寝込んだ週の翌月曜日は海の日でお休み。
 熱も下がって食欲も戻ったものの、すっかり体力低下してしまってふらふら感がひどい。
 というわけで、汗ばむ陽気のピーカン晴れながら、私は自室で青空を眺めながら休日の午後を過ごしていた。


 23.お見舞い


「あ〜退屈〜」

 お昼ごはんも食べ終えて、私は部屋に戻りごろんと横になった。
 ちょっと長い時間起きてると、まだ少し頭が病む。
 でもあらかた雑誌や本の類は読みつくしちゃったし、ずっと寝てたから眠くもないし。

 前に志波っちょに貰ったクロウサギのぬいぐるみを抱きしめて深呼吸。
 近所の雑貨屋さんで買った安いリンゴのアロマオイルを入れてるからとってもいい香り。
 ……ああ、でもやっぱり退屈〜。
 ニガコクだろうとなんだろうと、こんなんじゃぱるぴんたちと出かけてたほうがずっとずっと楽しかったのに。

 そこへ、コンコンとドアがノックされた。

「はぁい。ママ?」

 体だけ起こして返事する。
 ところが聞こえてきたのはママの声でもパパの声でもなく。

「開けてもいいん?」
「へ? ぱるぴんっ?」

 かちゃ

 遠慮がちに開けられたドアの向こうには。
 私服姿のぱるぴんとハリーと志波っちょとリッちゃん。

「んっだよ元気そうじゃん! あんま心配かけさすなよな、!」
「あ、あれ? あの、うちのパパやママは?」
「ちゃんと挨拶してきとるに決まっとるやん! の見舞いですー言うたら、上がらせてくれたんや」
「うわぁわざわざお見舞いに来てくれたんだ! 嬉しいなぁ」

 ぱるぴんとハリーがにっと笑って手にしていた袋を掲げる。
 陣中見舞い品かな。

「もう熱も下がって全然平気なんだけどね。ちょうど退屈してたんだ。入って入って! 座布団とかはないけど」

 私が手招きすると、4人はぞろぞろと入室してきてベッド向かいに置いてあるテーブルを挟んで座った。

「アンタが1週間ぶち抜きで学校休むなん初めてやん? アタシらが企画したニガコクがそんなショックやったんやろかって、ちょぉ反省しとったんやけど」
「あはは、そんなわけないよ! なんかたちの悪い夏風邪ひいちゃったみたいで」
「夏風邪はなんとかが引く……」
「ぐっ……志波っちょ、そういう突っ込みいらないからっ」
「クッ」
「そーだよ。大体25位のと225位の志波じゃフツー志波のほうが風邪ひくべきじゃん」
「あいや、リッちゃんも冷静な分析はいいから」

 和気藹々と雑談をしながら、ぱるぴんたちはテーブルの上になにやら広げ始めた。
 本やらプリントやら小箱やら……タッパーはなんだろ?
 身を乗り出してそれらを覗き込めば。

「お前が風邪引いて長いことダウンしてるって話聞いて、見舞い行きたいって言い出す連中が続出してよ。まぁあんま大勢で押しかけるのもアレだってんで、オレたちが代表して来てやった」
「続出ってまた大げさな」
「大げさやあらへんて。アンタ、ほんまに友達多いんやな? 最初はアタシとハリーが代表ってことになったんやけど、見舞い品だけでもって持ってくるんが後たたなくて」
「……で、急遽オレとリツカが呼び出された」
「荷物もちなんだって」
「あう、それはそれはご足労おかけしまして……」

 志波っちょはともかくリッちゃんまでこのメンツにつるんでるのめずらしいなあ、とは思ってたけど。

「えーと、まずこれがいつものお昼組! 土曜日の放課後調理室借りて、みんなでクッキーとマフィン焼いてきてん。味は保障するで!」
「んでこっちがクリスから。クリスん家で使ってるハチミツの瓶だってよ」
「氷上からは1週間分のノートだ。先生からは授業で使ったプリントと……超熟カレーパン」
「品物はもう持ちきれないって言い切ったら、諦めきれないヤツが募金始めて。それで買ったアナスタシアの新作」
「うわ、このタルトホールじゃない! なんだみんなで食べようよっ」

 私はちょうどタイミングよく紅茶を運んできてくれたママに頼んで、タルトを切り分けて貰った。
 今が旬のモモのタルト。甘酸っぱくておいしいぃ〜!!

「はぁ幸せ……。でもなんか申し訳ないなあ。ただの風邪なのに、こんなに気を遣わせちゃって」

 テーブルにずらりと並ぶお見舞い品。
 なんだかありがたいけど萎縮しちゃう。

 ところがぱるぴんは大げさにため息をついた。

「何言うとんの。アタシらが普段アンタにして貰っとること思えばこんなん安いもんや」
「……私なんかしてたっけ?」
「お前も天然イイ人だもんな。自覚全然ナシかよ」

 ハリーの言葉がぐっさりと刺さる。
 イイ人って、ここではかなりの褒め言葉なんだろうけど、今聞くとやっぱりまだ痛いデス……うう。

「アンタが自然にやっとる日々の親切が、どんだけの人間に感謝されとるかってことやろ? この見舞い品の数は」
「だな。……まぁお前がわざと馬鹿やって場の雰囲気取り持ってるかってくらいは、オレにもわかる」
「クラス行事は委員を手助けしてやったりよ、お前全然嫌な顔しねーんだもんな。なんかマジで尊敬できるっつーか、そういうとこ」

 前に、ユキにも言われた台詞。
 こんなに大勢に感謝されてるのって本当に嬉しい。
 それなのに、たった一人の言葉を求める私は贅沢者?

?」

 リッちゃんに呼ばれて、俯きかけてた顔を上げる。
 すると、4人ともが息を飲んだ。

 ……あれ?

「どうしたん、!? また具合悪くなったん!?」
「あのなぁ! 泣くくらい苦しいんだったら無茶すんなって! 横ンなってろ横にっ!」

 泣く?

 慌てて頬に手を当ててみれば、濡れていた。
 ……全然気づかなかった。

「ご、ごめん、違う! はは、えと、あんまりみんなが嬉しいこと言ってくれるから感動しちゃって。も〜人が風邪で弱ってるときにそんなこと言っちゃうんだからっ」

 慌てて誤魔化した。ユキのことなんか、みんなには関わりないことだし。
 涙を拭って笑顔を見せる。
 ほっと息をつくみんな。
 もう、せっかくお見舞いに来てくれた人に心配かけてどうするの!

「ええっと、ところでこのタッパーの中身は? 開けてもいい?」

 話題を逸らそうと、さっきのお土産説明に触れられなかったタッパーを手に取る。
 すると、急に志波っちょの顔が渋面になって、逆に隣のリッちゃんがニヤリと笑みを浮かべた。

「志波の手料理」
「「「えええ!?」」」

 私とぱるぴんとハリーの声が盛大にハモった。
 志波っちょの手料理!? それって超レアものじゃないの!?

「し、志波やん料理なんてするん?」
「するわけねぇだろ……」
「だったら、なんでいきなり見舞い品に手料理なんだっつーの!」
「んっふっふっふ」

 顔を赤くして眉間の皺を深くする志波っちょの横で、リッちゃんは一人悪い笑顔を浮かべて。

「水樹に病人向けのレシピ貰ったんだって」
「水樹ちゃんに?」

 おおおやぁぁぁ?
 志波っちょ、もしかして水樹ちゃんとは順調なカンジなんですかー?
 水樹ちゃんと志波っちょのつかず離れずのいいカンジはハリーとぱるぴんもご存知なようで。
 リッちゃんの言葉を聞いた途端、みんながにんまりと笑いだす。

「……なんだ」
「いやん、そんな威嚇しなくても。嬉しいなぁ〜、志波っちょの手料理! ひとりで作ったの?」

 ぱか、とタッパーを開けてみればふるふる震えるフルーツたっぷりミルクゼリー!
 うわぁぁ、感動っ! 志波っちょみたいな人が作ったとは思えないっ。

「すごいよ志波っちょ! ありがとう!」
、感謝はコッチ」
「へ、リッちゃんに?」

 素直に嬉しくて志波っちょにお礼を言ったら、リッちゃんはぶんぶんと両手を振った。

「結局一人で作れなくて、今朝うちの台所で私が指南してやった」
「……え、ちょっと待って。リッちゃんの家で作ったの?」
「そ。志波が泣きついてきたから」
「泣きついてない」
「えええ、ちょっと待ってよ。志波っちょとリッちゃんって……」

 どういう関係?
 ハリーやぱるぴんとも顔を見合わせるけど、二人ともここの関係は知らないみたい。

 すると志波っちょは少し驚いたように目を見開いて、リッちゃんを振り向いた。

「お前、言ってないのか」
「なにを?」
「オレとお前が幼馴染だって話」
「「「えええ!?」」」

 ちょ、なんですか、そのレア情報はっ!?
 驚愕のあまり、私もハリーもぱるぴんも口をあんぐり。

「言ってない」
「……そうか」
「いやいやいや! 本当に!? だってリッちゃん、幼馴染って割りに志波っちょのこと苗字で呼んだりして」
「昔はかっちゃんって呼んでたけど、はね学入学式で再会したときそう呼んだらめちゃめちゃ怒られたんだもん」
「…………かっちゃん…………」
「言いたいことがあるなら遠慮すんな」
「滅相もございませんっ!」

 薄い笑顔に殺人視線を乗せて睨みつけてくる志波っちょに、私たちはははーとひれ伏すしかなかったのでした……。



 その後、私が休んでいた間の学校での出来事など雑談を交わして。
 いきなり無理させてぶり返しても、ってことで3時頃にはみんな引き上げていった。
 明日学校で! って約束して。
 ああでも、楽しかったなぁ。みんなに感謝!

 もらい物を整理して、私はちょっとだけ眠りにつく。

 目覚めたときには、部屋の中には真っ赤な夕陽が差し込んでいた。
 ちょっとのつもりが結構寝ちゃったな……。
 少し、喉が渇いてる。
 下で何か飲もうと思って、私はベッドから起き上がる。

 がちゃ、とドアを開けて。

 目の前に、今まさにドアをノックしようと手を振り上げた状態の、佐伯くん。

「…………」
「…………」

 ……って。

「さ、さ、佐伯くんっ!? なになに、えええ、ちょちょちょ、どどどどど」
「お、おい落ち着けよ。深呼吸しろ深呼吸っ」

 え、あ、ああ、そっか。落ち着けっ。
 すーはー…… すーはー……

「……や、やっぱり佐伯くんじゃんっ! な、な、何してるの!?」
「何って……思ったより元気そうだな、お前」

 呆れた表情で私を見下ろしてるのは、珊瑚礁勤務バージョンの佐伯くん。
 ちょっとこれ一体どういうサプライズ?
 部屋のドアを開けるとそこにははね学プリンスがいました、って。

 うわぁぁんっ、最高の萌えシチュエーションなのに変な反応しちゃったぁぁ!!!

 ……なんていつものノリで落ち込んでる場合じゃない。

「えと、もしかしてお見舞いに来てくれたとか……」
「……まぁな。入ってもいいか?」
「あ、うん。ちょっと散らかってるけど」

 私は佐伯くんを部屋に招きいれた。
 手早くテーブルの上のプリントやノートをどかして。

「シャーベット作ったから、家の人に渡しといた。あとで食えよ」
「わぁありがとう。嬉しいな、佐伯くんのお手製!」

 私はベッドに腰掛けて、佐伯くんはさきほどぱるぴんたちが座ってた位置に座り込む。
 佐伯くんは少し居心地悪そうにそわそわしながら、「へぇ……こんな部屋なんだな」なんて呟いて。

「佐伯くん」

 ぱるぴんたちと違って、佐伯くんには言わなきゃいけないことがたくさんある。
 私のほうを振り向いた佐伯くんに、私はぺこんと頭を下げた。

「お店が忙しいときに1週間も休んじゃってごめんなさい。結構熱でふらふらで、金曜の夜くらいまで起き上がることもままならなかったから」
「いいよ。ちゃんと連絡貰ってたし。テストも終わったあとだったから、オレも珊瑚礁に集中できたから平気だ」
「そっか……」
「オレの方こそ、ごめんな? お前が体調崩してること気づかないで、無理にバイト入れて」
「そんなぁ、あの時は私自身だって体調不良に気づいてなかったんだもん。佐伯くんのせいじゃないよ」
「でもオレが無理にバイトいれなかったら、鉢合わせすることもなかっただろ?」

 あぁ。
 やっぱり佐伯くん、気にしてたか。
 オールバックの大人っぽい表情が、少しだけ苦しそうに歪む。

 私は小さくかぶりをふった。

「ううん……遅かれ早かれああなってた。ごめんなさい、あんな、お店の評判下げちゃうようなことして」
「いいんだ。お前、オレの代わりに言ってくれたんだろ? いつも気ぃ遣いすぎなんだよお前は」
「違うの」

 私はもう一度首を振る。
 佐伯くんは困ったように眉尻を下げた。

「なぁ……お前さ、誤解すんなよ? オレ、もうあかりに対して何も思ってないから。いや、何も思ってないってのとは違うけど、前みたいな気持ちじゃないっていうか」
「佐伯くん」
「だから、お前が自分傷つけてまでオレを庇う必要なんてないんだ。もっと早く言っておけばよかったって思ってる」

「違うの、佐伯くん」

 私は佐伯くんの言葉を遮るように少しだけ大きな声を出した。

 違う。佐伯くん、勘違いしてる。
 私、そんないい子じゃない。
 ちゃんと言わなきゃ。
 佐伯くんが気に病むことなんて全然ないんだって。


「違うの。最初は、私もそう思ってた。でも違うの、全然違った。全部、佐伯くんのためじゃなくて、自分のためにしたことなの」
「え?」

 震えそうな声をなんとか搾り出して、私は続けた。

「この間あかりちゃんと一緒に来たはば学の子、ユキって言うの。同じ中学だったんだ。ずっと、好きだった」
「……え」
「ユキもあかりちゃんに偶然出会ってから、あかりちゃんに惹かれていった。私、そのこと相談されてたの。でも私……」

 堪えきれない涙が頬を伝う。

「そんな子知らないって、嘘ついて、ユキを引きとめようとして……」

 佐伯くんは唖然とした顔してたけど、きゅ、と口を結ぶ。

「でも結局ユキは自力であかりちゃんを見つけて、私から離れてった。だから、この間あの二人が来たときに、嫉妬して、悔しくてっ」
、もういいって」
「佐伯くんをダシにして、あかりちゃんを罵ったのっ。本当は、佐伯くんのためじゃなくて、傷ついた自分のために、お店であんなこと」
「もういいから!」

 強い口調で言われて言葉を切る。
 佐伯くんは鋭い目をして私を見ていた。
 怒って……る?

が怒るの当たり前だろ? そんなことされたら、誰だってムカツクだろ! 勝手に横からかっさらってくみたいな真似されて」
「違っ……あかりちゃんは悪くないよ!」
「いいや悪い。そのはば学のヤツだってそうだ。なんでの気持ちに気づかないんだよ。3年も一緒にいたくせに!」
「そんなこと」
「あぁもう……だから、今この状況でなんでアイツらのこと庇うんだよ!? 今はお前の傷治すほうが先だろ!」

 佐伯くんは髪型が崩れるのもおかまいなしってカンジで、がしがしと頭を掻いた。
 よく見る不機嫌そうな表情で私を見上げてきて。

「お前いい子ぶりすぎ! ……いや、はオレと違って素でいい子なんだろうけど、でも傷ついてるときくらい腹の中のもの全部出せって。そうじゃないとお前が壊れる」
「さ、佐伯くん」
「お前が店休んでる間、あかりがまた来たんだ。あんなことあった直後にお前が学校休みだしたから、すっげー落ち込んでて。店に迷惑かけたことも、に対しても謝ってた。オレだってあかりが悪いんじゃないってわかってる」

 あかりちゃんが……。
 そうだよね、私の体調崩すタイミングかなり悪かった。

「お前はさ、人にいい顔しすぎなんだよ。……じゃなくて、気ィ遣いすぎっていうか、自分を殺しすぎっていうか。少しは自分のこと大事にしろよ」
「……うん……」

 不器用な励ましが胸に沁みる。
 佐伯くんの不機嫌な表情はなくなって、今では眉尻を下げてしまって、まるで小さな仔犬みたい。

「なぁ、オレが言っても説得力ないかもしれないけどさ。あんまり無理するなよ。オレ……お前がいないと、困るよ」
「ふふ、私がいないと素顔をさらせる機会が減っちゃうもんね?」
「ウルサイ。自惚れんなっ」
「わわ、チョップはなしね!」

 片膝たてて身を乗り出してきた佐伯くんから、慌てて頭をガードする。
 でもその手はチョップの形じゃなくて、大きな手のひらで、私の頭に乗せられて。

「元気でたな」
「うん、おかげさまで」

 佐伯くんの顔に安堵の色が広がる。
 心配かけちゃったなぁ。もう。

 私も涙を拭いて笑顔を見せる。

「あのね、私、寝込んでる間に考えてたんだけどね」
「なんだよ?」
「明日学校行ったら、ちゃんとあかりちゃんと仲直りする。思ってたこと全部伝えて、これからは、今度こそちゃんと応援するからって」
「お前……いいのか? はば学のヤツのこと、諦めんの?」
「うん。ユキにもそうやって伝えるつもり。しばらくはまだ心がチクチクするだろうけど、いいの」

 嫉妬したのも本当だけど、友人の恋を応援したいって思ったのも本当に事実だから。
 自分の心で天秤にかけて、どっちの比重が重いのか冷静に考えたつもり。
 結局、いつまでも辛い思いするよりも、二人の行く末を見守ろうって思った。

 逃げ、と言われればそうなのかもしれないけど。
 仕方ないよね、これが私なんだもん。

ちゃんには無数の友人と仕事があるから、ちゃんと失恋の痛手も立ち直ってみせマス!」
「単純なヤツー。そうまで言うなら夏休みは馬車馬のように働かせてやる。覚悟しとけ」
「あうっ、佐伯くんてば容赦ないんだからっ」

 いつものようにおどけてみせれば、ニヤリと笑ってた佐伯くんも半ば呆れ顔でため息をついた。

「まぁ、元気が出たみたいだからよしとする。……じゃあ店に戻る」
「あ、そっか! この時間仕事中だよね? ごめんね、佐伯くん、わざわざ」
「ごめんじゃなくて、ありがとうだ。じゃあまた、学校でな」
「うん。……ありがとう、佐伯くん!」

 見送ろうとしたんだけど、病み上がりに無理すんなって、部屋の前までで押しとどめられて。
 私は部屋の窓から、遠ざかっていく佐伯くんを見送った。



 翌日。
 ぱるぴんたちや佐伯くんから元気を分けてもらった私は完全回復!
 ちょっとまだふらふら感があるけど、学校に行くぶんには問題なさそう。

 今日はバスロータリーでユキに話をしなきゃ。
 友達に、戻ってくれたらいいんだけど。

 決意を胸に私が鏡の前で身だしなみチェックをしていると、ママがひょこっと顔を覗かせた。

「あらちゃん、のんびりね? 赤城くんとお話するんじゃなかったの?」
「え? そうだよ? なんで?」
「だってもう出ないとバスの時刻じゃない?」
「ええ? いつもの時間と違うよ〜」
「でもあそこのバス、7月から時刻表変更で5分ずつくらい早まったはずよ?」
「いってきまぁぁすっ!!」

 ってなんでその情報事前に教えてくれないのママーっ!!
 テスト期間中は早めに学校行ってたから気づかなかった!
 これじゃユキと話す時間ないよ!

 私は鞄をひっつかんで靴を履いて、ダッシュでバスロータリーへと向かった。
 ママの言うとおり、バスは既に到着済み。乗客も、最後の一人が乗り込むところだった。
 うわぁ、最悪っ!

 私はバスの横に走りこむ。
 そして、バスの中にユキの姿を探した。
 始発のはばたき駅からのバスに、いつもユキは窓側の後ろの方に座ってるはず。

 見つけた。
 いつもの席に座って、ミニ六法を見てるユキ。
 ……ユキ。

「ユキーっ!」

 思わず叫んでた。

 私の声は……届いた!
 ユキが驚いたように窓の外をのぞいて、私を見つけると大慌てで窓を押し上げて。

!?」
「ユキっ、あのねっ」

 でも、無情にもバスは動き出してしまう。
 言わなきゃ、今言わなきゃ。

 私は、戸惑った表情で窓から身を乗り出してるユキに叫んだ。

「ごめんね! ありがとう! 私、ユキの友達だよね!?」

 たったこれだけの言葉だけど、私とユキだって伊達に3年間親友してきたわけじゃない。
 ユキは、泣きそうな表情に顔を歪めて、強く頷いた。

 私はいつもの笑顔を浮かべて、遠ざかってくユキに手を振った。

「いってらっしゃい!」
もっ、ごめんな! ありがとう! 気をつけて!」

 どんどん小さくなってくバスを見つめながら、私は手を下ろした。
 ユキもきっとこの1週間、たくさんたくさん考えて傷ついたんだと思う。
 でもきっと。
 もう、大丈夫だよね?

 私自身にも、区切りがついたよね。

 はね学に向かうために私ははばたき駅を振り返る。
 ところが、視界に飛び込んできたのは意外にもあかりちゃんの姿だった。

「わっ、びっくりした! どうしたのあかりちゃん。ここ通学路じゃないよね?」
ちゃん……私、あのね」

 あかりちゃんは俯きがちになって、しどろもどろに言葉を紡いでくる。
 わかるよ。
 私を待ってたんでしょう?

ちゃんが学校休んでる間、赤城くんから話聞いて、私本当に自分のことしか考えてなかったんだって」
「あかりちゃん、それはお互い様だよ。私も休んでる間、いろいろ考えた。……ごめんね、珊瑚礁で恥かかせちゃって」
「ううん! そんなの、ちゃんが謝ることじゃない!」

 ぶんぶんと頭を振るあかりちゃん。
 ぽやんとしてる割りに、結構真面目だったりするんだよね、あかりちゃんって。
 これは相当思いつめたんだろうな。
 恋愛問題にいいも悪いもないけど、なんだか申し訳なくなっちゃう。

「あかりちゃん、私たちいろいろ誤解あったんだと思う。ね、学校行きながら話しよう。ユキ情報も教えてあげるから」
ちゃん……」
「私の珊瑚礁での態度に驚いてたら、ユキとなんて付き合っていけないよ? あれでいて結構皮肉屋なんだから」

 目に光るものをぐいっと拭って、あかりちゃんはこっくりと頷いた。

「女の友情は、男の子ごときで崩れたりしないのだ! ね!」
「うん。そうだよね!」

 赤い目をしながらにっこりと微笑むあかりちゃん。

 たまたま同じ人を好きになったからって、崩壊する友情ってどうなんだろう。
 大好きだから友達になったはずなのに。
 ……って、崩しかけてた私が言うセリフでもないけど。はは。自分の単純さにホントびっくりする。

 私とあかりちゃんは並んではばたき駅の改札をくぐった。
 久しぶりのはね学で、失恋の痛手を友達一同に癒してもらうんだから!

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