「は? また清水寺に行くのか?」
「清水寺じゃなくて、参道降りたところのお店に行きたいんだ。清水寺はおとといみんな行ってたからはね学生も来ないだろうし」
「そっか。じゃあそこ行くか」


 36.修学旅行4日目:自由行動日


 2回目の自由行動も朝イチから素早くホテルを抜け出して、私と佐伯くんは清水寺のふもとのお店を目指して歩いていた。

 そうそう。
 今日の朝ご飯には千枚漬も湯葉も出なかったんだけど、プリンみたいに小さな容器に入ったザル豆腐が出たから、それを佐伯くんに献上しました。
 さすがに歩きながら食べるのはお行儀悪いから、通りすがりにあった公園に立ち寄って、ベンチに並んで座る。

 ぺりぺりっと蓋を剥がして、添付のお塩をぱらぱらかけて。
 佐伯くん、プラスチックのスプーンでぱくりと一口。

「あ、うまい。塩も普通の食塩じゃないな」
「さすが! みんなちょっと甘みがあるって言ってたよ」
「だろ? うん、やっぱ京都来たんだからこのくらいのものは食わないとな」

 バリスタの卵は京都の味に満足したみたい。
 うーん。

「佐伯くん佐伯くん、私も食べたいなー」
「お前は朝食べてきたんだろ」
「食べてないよっ! それ、本当は私の分だったんだから」
「……あ、そっか」

 スプーンを咥えたまま、佐伯くんが私を見下ろした。

 さすがにねぇ? ちゃんだって乙女ですよ?
 おいしかったから余った分お土産に貰っていこー! なんてオバサンなこと出来ませんよ?
 若王子先生はジャージの内側にひょいひょい詰めてたみたいだけど。

 だから佐伯くんの分を確保することできなくて、仕方なく自分の分を持ってきたんだから。

「一口食べたいなー。ちゃんの豆腐ー」
「自分で自分のことちゃんづけするな。……ほら」

 わざとらしく手を擦り合わせておねだりしてみれば、佐伯くんはぷっと吹き出して。
 スプーンで豆腐を一口分すくって差し出してくれた。

「ありがとー!」

 早速私はスプーンを受け取ろうとして。

 ところが佐伯くんは、ひょいっと私の手からスプーンを遠ざける。

「もうっ、意地悪しない!」
「そうじゃない。、口開けろ」
「へ? 口?」

 きょとんとして佐伯くんを見れば、佐伯くんは少し照れたような表情で目を細めてた。

「こういうのはサラッと流せ」
「なにが……って」

 も、もしかして?
 これってあの、もしかしてっ!?

「あーんしろ」


 !!!???


 はね学プリンスの口から、今すごい言葉聞いた!!


「早くしろよ……こっちだって恥ずかしいんだ」
「だ、だ、だ」

 だってだってだってさぁ!

 どうですかこれ!?
 イケメンにあーんしてもらうって、どれだけの乙女が熱望してるシチュエーションだと思ってるの佐伯くんっ!

 うわー、イケメンと親友の特権ってヤツかなぁ……。

 え、えっと。
 右よしっ、左よしっ、芸能記者の姿なしっ!
 すーはすーはー……よ、よしっ。

「あ、あーん……」
「ん」

 真っ赤になりながら口を開ければ、佐伯くんは私の口の中にスプーンを突っ込んだ。
 ぱくっと口を閉じると、スプーンをすべらせるようにして抜き取る。

「うまいか?」

 こっちも真っ赤になってる佐伯くんに尋ねられるけど。

 正直、味、よくわかんなかったよ……。

「お、おいしかった、です」
「そ、そっか。なら、よし」
 
 佐伯くんも残ったお豆腐を掻きこんで、近くのゴミ箱に容器を捨てる。

 え、えーとぉ……。

 なんだろう、この雰囲気は。

「……あのさ、
「う、うん。なに?」

 髪を掻きあげながら、公園の外に視線を向けてる佐伯くん。

「今日、清水寺のほう、はね学の連中こないんだろ?」
「え? うん、多分ね? みんな今日は洛南か洛西に行ってるんじゃないかなぁ」
「そっか。……じゃあ、ほら」

 ほら?

 私の目の前に差し出される、佐伯くんの左手。

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちっ。

 高速で目を瞬かせる私。
 こ、これはもしかして。

「お前足遅いし。またはぐれるかもしれないだろ」

 それは佐伯くんが全速で走ったからでですね。

「……手、つなぐか」

 どうしちゃったんですか、プリンスーっ!?
 えええ、佐伯くんほんとどうしたの??
 今日は妙に人懐こいっていうか、可愛いっていうかっ。

「ど、どーしたの佐伯くん……」
「なんだよ。悪いか?」
「わ、悪くないけどさ」

 えと、とりあえず右手で佐伯くんの手を掴む。

 ……前も手をつないだことあるけど。
 佐伯くんって、いつも見てるときの印象と違って、手がおっきいんだって、繋いだ時に実感する。
 男の子なんだよね。
 私の手がぽよぽよしてちっちゃいから余計にそう思うのかな。

 佐伯くんは私の手を引いて歩き出した。
 清水寺ふもとの目的地まではあと少しだけど。
 へへ、なんかちょっとどきどきしちゃう。

「なになに佐伯くんっ。昨日の枕投げで友達のよさに目覚めちゃった?」
「んなわけあるか。お前の友達のせいで、しなくていい正座やらされたんだろ」
「まぁまぁ。修学旅行の醍醐味じゃない! 枕投げ、最後までやりたかったよね」
「そうだな。勝負は決着つけなきゃ意味ないもんな」
「でしょ? いつかまたあのメンバーで再戦してみようか!」
「いいな、それ。今度は奥義戦でさ、K.O勝負にするんだ」
「うわ、ちょっとキッツイけど楽しそうだね!」
「だろ? それでさ」
「うんうん」
「……それで、おしまい」
「えええ? ちょ、続きは〜?」
「ウルサイ。行くぞ」

 つい直前まできらきらと目を輝かせながら枕投げに対する熱い思いを語ってた佐伯くんなんだけど。

 惜しい! うまいこと乗せれたと思ってたのにっ。

 その後はちょこちょこと雑談しながら、繋いだ手をぶんぶん振りながら。
 10分ほどで、目的のお店に着いた。

「ここか?」
「うん、そう」

 ぱっと見はカントリーハウスのような小さな家。
 でも入り口横の窓には、モザイクタイルで作られた壁掛け時計が飾ってある。

「清水寺に行くときに見つけたんだ。ガラス細工のお店みたい」
「へぇ。ちょっと興味ある」
「でしょ? 入ってみよ!」

 窓からお店の中を覗いていた佐伯くんの背中を押して、お店の中へ。

 東向きの窓から差し込む朝日に、色とりどりのガラスが反射してる店内はとてもキレイ。
 トンボ玉のアクセサリーといった小物から、切子のグラス、マドラーなどのキッチン雑貨から、大きなガラスのモニュメントまで。
 さまざまなガラス製品が並ぶ店内を、佐伯くんは楽しそうに見回してる。

「いいな。オレ、色ガラスって好きなんだ」
「よかった! ほらほら、こういうグラス、珊瑚礁のイメージに合うんじゃない?」
「ほんとだ。いいなこの色。うーん、1個580円か……」

 明るい表情をしながらも、珊瑚礁がからむとシビアに商売人の目つきになる佐伯くん。
 ふふ、しばらくそっとしといてあげよう。

 私も、何かお土産欲しいな。
 パパとママと、バイトさんにもお土産買ってかなきゃね。何がいいかな〜♪

 などと迷いに迷って。

 ママとパパには色違いでお揃いのトンボ玉のストラップ。
 ミルハニーのバイトさんは大学生だから、ガラスの付けペン。……なんて、こんなキレイなもので勉強なんてしないだろうけどね。あはは。

 そして自分へのお土産には。

「うーん、どっちにしよう……」

 お店の奥のアクセサリーコーナーで迷いに迷う。

 見てるのは、ガラスでできたリング。
 ガラスで出来たリングって、太いのしか見たことなかったんだけど、ここのお店のはすごく細いガラスが幾重にも重なって巻いてあってすごく可愛いんだ!
 デザインは同じで、迷ってるのは色。
 乙女ピンクか、さわやかブルーか!

「うう〜ん」
「便秘か?」
「ちょっ……! 乙女に対してなんてことを!」
「だから……乙女の項目ちゃんと辞書で調べろって」
「ううううるさいなぁ……。これとこれで迷ってるのっ」
「……指輪で?」

 近くのプレートやディッシュを見てた佐伯くんがやってきて、私の隣で体を折って、目線を揃える。

って、アクセの類つけてたっけ?」
「うん。佐伯くんは見たことないかもしれないけどさ。学校と珊瑚礁じゃ、アクセサリーじゃらじゃらつけられないでしょ?」
「まぁな。ふーん、こういうの好きなのか」
「石がついてたり、貴金属の繊細なのとかは柄じゃないから苦手なんだけど、こういうのとか、ビーズアクセとかは好きなんだ〜」

 うーん、どうしよう。
 迷うなぁ。同じの色違いで二つ買うのもちょっと……だし。

「オレは、青いほうがに似合うと思うけど」

 と。

 散々迷っていたら、こほんと咳払いのあとに佐伯くんの助言が。
 私は佐伯くんを振り向く。

「本当?」
「うん。お前、こういう淡い空の色似合うよ」
「そっかぁ。佐伯くんのお墨付きもらっちゃったし、こっちにしようかな? くーちゃんも青が似合うって言ってくれてたもんね」

 イケメン二人の意見が合致したんだから、きっとそうなんだよね。
 青かあ。よしっ、私の今後のテーマカラーは青に決定っ!

「助言ありがと佐伯くん! じゃあこの青いほうに……佐伯くん?」

 ひょいっと青いほうの指輪を持ち上げて佐伯くんを見れば。

 あれ。
 佐伯くん、眉間に皺。

「お前さ」
「な、なんでしょう?」

 体を起こして、胸の前で腕を組む。その表情は怒ってるのか拗ねてるのか、なんだか微妙。
 うう、またなんかご機嫌損ねること言っちゃった?

 佐伯くんは口をとがらせて、伺うように。

「クリスのこと、好きなのか?」
「へ? うん、好きだよ? ぴったんこ同盟組んでるくらいだし」
「そういう好きじゃなくて」

 ばりばりと頭を掻く佐伯くん。

 ……そういう好きじゃないってことは。

「ちょ、ちょっとなんか変な誤解してる? くーちゃんは友達だよ〜。恋愛感情とかじゃなくてっ。大好きだけど、そういうんじゃないよ!」
「……」

 疑いの眼差し。

「だってさ、佐伯くんだって昨日見たでしょ? くーちゃんは密っちとらぶらぶだったじゃん!」
「だから余計に」
「へ?」

 思わずきょとんとしちゃう。
 佐伯くんを見上げれば、不機嫌そうな顔はいつの間にか眉尻を下げて心配そうな表情になってた。

「お前がクリスのこと好きなんだったら、また、さ」

 あ。

 佐伯くん、もしかしてユキのこと考えてる?
 また私が報われない恋してるんじゃないかって、心配してくれてるの?

 うわぁ……優しいんだ、佐伯くん。
 なんか感動しちゃう。

「違うよ、本当に。くーちゃんは友達。ほんとだよ?」
「でもお前、手作りのブレスとか貰ってただろ」
「あれはホワイトデーのお返しだってば〜。もう、佐伯くんって案外心配症だね?」
「……じゃあお前の今の好きなヤツって誰だよ」

 うぐ。

「い、いませんけど……」
「……なんだよ。眼中ナシか、オレ……」
「え?」
「なんでもないっ」

 佐伯くんはがしがし頭を掻いて、ひょいっと私の手から指輪を取り上げた。
 そしてそのまま会計に持ってっちゃう。

「佐伯くん?」
「コレください。あ、包装はいいです」
「え? それ、佐伯くんが買っちゃうの??」

 ちょ、ちょっとちょっと!
 私が買おうと思ってたのにっ。

 慌てて阻止しようと佐伯くんの腕を掴んだら、くるっとこっちを向いた佐伯くん。

「ほら」

 ぴんっと指で指輪を弾いて、私に投げて渡す。
 両手でぱしっとキャッチして。

 ……えーと? 状況がよくわかんないんですけど??

「佐伯くん」
にやるよ」
「……いいの?」

 思いがけない展開に、でも案外冷静に対処してる自分にちょっと驚いてたりしてます。

 佐伯くんは少し照れ臭そうにこっちを見てて。

 ……よーし!

 私はきょろきょろと店内を見回して、指輪と同じデザインのネックレスを見つける。
 これもちょっと迷ったんだよね。革ひもに通された、私の指輪よりも少し太くて大きめのリング。
 私はそれを会計に持っていって、素早くお金を支払って。

「じゃあこれ、私から佐伯くんに! 修学旅行記念だね!」
「オレに?」

 戸惑う佐伯くんに強引に手渡して、私は佐伯くんに貰った指輪を右手の中指にはめる。

「自由時間の間だけだけどね」
「うん」

 こっくりと素直に頷く佐伯くんも、私が手渡したネックレスを首にかける。

「佐伯くんも青が似合うよね」
「いいよな、こういう色。オレも結構もってるし」

 首にかけたネックレスを持ち上げながら、満足そうに笑う佐伯くん。
 よかった、喜んでくれたみたい。

「大事にするね!」
「ああ。オレも大事にする」
ちゃんと佐伯くんの、友情の証ってことで!」
「……そこはもう少し、進めるつもりだけどな」
「え、なに?」
「よし、行くぞ! 次の店だっ」

 佐伯くんは私の右手を取って、機嫌よくお店を出て行く。

 その後も楽しくお土産選びを続けて。
 ホテルに戻る頃には、私の両手も佐伯くんの両手も、おのぼりさんのようにお土産がいっぱいになってました。

「あー楽しかった! 明日もう帰っちゃうなんてつまんないよね!」

 ホテルに一緒に戻ると佐伯くんファンに怒られちゃうから、ちょっと手前の公園で、通りから見えないところのベンチに座って雑談中。
 私の言葉に佐伯くんも、なんだかしみじみとした顔して頷いた。

「また来たいな。まだまだ見てないとこ多いもんね?」
「ああ。絶対また来ような? 桜と、紅葉と」
「うんうん! あ、祇園祭とかも見てみたいかも!」

 脇にお土産を置いて、ベンチに腰掛けたままぷらぷらと足を動かす。

「佐伯くん、楽しかった?」
「なんだよ、先生みたいなこと言って」
「だって佐伯くん、学校じゃいつも大変だし。修学旅行くらいは楽しめたらいいなぁって……」

 隣の佐伯くんの顔をのぞきこんだら、本日一発目のチョップをくらう。
 でもそれは、ほとんど力の入ってないチョップ。

「疲れた。じいさん一人の店が気がかりで仕方ない」
「す、素直じゃないなぁホント……」
「でも、お前と一緒にいた時間は楽しかったよ」
「ホント!?」
「ああ」

 憎まれ口のあとに、優しい笑顔を見せてくれる佐伯くん。
 すると、ごそごそと制服のポケットを探ったかと思えば、私になにか差し出した。

「なに?」
「もうホテル戻るんだろ? 指輪したまんまじゃ没収されるぞ」
「これ、ひも? ちりめん?」

 手渡されたのは地織模様の入った、5ミリ程の太さのひも。
 佐伯くんから受け取ってしげしげと眺めていれば。

「さっき和小物の店入ったときに買った。革ひものほうがよかったけど、そういうの売ってなかったし」
「わあ、ありがとう……。そっか、これに指輪通しておけば服の下に隠しておけるよね」

 早速指輪を通して首にかける。

「えへへ、お揃いだね!」
「ああ……まぁ、早くしまうように」
「うん。ありがとう佐伯くん!」
「よし。じゃあホテル戻るか」
「アイサー、隊長っ!」

 元気よく立ち上がって敬礼すれば、額にぺしっとチョップを入れられて。

 残念だけどここからは離れて行動だ。
 一緒に戻るわけにいかないもんね。

 ホテルに近づいたところで、後ろを歩いていた佐伯くんがあっという間に女子に囲まれちゃう。

「あ、佐伯くん発見! も〜今日は佐伯くんとまわりたかったよー!」
「お土産何買ったの?」
「ひとりだったんなら、声かけてくれればよかったのにー!」

 あらら……。
 ちらっと振り向けば、はね学プリンスのスマイルを浮かべた佐伯くん。
 はね学前と同じような光景をホテル前で繰り広げちゃってる。

 あ、佐伯くんがちらりとこっちを見た。
 ひょいっと肩をすくめてみせれば、なんと佐伯くん。
 なんだかやれやれってカンジの、でもまだまだ余裕たっぷりって笑顔を見せてくれた。

 その顔を見て安心した。
 この修学旅行で、佐伯くん、ちゃんとリフレッシュできたんだなってわかったから。

 ああよかった。
 ちゃんもミッションコンプリート!

「あ、ちゃんっ。お土産たくさん買ったね?」
「あかりちゃん発見! どうだった? 今日はユキと合流できた?」

 私もホテル前であかりちゃんと合流して。



 そんなこんなで。
 私のはね学生活最大イベントともいうべき修学旅行は、大成功のうちに幕を閉じたのでした!
 万歳っ!

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