「ええと、みなさん聞いてくださーい。今週の日曜日、課外授業を行おうと思うんですけど、どうでしょう?」

 参加する人は挙手願いまーす、という若王子先生の言葉にクラスメイトがちらほらと手を挙げて。
 ゆっくりと佐伯くんが手を挙げたところで、一気に女子の参加率が上がった。


 21、第1回課外授業:はばたき城


 そういえばユキもはば学で課外授業ってのがあるって言ってたっけ。
 1年生の時はミルハニーの忙しい時期に重なっちゃったりいろいろで、結局1回も行かなかったんだよね。
 私の課外授業参加は2年目で初めてだ。

 集合場所ははばたき山入り口のバス停。
 私がたどりついた時には、すでに佐伯くんは女子に囲まれちゃっていた。あらら。

「おはようございます、若王子先生っ」
「や、おはようさん。あと3人で全員集まりますから、もう少し待っててくださいね」
「はーい」

 同じくクラスの女子に囲まれてる若王子先生の側によって挨拶する。
 みんなは私服で来てるけど、若王子先生はいつもの学校スタイルだ。
 密に若王子親衛隊の間で評判の、青シャツに黄色いネクタイ。

 さて、どうしようかな。
 今日はあかりちゃんもぱるぴんも不参加だし、佐伯くんにはウカツに話しかけられないし。

 と、私がきょろきょろしていたら。

「オッス
「ん? オッスハリー。……って、なんでハリーがここにいるの?」

 背後から声をかけられて振り返れば、ノースリーブのパーカーを来たハリー。
 あれ? ハリーは隣のクラスのはずなのに。

「どーしたのハリー。あ、たまたま通りがかっただけ?」
「ちげぇよ。オレも若王子の課外授業に参加すんの!」
「えええ? ハリーが課外授業に? 授業だよ?」
「んだよその反応は。オレが課外授業に出たらそんなに変か?」
「変っていうか……」

 学問に関することにハリーが関わってるってことが、すっごい違和感。
 するとハリーは、にやっといい笑顔を浮かべて、山の上を指差した。

「今日の課外授業ははばたき城見学だろ!? オレ行ってみたかったんだよな、はばたき城!」
「へーっ。ハリーって日本のお城が好きなんだ。なんか男の子、ってカンジだね!」
「だろ!?」

 へへっと鼻っぱしらを親指でこするハリー。

「ちょうど今日は予定もなかったし、若王子に頼んだんだ。オレも連れてけって」
「そうだったんだ。じゃあ一緒に目一杯見学してまわろーね!」
「ったりめーだろ!? しっかりついて来いよ、!」

 ぱしっと右腕をクロスさせる私とハリー。
 よかった、これで今日の課外授業も楽しめそうかも。

 ところが。

「その前にお前、なんだそのカッコ」
「へ?」

 いきなりしかめっ面したかと思えば、私を上から下までじーっと見て。

「なんか変?」
「変っつーか……まぁお前には似合ってる気がしねーでもねーけど、今日これから城に向かう格好か?」

 えーと。
 今日のちゃんは3段フリルのキャミソールにデニムのミニスカート。
 ……城にふさわしい格好かどうかは謎だけど……

「あ」

 思い当たって、ぽんと手を打つ。

「なんだよ」
「なんでも〜」

 怪訝そうに見るハリーに、私はぱたぱたと手を振った。

 ハリーはどっちかっていうと、セクスィファッションが好きで、女の子しいピュアな服は好きじゃないみたいだよ。

 ……というのを、知り合いの情報屋から聞いたことがある。
 ちなみに情報源は秘匿です!

「はいはいっ、みなさん注目〜。全員集まったようなので移動しますよー」

 そこへ若王子先生の号令が聞こえてきた。
 はーい、と集いも集った2−B14名プラスハリーが返事して、ぞろぞろと移動を開始する。

「くーっ、いよいよだな!」
「そうだね!」

 集団の後の方をハリーと一緒についていく。
 ハリーってば、子供みたいにはしゃいじゃって。

 ふと、前方を見たときに、ちょうど後を振り返っていた佐伯くんと目があった。

 お・は・よ。

 口パクで挨拶してみる。
 すると!

 お・は・よ。

 なんとなんと佐伯くんも口パクで返してくれた!
 うわー! なにこれ、ちょっと秘密のコンタクトみたいでよくない!?

「佐伯くーん、どうしたの?」
「ああ、なんでもないよ」
「そう? 早く行こうよ!」

 まぁ、すぐにまわりの女子に連れられて行っちゃったんだけどね。
 ふふふ、なーんか気分いいなぁ。

「何ニヤけてんだよ。気持ち悪いっつーの」
「ひどっ! 女の子にむかって気持ち悪いとは何事ですか、幸之進さん!」
「名前で呼ぶな!」
「うわわっ、ほらハリー、私たち遅れてるよ!」

 ハリーともど突き合いしながら回れるし。
 うん、きっと今日は楽しい一日!



 若王子先生が団体観覧の手続きをしてくれて、私たちははばたき城城門前まで来た。
 見上げるはばたき城はとっても大きい。
 あはは、ハリーってばもう目がきらきらだ。

 ここで再び若王子先生が「はい注目〜」と手を挙げて私たちを振り返る。

「はばたき城は見学コーナーが分かれてます。天守閣と展示コーナーですが、どっちを見学し」
「「天守閣っ!!」」

 若王子先生の台詞を遮って、私とハリーの声が見事にハモった。
 きょとんとする若王子先生のまわりで、クラスメイトたちの笑いが弾ける。

「城っつったら、天守閣見なきゃ始まらねぇだろ!? どっちもこっちもあるか!」
「ハリーに賛成っ! 若王子先生、まずは天守閣を見に行きたいでーす!」
「やや、今日の針谷くんとさんは呼吸がぴったりで、なおかつ向学心旺盛ですね? 先生、やる気満々の生徒は大好きです」

 勢い込んで発言する私とハリーに、若王子先生はにっこりと微笑んで。

「実は先生も天守閣が見たかったんです。針谷くんとさんが先に言ってくれてよかった」
「んっだよ、回りくどいことしてんなよな!」
「スイマセン。それじゃ、天守閣のいい場所取るために、みんなでダッシュです!」
「「「おーっ!!」」」

 若王子先生の号令にみんなが拳を突き上げて、そのまま天守閣に向かって走り出す!

 ……って、こういう公共の場でそういう行動はまわりの迷惑ですよ!?

 などというヒマもなく、あっという間にみんな行ってしまった。
 一人イイ子ぶって乗り遅れた私。
 うう、受付の人の非難の視線が痛い……。

、何やってんだ!? もうアイツらみんな行っちまったぞ!? いい場所取れなかったらどーすんだっつーの!」
「あ、うん。今行く!」

 みんなが消えた角からひょこっと頭を覗かせるハリーは、とろとろしてる私におかんむり。
 若王子先生……駄目駄目じゃん……。
 私は出来る限りの急ぎ足で、天守閣へと向かった。


 私が到着したときには、みんなもう思い思いに天守閣から城下はばたき市の町並みを見下ろしていた。
 今日は天気もいいから絶好のロケーションだもんね。
 ハリーなんか手すりから身を乗り出して、係員の人に注意されちゃってるし。ふふ。

 とりあえず私は、景色に夢中のハリーをそっとしておいて、ちょっと離れたところで城下を見下ろしていた若王子先生の近くに寄った。

「いい景色ですね!」

 隣に陣取って一緒に景色を眺める。
 私と若王子先生がいるところからはちょうど街も海も見下ろせる場所。
 夏の太陽が海面をきらきらと輝かせていて、とても綺麗!

「ええ本当に。たしかに風景は素敵です」

 若王子先生は目を細めてそう言った。

「でも……」
「? どうかしたんですか?」

 雲ひとつないピーカン晴れの絶景なのに。
 なにか気になることでもあるのか、若王子先生は少しだけ眉尻を下げて、視線だけ私に向けてきた。

「登ってみてわかりました。これは権力者の建物です」
「まぁ殿様の住むところですからね。こういうお城も年貢で建てたのかな」
「そう、立場の弱い人の犠牲の上にお城はたってる。……君もそう思いました?」

 なんだか、いつものぽやんとした若王子先生とは別人みたいな発言。
 ちょっとびっくりして若王子先生を見上げたら、先生も今度は私に向き直った。

 うーん。

「必ずしもそうは思わないです」
「やや、そうですか?」

 口元に浮かんでいた柔らかい笑みが消えて、きょとんとした顔になる若王子先生。

「パパ……じゃなくて、父が歴史好きで私もその影響でちょこちょこ本読んだりするんですけど。こういうお城って、確かに権力者のために支配下の人たちが汗水流して建てたんでしょうけど……」
「うん?」
「同時に、誇りでもあったんだと思いますよ? 権力者って今と違って尊敬を集めてたものだし。私たちのお殿様には他の国に負けないくらい立派なお城に住んでもらいたいって考えてた人たちも多かったと思います」
「……」
「まぁそれが当たり前の時代だったんでしょうけどね」

 つまるところ、嫌なことっていうのはやらされてるって考えるより自分自身や誰かが喜ぶかもって考えた方がストレス溜まらないもんだぞ、っていう台詞で締めるのがパパの口癖。

 学校の先生相手に偉そうなことぺらぺらと言ってから、なんか気恥ずかしくなって、私はあははと笑って頭を掻いた。
 そんな私に、若王子先生は首を傾げながら小さく微笑む。

さんのパパさんは素敵なことを言うんですね」
「ぱ、パパさんですか」
「はい。……も、あんな亡者たちだけじゃなく、誰かのためになったのかな……」
「え?」
「いえ、こっちのことです」

 もう一度若王子先生を見上げれば、もういつもののんきで明るい笑顔に戻っていた。
 あれ?

「おいっ、来てみろコッチ! ヘリがオレの目線と同じ高さで飛んでんぞ!」

 そこへ響いてくるハリーの弾んだ声。

「やや、針谷くんにさんとのデート時間を邪魔されちゃいました」
「あはは、じゃあ今度埋め合わせしますね?」
「や、さん口が達者です。先生知ってますよ? そういう女の人には注意しなきゃ」
「若王子先生に言われたくないですよーだ」

 失礼しまーす、と、ぺこんと頭を下げて私はハリーの元に向かった。

 ハリーは相変わらず身を乗り出して景色を見てる。

「わ、欄干に足かけたら危ないよ!」
「オレが足を踏み外すなんてヘマするわけねぇだろ」
「そうじゃなくて、歴史的建造物傷つけちゃマズイよ」
「あ、あぁそっか。そうだな」

 乗り上げてた欄干から降りて、ハリーは手すりにもたれかかるようにして私を見た。
 はー、絶景を背にして立つハリーって、案外絵になってる。

「天下を取るって、こんな気持ちなんだろうな……」
「あれ、浸っちゃう? ハリーはビッグになって本当に天下取るつもりなんでしょ?」
「ったりめーだろ! ぜってーメジャートップになって、この城よりもっとスゲー城建ててやるんだ」
「その時は女中として雇ってもらおうかな」
「掃除に手抜きは許さねぇからな?」

 ハリーと顔を見合わせてくすくす笑う。

「はいはいっ、それではそろそろ展示コーナーに移動しますよー」

 奥の方で若王子先生が号令をかけた。
 はーい、とみんなも律儀に返事して、今度は行儀よく並んで階段を降り始めた。

「オレらも行くか」
「そうだね」

 ハリーに促されて、私も階段に向かう。

 ……と思ったんだけど。

「ん?」

 階段を降りてくクラスメイトの列から外れて、ちょっと太い柱の影に……佐伯くん?
 私と目が合うと、口元に人差し指を持っていって「何も言うな」の合図。

 なるほどなるほど。
 女子から逃げてるんだ?

、行かねぇの?」
「あ、うん。私自分の家探してみたいから、後から行くよ!」
「んっだよ、展示コーナーもおもしれぇのたくさんあんだぞ? さっさと見つけろよ!」
「うんっ。先に行ってて」

 既に心は展示コーナーのハリーに手を振って見送って。

 全員階段を降りてしばらくしたところで、はぁぁと大きく息を吐いて佐伯くんがやってきた。

「あー疲れた……」
「お疲れ様デス。っていうかおはよ、佐伯くん」
「ああ、おはよ。さっきもしたけどな、挨拶は」
「あ、そうだったね」

 口パクで。ふふ。

 佐伯くんは髪を掻きあげながら、私の隣まで来ててすりに背中を預ける。

「佐伯くんが課外授業に出るなんて意外な感じ。日曜は家でぐっすり派かと思ってた」
「まぁ内申稼ぎの一環だな。そうじゃなきゃ来ないよ」
「だよねぇ。朝から女子に囲まれちゃって。佐伯くーん、次は私と見る番ー」

 ずべしっ!

「だっ!」
「声真似すんな。つか、お前がそういう声出すのはヤバイ」
「ひどっ! こんな可愛いちゃんを捕まえてっ」
「……お前、頭の中花咲いてるだろ」
「い、いつにも増して辛辣だなぁ……」

 わざとらしく傷ついた素振りを見せれば、佐伯くんはようやく肩の力を抜いたようにははっと笑った。
 くるっと体を反転させて、景色の方に視線をむける。
 今日の佐伯くんはオレンジのTシャツにホワイトジーンズ。ラフな格好しててもカッコいい。きゅん。

「お前、針谷と仲いいんだな?」
「うん、仲いいよ。ほら、ハリーってああいうノリだから」
「だよな。類友だ」
「えーと……褒めてる? っていうか、佐伯くんハリーのこと知ってるの?」
「ああ。まぁ、学校のヤツの中では割と話すほうだな」
「何言ってんだ。お前はオレの弟子だろ」

 にゅ、と割り込んできた赤いツンツン頭。
 私と佐伯くんはほぼ同時に振り返った。

「ハリー!? どうしたの!?」

 い、いつの間に。
 私と佐伯くんの背後には、音も気配もなく近づいたらしいハリーが、腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
 佐伯くんも目をまん丸に見開いて、二の句が告げない様子。

 眉間に皺を寄せて私と佐伯くんを見てたハリーは、すぐにニヤリと含み笑い。

が遅ぇから見に来たんだっつーの。なんだよお前ら、ふたりっきりで」
「別に、君には関係ないだろ」
「出た、佐伯のお澄まし発言」

 慌てていい子モードの仮面をかぶる佐伯くんだけど、ハリーはにやにやと佐伯くんを見てる。
 っていうかハリー……まだ別れてからほんの数分しかたってないってば……。

「えぇーと、ほら、私自分の家の場所見つけられなくて、そしたらたまたま佐伯くんがまだ残ってたから、一緒に探してもらってたの! 佐伯くん優しいからさ〜。ごめんね、佐伯くん!」
「えっ? あ、あぁ、いいんだ、別に」

 とってつけた嘘に、佐伯くんも「そうそう」と頷いて。
 変な噂流れちゃったら迷惑だもんね。
 っていうか、私だって佐伯親衛隊に吊るし上げられたくないし。

「なんだよ、も佐伯のファンだったのか?」
「ったり前じゃん! 頭脳明晰で、運動神経バツグンで、イケメンで品行ほうせ……ごにょ……な佐伯くんだもん!」

 げし

 品行方正、と言おうとしたところで正直な自分が出てしまって。
 佐伯くんに足蹴られた。うう。

 ハリーは首を傾げてる。

「まぁもミーハーだからな。オレ様にまとわりついてるくらいだし」
「いや、まとわりついては……あああ、それよりさっきの、佐伯くんがハリーの弟子ってどういうこと?」

 ハリーの自尊心を傷つけないように、私は話題の転換を図る。

 げし

 すると、また佐伯くんに足を蹴られた。
 ううう、なんだよーう。

「そのまんまの意味だっつーの。佐伯はオレにギターを師事してんだ」
「ギター? へぇ、佐伯くんとハリーってそういう仲だったんだ!」
「それがコイツすっげぇリズム音痴でさ。覚えはいいのに曲にならないっつーか」
「ぶっ」

 つい。
 なんでも完璧にこなす佐伯くんにはあまりに意外なことだったから、つい。
 噴出してしまって。


 ギンッ!!!


 ハリーの手前、チョップできない佐伯くんの目が、私に向けて殺人光線を放ったのがわかった。
 ひ え え え 。

「針谷、そろそろ行かないと展示コーナーみんな見終わるぞ」
「あ、そうだった! 話てる場合じゃなかったな!」
「じゃあさんも行こうか?」
「う、うん、い、行こうか……あはははは」

 天真爛漫に目を輝かせ始めるハリーに対して、プリンスの微笑みの裏にどす黒いものを滲ませてる佐伯くん。
 私はひきつる顔に強引に笑顔を浮かべて、二人と一緒に展示コーナーへと降りていったのでした……。



 で、その後は案の定。

「わかってるな、。今日この後」
「珊瑚礁バイト無給でラストまで働かせていただきますっ、隊長っ!」
「うむ。物分りのいい子でお父さんは嬉しいぞ」
「ううう、佐伯くんの鬼〜……」

 今日はさっさと帰って夏服でも買いに行こうと思ってたのにぃぃ!

 とはいえ、黒王子の笑顔の圧力に敵うわけもなく。
 私は何度目かの無給バイトにいそしむ羽目になったのでした。うわぁぁん!

Back