はばたき市夏の風物詩、花火大会当日。
 私はベッドの上に携帯を置いて、腕を組んで熟考していた。


 28.2年目:花火大会


 去年は、さ。
 ユキと一緒に行ったわけですよ。
 まだときめきを胸に、切なくなったりもしたけど楽しく花火大会見に行ったわけですよ。

 でもさすがに今年はユキを誘うわけにはいかないじゃない。
 あかりちゃんとどこまで仲が進展してるか知らないけど、絶賛恋愛中のユキに「今日は友情優先して!」なんて言うわけにいかないし。

 っていうか、7月頭から今日まで、テストだったり体調崩したり、夏休み入れば海の家手伝いしたりで、他の友達に約束取り付けるヒマもなかったし。
 さっきためしに女友達にメールをしてみたけど。

『今日はハリーのライブリハのあと、メンバーみんなと行く約束してんねん……>_<
 ごめんな! 今度アナスタシアのケーキ奢ったるから!』

 っていうのがぱるぴん。
 このメンツでもよかったらも来ぃへん? なんて文面もあとに書かれてたけど、せっかく仲間同士でわいわいやってるところ邪魔するのもなんだし。

『今日は甥っ子が遊びに来てるから、甥っ子と一緒に行くことになってるの。ごめんね?』

 これは密っち。
 ちっちゃい子が一緒なら面倒みなきゃいけないもんね。
 私のノリでわいわいすることも出来ないだろうし。

『ネイルの夜間講習が入ってるから無理。めずらしいね? お祭好きのアンタが直前まで約束つけておかなかったなんて』

 竜子姐はクールに勉強中。
 新学期になったら実験台にしてもらおっと。

『予備校の夏期講習後からなら行けるんですが、打ち上げ開始時間より大分遅くなると思います。さんは最初から見たいんですよね?』

 で、チョビっちょ。
 予備校のあとってことはヒカミッチも一緒なのかな、ってことで断念。

『暑い。外出たくない』

 ……これはリッちゃん。なんというか、すっごくらしいレスだよね。

 水樹ちゃんにはメール送ってない。
 相変わらずバイトが忙しそうだし、夜に無理に連れ出すのも悪いし。
 それに、もしも志波っちょが先に約束取り付けてたらねぇ?

 というわけで、女の子は全滅。

 これらのメールから分析すると、ハリーとヒカミッチ、志波っちょもダメっぽい。
 頼みの綱はくーちゃん!!

 ……だったのですが。

『アカ〜ン、ボク今月頭からちょっと夏ばてしとってお出かけめっちゃキッツイねん……』
「ええっ、そうなの? くーちゃん大丈夫?」
『うん、そこまでひどいんとちゃうんよ。ただ、明日仕事……やなくて、お出かけせなあかんから、今日は休んでおきたいんよ」
「そっかぁ。急に無理なお願いしちゃってごめんね?」
『残念やわ。せっかくちゃんと花火デートできるチャンスやったんに。他の子と楽しんできてな?』

 携帯から聞こえる力ない声に、なんだかすっごく心配になる。
 くーちゃん、ホント暑いの苦手なんだなぁ。

 ……というわけで、私の親しい友人たちは全滅。
 うう、一人ではさすがに行けないよ、花火大会は……。

「はぁ、仕方ないかぁ」

 私はため息ひとつ。
 今年の花火大会はどうやら断念するしかなさそうだ。
 ううう、痛恨の極みっ。
 夏のイベント、夏だけのイベントに参加できないなんてっ!

 私はごろんと腕を伸ばしてベッドに寝転がった。
 時刻は2時過ぎ。ちょっとお昼寝でもしようかな……。

 なんて思ったときだった。

 ちゃーらーらーららーらーららー

 目の前で、携帯のランプがちかちかと光る。
 誰だろ?

 寝転がったまま携帯を開けてみれば、そこには『着信:佐伯くん』の文字。

 あれ、どうしたんだろ?

「もしもーし」
『もしもし? ……あ、オレ。今大丈夫か?』
「もー全っ然気兼ねしないでいいよ。不貞寝しようと思ってたとこだったから」
『不貞寝? なんかあったのか?』
「それが聞いてくださいよー佐伯先生ー」
『……長くなりそうだな』

 はぁ、と通話口からため息が聞こえてくる。

 私は携帯を持ったままごろんと寝返りをうってうつぶせ状態になって。

「今日って花火大会の日でしょ?」
『えっ? あ、ああ、うん。オレもそれ、話そうと思ってた』
「そうなの? いやん、はね学プリンスと以心伝心〜」
『……で?』
「つ、冷たいなぁ……。それでね、今日は誰かと一緒に花火大会行こうと思って、友達って友達に片っ端から電話やらメールやらしてたんだけど、みんな都合悪いって断られて」
『…………』
「だから今年は仕方ないから家でのんびりしてよーって思って。お昼寝するとこだったの。はぁぁ、ショックー!」
『………………』
「……あれ? もしもーし、佐伯くん?」

 手短に話し終えても、佐伯くんからは何のリアクションも返ってこない。
 一旦携帯から耳を離して電波状況を確かめるけど、ちゃんと3本立ってるよね?

「あれ? 佐伯くん、聞こえる?」
『お ま え な』

 ようやく聞こえてきた佐伯くんの声は、予想外に低いものだった。
 あ、あれ? もしかして、何かご機嫌斜め?
 思わず私は身を起こしてベッドの上に正座したりして。

「ど、どうしたの」
『友達って友達にかけたって?』
「う、うん。そうだけど」
『……オレ、電話もメールも貰ってないけど』

 ……へ?

 佐伯くんの言葉に、目が点になる。
 いやその。確かに佐伯くんには電話もメールもしなかったけど。

「だって佐伯くん……」
『なんだよ』
「あの、忙しいのかなぁ、っていうか、休みの日は休みたいかなぁ、とか。はね学の王子様を誘うなんておこがましいこと、していいのかなぁ、っていうか……」

 佐伯くんを花火大会に誘うなんて選択肢、全然頭になかった。
 前に佐伯くんをデートに誘ったときは、励ましの意味であって、純粋に遊びに行こうなんてつもりでもなかったし。

『……
「え、なに?」

 さらに声が低くなった佐伯くん。

 すると。

『バカッ!!』
「わっ!?」
『そんだけ』

 ぶちっ つー つー つー ……

「…………」

 佐伯くんに大音量で怒鳴られて、一方的に携帯を切られて。
 私は呆気にとられて通話口を見つめてしまった。

 もしかして佐伯くん。
 私に友達扱いしてもらえなくて、拗ねた?
 だとしたら。
 か、かわいすぎるっ!!

 ……じゃなくて!

 どうしよう、今、佐伯くんを傷つけちゃったかも。
 仲間はずれにしたとか、友達だと思ってなかったとか、そんなんじゃなかったんだけどな。

 でもこういうの、ほっといたらこじれちゃうこともあるよね。

 よしっ。

 私はベッドから飛びおりてクローゼットを開けた。
 えーと、3段フリルのキャミソール……はダメなんだった。昨日つけたキスマークならぬタコマークがまだ健在だから。袖のあるもの袖のあるもの……。
 手早く服を選んで着替えて、私は鞄に携帯とお財布をつっこんで、部屋を飛び出した。

 ミルハニーの厨房に繋がるドアを開けて、

「パパっ、ママっ、ちょっと出かけてきまーす!」

 と元気よく声をかけたあと、そのまま自宅玄関を飛び出した。
 はばたき駅のバスロータリーで羽ヶ崎海岸前を通るいつものバスに乗り込んで。
 一路私は珊瑚礁へと向かった。


 バイトのある日にいつも使う停留所で降りれば、珊瑚礁はもう目の前。
 私は駆け足で道路を渡って、長階段を駆け上って。

 CLOSEDのプレートがかけられた珊瑚礁の前で深呼吸して呼吸を整えてから、私は2階の窓を見上げた。

「おーい、佐伯くーん!」

 口に片手をあてて佐伯くんを呼ぶ。
 佐伯くんが住んでるのは珊瑚礁の2階。
 入ったことはないけど、ときどきあの窓から佐伯くんが外を見てるのをみたことがあるから、多分そうなんだと思うんだけど。

 返事なし。
 うう、怒ってるかな。

「佐伯くーん!」

 もう一度呼びかけても、窓の近くに寄って来てさえくれない。
 うーん……。
 よしっ、落ち込んでてもしょうがない。もう1回っ。

 私は鞄を下に置いて、今度は両手を口の端に添えて。
 大声を出すために大きく深呼吸。

 そして、

「お」
「コラ」

 ぺしっ!

 声を出そうとしたその瞬間、いきなり背後からチョップされた!

「わっ、さ、佐伯くん!」
「あのな。お前、何をもってオレが部屋にいるって確信してたんだよ?」

 驚いて振り返った先には、あきれ果てた表情の佐伯くんがいた。
 あれ、いつの間に!?

「携帯からかけたんだから、別に家にいるとは限らないだろ?」
「あ、そっか!」
「あ、そっかってお前……」

 青いトリミングがされた白のタンクトップ姿の佐伯くん。
 お間抜けな私の行動に、ぷっと吹き出した。
 ううう、機嫌悪いよりはいいけど、なんていうか情けないやら恥ずかしいやら……。

「佐伯くん、どこか行ってたの?」
「ちょっと浜を散歩してただけ。こそどうしたんだよ。不貞寝するんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど、その。佐伯くんに悪いことしちゃったかなぁ、って……それで」

 ごにょごにょ。
 口の中で言葉を濁す。

 すると佐伯くんは、一瞬きょとんとした表情になって。

「それで、ここまで来たのか?」
「うん。あの、ごめんね? 別に、佐伯くんのこと友達と思ってないとか、そういうんじゃなかったんだよ」
「ああ、うん……。そっか。別に、わざわざここまで来るほどでもなかったのに」
「そうだね。もう1回電話すれば済むことだったかもしれないけど」
「お前思い立ったら吉日生活だもんな」
「へへ、そうかも」

 照れ笑いを浮かべて佐伯くんを見上げたら、佐伯くんも明るい表情をしてた。
 よかったぁ、そんなに怒ってたわけじゃなかったみたい。

 あ、そういえば。

「佐伯くん、さっきの電話なんだったの? かけてきてくれたのに、私の話だけで終わっちゃったでしょ」

 電話をくれたのは佐伯くんのほうだったのに、肝心な佐伯くんの話を聞いてなかった。
 ところが佐伯くんは、私の質問に決まり悪そうな顔して明後日の方向を向いて。

「何の用だったの? あ、花火大会の話しようとしたって言ってたよね?」
「いや! べつに、ちょっと確認。ホント、それだけ。ハハ」
「確認? なんの?」

 あやしい。
 なーんか、誤魔化すように笑ってるし。

「なーにー? もしかして、なんか企んでた?」
「別に、企んでなんか……あ」
「あ?」

 疑わしい眼差しで佐伯くんを下から見上げれば、佐伯くんは髪を掻きあげながらさらに視線を逸らし。
 ……たかと思えば、ぱっと私を見下ろして。

、どうせこのあと何の用事もないんだろ?」
「え? うん。なんにもないけど」
「じゃあ」

 見下ろしてくる佐伯くんの目が、なんだかとってもきらきらしてて、表情も少しこわばってるものの期待に満ちた感じで。

「オレの部屋、つっても珊瑚礁だけど。……来ないか? 今日は店ないし、それに」

 佐伯くんの表情が明るくなる。

「さっきの電話。オレの部屋、花火大会の花火見えるんだ。会場遠いから小さいけど、人ごみ無しの特等席」

 どうだ? って聞いてくる佐伯くん。

 でも私はすぐには返事できなかった。

 だって。

 だってだって!!

「え、佐伯くん、それいいの? そんなこと誘っちゃっても!」
「いいのって……なにが?」
「だって佐伯くんの部屋だよ!? はね学プリンスのプライベートルーム! そんなとこ入っちゃってもいいんでしょうか、私!?」

 うわ、はね学の佐伯くん親衛隊に呪い殺されても文句言えないよ!?
 ただでさえプリンスの素顔の秘密を知ってたりして、他のファンの子に悪いなぁ、なんて思ってるのに。
 そんな特別待遇受けちゃってもいいんでしょうか!

 私は頬を紅潮させて佐伯くんを見上げた。

 でも、佐伯くんは。
 なんだか、明らかに傷ついた、っていうか、苦しそうな、っていうか。
 そんな顔をしてた。

「お前さ、それやめろよな」
「え、どれ?」
「その、はね学プリンスってヤツ。オレはオレだ。はね学の王子とかいうわけわかんない存在じゃない」

 怒ってる風じゃない。
 だけど佐伯くんは苦い顔して私を見てた。

「お前に他のヤツみたいな反応されたくないんだ。お前、今までずっとオレのこと佐伯瑛じゃなくて、はね学プリンスとして見てたのか?」

 あ。

 目を見開いた私の反応に、佐伯くんは眉間に皺を寄せる。

「そうなんだな」
「ご、ごめん……そういうふうに、思ってた、かも」

 佐伯くんははね学では特別な存在だって、思ってた。
 だから私もミーハーに騒いでたけど。

 そう、だよね。
 いい子にしてなきゃならない佐伯くんが、肩の力を抜けるはずのところでまで王子扱いされてたらたまったもんじゃない。
 私、佐伯くんが素直な気持ちでいられたらいいなと思ってたけど。
 そのくせ、佐伯くんをみんなと同じように王子様扱いして、佐伯くんに負担をかけてたんだ。

 あぁ〜もう私のバカバカ! ちょっと考えればわかるじゃん、こんなこと!
 佐伯くんが私に求めてたのは、はね学プリンスとしてじゃなくて、素の佐伯瑛として振舞える相手だったのに!
 私がミーハー根性丸出しな態度取ってたら、学校と変わんないじゃないっ!!

「佐伯くんっ、ごめんねっ。私、何にも考えてなかった」

「佐伯くんって本当にカッコいいから、ついつい私もミーハーな態度取っちゃってたけど、そういうのが嫌だったんだよね? 心の内を話せるような、そういう友達づきあいがしたかったんだよねっ?」
「ああ……まぁ」
「ホントごめんっ! 今日からはそんなことしないから! 今日からちゃんは佐伯くんの一ファンから、熱い友情を語る親友になるから!」
「あのな。お前なんでそうお笑い路線に走りたがるんだよ……」

 必死に手を合わせて謝罪する私に、佐伯くんは呆れた様子。

「大体、オレはお前に親友になって欲しいんじゃなくて……」
「ううっ、私じゃ力不足ですか……」

 照れてるのか、ちょっと頬を染めてごにょごにょとつぶやく佐伯くん。
 だけどすぐに私に向き直って、ぽすんとチョップ1発。

「……まぁいいか。お前のお笑いキャラはオレにとって貴重だからな。一応」
「一応デスカ」
「ん、一応だ」

 うらめしそうに見上げる私に、いたずらな笑顔を佐伯くんは見せて。

「来いよ。ホットチョコミルク入れてやる。……なぁ、花火も一緒に見れるんだろ?」
「うん、大丈夫! パパとママには出かけるってちゃんと言ってあるし」
「そっか。よし、こっちだ」
「はぁい!」

 佐伯くんは私の鞄を持ち上げて手招きする。
 私もその後をついていった。

 佐伯くんの部屋、かぁ。
 ふふ、親友宣言なんてしちゃったけど、やっぱりちょっとドキドキするよね、佐伯くんの部屋!

「ようこそ。珊瑚礁の、もう半分へ」
「わぁ、すっごく素敵な部屋だね!」

 考えてみれば他人に対して常に仮面をかぶってる佐伯くんが、自分のナワバリとも言える私室に招いてくれるなんて、私相当信用されてるのかも。

 期待を裏切りたくないな。
 佐伯くんのために、私に出来ること精一杯してあげたい。

 そしていつか佐伯くんが他の子にも私と同じように振舞えるようになったら。
 その時は私も、堂々とみんなに佐伯くんの親友宣言してやるんだから!
 自慢ー! ちゃんの秘密の自慢ー! きゃほー!

「……何ニヤニヤしてんだよ。やらしー」
「って、そんなこと考える佐伯くんのほうがやらしーじゃんっ!」

 とりあえず、今佐伯くんとド突き合いできるのは私だけの特権だもんね。
 もう少しだけ、この親友特権を堪能しておこうっと。

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