「なぁなぁ、あれ、はば学の生徒ちゃう?」
「えぇ?」
19.はばたき学園生徒会来襲
4月も終わりの金曜日。
運良く一緒の班になれたぱるぴんと、今日は掃除当番の日。
あらかた終わらせて、掃除用具をしまえば終了! ってところで、窓の外を見てたぱるぴんに手招きされた。
「どこどこ?」
「ホラ、玄関前に何人かおるやん。はば学の青ブレザー」
「あ、ほんとだ」
窓を開けて身を乗り出して見れば、確かに正門前に見たことあるはば学の制服を着込んだ子が数人。
……もしかしてアレ。
「やっぱはば学の制服着とると賢そうに見えるもんやな。……って、どこ行くん?」
「ごめん、ぱるぴん! 私先帰るね!」
手にしてた回転ホウキを掃除用具箱に詰め込んで、ぱるぴんの返事も待たずに私は鞄を掴んで教室を飛び出した。
4月。
はば学。
賢そうなメンツ。
……ということは!
正面玄関まで走って降りて急いで靴を履き替えて、飛び出したそこにはやっぱり!
「ユキ! はね学にようこそ!」
「、オッス!」
帰宅するはね学生の好奇の視線に居心地悪そうにしてたはば学生の中。
やっぱりユキがいた。
ユキもなんだか落ち着かない様子だったけど、私が声をかけるとぱっと表情を明るくして出迎えてくれる。
ぱしんと右手でハイタッチ!
「今日だったんだ。はば学の生徒会の人たちでしょ?」
「ああ。なんとかGW前に、って調整してて急遽決まってさ。はね学の生徒会に今連絡入れてるんだけど、なかなかお迎えがこなくて」
「そっかそっか。ヒカミッチとチョビッちょが今日ばたばたしてたのそのせいだ。生徒会室も今掃除が入ってるんじゃないかな。だから遅れてるんだと思うよ」
ほっとした様子のユキと話しこむ。
はば学の生徒会の子たちも、帰宅するはね学生たちも、私とユキを興味深そうに見てた。
ねぇ、ちょっとよくない?
そうかも。頭よさそうだよね〜。
ってはば学にも知り合いいるんだなー。
そういえばさんて成績上位組だったっけ……。
好奇心に満ちた声がひそひそと、遠慮がちに響いてくる。
ふふふ、ちょっと鼻が高かったりして!
「は? もう帰るのか?」
「うん、今日バイトの日だし。ほんとは一緒に帰りたかったけどね」
「そっかバイトの日か。社会勉強だけじゃなくて受験勉強もちゃんとしろよ?」
「うっ……またそういう痛いこと言って……」
からかうような口調で皮肉るユキに、拗ねたような素振りでそっぽを向いてみる。
そのとき、正面玄関の……
って、ヤバッ!!!
「ユキ、それじゃあね! 生徒会活動、がんばって!」
「え? あぁ、うん。も気をつけて帰ろよ?」
視界に飛び込んできた人物に見つかる前に!
私は慌ててユキにさよならをして走り出した。
正門の影に走りこんで、そーっとユキの方を覗いてみる。
ユキは突然逃げるように走り出した私に驚いたのかきょとんとしてこっちを見てたけど、やがてはね学生徒会員の出迎えを探すように正面玄関に向き直った。
その視線の先に、一人の女の子。
……後姿だけど、ユキの全身から喜びがあふれ出るのが見えた、ような気がした。
小走りでその子に駆け寄って、ユキは声をかけた。
「オッス!」
「え? ……赤城くん! びっくりしたぁ……」
ユキに声をかけられるまで、全然気づいてなかったんだな。
あかりちゃん、ものすごく驚いたみたいで、目を白黒させてる。
「ゴメン! 今日、羽ヶ崎に来ることになってさ、会えたらいいなって!」
ユキがあんなに嬉しそうに声を弾ませてるの、あまり見たことないよ。
「そうしたら、本当に君がいるだろ? スゴイよ! だから、つい嬉しくなって」
「…………」
「……あ、もしかして、迷惑だった?」
目を大きく見開いてるあかりちゃんの顔は私からも見える。
横を通り過ぎてくはね学生たちも、二人を横目で見ながら。
急に意気消沈してしまったユキ。
でも、あかりちゃんもようやく我に返ったようで、ふわっと、花が咲いたように優しい、はにかんだ笑顔を満面に浮かべた。
「ううん、わたしも嬉しいけど……。でも、ちょっと恥ずかしいかも。みんな見てるよ?」
「そ、そっか。そうだな。ハハ……」
頭を掻いて、照れ笑いするユキ。
……甘酸っぱいんですけど。
友人として、ユキの恋が成就に向かってるのは喜ばしいけど、やっぱりまだ私のハートはブロークンしたままなんだってばー!
くうう、泣くなっ。お前にはまだ仕事があるっ!
「おい」
「ん?」
胸にずしんと落ちる重いものを振り払うために、わざと芝居がかったような言葉で自分に言い聞かせていたら、声をかけられた。
振り返ればそこに佐伯くん。
「あれ佐伯くん……いつのまに」
「あのな。今お前の目の前通り過ぎただろ? ボケるには早すぎるだろ。ところでさんはここでなにしてるの?」
他の子が通りすがるのに合わせて、いい子モードの口調に変える佐伯くん。
器用だなぁ……。
「なにって、今……」
はりつけたような笑顔の佐伯くんを見て、今気づいた。
私の目の前を通り過ぎて、今ここに佐伯くんがいるってことは。
佐伯くん、ユキとあかりちゃんのアレを見ながら来たってこと!?
うわわ、二人に集中してて、佐伯くんに気づかなかった!
「あああの佐伯くん、えーとえーと、いい天気だね!」
「何テンパってるんだよ」
ああもう焦って変なこと口走ってるし、私!
わたわたしてる私を見下ろして、それから佐伯くんは髪をかきあげながらちらっと横目で正面玄関の方を見る。
あああ……。佐伯くんに目撃されちゃったよ……。
「佐伯くん、あのね」
「あれがあかりの言ってたはば学のヤツか? やっぱお前の知り合いだったんだな」
「う。ご、ごめん。あの、やっぱり言い出せなくて」
うう、佐伯くん、私がユキと話してるところも見てたんだ……。
そのときヒカミッチの声が届いた。
はね学生徒会のようやくのお出ましだ。
「赤城くん、急いでくれ!」
「今行くよ! それじゃ!」
「うん、またね!」
またね、か。
ユキとあかりちゃんは、なんだか運命的に結びついてるもんね。
きっと、また次があるんだろうな。
……って、またねってことは。
「あれ? 瑛くんにちゃん、今帰り?」
ああ、最悪のタイミングでなんでこう……。
ユキと別れたあかりちゃんが、私たちに気づいて屈託ない笑顔で話しかけてくる。
「うん、今帰るところ」
脱力しそうになりながらも、私は笑顔で答えた。
ところが佐伯くんはぐいっと私の腕をひいて、あかりちゃんには返事もせずに歩き出す。
「え、ちょ、ちょっと、佐伯くん?」
「なんだよ。開店遅れるだろ」
「そうだけど、あの」
振り向きもせずに。
私はずるずると佐伯くんに引きずられる形で、学校をあとにした。
あかりちゃんは何がどうしたのかと、きょとんとした顔で私たちを見送っていた。
その日。
営業スマイルこそ崩さなかったものの、バイト中の佐伯くんはぴりぴりしてた。
業務事項以外、全然話しかけれなかったもん。
祖父であるマスターは、困ったヤツだというふうに苦笑して首を傾げていたけど。
はぁぁ。
最後のお客さんを送り出して、本日の珊瑚礁はこれにて終了。
週末の忙しさに加えて、余計な気疲れでもうへとへと……。
私は洗い物をしてる佐伯くんの横で素早くふきんを濡らして、いつものようにテーブルを拭き始めた。
そこへ、着替えて上着を着込んだマスターがやってくる。
「あれ? どうしたんですか?」
「すいません、さん。ちょっと腰の状態がよくなくて。申し訳ないが、先に上がらせてもらってもいいかな?」
「えっ、大丈夫ですか!? 勿論いいですよ!」
「ありがとう、さん」
いつもの優しい笑顔を浮かべてるマスターだけど、そういえば前にも腰を痛めて佐伯くんが買出し代わったことがあるって言ってたっけ。
マスターはカウンター内の佐伯くんを振り返る。
「そういうわけだから瑛、あとは頼んだぞ」
「じいちゃん、一人で大丈夫か?」
「なに、まだお前の手を借りるほどじゃない。最後にちゃんとさんを送っていくんだぞ」
「……わかってるよ」
ぶすっと返事する佐伯くん。
やれやれ、と私の顔を見て苦笑するマスターにつられて、私も小さく微笑んだ。
「ではさん、気をつけて帰ってくださいね」
「はい! お疲れ様でした!」
珊瑚礁の入り口でマスターを見送って。
長階段手前でマスターは一度こっちを振り返って手を振ってくれた。
……さて。
私は店内を振り向いた。
BGMの止んだ店内。
いるのは私と、不機嫌絶好調の佐伯くんだけ。
き、気まずいにも程がある……。
私はぎくしゃくしながらもテーブル拭きの作業に戻った。
しばらく店内にひびいていたのは、水音と食器が重なるときの小さな音。
頼むよ、耐えられっ……じゃなくて、沈黙が辛いっ!!
「さ、佐伯くんっ」
テーブルを拭きながら、声をかけてみる。
……返事無し。
「あのね、今日学校に来てたはば学の子だけどね」
「ウルサイ。聞きたくない」
う。
そうばっさりと言い切られると、言葉のつなぎようがない。
佐伯くんは、冷たい視線を私に向ける。
「知ってたんだろ、あかりの気持ちもあのはば学のヤツの気持ちも。知ってて、オレを哀れんでたのか?」
「ち、違うよ! そんな、哀れむなんて」
「だったらなんだよ。あっちの方が友達歴長いんだろ? アイツに肩入れしたのが後ろめたくてバイト日増やしたのか?」
「……」
何を言っても、言い訳だ。
結果的に、私も、佐伯くんを傷つけたんだ。
「ごめん、佐伯くん。でも私、あの二人の仲を取り持ったとか、そんなことしてなくて、ただ、佐伯くんの気持ちも知ってたから、どうしても言えなくて」
言えなくて、結局最悪な形で佐伯くんを傷つけた。
あとはもう何も言えなくて、私は唇を噛んでテーブルを拭き続けた。
佐伯くんも黙って洗い物を終わらせて、奥のエスプレッソマシーンの方に行ってしまう。
はぁ、なんでこうなっちゃったんだろ……。
誰かが幸せ手に入れる時、他の誰かが傷つくなんて、すごく嫌だ。
佐伯くん……。
私がユキに失恋したときよりも、ずっと傷ついてるんだろうな。
そうだよね、なんの覚悟もしてなかったところに、あんなに嬉しそうに笑いあってる二人を目撃しちゃったんだもん。
二人のこと、言うべきだった?
……終わったあとに『たら』『れば』言っても仕方ないけどさ。
はぁ。
拭き掃除を終えてふきんを洗って、私は更衣室へ向かって手早く珊瑚礁の制服からはね学の制服に着替えた。
鞄を持ってフロアに戻ったときも、佐伯くんはむすっと口を結んだままカウンター内でなにやら作業をしていた。
「佐伯くん、お疲れ様。私、帰るね。また明日、学校で」
「ちょっと待てよ」
「あ、お見送りならいいよ。ちょうどバスのタイミングに合う時間だし」
「そうじゃない。いいからこっち来いって」
珊瑚礁のドアノブに手をかけて佐伯くんに挨拶をしたら。
佐伯くんは、あいかわらず不機嫌そうに口をへの字に曲げたまま、がしゃんと乱暴にカップをカウンターに置いた。
「飲め」
「……へ?」
「いいから飲め。チョップと2択だ」
「いいいいただきますっ!」
きらんと光った佐伯くんの目に殺気を感じて、私は慌ててカウンターに駆け寄った。
佐伯くんが置いたカップには、フォームミルクがこんもりと乗った温かいコーヒーが入れてあった。
「カフェモカだ」
「えーと……佐伯くん、私」
「コーヒー苦手なんだろ? 半分以上ミルクだし、甘くしといた」
あ、私のためにそんな邪道なことしてくれたんだ?
ちょっと嬉しいかも。
私はカップの取っ手に手をかけて、両手で持ち上げた。
珊瑚礁自慢の豆から入れたコーヒーは、半分以上ミルクでも芳醇な香りをたたせてる。
うう、こんないい匂いのもの飲めないなんて、私絶対損してる。
「いい香りだね」
「だろ? 今日届いたばかりなんだ」
あれ?
佐伯くん、もしかして機嫌直ってる?
もともとコーヒーの話題になると表情が柔らかくなる佐伯くんだけど、さっきまであんなに怒ってたのに。
呆気にとられてる私の視線に気づいたのか、佐伯くんはじーっと私の目を見つめてきて。
でも、少し頬を赤らめたかと思えば、またぷいっとそっぽを向いて。
がしがしと、頭を掻いた。
「あー、オレすっげーカッコ悪い……」
「佐伯くん」
「……八つ当たりした。お前が、そんな底意地悪いことするヤツじゃないって、オレわかってるんだ」
「ううん。誰だって人に感情ぶつけたくなるときあるよ。……私がしたことで、黙ってたことで佐伯くんが嫌な思いしたの事実だし」
そっか。
佐伯くん、自分自身にイラついてたんだ。
それで私に気を遣って、コーヒー入れてくれたんだ。
優しいなぁ……。あかりちゃん、どうしてこんないい人近くにいたのに、たった数回しか会ってないユキの方選んだんだろ。
「ごめんね、佐伯くん、黙ってて」
「いいよ。お前の方が板ばさみになってて辛かったんだろ。なぁ、ごめんな? オレ、自分のことばっかで」
うわぁ、佐伯くんが素直だ。
現金なヤツーって突っ込まれるかもしれないけど、やっぱり可愛いなぁ佐伯くんって。
「飲めよ。冷めるとおいしさ半減する」
「う、うん。じゃあ……」
カウンターに頬杖ついてプリンススマイルを浮かべてる佐伯くんに促されて。
よ……よし! 自分の健康よりも熱い友情が大事っ!!
私はカップを持ち上げて、ぐぐっと一気にカフェモカを飲み干した。
「ぷはー!」
「お前、それ立ち飲み屋の親父だろ……コーヒーの飲み方じゃないぞ」
「だっておいしかったんだもん! モカって初めて飲んだけど、ココアみたいだね?」
「モカコーヒーじゃなくてカフェモカ。うちのはチョコレートシロップとエスプレッソを掛け合わせて作ってるからな」
「へぇ……」
私のコーヒーに対する体質反応は即効性。
すでにもう顔が熱くなってきてるんだけど、ここは我慢のしどころだ。
「佐伯くん、あかりちゃんのこと嫌いにならないでね」
「は? ……何言ってるんだ? お前」
ガンガンしてきた頭を支えるように頬杖ついて、私は佐伯くんを見た。
佐伯くんはぽかんとして私を見てる。
「今日、帰りにあかりちゃんのこと無視したじゃない」
「あれはだって、……仕方ないだろ? あんなの見たあとじゃ」
「そっか……そうだよね。じゃあ、明日からはいつもどおりだよね?」
「お前なぁ……なんでそんなあかりに肩入れすんだよ? なんか弱みでも握られてんのか?」
「そんなわけないじゃんっ。友達が喧嘩してるのって、見てるの辛いからだよ……」
まずい、頭痛がひどくなってきた。
私は両手で頭を抱え込む。
ううう、だ め か も 。
「おい? 、どうした?」
「……ごめん、佐伯くん」
耐え切れなくて、私はカウンターに突っ伏した。
あ、頭が痛くて体中かっかする……。
「!?」
「あー……うん、だいじょぶ……っていうか私、コーヒー苦手なんじゃなくて、飲めないんだ……。体質的に、飲むと酔うっていうか具合悪くなるっていうか」
「はぁ!? だったら何で飲んだんだよ! そういうことは先に言え!」
慌てた様子で佐伯くんがカウンターから飛び出してきた。
あう、結局佐伯くんに迷惑かけてるんじゃん……カッコ悪いの私のほうだよっ。
「おい、大丈夫か? 帰れそうか?」
「む、無理ぽい……パパ呼ぶ……」
「お前……この状態でミルハニーのマスター呼んだら、オレどんな目に合わされるんだよ……」
「い、一応説得する」
「期待しないでおく。……ちょっと待ってろ。今連絡してくるから」
佐伯くんは硬い声をしぼりだして、お店の電話をとった。
で。
佐伯くんからの連絡を受けて飛んできたパパ。
その後佐伯くんがどうなったかというと、……実は私、ほとんどグロッキー状態でよく覚えてないんだよね。
「おはよう佐伯くん! 昨日はごめんね!」
「ああ、おはよう。大丈夫なのか?」
「うん、寝たらすっきり。佐伯くんは? えと、大丈夫だった?」
登校途中、珊瑚礁方面の道を遠回りして行ったら佐伯くんと会えた。
それで聞いてみたんだけど。
佐伯くんは口元にはにこやかな笑みを、でも目元にはあきらかに恐怖の色を浮かべて。
「さん、コーヒーは一生飲まない方がいいと思うよ?」
「うぐっ……ということは、やっぱり……」
「お前、なんでバイト先に珊瑚礁選んだんだ……」
佐伯くんは朝だと言うのに疲れきったような声を出して肩を落とした。
ご、ごめんなさい、佐伯くん。
は金輪際コーヒーを口にしないことを誓いますっ!!
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