翌日はまたバスにて団体移動をする日。
 朝イチぱるぴんに説教されたものの、今日も仲良くあかりちゃんも含め3人で観光名所をまわってた。
 現在訪問してるのは三十三間堂。
 いつものようにまったりのんびり後方から観光していたら、クラスの男子3人組に声をかけられた。


 33:修学旅行三日目:激闘枕投げ 前編


っ。それから西本と海野さんもっ」

 なんだか妙にこそこそしてる3人組。
 列から外れて、声を潜めて私たちを手招きしてる。

 私たちは顔を見合わせつつも、他のみんなの輪から離れて彼らの元へと向かった。

「なになに? どうしたの?」

 若王子先生に怒られない程度にみんなの列を離れて、6人で歩き出す。
 すると、ハリーとも仲のいい子がにこにこしながら口を開いた。

「今日の夜さ、ホテル戻ったあとに枕投げやらねぇ?」
「枕投げ?」

 枕投げというと。
 私とぱるぴんは顔を見合わせた。

 宙を舞う枕!
 飛び散る汗!
 修学旅行でやらずしていつやるのだという、あの青春の枕詞、枕投げですか!?

「やるやるやるっ! やるよね、ぱるぴんっ!」
「あったり前やん! どこでやるん!?」
「やっぱと西本は食いつきがいいよなー。実はさ、昨日の夜、B組男子大部屋でもう打ち合わせ済みで。朝のうちに枕投げ参加組と不参加組で部屋わけといたんだ」
「やるじゃん! ね、何人くらい参加するの?」

 あかりちゃんを除く5人のテンションがガンガンあがる。
 ついつい大きくなりそうな声を必死で絞って、ちらちらと若王子先生の様子を見ながらも計画を練る。

「まずB組からはオレら3人と若ちゃん」
「えっ? 若王子先生も参加するの?」

 あかりちゃんが目を丸くして聞き返せば、3人組は勢いよく頷いて。

「そうなんだよ海野さん!」
「若ちゃん公認だから、是非海野さんも参加してよ!」
「一緒に思い出作ろうぜ!」
「……ちょぉ待ち、アンタら。あっきらかにあかりとアタシらに対する態度ちゃうやんっ!」

 ぱるぴんが突っ込むけど。
 仕方ないよそれは〜。
 あかりちゃんも、密っちや水樹ちゃんに負けないくらいの美少女だもん。

「まぁまぁ。で、これだけじゃあまりに少ないってんで他のクラスのヤツにも声かけようと思って。男はハリーにメールしといたから適当に集まると思うんだけどさ」
「女子がさぁ。……ほら、うちのクラス佐伯いんじゃん」
「だから下手に誘うと大騒ぎになるんじゃねーか、って。だから女子の選定と西本に頼みたいんだよ」
「え? でも、佐伯くんは参加しないんでしょ?」
「そうなんだけど。不参加組の部屋が一杯で、佐伯は部屋移動できなかったから同室なんだよ」

 あららら……。
 佐伯くんの不機嫌なお顔が目に浮かぶよ……。
 うーん。でもせっかくの青春チャンスなのにね。
 若王子先生も参加するんだから、ちょっとぐらい騒いでも大丈夫だと思うんだけどなぁ。

 あとでちょっと声かけてみようかな?

「そんじゃあ、今日の夕飯あとの自由時間に集合すればええんやな?」
「話が早い! 女子のお誘い頼んでいいか?」
「いいよ! 任せといて!」
「やった! じゃあたち含めてえーと、6,7人くらいよろしくな!」

 3人組はぐっとガッツポーズを作って、前を行くクラスメイトたちに合流していった。

 ……さて。

「じゃあ誰に声かけようか?」

 くるっと二人を振り返れば、すでにぱるぴんは指折り候補をあげていた。

「とりあえず、サエキックにきゃあきゃあ騒がへん子を誘えばええんやろ? ならいつもの密っち、竜子姐、セイ、リツカあたりでええんちゃう?」
「だよねぇ? でもみんな枕投げ興味あるかなぁ。特に竜子姐とかリッちゃんとか」
「竜子ちゃんは拝み倒せば来てくれそうだけど、大崎さんは多分無理なんじゃないかなぁ……」
「や、それなら大丈夫。大崎さんは先生が連れていきますから」
「あ、じゃあリッちゃんは若王子先生に任せちゃおう。んじゃぱるぴんはハリーと連絡取り合って……」

 って。

 あまりにナチュラルに会話に加わってきたから、一瞬反応が遅れちゃったよ!

 私たちはぎょっとして、慌てて振り向いた。

「わ、若王子先生! いつの間に!?」
「先生、ちゃんと団体行動しない悪い子におしおきに来たんです」

 めっ、と口ぶりだけで怒る、にこにこ笑顔の若王子先生。

「というのは冗談で。さっき自由行動時間にしますよーって言いました。聞いてないなんてブ、ブーです」
「ごめんなさーい」
「うん、ちゃんと反省してる子にはお咎めなしです。さんたち、2−B枕投げ大会の女子運営部に任命されましたね?」
「ピンポンです!」

 ぐっ、とぱるぴんと一緒に親指を突き出せば、若王子先生も「いぇーい!」と少し懐かしいカンジのするノリで返してくれて。
 一人乗り切れてないのはあかりちゃんだ。

「大崎さんのお誘い方法なら先生にアテがあります。任せちゃってください」
「なーんかアヤシー。昨日もリツカと一緒におったし、若ちゃんもしかして、リツカにコナかけてんのとちゃうやろな?」
「やや、先生と大崎さんはそんな不適切な関係じゃありませんよ?」
「適切な関係でもないですよね?」
「えー……。先生他も見回ってこないと」
「あ、逃げた!」

 私とぱるぴんの最強タッグで突っ込んでいったら、若王子先生はくるんと方向転換してすたこらと走って行っちゃった。

「何しに来たんやろ、若ちゃん」
「まぁまぁ。それじゃあ手分けして女の子誘おっか? 私、密っちにメールしてみるね」
「じゃあ私は竜子ちゃんに」
「竜子姐は3人とも出しといたほうがええって。リツカは若ちゃんに一任するとして……セイはどないしよ? あの子案外真面目やから多分移動中は電源切っとるで?」
「じゃあホテル戻ってから直接誘いに行こうか」
「せやな」

 3人とも歴史的建造物を見学もせずに、カチカチとメールを打つ。

「男の子はハリーに連絡してあるって言ってたよね?」
「でも一応めぼしいとこ連絡しとかん?」
「めぼしいとこって……クリスくんと志波くんくらいしか思いあたらないんだけど」
「ってことはの分担やな」

 そ、そうかなぁ。
 くーちゃんはまだしも、志波っちょはニガコクと甘党同盟つながりでぱるぴんでもいいと思うんだけど。
 そ、それに昨日の夜、デートの邪魔してごめんなさいのお詫びの品を届けたときの志波っちょの顔……。

 ……う。

「や、やっぱり志波っちょにはぱるぴんから誘ってみてくれないかなぁ……」
「ええけど、どないしたん?」

 しばらくクラッシャー活動はしたくないんです。よろしくお願いします、はるひサマっ。



 そして、夜。
 こっそり女子の部屋を抜け出した私とぱるぴんとあかりちゃん。

 教頭先生とヒカミッチ&チョビッちょの見回り組に見つからないように、外出禁止時間の廊下を素早く移動する。
 エレベーターホールを挟んで反対側の男子の部屋。
 2−B男子の枕投げ会場は部屋番号3194。

「さぁ行くよ、って読めるね」
「あはは、偶然だけどいい会場名だね!」
「しーっ。ドアノックするで?」

 くすくすと声を殺して笑いあい、ぱるぴんが緊張と期待できらきらした目をしながら遠慮がちにノックする。

 こんこんこんっ

 しばらくして、こちらも遠慮がちな返事が返って来る。

「はい」
「アタシや、西本。とりあえず、入れてくれへん?」
「よく来た! 入って入って!」

 がちゃ、と細く開けられたドア。
 私たちは急いで体を滑らせるようにしてドアの内側に入り込む。

 あかりちゃんが後ろ手にかちゃりとドアを閉めると、部屋の中から歓声が上がった。

「ウェルカム女子ー! 枕投げ会場にようこそーっ!」

 部屋の中にいたのは、声をかけてきた3人組と白ジャージに着替えた若王子先生。
 それからひとり離れたところに、佐伯くん。

 あ、こっち見て目を丸くした。参加者聞いてなかったのかな?

「あれ? 3人だけ?」
「とりあえずね。メール出したら抜け出す口実欲しいから迎えに来て欲しいって子ばかりだったから。そっちは?」
「こっちはハリーに一任してるからよくわかんねーんだけどさ。多分そろそろ来るんじゃねーかって思う」

 お、大雑把だなぁ。

「じゃあアタシ、後半クラスでセイと志波やん誘ってくるな?」
「私は前半クラスで竜子ちゃんと、ハリーの様子も見てくるね?」
「ってことは私はくーちゃんと密っちだね。じゃあ、行ってくるから、見回り来たら鉢合わせしないように連絡よろしくね!」
「ではでは先生も猫探しに行ってきます」

 部屋には上がらずに、そのままくるりと方向転換。
 そーっとドアを開けて、左右確認。

 右よーし、左よーし、教頭先生なーし。

「それでは任務遂行してまいりますっ!」
「うむっ! 幸運を祈る!」

 若王子クラス独特のノリのよさで敬礼なんてしちゃってから、私たちは廊下に出た。
 ぱるぴんは真っ直ぐに水樹ちゃんのいる部屋へ。あかりちゃんも竜子姐のいるほうへ。
 若王子先生は、まっすぐと非常階段のある廊下の奥へと進んでく。

 さて。密っちとくーちゃん……先にくーちゃんかな。密っち連れて男子の部屋行ったら大騒ぎになりそうだもんね。

 私は男子の部屋が並ぶほうへと足をむけた。
 ふふ、ちょっと緊張するかも。
 えーっと、くーちゃんはD組だからB組より少し奥の……。

 と、思ったときだった。

 いきなり、私の前方の部屋のドアががちゃりと開いた。

 ってヤバっ!
 ここ、どっこも隠れるところないよ!?
 見回り中の教頭先生だったらどうしよう!

 おろおろしたって、もう見つかる以外の道はなくて。

「あれ?」

 聞こえてきた声にぎゅっと目を閉じる。

 すると。

ちゃんやん。どないしたん?」
「へ? あっ、くーちゃんっ」

 呼ばれて目を開けてみれば、そこにはきょとんとした顔のくーちゃんがいた。
 体操着姿で、カタカナでクリス、って名前が書いてあるの、何度見ても笑っちゃう。

「よかったぁぁ、出てきたのがくーちゃんで。もしかして枕投げ会場に行くところ?」
「あ。ということは、ちゃんも枕投げ参加なんやな? ラッキーやわ、ちゃんと今宵一晩の思い出作り〜♪」

 ちょこちょこと私にかけよってきて、むぎゅー! と抱きしめてくれるくーちゃん。
 あーよかった。ほっとしたよ〜。

「くーちゃん、これから密っちも誘いに行こうと思ってるの。くーちゃんはどうする? 先に会場で待ってる?」
「密ちゃん迎えに行くん? ボクも一緒に行ってもええ? 教頭センセに見つかったらちゃん隠してあげるやんな?」
「も〜くーちゃんカッコいいなー! それじゃ、急いで迎えに行こうか!」

 私とくーちゃんは手つなぎぶらぶらしながら、今度は女子の部屋が並ぶ廊下へと向かった。

「密ちゃんはA組やからエレベーターホールのすぐ隣やね?」
「うん。……あれ? 今ドア開いてるとこだよね? 密っちの部屋って」

 ひそひそと声をひそめて会話しながらエレベーターホール前まで来て。

 今まさに訪問しようとした部屋のドアが、外開きに開いた。

 中から出てきたのは密っち。わぁ、これまたナイスタイミング。
 部屋の中の方を見て、片手で「お願いね?」ポーズをしてる密っち。
 かーわいーいなーあ……。ああいうポーズ、私がやったって、佐伯くんにチョップ入れられるのがオチだもんね。

 ぱたんとドアを閉めて、密っちがこっちを向いた。

「密っちっ」
「密ちゃんっ」
「きゃっ!」

 その瞬間を見計らって声をかけたら、密っちはびくっとして立ち止まる。
 おっきな目をさらにおっきく見開いて、でも声をかけたのが私とくーちゃんだとわかると、ほーっと胸を撫で下ろした。

「もう、びっくりしたぁ。いきなり目の前にいるんだもの」
「えへへ、ごめんね! 密っち、メール見てくれてるよね?」
「勿論よ。迎えに来てくれたんでしょう? でもあんまりわくわくしすぎたものだから、待ちきれなくて出てきちゃった」
「あ、ボクもボクも。密ちゃん、ちゃん、ほな行こか?」

 くすくすと優雅に微笑む密っちは私の反対隣へ。
 密っちとくーちゃんに挟まれて手をつないでると、なんだかお兄ちゃんとお姉ちゃんが出来たみたい。えへー。

 早々にお迎え完了した私たちは、急いで3194号室へ。

 こんこんこんっ

 さっきぱるぴんがしたみたいに、3回ノックしてみる。

「はい?」
「私、! まずはくーちゃんと密っち連れてきたよ!」

 ドア越しに報告すると、これまたさっきみたいに細くドアを開けれられて。
 でも今回は、そのあとすぐに大きくドアが開かれた。

「うわっ、水島さん!? すげっ、グッジョブっ!!」
「入って入って! ムサイとこで何のおかまいもできませんが!」

 こ、これだもんなぁ……。

 あかりちゃんの時もそうだったけど、この人たち美少女相手にころっと態度変えるんだもん。
 でも、ここまで露骨だと逆に嫌味っぽくなくて笑えちゃうんだけどね。

 枕投げ発案部隊の3人組が密っちを丁重に部屋の中に案内していって、残された私とくーちゃんは顔を見合わせて噴出しながら部屋の中へ。
 まだ誰も戻ってきてないみたい。やったね、一番乗り!

「あ、瑛クンや。瑛クンも枕投げ参加するん?」

 お茶だ座布団だと密っちを取り囲んでる男子はほっといて。
 私とくーちゃんは部屋の隅で旅行のしおりを退屈そうに読んでいる佐伯くんのところへと向かう。

 ちょこんと目の前にしゃがみこめば。
 佐伯くんは、メンドクサイ、ウルサイ、迷惑だ、といわんばかりのしかめっ面をこっちに向けてくる。

「参加するわけないだろ。僕のことはほっといて、楽しんでくればいいじゃないか」
「あ。瑛クン部長面や。参加せえへんの? 楽しそうやん、枕投げ〜」
「興味ないんだ」
「本当に参加しないの?」

 微妙いい子仮面の佐伯くん。
 私が声をかけると、不機嫌そうな顔にさらに眉間の皺をプラスして。

「しない。興味ない」
「残念。佐伯くんとも青春の1ページ作りたかったよねぇ、くーちゃんっ」
「作りたかったやんな、ちゃんっ」

 がっくりー、と。
 お互い体を斜めに倒して、頭と頭をごっつんこ。
 そんな私たちを見て、佐伯くんはさらにさらにおもしろくなさそうな顔をする。

 あれ、なんか随分とご機嫌斜め?

「くーちゃん、密っち助けに行った方がいいかも」
「え? あ、ホンマや。密ちゃん、囲まれて困っとるな?」

 ちょっと佐伯くんと話をしようと思って、くーちゃんに退席してもらおうと話題を変えたんだけど。
 あらら、なんだかほんとに密っちのピンチだ。
 3枚重ねられた座布団に座らされて、誰のお茶を飲むか選択を迫られてるみたい。
 なんだかなぁ。

ちゃん、ボクちょっとアッチ行ってくるな? お〜い、密ちゃん困っとるやーん」

 人のことは言えないけど、ミーハー集団に追いかけられてる人気者ってほんと大変だよね。
 あ、くーちゃんが割って入って密っちもほっとしてる。

 と。

 ずべしっ!

「アタッ!」
「大きな声出すな」
「ううう、だったらいきなり後ろから本気チョップしないでよ〜」

 後頭部の中心にクリーンヒット!
 久しぶりの佐伯くんの本気チョップに、うっすら涙が滲んでくる。くぅぅ。

 振り向いた先の佐伯くんは、さっきと変わらずの仏頂面。

「お前、随分クリスと仲いいんだな」
「え? そりゃあちゃんとくーちゃんは親友ですから」
「……なんだよ。お前の親友、オレじゃなかったのかよ」

 む、と口を尖らせる佐伯くん。

 ……もしかして?

「佐伯くん、もしかして拗ねてる?」
「んなわけないだろっ。別に、オレに関係ないし!」
「うわーっ、拗ねてる! かーわいー!」
「ちがっ……つかでかい声出すな!」
「あっ、ととと。ごめんごめん。……でもさぁ」

 ぷぷぷ。
 緩む頬と口元がおさえらんないよ!
 佐伯くん、くーちゃんにヤキモチ焼いてるんだ!
 ちっちゃい子が、仲のいい子に別の友達出来たの怒るみたいに、っていうかそのまんま!

 やだもう、ちゃんは胸きゅんダメージ999ですよ!

 声に出して笑うわけにも行かずに、ぷるぷると肩を震わせていたら、佐伯くんはほんのり頬を赤くして。

「なんなんだよ……お前、もうアッチ行け」
「怒らないでよ〜。ね、佐伯くん。佐伯くんも一緒に枕投げしようよ! 楽しいよきっと」
「ヤダ」

 ぷいっと背を向ける佐伯くん。
 行動のいちいちが可愛くて仕方ない。

「大丈夫だよ。若王子先生も一緒なんだから、教頭先生に見つかったときの言い訳だってなんとかなるって! ね? 後からハリーたちも来るしさ」
「は? 針谷たちって……そういえばさっき、あかりと西本も出てったな。これ以上誰か来るのか?」
「聞いてなかった? 男子はハリーと志波っちょで、女子は竜子姐と水樹ちゃんとリッちゃん」
「げっ。大崎も来るのか!? ……マズイ、オレ、仮面かぶり続ける自信ないぞ……」

 佐伯くんは顔色を変えて口元に手をあてて。

 間髪いれずに、私に2発目のチョップ!

「アタッ!」
「どうせお前がそのメンツ選出したんだろ! 少しはオレへの迷惑考えろ!」
「わ、私一人じゃないよ! そんなこと言うなら、押入れの中で寝てればいいじゃんっ」
「なんだと? 随分反抗的だな、。このオレにドラえもんみたいなことしろっていう口はこれか?」
「うっ、お、脅したって平気だもんっ。今日はちゃんに味方してくれるくーちゃんがいるしっ、守ってくれるもんっ」
「……だったら、そうしろよ」

 くーちゃんの名前を出した途端。

 いつもの調子を取り戻してきた(といってもわがまま王子バージョンだけど)かと思ってた佐伯くんだけど、急に表情を曇らせて。
 立ち膝たててチョップの構えに入ってたのもやめて、ぺたんとあぐらをかいて座り込んでしまって。

 あ、あれ?

「佐伯くん」
「ウルサイ。そんなにクリスがいいならさっさと行けよ」
「も〜、また拗ねちゃった?」
「拗ねてないっ」

 なんだか今日の佐伯くんは、随分と感情の起伏が激しいみたい。
 修学旅行で四六時中仮面貼り付けてなきゃいけないから、疲れてるのかな?
 うーん、それを考えると悪いことしてるなぁって思うんだけど……。
 こんなに盛り上がって段取り組んじゃってるの、今さら取り消せないし。

 と思って室内を振り返ると。

 うわっ!?

 くーちゃんも、密っちも、あの3人組も。
 みんな、こっちをきょとんとした顔して見てた。

「さ、佐伯く」
「ウルサイ」
「じゃなくて、あ、あれ……」

 マ ズ イ !

 もしかして、今の会話、全部聞かれてた? 見られてた?
 佐伯くんも面倒くさそうにこっちを振り返って、ぎょっとする。
 わわわ、どうしよう!

「佐伯とって、仲良かったんだな」

 うわー、やっぱり盛大に見られてたんだ!
 私と佐伯くんは顔を引きつらせる。

「あ、あの、別に」
「なんだ、佐伯っていっつも澄ましてるし、友達いんのかなーって思ってたけど」
と友達だったんだ。意外な気もするし、やっぱなーって気もするし」

 ……お?

 なんだか予想した方向とは違う反応が返って来て、佐伯くんと私は思わず顔を見合わせてしまう。

 私たちを見てるみんなは、からかってやろう! とか、そんな雰囲気じゃなくて。

「なんだ、オレ佐伯に遠慮してたけど、とダチなら遠慮することねぇじゃん」
「佐伯も枕投げやろうぜ! とならペア組めるだろ?」
「え、いやオレ、じゃなくて僕は」
「んっだよー。『オレ』でいいじゃん! つーか他の女子には黙っとくし! な、やろうぜ!」

 ずかずかとこっちまでやってきて、佐伯くんの肩をばしばし叩く彼ら。
 当の佐伯くんは混乱しているようで、いつもの頭のいい返事が出来てない。

「よーし決定っ! とりあえず佐伯とのペアは決定な!」
「え!?」
「やった! 瑛クンも一緒に枕投げするんやな?」
「へぇ〜、佐伯くんもこういうこと乗ってくれるのね? なんだか印象変わっちゃった」

 強引に佐伯くんの参加宣言をした3人組は、再び元の場所に戻って、何事もなかったかのように密っち争奪戦を再開する。

 なんだかあれよあれよと参加が決まってしまった佐伯くんは、ぽかーんと口を開けていた。

「ねぇ佐伯くん……」
「え? ……な、なんだよ?」

 佐伯くんを見上げれば、はっと我に返って私を見下ろしてくる。

「佐伯くんがいい子仮面なのって、もしかして男子のうちではバレバレなんじゃないの?」
「……ウルサイ。っ、オレの足引っ張るなよっ」

 ぺしっ

 3発目のチョップ。
 でもこれはほとんど力のこめられてない、友情チョップだ。
 佐伯くんは相変わらず口を尖らしてるものの、目はさっきと打って変わってきらきらしてる。

 あ〜れ〜? もしかして佐伯くんって……

「あのさ。もしかして、枕投げをやるきっかけが欲しかったりした?」
「ウルサイッ!」

 べしっ!

 4発目は図星をつかれての突っ込みチョップ。
 チョップを振り下ろされた額をさすりながら佐伯くんを見れば、真っ赤な顔してた。

 な〜んだ、もう。素直じゃないんだからっ。



 その後、集まりに集まったいつものメンツ。

 最初に戻ってきたのは、見事にリッちゃんを誘うのに成功したらしい若王子先生。
 次にあかりちゃん。他クラス実行委員代表のハリーと、意外にも燃えてる竜子姐も一緒だ。ここもスカウト成功!
 そのあとは、ヒカミッチとチョビっちょ。勿論参加に来たわけじゃなくて、騒ぎすぎてたうちのクラスを注意しにきたらしいんだけど。3人組の舌先三寸挑発に乗せられて、なぜか二人も参加することになって。
 そして最後がぱるぴんだ。水樹ちゃんが登場したときは例の3人組が一気に盛り上がったんだけど、その前に志波っちょが立ちはだかったのを見て、一瞬で意気消沈してた。あはは。

「優勝者には望みの豪華景品あり!」
「気になるあの子の唇だって奪っちゃえるんだZ!」
「……ちょっと待て、なんだそれはっ」
「志波っちょっ、司会進行止めちゃだめっ!」
「はね学伝統の枕投げ戦の開会を、今ここに宣言するっ!」

 おおーっ!!

 一部乗り切れてない人を除いて(注:志波っちょと佐伯くんと竜子姐)、全員で元気よく拳を突き上げる。

「佐伯くんっ、がんばろうね!」
「当たり前だ。やるからには勝つ。それが……オレ流!」

 それぞれのペアとトーナメントを決めてる間に、私と佐伯くんは気合入れ。

、お前奥義はちゃんと持ってるんだろうな?」
「奥義って……やだなぁ佐伯くん。興味ないフリしてしっかり枕投げ戦のなんたるかをわかってるんじゃない! 勿論、バッチリだよ!」
「よし。絶対勝つぞ」
「おっけー!」

 ごつっと拳をぶつけあう。

「そういえば佐伯くん、優勝したら何を貰うつもり?」
「そうだな、……」

 佐伯くんのことだから、小テスト免除権とかお昼寝スポット確保権とかかなぁ?
 などと思ってたら。

 佐伯くん、私をじーっと見て。
 なぜか頬を赤らめて、ふいっと視線をそらしてしまった。

「お、オレはいいんだ。こそ、何を貰うつもりなんだよ」
「私? そうだなぁ。佐伯くんと同じかも」
「えっ!?」

 佐伯くんにしては素っ頓狂な声を出して、硬直する。
 対する私がきょとんとしちゃう。

「え? そ、そんなに意外かなぁ? 私だって、そういうの欲しいなーって思うし」

 小テスト免除されたら、毎日の勉強も少し楽になるもんね。
 若王子先生なら、そういう特権くれそうだし!

「ほ、欲しいのか?」
「うん。佐伯くんは欲しくないの?」
「いや、その、……欲しい」
「でしょ?」

 もごもごと口の中で呟くように返事をする佐伯くん。
 だよねぇ。これは私よりも佐伯くんの方が切実だもんね。

「がんばろーね!」
「あ、ああ。オレ、がんばるよ」

 私と佐伯くんの友情パワーで、優勝もぎ取ってみせるのだ!
 おー!



「……なんかあそこ会話かみ合ってへんのとちゃう?」
「気にすんな。そういう仕様だ」
「だな」

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