7月。やってきました嫌な時期。
 前回の学年末の汚名を雪ぐため、私は入念に準備して挑みましたとも!


 22.2年目:1学期期末テスト


「どーだっ、名誉挽回25位! 自己ベスト更新っ!」
「アンタ、あんだけ目一杯遊んどるのに、いつ勉強しとるん……?」

 張り出された順位表の前でガッツポーズ!
 一緒に見に来たぱるぴんは呆れた声を出して、掲示板前にもう来ていた若王子先生はぱちぱちと拍手。

「お見事です、さん。この調子で教頭先生をぎゃふんと言わせましょう」
「言わせちゃいますよ! 期待しててくださいっ」

 にっと白い歯を見せて笑えば、若王子先生もニヤリと微笑んだ。

 さてさて、他の友人一同はどうなってるのかなーっと……。
 私は掲示板の一番上に目を向けた。

「うわ、水樹ちゃんてばなにアレ。3教科満点って人間業なの?」
「アタシはアンタの順位かて人間業か疑いたいわ。氷上はまた2位やな」
「それから他は、佐伯くんが7位かぁ。さすがはねプリ、抜かりないなー」
「チョビが10位なんもいつもどおりやな。なぁ、もうこの辺でええんちゃう? 下の順位アンタに見られるの屈辱やし」
「もー、ぱるぴんだって順位上がったくせにっ」

 きゃいきゃいとど突き合いつつも、休み時間は短いしぱるぴんの言うとおり。
 そろそろ戻って次の授業の準備したほうがいいかも。
 ……っと。

「忘れてた。あかりちゃん何位だろ。3月から予備校通い始めたんだよね」
「へ? あかりって予備校なんか行ってたん?」

 あれ、ぱるぴん知らなかったんだ。
 私とぱるぴんはもう一度順位表を見上げて、上から順番に名前を追っていって。
 20番……30番……40番…………あ。

「あった! 47位! ……って、あかりちゃん一気に50番内に食い込んできたよ!?」
「あの子、前回のテスト80番台やったやろ!? 一気に30番以上あがったやん!」

 うわぁ、と揃って口を開けて順位表を見上げてしまう私とぱるぴん。
 そ、そっか……あかりちゃん、『夢』のために本気で勉強始めてるんだ……。
 これは私もうかうかしてられないかも。

「アカン。ショックやわアタシ。いつも一緒につるんどる友達に二人も裏切り者が出て」
「う、裏切り者ってそんな」
「これはアタシもがんばらなアカンって神のお告げやろか」

 あらら。
 ぱるぴんてばがっくり肩を落としちゃって。
 そこへ。

「そーだぞ裏切り者っ! ダチを騙して一人勉強するヤツなんざ、許されねぇ! これは罰が必要だな!」

 腰に手を当ててやってきたのは、今回も赤点3つで補習確定のハリー。
 その後に、こちらは何も言ってないけど眠そうな顔した志波っちょ。この組み合わせも学校内でよく見る。

 ハリーがやってきたことで、ぱるぴんの気持ちも急上昇。
 私から離れてハリーの隣に陣取って。

「そやそや! ハリー、裏切り者のにキョーレツな罰下したれ!」
「おう! 罰としてお前、苦手なもの言え!」
「……は? 苦手なもの?」

 パワフルなこの二人がタッグを組んでどんなおしおきをくらわされるかと思えば。
 苦手なものを、言え?
 きょとんとしてる私に対してハリーとぱるぴんはにやにやと、そりゃもういい笑顔を浮かべて。
 あれ、志波っちょも心なしか笑ってる?

「苦手なものって……そうだなぁ、辛い食べ物が苦手だけど」
「「決定っ!!」」

 私がソレを口にした瞬間、ハリーとぱるぴんがお互いの右拳をゴツンとぶつけあった。
 志波っちょはそっぽを向いてるもののくつくつと笑ってる。

 な、何事?
 なんか、すっごい嫌な予感。

 一歩引いて身構えていたら、ハリーとぱるぴんが身を乗り出してきた。

「真夏のチゲ鍋パーティやな!」
「いーや、ハバネロ投入タイカレーだ!」
「……麻婆豆腐でもいい」
「おっ、いいんじゃねぇ!?」
「食べ物なら志波やんのが情報ありそうやな!」
「ちょ、ちょっと待った! なに!? 志波っちょまで一緒になって」

 いきなり盛り上がる3人に慌てて待ったをかけたら。
 ハリーがびしっ! と私の目の前に人差し指を突きつけてきた。

の罰はニガコクだ!」
「……は? ニガコク?」
「苦手克服委員会、略してニガコク」
「ハリーが会長で志波やんが副会長やねん。アンタ、覚悟決めたほうがええで?」
「苦手克服……えぇとハリーさん、ということは?」
「んっだよ鈍いな。いいか、今度の日曜、お前のニガコク実施する! それが罰だ!」
「えええええ!?」

 そんないきなり!

「ハリーっ、私、本当に辛いもの苦手で!」
「だからニガコクすんだ。今さら逃げられると思うなよ!」
「そんなぁぁ、なんにも悪いことしてないのにぃぃ」
「一人抜け駆けしてええ成績取るんが悪い。なー志波やん」
「まぁそれはどうかと思うが……ガンバレ」
「あああ、志波っちょにまで見捨てられたぁぁ……」

 がっくりと頭をうなだれる私の肩を、ぽぽぽんと叩いて去っていくぱるぴんとハリーと志波っちょ。

 ええ〜、せっかくがんばっていい成績取ったのに、褒められるどころか罰ゲームなんてあんまりだよぉぉ。
 よたよたともつれる足で壁際まで寄って、はぁぁと大きくため息をつく。

 そこにやってきたのは佐伯くんだ。

「あ、佐伯くん……」
「よう。お前、順位上がったな? がんばったな」
「ううう、優しいお言葉っ。感激っ」
「今、針谷と西本にからまれてたの見てた。まぁガンバレ。おとうさんは見守っててやるから」
「助けてはくれないんだぁぁ」

 がくー、とわざとらしく肩を落として見せれば、佐伯くんはぽすんとチョップを入れてきた。

「まぁ、そう落ち込むなって。ご褒美ならオレがやるから」
「え?」

 思いがけない言葉に顔を上げる。
 そこには優しいはね学プリンスの笑顔を浮かべた佐伯くん。
 極上の胸きゅんスマイル……なんだけど、この笑顔、何度か見たことあるような。

 佐伯くんは、いい子モードの口調で、あっさりと。

「店を休んで1週間テスト勉強がんばったさんに、今日の放課後バイトする機会をあげようと思って。海開きが近いから、海の家関係者がよく来るんだ、あの店。よかったね、大好きなお店に臨時でバイトに入ることが出来て」
「な、な、な……佐伯くんのっ……おにー……っ」

 追い討ちかけるような物言いに、私は思わず大声を出しかけて、慌てて小声にしてから抗議の声を上げた。
 しかし勿論鬼雇用者の佐伯くんは全く堪えず。

「ってわけだから、今日ラストまで臨時で頼むな。じゃあオレ授業の準備あるから」
「ううう……私、友達作りの基準考え直した方がいいかも……」

 みんなあんまりだぁぁぁ!!!
 ああ、なんかテスト疲れもあってふらふらしてきた……。
 ううう、精神的負担って肉体労働より辛いよぅ。



 とはいえ。
 友達思いのちゃんは、頼まれて嫌と言うことができない性質なので。

「かしこまりました、珊瑚礁ブレンドお二つにカフェモカお一つですね。承りました」

 テスト明けのすがすがしい週始まりに、ちゃーんと珊瑚礁できっちり働いていたりします。

「オーダー入りますっ。珊瑚礁ブレンド2、カフェモカ1、3番です」
「了解っ。よし、5番のオーダー上がったから持ってってくれ」
「はーい」

 伝票を置いて、佐伯くんが入れたホットコーヒーをトレイに乗せて5番テーブルへ。

「お待たせいたしました!」

 はぁ、本当に今日は忙しい。
 客層も、いつものOL中心じゃなくて日に焼けたサーファー風な男の人や作業着を着てる人たちがほとんど。
 もしかして、私がテスト前にバイト休んでる間も急がしかったのかな。
 それを考えると、休ませてもらったぶん臨時でバイト入るのも当然だよね。

 私は空いたテーブルの食器をトレイに載せて、カウンターに戻る。

「お疲れ。オーダー一段落ついたな」
「そうだね。今日はラストまでこんなカンジかな?」
「海の家の設営は遅くまでやっていますから、そうでしょうね」
「そうなんですか。じゃあさらに気合入れないと!」
「やぁ頼もしい。さんもすっかりうちの看板娘ですね」
「じいちゃん、コイツおだてるのやめてくれよ。すぐ調子乗るんだから」

 佐伯くんと洗い物を交代したマスターは、はははっと笑う。

 そこへ、ドアベルがちりんちりんと鳴ってお客さんの来店を知らせてきた。

「「いらっしゃいませ!」」

 あわてておしゃべりをやめて、営業スマイルに切り替える私と佐伯くん。
 ところが入り口を振り返って、私も佐伯くんもぴたりと止まる。

 だって、やって来たお客さんが。

「こんばんは、瑛くん! あれ、ちゃん今日バイト入ってるの?」
「あ、あかり……?」

 ひょこっと顔を覗かせたのは、まぎれもない。
 はね学の制服を来た、あかりちゃん。

「どうしたの? あ、もしかして予備校の帰り?」
「そうなの。ちょっとお腹すいちゃって」

 えへへ、とはにかむあかりちゃんを珊瑚礁で見るのは4ヶ月以上ぶり。
 なんか一瞬錯覚しちゃった。
 前までは、お疲れ様でーすおはようございまーす、って入ってきてたから。

 私はトレイを持って入り口へ。
 今日のあかりちゃんはお客様。友達扱いじゃなくて、ちゃんと接客しないとね。

 ……って、そう思ったんだよ。本当に。



 あかりちゃんの後に、もうひとり、見つけるまでは。



「一人じゃないの。予備校の友達も一緒なんだよ」
「え……」

 あかりちゃんの後でドアが動いて、ちりん、とドアベルが鳴る。
 入ってきてあかりちゃんの横に並んだのは、はば学の制服を来た男の子。
 ものめずらしそうにきょろきょろと店内を見回して、やがて視線をこっちに。

「……?」

 ユキの目が大きく見開かれて、私の背後で佐伯くんが息を飲む気配がした。

 なんで。

「そっか、珊瑚礁ってどっかで聞いたことあると思ったよ。前にから聞いてたっけ」
「えっ、赤城くん、ちゃんの友達なの?」
「え? 海野、のこと知ってるのか?」

 あ。

 あかりちゃんとユキが驚いたように顔を見合わせる。

「だって、私、ちゃんとは1年の時から同じクラスだし……」
「……え?」

 ユキの顔がこわばる。

 バレた。
 ユキに、嘘ついてたことが。

「でもは……」

 戸惑ったような表情でこっちを振り向くユキ。
 でも、嘘をついてた私が答えられるわけもない。
 どうしていいかわからなくなって、意味も無く佐伯くんを振り返る。

 そこにいた佐伯くんは、ただ唖然と、ユキとあかりちゃんの二人を驚愕の顔で見ていた。

 そんな佐伯くんの表情を見て。
 私の中で、いろいろなものが渦巻いた。

 もう一度、ふたりを振り向いて、私はあかりちゃんの目の前まで歩み寄る。

 そして。

ちゃん、赤城くんのこと知っ」
「お引取りください」

 あかりちゃんの言葉を遮って、私は有無を言わせぬ口調で言い切った。

「え?」

 きょとんとするあかりちゃんに、無性に腹が立ってくる。
 私は眉間に皺が寄るのを感じた。

「辞めたバイト先に来るなんて、いくらなんでも無神経過ぎない? しかもこんな混んでる時期に。あかりちゃんの神経疑うよ」
「え……」
「辞めるときだってそうだったじゃない。引継ぎ期間も何もなしにいきなり辞めて。私たちが、どれだけ大変だったかっ」
「お、おいっ」

 語気が荒くなっていく私の腕を、後から佐伯くんが掴む。
 佐伯くん。
 そうだよ、佐伯くんが、一番傷ついたのに。

「信じられない。あかりちゃんがいなくなって、佐伯くんがどんなに落ち込んだか」
「えっ」
「しかもこれ見よがしに、男の子連れて来店する!? ほんとなに考えてっ」
! やめろ、客だろ!」
「だって佐伯くんっ」

 ぐいっと腕を引っ張られて振り向いた先には、佐伯くんの険しい顔。

「こんなのってないよ! あんまりじゃない! バカにしてる!」
「あかりがそこまで考えてるわけないだろ!? どうしたんだお前、そんな熱くなって」
「だってあんなにたくさん傷ついたのに、なんでまた傷つけられなきゃなんないの!」

 私から大事な人を奪ってって、自分の夢もちゃっかり見つけて、ユキと同じ予備校だったなんてのは今日初めて知ったけど、そんな順風満帆なのに。

 あかりちゃんはずるい。ずるいずるいずるい、ひどいっ!

「いい加減にしなさい!!」

 そこに、雷が落ちた。
 マスターだ。
 カウンターから出て、私と佐伯くんの前まで来て、見たことないくらい怖い顔をして。

「お客さまの前で何をしているんだ! 大きな声で、他のみなさんにご迷惑だろう!」
「あ……」

 マスターの肩越しに、フロアのお客さんがぽかんとしてこっちを見てるのが見えた。

 私、なんてこと。

 マスターはそのままあかりちゃんとユキの前まで行って、深々と頭を下げる。

「申し訳ございません。手前どもの従業員が大変な失礼を致しました。……どうか、今日のところはお引取りを」
「マスター……」

 顔面蒼白になってるあかりちゃんが、口元に手をあててマスターを見てる。
 そのあかりちゃんの肩を、ぐ、とユキが掴んだ。

「帰ろう、海野。僕たちはお呼びじゃないみたいだ」
「赤城くん……」

 あかりちゃんを強引に珊瑚礁から連れ出そうとするユキ。あかりちゃんは戸惑ったようにユキと私を交互に見て。
 ユキが、その視線に気づいて私を見た。

 冷たい、軽蔑の眼差し。

が、こんな大勢の前で友達に恥かかせるようなヤツだったなんて、知らなかった」

 ズキン

 ユキの言葉が胸をえぐる。
 私、本当になんてことしたんだろう。
 あんなこと言ったって、しょうがないのに。

 ちりんちりん

 ドアベルが揺れて、ユキとあかりちゃんの後姿をドアが隠す。

「ご来店くださってるお客様にも大変お見苦しいところをお見せしました。申し訳ございません」

 マスターはフロアの方に向かっても頭を下げる。
 私も、それに習って頭を下げた。

 長い時間、頭を下げ続けて、顔を上げたときに見たマスターの顔はもう怒り顔じゃなくて。
 眉尻を下げて、ふぅと小さく鼻から息を出す。

さん、今日はもう上がりなさい。テスト明けの疲れてる時に悪かったね」
「っ……ご、ごめんなさい、マスター私、あの」
「いいから。今日はもう休んだほうがいい」
「……はい」

 あんなことしでかした私を、マスターは気遣ってくれた。
 私は足早に更衣室に向かって、乱暴にタイを外して着替え始める。

 頭がガンガンする。激しい後悔が襲ってくる。
 馬鹿みたい、私。

 はね学の制服に着替えて鞄を持ってフロアに戻る。
 マスターはもうカウンターに入って業務をこなし、佐伯くんはフロアに出てウェイターをしていた。
 私はぺこんと無言で頭を下げて、珊瑚礁のドアノブに手をかける。

っ」

 佐伯くんに声をかけられたけど、あまりに恥ずかしくて情けなくて、振り返ることも出来なかった。



 いつもより早い時間のバスに揺られて到着したはばたき駅前。
 駅前は帰宅ラッシュのサラリーマンであふれていた。
 私はバスを降りて、とぼとぼとミルハニーの方へと足を進める。

 でも。

 バスロータリー脇で、駅舎に腕組みしてもたれかかっていたユキを見つけた。
 ユキは足を止めた私を見て、腕をといて体を起こす。
 さっきと違って、困惑だけが浮かんでる表情。

「ユキ……」
「話があって、待ってた。ミルハニーで待つわけにもいかないからさ」
「うん」

 あかりちゃんは帰っちゃったんだろう。
 私はユキの目の前まで行って、頭を下げた。

「さっきは、ごめんなさい」
……」

 ユキはぎゅっと眉間に皺を寄せる。

「さっきまで海野から話を聞いてたんだ。とは入学してからすぐに友達になったって。ずっと仲良かったって聞いた」
「……うん」
「僕が言ってたはね学の子のこと、知ってただろ? 間違いなくの友達の海野だよ。なんで隠してたんだよ? 知り合いにいないなんて嘘ついてまで」
「それは」

 ユキを取られたくなかったからだよ。
 ずっとずっと側にいた私から、ほんの数回会っただけのあかりちゃんに取られたくなかったからだよ?
 運命的な出会いに、好奇心が向いただけだよ、ユキ。
 ユキは熱に浮かされてるだけなんだから、側にいる私に気づいて。

 そう、言いたかったのを、全部我慢してきた。
 友達のユキの恋を応援してあげたいって、そう思ったのも事実だったから。

「黙ってたらわからないだろ? なぁ、。僕たち友達なんだよな?」

 なんで今さら、ユキ自身に『友達』であることを確認されなきゃならないんだろ。
 こんな拷問ってない。

のこと、ずっと友達思いのいいやつだって思ってきた。いっつも自分のことより他人のこと優先してて、それなのになんでなんだ?」
「なんでってっ」

 優しいユキの言葉に、ぷつりと我慢の糸が切れる。

「そうやって、ユキのために全部我慢してきたんじゃないっ!! ユキがあかりちゃんのこと好きだって言うから、全部っ」
「え?」

 いきなり怒鳴りだした私に驚くユキ。
 ぼろぼろと涙をこぼしながら、私はユキに当り散らした。

「ユキがあかりちゃんのことなんか好きになるから! だから、我慢したのに! 少しくらい、思わず出ちゃった嘘くらい、許してくれたってっ」
「嘘……やっぱり、嘘ついて隠してたんだな」

 ズキン

 ユキの声に軽蔑の色が混じる。

「嘘がばれて逆ギレかよ? ってひどいことするんだな」
「ひどいことしてるのはユキの方だよ!」

 行きかう人がちらちらとこっちを見てる。
 でも、もうなにも気にならなかった。

「私の気持ちには全然気づいてくれなかったじゃんっ! ユキに好きな人が出来たから、それも全部押し込めて我慢してたのにっ」
「……えっ」
「ユキが好きだったのっ! ユキが、あかりちゃんに出会う前からずっと! それなのに、ユキはいつも、私のこと『いいヤツ』で片付けてっ……」

 みんなからいいヤツって言われてた。
 みんなの期待を裏切りたくなくて、いつもいいヤツでいられるように努力した。

 でも、結果として一番大好きな人にもいいヤツでしかなくなって。
 恋敵と仲良くなっていく様を見せ付けられて。
 嫌な気持ち全部押し込めて、笑顔で祝福してた。

 腹の中では、珊瑚礁でぶちまけたようなこと、いつも思ってたくせに。
 私、全然いいヤツなんかじゃない。
 最悪だ。

っ」

 ユキを無視して走り出す。
 ミルハニーまで辿り着いて、自宅側玄関から家に飛び込んだ。

 2階の自室まで駆け上がって、乱暴に扉を閉める。

 頭が痛い。足もとがおぼつかない。
 私はそのままベッドに倒れこんで、大声で泣いた。
 パパとママはミルハニーに出てるから、誰も私の泣き声には気づかないはずだ。


 ぐしゃぐしゃの気持ちを抱えたまま、私はそのまま泣き疲れて眠ってしまったみたい。
 目を覚ますと、目の前にママの顔があった。
 手には体温計が握られてる。

「ママ……?」
「38度9分。久しぶりに熱出したわね、ちゃん」
「熱……?」

 身を起こそうとしても力が入らなかった。
 あれ、いつの間にかパジャマに着替えてる。

「ママが着替えさせてくれたの……?」
「そうよ。お年頃の娘の着替え、パパにさせるわけにいかないでしょ?」
「ふふ」

 いつもどおり茶目っ気たっぷりのママの言葉に力なく笑う。
 頬を撫でてくれたママの手はヒンヤリしてて気持ちよかった。

「どうしたの? 泣いていたんでしょう? パパが何事か聞き出すんだって、止めるの大変だったんだから」
「……」

 思い出しただけで、涙がにじむ。

「あのね、ママ」
「なぁに?」
「私、私……失恋しちゃったんだぁ」
「そう」

 目の端から零れ落ちる涙を、タオルで拭ってくれるママ。
 ママは熱さましシートを私の額に貼って、頭を撫でてくれた。

「赤城くんがさっき来てたから。そうかなー、とは思ってたけど」
「ユキが……」
「でも帰ってもらったわ。元気になったら、ちゃんと会ってあげなさい? パパには内緒にしておいてあげるから」
「うん……」

 ママはそれだけ言って部屋を出て行った。

 頭痛かったの、風邪だったのかな……。
 いいや、今日はもう何も考えたくない。
 早く治して、学校行かなきゃいけないんだから。
 私はごろんと寝返りをうって、目を閉じた。


 ところが、この風邪性質の悪いものだったみたいで。
 翌日にはさらに熱が上がってて、ベッドから身を起こすことさえできなかった。

 私はそのまま土曜日まで寝込むはめになった。

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