「もしかしてさん、恋煩いで悩んでる?」
可愛らしく首を傾げて問いかけてきた密っちの言葉に、私は口に含んでたいちごミルクを盛大に噴出すところだった。
11.1年目:2学期期末テスト
「げっほごほ……っほ……」
「やだ、ごめんねさん! 大丈夫?」
「だ……大丈夫……」
立ち止まって電柱に手をつきながら呼吸を整えていたら、びっくりした密っちが背中をさすってくれた。
学校帰りに歩きながらパックジュース飲むなんて行儀の悪いことしてた自分が悪いんだけど……。
「密っち、ど、どうしたの? いきなり……」
残ったいちごミルクを飲み干して、パックをかばんにつっこんで。
私は突然の質問をしてきた密っちを振り向いた。
密っちは取り乱した私を心配そうに見てたけど、私が落ち着きを取り戻したと見るや、『お嫁さんにしたい候補ナンバー1』の実力を誇る素敵笑顔を浮かべて。
「だってさん、テストで10番以上順位あげたのにずっとため息ついてるじゃない? もしかして、って思って」
「う、そうきますか……」
くすくす笑ってる密っちを見ながら、私は再び歩き出した。
テスト明け月曜日。
廊下に張り出された2学期期末テスト順位表。
文化祭終了後に死に物狂いでサボってた分を取り戻して、私は堂々34位という順位を獲得できた。
「お見事です、さん。文化祭でもあんなにがんばってたのに、勉強に手を抜かなかったね。先生、鼻高々です!」
「ほんと、化学が89点てどうやったら取れるんだか」
「大崎さんは先生の授業にまず出てください……」
若王子先生にもリッちゃんにもお褒めの言葉(?)を貰うくらい、私は今回がんばった。
そう、がんばったんだけど。
「はぁ……」
「ほら、またため息。どうしたの? いつもみんなに元気ふりまいてるのに」
たまたま校門で一緒になった密っちに誘われて、一緒に下校することになったんだけど。
「無理には聞かないけど、溜め込むより吐き出したほうがラクになることもあるのよ? おねえさんが聞いてあげる」
「もー、密っちってば優しいなぁ。……うーん、じゃあちょっと聞いてもらおうかなぁ」
タイミングよく、小さな公園前にたどりついたところ。
私と密っちは遊具脇のベンチに並んで腰掛けた。
「でも密っち、なんで恋の悩みなんてわかったの?」
「あらぁ、だって私たちお年頃ですもの。悩みって言ったら、恋の悩みじゃない?」
うふふ、と微笑む密っち。ああ、女の私が見ても癒される……。
私は鞄を抱え込んで、また小さくため息をついた。
「あのね、名前は言えないんだけど。あ、密っちにしてみればちんぷんかんぷんだと思うけど」
「いいのよ。私は今日は聞くだけだから」
私のほうに向き直って、目を覗き込んでくる密っち。
対して私はちょっと視線を逸らしながら切り出した。
「っ!!」
「うわ、びっくりした! ど、どうしたのユキ?」
それは先週金曜日。まさに2学期末テストの真っ最中、4日目を終えた放課後のこと。
珊瑚礁バイトもミルハニー手伝いも今週だけは免除、ということで私は帰宅後の時間は目一杯勉強に費やしていた。
そんなときに、たまたま合間休憩でミルハニーに顔を出していた私のところに、ユキが飛び込んできたんだよね。
駅から走ってきたのか、飛び込んできたユキは肩で大きく息をしていて言葉をつむぐことすら出来ない状態。
こんな時間に来るなんて。予備校帰りかな?
「と、とりあえず落ち着いて。なにか飲む?」
「いや……その……店に来たんじゃなくて……に会いに……」
「私に?」
呼吸を整えながら私を見上げてきたユキの視線と言葉にきゅんとしちゃったりして。
とりあえず私は自分の部屋にユキを上げることにした。
「……はぁ、落ち着いた……」
はちみつ入りホットミルクを一口飲んで、ユキは息をついた。
「一体どうしたの、ユキ? はば学もテスト期間中でしょ? こんな時間に」
「ああ、すぐ帰るよ。勉強の邪魔しちゃ悪いし。でも、どうしても教えたくて」
「なにを?」
いつも冷静なユキが頬を紅潮させて目をキラキラさせて。
正直ちょっと可愛いなぁ……なんて思いながら見つめてたりしたんだけど。
「ようやくわかったんだ! 彼女の名前!」
「……彼女の名前?」
「今日偶然、ウイニングバーガーで会ったんだ!」
それって。
「雨宿りの君?」
「ああ!」
とっても嬉しそうに微笑むユキに対して、私の頭には漫画みたいに「がーん」という大鐘ついたような音が響いた。
すっごくすっごく嫌な予感がする。
笑顔が引きつりそうになってる私に気づかずに、ユキは残酷な決定打を口にした。
「海野あかり、って言うんだ。、この子のこと知ってる?」
や っ ぱ り 。
満面の笑顔を浮かべながら期待の眼差しで私を見てるユキ。
私は、視線をそらしながら、思わず。
「知らない。私の知り合いじゃ、ないよ」
初めてユキに、嘘をついてしまった。
「そっか、知り合いじゃないのか……。連絡先聞き忘れてさ、メアドとか知ってたら教えてもらおうと思ってたんだけど」
「ごめんねー、力になれなくて」
「いやいいよ。詰めの甘い僕が悪いんだし」
「でもユキ……」
本当に嬉しそうなユキの顔がまともに見れなくて、私は意味もなく机に広げていた化学の教科書をぱらぱらと繰りながら。
「名前がわかったくらいでウチに飛び込んでくるなんて。やっぱり、その子のこと好きだって、自覚したの?」
「あ……」
私の質問にユキは一瞬言葉に詰まって。
ぽりぽりと頭を掻きながら、視線を床に落とした。
「あー……うん。そう、みたいだ」
はにかむユキを、まともに見れなかった。
「……というわけで、さんは失恋してしまったみたいなんです……」
暗くなって話してたら余計落ち込んじゃうから、私は極力おどけた口調で密っちに事のあらましを話した。
ユキはもちろん、あかりちゃんの名前も伏せて、だけど。
全部話してから、もう一度大きなため息をつく。
テストのおかげで直後はユキとあかりちゃんのことを考えずに済んでたんだけど、終わってしまえば出てくるのはため息ばかり。
なんか失恋も痛いけど、ユキに嘘ついちゃったことも痛い。
ああ、私って嫌な女……!!
「さん、あきらめちゃだめ!」
ところが。
頭を抱えそうになった私の両手を、密っちが掴んだ。
顔を上げてみれば、めずらしく厳しい顔をした密っちが私を強く見つめていた。
「だめよ! 彼の気持ちはその雨宿りの君に向いてるのかもしれないけど、まだ連絡先を知らないんでしょ? だったらさんの方がずっとずっと優位じゃない!」
「密っち」
「私、さんほど気立てがよくて可愛らしい人知らないもの。がんばって! さんなら、きっと彼を振り向かせることできるから!」
「やーさーしーいー密っち〜!」
ほんとに心から応援してくれてる密っちにじーんと感動しちゃって、私はぎゅむっと密っちに抱きついた。
よしよし、と頭を撫でてくれる密っち。
私一人っ子だけど、お姉ちゃんがいるとしたらこんなカンジなのかなぁ。
「がんばってね、さん。私もがんばるから!」
「がんばる……って、密っちも? ええ!? 密っちも好きな人いるの!?」
「うふふ、勿論よ。だって、女の子ですもの〜」
全部吐き出して、そして密っちに励まして貰ってなんだかすっきりした。
と思ったら、なんとなんとお嫁さんにしたい候補ナンバー1から大胆発言が飛び出した!
もう、すっかり鬱々とした気分なんて吹き飛んだ。
私は身を乗り出して。
「誰なの? 密っちほどの女の子を夢中にさせちゃうのって!」
「ひ・み・つ。さんだって名前は教えてくれなかったでしょ?」
「う〜、気になるなぁ。でもこれがばれたら、はね学中大騒動だよね! 密っちに意中の人が! なんてことになったら」
「そうかなぁ? ……あ、ねぇさん」
可愛く小首を傾げてさらりと私の質問をかわす密っち。
すると、今度は密っちのほうから質問を投げかけられた。
「なになに?」
「最近、ね? チョビちゃんと氷上くんが急接近してると思わない?」
「あ、やっぱり密っちもそう思う!? テスト前くらいからかなぁ、生徒会の仕事でもなさそうなのに、図書室で二人でいたの見たよ!」
「そうよね? そう思うでしょう?」
きゃー♪ と盛り上がる密っちと私。
自分自身が絡んでなくったって、恋バナは女の子の大好物だ。
「それ言うならさ、文化祭あとから水樹ちゃんの告白ラッシュすごいよね。私見れなかったんだけど、手芸部のモデル、すごかったんだって?」
「さん、見なかったの? とーっても素敵だったのよ〜。あのメイド姿もあったし、年末はセイさん忙しそうね。でも、リツカさんもすごいじゃない」
「ああ、リッちゃんの執事姿ね。あれ、女子の間ですっごく人気出ちゃって、私いまだに写真の焼き増し頼まれるんだよね! 佐伯くんより多いかも」
「ねぇ、その焼き増しだけど、若王子先生に頼まれたりしなかった?」
「若王子先生? うん、確かに頼まれたけど……」
「やっぱり〜! 若王子先生って、やっぱりリツカさんのこと好きなのかな?」
「えええ!? それはないよ! だって、若王子先生が欲しがったリッちゃんの写真って、リッちゃん単体じゃなくて自分も一緒に写ってるヤツだったもん。自分の写真が欲しかっただけじゃない?」
「そうかなぁ。若王子先生とリツカさんって、いつも一緒にいるじゃない」
「それはリッちゃんが化学の授業サボる上に、若王子先生をいじめ……じゃなくて天然発言に突っ込み入れてるってだけで」
「そうなの? 残念〜」
「残念って……」
案外密っちってミーハーなんだよね。
でもだからこそ楽しいんだけどねっ。
その後も私と密っちは誰それがいいカンジ、とか、このあいだあの子がこんなことを、とか。
人から見れば無責任な話かもしれないんだけど、そういう話で盛り上がった。
でもそのお陰で、私のテンションも持ち直すことが出来た。
もしかしたら、密っちも私の気分を変えようとしてわざとこういう話で盛り上がってくれたのかもしれない。
ううう、持つべきものは友だよね!
密っちとお別れした後。
いつもなら遅くなったときはすぐに晩御飯の支度にとりかかるんだけど。
今日は先に日記を書こうと思って。
鞄をベッドに放り投げて、私は制服姿のまま机に向かった。
棚から日記帳を取り出して、真新しいページを出して。
『12月11日
は、赤城一雪を絶対あきらめません!
あかりちゃんに負けないぞー!!』
これだけ書いて、私は日記帳を閉じた。
3年間、ずっとユキのこと好きだったんだもん。
ユキがあかりちゃんのこと好きだってわかって、すっごく落ち込んだけど。
今日密っちに励ましてもらって、やっぱりあきらめたくないって思ったから。
私の心の叫びを綴ってある日記帳に、忘れないうちに決意を書き記したかったから。
「打倒教頭先生! ……じゃなくて、目指せ赤城一雪陥落! えいえい、おーです!」
若王子先生の口真似をしながら、私は気合を入れたのでした。
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