪った罪だ」
「あう、それを言われると」

 そうだった。
 いつもいつも忙しい佐伯くんが、ファンのコの目を離れてゆっくりできるのはここの茂みだけだもんね。
 でも今日はすでに4人入ってるから、佐伯くんが横になれるスペースないし。

 仕方ないよね。

「うー……じゃあさつまいものモンブランで手を打ってくださいお代官さま……」
「誰が代官だよ。……お前、あとで説教な」
「なんでっ! 場所代ちゃんと払ったのに〜」
「ウルサイ」

 佐伯くんは終始不機嫌そうな表情のままケーキをひったくるように受け取って、そのまま茂みを出て行ってしまった。
 もー、わがままプリンスは気難しいんだから。
 ぶつぶつ。

先輩……」

 佐伯くんにとられたケーキの代わりに、最後の一個を箱から取り出して。
 そこにあまっちょから声がかかる。
 見れば、呆気にとられた様子のあまっちょ。

「あ、そっか。あまっちょあんな佐伯くん初めて見るんだもんね? みんなには内緒にしててね」
「やっぱり今の、佐伯先輩ですよね? うわぁ……いつもと全然違うからびっくりしちゃいましたよ」

 でもあまっちょは「そっか〜」と妙に納得したような声を出す。

「品行方正な佐伯先輩も、やっぱり彼女の前じゃ甘えちゃうんですね!」
「…………へ?」
「でもいくらなんでも暴虐すぎませんか? 彼女に甘えるにしても、彼女だからこそ大切にしなきゃいけないことがあると僕は思うんですよ!」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ったあまっちょっ!! なんか激しい誤解してない!?」

 彼女!?
 拳を握り締めて力説するあまっちょの手をつかんで、慌てて開かせてみたりして。

「どっから出てきたの、その発想!? 私が佐伯くんの彼女なわけないじゃん!」
「なぁ、それホンマなん? アタシも枕投げで佐伯くんが澄ました優等生とちゃうってわかったけど、今みたいなんは初めて見たで?」
「そ、それはさぁ。佐伯くんにもいろいろストレスがあって、それまで友達って言ったら私とハリーくらいだったから、っていうか……」

 ああもう、どこまでしゃべっていいのかわかんないよ〜!

 すると、我関せずと一人ケーキを頬張ってた志波っちょが、指についたクリームをぺろりと舐めて。

「拗ねてたな」
「へ?」
「佐伯」

 私もぱるぴんもあまっちょも、きょとんとして志波っちょを見る。
 志波っちょは満腹で眠たそうな目をして、膝に頬杖ついた。


「な、なに?」
「これ、佐伯の分はあるのか?」
「うん、一応……」

 甘党御三家の意見も重要だけど、やっぱり最前線で働いてる佐伯くんの意見も聞きたいから、ちゃんとそれは用意してある。
 でもじっくりと味わって批評してもらうために、珊瑚礁で食べてもらおうと思ってたからここには持ってきてないけどね。

 なぜか私の返事に、喉の奥でクッと笑う志波っちょ。

「だったらさっさと渡して来い」
「え? でも」
「いいから。感想はあとで言う」

 なぜか私は志波っちょに追いたてられてしまって。

 なにがなにやら。
 余ったケーキ1個だけを持って、私は茂みを追い出されてしまったのでした。




「志波やん、ええ仕事するな〜」
「なんだかおもしろいことになりそうですね! 今のところ佐伯先輩の一人相撲みたいですけどっ」
「だな。今までの分、からかい返してやる」

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