「ちょっといい? あ、きれいな髪してるねー。どんなシャンプー使ってるの?」
「私ですか? 我が家に代々伝わる伝統のハチミツ入りのヤツです。おにいさん運がいいですね! ちょっとここ座ってください。特別に教えます」
「へ? ああいやいや、君の話よりもちょっと僕のおすすめシャンプーの話聞いてくれないかなぁ」
「じゃあ私の話が終わったら聞きますから。あ、勿論当家秘伝のシャンプーだから講義代はいただきますよ?」
「はっ!?」
「私の髪を褒めてくれたから特別に分割オッケーにしてあげます。ちなみに講義代はさっきおにいさんが話しかけた瞬間から時間で換算しますから。ええとですね」
「いやっ、オレちょっと用事あるから! さよならーっ!!」
「……ふんだ、さんにキャッチセールスしようなんて百万年早いっ」
「お前…」
「あ、佐伯くんおはよ! 遅刻だよ!」


 26.夏休み:遊園地デート


 待ちわびた声に振り返ってみれば、あきれ返ったというか疲れきったというか、そんな表情の佐伯くん。

「どうしたの?」
「いや、お前キャッチに捕まってるの見えたから……」
「あ、もしかして心配してくれたとか」
「そのつもりだったけど途中でやめた。むしろキャッチの男をフォローしそうになった」
「ひどいなぁ。でもキャッチ相手なら大丈夫だよ。ナンパ男はしつこいから手ぇ焼くけどね」
「は? お前ナンパされたことあんの?」
「うわひどっ! こんな可愛い子捕まえてっ」
「可愛い子? どこだ?」

 むぅぅ。
 真顔で辺りをきょろきょろする佐伯くんに、上段からするどくチョップ!

 でも、あっさりかわされちゃう。
 そしてカウンターチョップを脳天にくらう私。

 ぱこっ!

「アイタっ!」
「殺気を捨てることだ……。いつでもこい」
「うぅぅ……。いいよもう。早く遊園地行こう!」
「そうだな。遅れて悪かったよ」

 ははっと笑う佐伯くん。


 そう、今日は待ちに待ったはね学プリンスと遊園地デートの日なのです!
 何があるってわけでもないんだけど、新しい服着て来たりしてちょーっと浮かれモードですよ、本日のちゃんは。

 今日の佐伯くんは青いシャツにジーンズと、私服は案外ラフな感じ。
 とはいえ遊園地だもんね。動きやすい格好じゃないと暴れきれないし。

「今日はGT選手権やってるからゴーカートは乗れないんだよな」
「残念だよね〜。ジェットコースターは絶対乗るよね?」
「当たり前だ。絶叫系は全制覇するぞ」
「おまかせください隊長っ! あ、夏限定絶叫系も勿論行くでしょ?」
「夏限定の絶叫系? ……あ、急流下りか?」
「じゃなくて、お化け屋敷に決まってるじゃない」
「うん、行ってきなさい。お父さん外で待ってるから」
「……もしかして佐伯くんって」
「な、なんだよ」

 遊園地に向かうバスの中でアトラクションやイベントのまわり順を入念にチェック。
 ワンデーパスポートといっても遊園地は広いから効率的にまわらなきゃ。

 遊園地前のバス停で降りて入り口に向かう。
 さすがに夏休み最初の日曜だけあって園内はすでに大勢の客で賑わってた。
 家族連れや友達同士や、カップルや。

「これだけ人が多いとはね学の連中もいそうだな……」
「だよね? ばったり会っちゃったらちゃんと話合わせるから」
「うん。悪い」

 なんて素直な佐伯くんもここまでだ。

 私を見下ろして、にやりと不敵な笑みを浮かべる佐伯くん。

「絶叫系勝負、どっちが先に音を上げるかだったよな? 負けた方がジュースオゴリだぞ」
「のぞむところっ! まずはジェットコースターだよね!」

 ごつっと拳を合わせて、私と佐伯くんはジェットコースターの列に並ぶ。
 思ったよりも待ち時間は短くすみそう。こんなカンカン照りの中ずっと並んでたらばてちゃうもんね。

「……お前さ、なんかいい色のブレスレットしてるな」

 あと1回待てば乗れるかな、ってところまで進んだときに佐伯くんが口を開いた。
 視線は私の左腕に落ちてる。
 私は腕を持ち上げて、ソレを佐伯くんみ見せた。

「可愛いでしょ! ホワイトデーにくーちゃんから貰ったんだ」
「くーちゃん? 誰だ?」
「ああ、えっとクリスくん。クリストファー=ウェザーフィールドくん。知ってる?」
「あのにのきんゴールドペイントしたヤツか?」
「そうそう! すごかったよね、あれ」

 去年の入学式早々にくーちゃんがやった、はね学有史に残る偉業。
 校庭の二宮金次郎像をレインボーに塗ったあとに、さらに金ぴかに塗装しちゃった事件。
 も、あれ見たときお腹よじれるかと思うくらい笑っちゃったんだよね。ふふふ。

「ふーん……」

 ところが佐伯くんは気のない返事。

「どうかした?」
「別に。……の知り合いってクラスの中だけじゃないんだなって思っただけ」
「佐伯くんだって学校中に女の子の知り合いいるじゃない」
「嫌味か。ああいうのは知り合いって言わない」

 ぷいっと顔をそむける佐伯くん。
 うーん、難しい人だなぁ。

 そこへコースターが戻ってきた。
 前のお客が反対側に降りて、私たちの側のチェーンが外される。

「まぁまぁ佐伯隊長、そういうストレスはジェットコースターでスカッ! と解消しましょう! 一番前乗れるよ!」
「あっ、本当だ! やったな!」

 ……なんて、一瞬で機嫌が直っちゃったりして。
 あああもう、可愛いなぁ、可愛いなぁぁ。

 私と佐伯くんは隣り合って乗り込んで、セーフティバーを降ろす。
 目の前は天高く続くレールと雲ひとつない青空。

 ぷるるるる、と発車ベルが鳴って、ゆっくりとコースターが動き出した。

「いよいよだね。うーん、このドキドキ感久しぶり!」
「オレも。、怖かったら叫んでもいいんだぞ」
「冗談っ。佐伯くんこそ泣いてもいいよ? 黙っといてあげるから」
「言ったな。……ちぇ、この状態じゃチョップは無理か」

 憎まれ口を叩いてる佐伯くんだけど、その目はきらきらしてて頬は紅潮してる。
 うーん、最初の急降下が楽しみっ!

 コースターは徐々にスピードを落として、やがてレールの頂点に達する。

「いよいよだなっ」
「うん! それでは佐伯くんとの絶叫系勝負第一弾! レッツ……」

 がこんがこんとコースターはほぼ垂直に傾いて、次の瞬間!

「「ゴーッ!!」」

 佐伯くんと私の声はもう悲鳴なのか歓声なのかわからない絶叫だった。

 真夏の太陽の下、風を切って疾走するコースター!
 1回転してツイストして、急旋回して急降下!

 た、た、た、たのしーっ!
 山の上にあるだけあって、高いところからは一瞬一瞬だけど海の方も見えて。
 あっという間の2分間。

 スタート地点に戻ってきたコースターが止まり、セーフティバーが上がる。
 私は立ち上がって佐伯くんを見て。

「佐伯くん、髪乱れてるよ」
「お前こそ。なぁ、途中カメラあったよな? 写真見に行かないか?」
「行く行く! 出口のとこにあるよね、きっと」

 ロッカーに預けた荷物を急いで取って来て、私と佐伯くんは早足で出口前の写真現像場所へ。
 最初の急降下の途中にあったカメラ。
 さてさて、どんな顔して写ってるかな……?

「どこだ?」
「えーっと……あ、あった! あれ、一番下の右から2番目!」

 私が指したところを佐伯くんが見る。

 そして。

「……ぷっ」
「……ううっ」

 二人同時に、大爆笑!
 だって、だってだって!

っ、お前なんて顔してんだよ!? デコ全開で目も全開で!」
「ひっどーい! 佐伯くんこそ目ぇつぶってるじゃん! さては怖かったんでしょ!」
「バカ言うな。急降下の時はコンタクト落ちやすいから、わざとだ」
「そんなこと言って。すいません、1枚くださーい」
「買うのかよ!」
「記念だよ? こんなおもしろ写真滅多にとれないもん。特に佐伯くん」
「ああまぁ……他のヤツに見せるなよ?」
「承知してますってば」

 ちょっと高めの写真代を払って、私はそれを手に入れた。
 へへ〜、ちょっと微妙顔だけど、はねプリとツーショット写真ゲット!

「さて、次はフリーフォールだよね! 私、絶叫系でこれが一番好きなんだよね〜」
「そうか? ここのって確か、一番上まで上って、いきなり落ちるヤツだったっけ」
「そうそう! 海側の席に乗れるといいね!」

 というわけで、1番目ジェットコースター対決はどうやら引き分け。
 お次はフリーフォールで対決だ。

 私と佐伯くんは並んで次なるアトラクションを目指す。

「なんかさっきよりも混んできてるよね」
「そうだよな? オレも思ってた。このあとはしばらく並ぶことになるかもな」
「だよね。うーん、せっかくのワンデーパスポートだけどこのぶんじゃあんまり回れないかなぁ」

 ちょうど横を通り過ぎた急流下りなんかは、気温が上がってきてることもあってか大人気。
 うわ、40分待ちだって。暑いのに大変だぁ……。

、急ぐぞ」
「あ、うん!」

 気づけば佐伯くんから少し遅れてた。
 私は早足で隣に並ぶ。

 すると。

「……遅いんだよ、お前」
「ごめんってば。余所見しないで歩くから怒んないでよ〜」
「別に、怒ってるわけじゃない」
「ほーんとー?」
「いいから。行くぞ、

 と言って。
 不機嫌そうな表情はそのまま。
 佐伯くんてば、私の手を掴んでずんずんと歩き出してしまった。

 ……って、私の手を、掴んで?

「うわ、ちょ、佐伯くん!?」
「なんだよ。暑い中だらだら並ぶの嫌なんだ、オレ」
「じゃなくて、手! 手! これ学校だったら大事件だよ!?」
「……あのなぁ」

 歩みを止めずに振り返った佐伯くんの顔がほんのり赤いのは、きっと暑さのせいじゃなくて。

「そんなにオレと手ぇつなぐの嫌か?」
「嫌なわけないじゃん! 佐伯くんだもん!」
「そ、そうか」 

 一瞬、ほっとしたように表情が緩む佐伯くん。

「そうじゃなくて、佐伯くんって他の子といるときもこういうことしてるの? ダメだよ佐伯くん、こんなことしたら勘違いしちゃう子いるって! 後々面倒なことになっちゃうよ?」
「……」
「佐伯くんが優等生してなきゃいけないのはわかるけど、これはサービスしすぎだよ。こんなことしなくても佐伯くんなら」
「ウルサイ」

 ばっ、と。
 佐伯くんが私の手を振り払うように放して、ぴたりと足を止めた。
 あちゃあ……また怒らせた。

「だ、だってさぁ」
「誰が他のヤツにこんなことしてるって言ったよ? なんなんだよ、ちょっと優しくしてやろうと思ったらムカツクこと言ったり」
「う……ご、ごめん。でも佐伯くん」
「ああ、もう……オレ何言ってんだ」

 佐伯くんはがしがしと頭を掻いた。
 そしてむっとした顔で私を睨みつけて。

「帰る!」
「えぇえ!?」

 そのまま佐伯くんは来た道をずんずんと引き返していってしまう。
 って、ちょっと待ってってば!
 私、そんなにひどいこと言った!?

「佐伯くん!」

 慌てて追いかける。
 でも佐伯くんは、何度呼んでも振り返ってはくれない。

 どうしよう、本気で怒らせちゃった。
 さすがに余計なお世話だったかな。学校での女の子のあしらい方なんて、佐伯くんなら嫌ってくらいわかってるはずなのに。
 でもそれならなおのこと、こんな休みの日にまで私に気を遣ってもらっちゃ悪いし。
 ……そんなことよりも、今は佐伯くんを追いかけなきゃ!

 大股でずんずん歩いてく佐伯くんを小走りで追いかける。

 やっと追いついて隣にならんで佐伯くんを見上げてみれば。
 佐伯くんは怒ってるというより、拗ねた子供のような顔をしてた。

「佐伯くん、ごめん。余計なこと言ってごめんなさい。気ぃ遣ってくれたこと、嬉しかったんだよ? だけどほんと、私にまで気遣いしてたら疲れちゃうでしょ?」

 歩くスピードを緩めない佐伯くんに早足でくっつきながら、私は謝罪する。

 すると佐伯くん、またまたぴたりと足を止めた。
 かと思ったら、大きなため息をついた。

「お前さぁ」
「な、なんでしょう?」

 拗ねた、というか呆れた、というか。
 ぴっと背筋を伸ばして言葉を待つ私に、佐伯くんは眉尻を下げた表情で。

「……結局こうなるんだよな」
「はい?」
「お前がオレに気を遣うんだ。……はぁ、今日オレ、前にお前がしてくれたみたいにしようって、決めてたのに」
「前……?」

 髪をかきあげながら佐伯くんはそっぽを向く。

 前ってなんのことだろう?
 目をぱちぱちさせて首を傾げてたら、佐伯くんは心底がっかりしたような顔をして言った。

「前にがオレを水族館連れてってくれたみたいに、今度はオレがお前を励まさなきゃって思ってたんだ」
「あ」

 思わず声に出して驚いてしまった。

 佐伯くん、そうだったんだ。
 私がユキに失恋した状況を、あの時の佐伯くん自身と重ねて考えてくれてたんだ……。
 だから遊園地に連れてきてくれたんだね。
 私を元気づけようとして。

 それなのに私。

「でも全然だめだ、オレ。お前みたいにうまく気遣いできないし、結局こうなるんだ……」
「そんなことないよ! すっごく嬉しい! 私こそごめんね、変に説教くさいこと言って。佐伯くんの優しさだったのに」
「だからそこでお前が謝ったら」
「あ」

 そ、そっか。
 佐伯くんが私に気を遣ってくれてるんだから、それに対して私がさらに気を遣っちゃだめなんだ。
 ええと、どうしたらいいんだろ?

「えーとえーと」

 ううう、人に気を遣わないってどうするんだろ?
 だからって普段から気配りいいわけじゃないんだけど。
 うーん困った……。

 ところが。

 私が頭を抱えて悩んでいたら、佐伯くんがぷっと吹き出した。

「さ、佐伯くん?」
「はは……オレたち、変だよな? オレは気遣いできなくて困ってて、お前は気遣いしないことができなくて困ってて」
「……うん。へへ、そうだね、変かも」
「だよな? ……ああもう、やめた! 出来ないもの無理にするからぎくしゃくするんだ」
「うわ、そこで投げ出しちゃう!?」
「投げ出す。……を困らせるよりいいだろ?」

 困ったように微笑む佐伯くんに見つめられて、だめですなんて言える女子がこの世にいるんでしょうか。

「なぁ、さっきごめんな? それから、別にオレ、他の子と無節操に手繋ぎしてるわけじゃないから」
「うん。私こそごめ……とと。これは謝らないほうがいいよね?」

 上目遣いに見上げれば、いつもの調子を取り戻した佐伯くんにチョップされて。

「よし、ちょっと道草くったけどフリーフォール行くか」
「うん行こう! まだまだ乗るものたくさんあるもんね!」

 ぐっと拳を作って振り上げようとした手が佐伯くんの腕にぶつかる。

「あ、ごめん!」
「いや大丈夫だから」

 そこで、なんとはなしにお互いの手を見つめてしまう私と佐伯くん。

「あー……な、なぁ。手、つなぐか」
「う、うん。そうだね」

 ぎこちなく、私と佐伯くんは手を繋ぐ。
 多分私も真っ赤な顔してたと思うけど、佐伯くんもすごく赤い顔して。

「ほ、ホント今日暑いよね! あは、あはははは!」
「だよな! うん、きっと今年最高気温記録してるな!」

 意味なくぶんぶんと繋いだ手を振ったりなんかして。


 その後は一日、佐伯くんと手を繋いだまま遊園地で遊び倒した。
 どうしても嫌だというお化け屋敷をのぞいて、絶叫系は予定通り完全制覇!
 結局対決に決着はつかなかったけど、そんなことどっか飛んでってしまうくらい楽しかった。

 わかってるけど。
 今日は佐伯くんが私を励ますために特別に、ってことだったってわかってるけど!

は最低一週間は右手を洗いません……!」
「バカ言うな。珊瑚礁バイト前に絶対消毒しろよ、お前」

 ぽすっと呆れた顔してチョップされたって言うこと聞くもんか。
 はね学プリンスと遊園地で手繋ぎデートですよ!
 
 遅くなったから、と家の前まで送ってくれた佐伯くんと別れたあと、私はどたばたと自分の部屋に駆け上がった。

 ああもう、今日の日記は3ページくらい書けそうな予感……!!

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