「メイド喫茶ヤングプリンスをよろしくー。やや、メイドさんには手を触れないでくださいね」


 10.1年目:文化祭当日


「お帰りなさいませご主人様!」
「うおお、マジメイドだ!」

 1−B模擬店『メイド喫茶ヤングプリンス』は、開店と同時にお客が押し寄せて昼近くなった今でもその列は途切れなかった。
 クラスの女子が交代でメイド服で接客して、男子は主に皿洗いと客引き。
 入り口には1−Bツートップ美少女のあかりちゃんと水樹ちゃんに立って貰ってるから列待ちの人たちも退屈しないだろう。

 あんな目の保養、ほかにないってば。
 若王子先生も客引きしながらちょこちょこ教室の中に戻ってきては、二人と楽しそうに談笑してた。

「裏店長っ、生徒会から11時段階での売り上げランキング来たよ!」
「ほんと!? どうなってる!?」

 裏の厨房ブースで指示だししてたら、偵察係りの男子が1枚の紙を手に飛び込んできた。

「ウチがダントツ1位! 2位以下を引き離して独走してるよー!」
「やるじゃん! さすが裏店長!」
「いやぁ〜、それほどでも〜」

 わらわらと集まってきたクラスメイトと一緒にランキング用紙を覗き込む。

 ……そうそう。今日のちゃんは『裏店長』の代名詞で呼ばれているのです。
 ミルハニーのことはクラスの半分以上の子が知ってるから、指示指南役をおおせつかったんだよね。
 もちろん『表店長』は若王子先生。

「さすがはさんです。海野さんとがんばって作ってきてくれたケーキも大好評ですし、先生、鼻高々です」
「あ、若王子先生」

 集まりが気になったのか、教室の後の扉から若王子先生が入ってきた。
 にこにこと満足そうな笑顔を浮かべて、ぐるりとみんなを見回して。

「この調子で教頭先生をぎゃふん……じゃなくて、文化祭トップ賞をもぎ取りましょう! えいえい、おーです!」
「「「おーっ!!」」」

 先生の掛け声とともに、みんなで拳を突き上げる。
 さぁーて、まだまだがんばるぞーっ!!

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

っ! 来たったでー!」
「よう」
「ぱるぴんに志波っちょ! 待ってたよー! ……じゃなかった。お帰りなさいませご主人さまっ、お嬢様っ」
「…………」
「お、お願いだからせめて突っ込んでよ志波っちょ……」
「まぁまぁ、志波やんやししゃあないやん。、似合っとるで!」
「ありがとぱるぴんっ! で、何にする?」
「決まっとるやん! 文化祭限定ミルハニー特製ケーキ3種! 全部食べる!」
「志波っちょも?」
「ああ。それとコーヒー」
「売り上げ貢献ありがとうございまーす! ミルハニ特製3種2セットとホット2入りまーす!」
「「「おっけーい!!!」」」
「……ミルハニーよりドスがきいてるな」
「厨房にいるの男子ばっかだからねー。志波っちょはメイド喫茶初めて?」
「あたりまえだ」
「気に入ったメイドさんがいたら追加料金で写メ撮れちゃうサービスもあるんだよ。水樹ちゃんなんかどう?」
「金の無駄だ」
「ざ、ざっくりと言い切った……」
「アカン。志波とメイドの組み合わせって似合わなすぎて似合いすぎるで……。、もーちょい志波やんに寄らな入らんよ」
「はいはーい」
「西本っ、写すな!!」

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

くん、生徒会の抜き打ち査察だ。協力してもらおう」
「お帰りなさいませ、ご主人さま〜♪」
「なっ、ご、ご主人さま!?」
「あれ、ヒカミッチってば顔赤いよ? 純情だなぁ〜このこの〜ぉ」
さん! ふざけないでください!」
「あ、お嬢様もお帰りなさいませ♪」
「えっ、お嬢様……」
「いやん、チョビっちょの方は乙女なんだから〜」
「か、からかうのはそのくらいにしてくれたまえ、くん。みたところ制服以外は普通の喫茶業務とかわりないようだね」
「まぁね。メニューもいたって普通だよ? 生徒会に事前提出したのとなんの変更もございません!」
「いいだろう。しかし……その、制服が少し、なんというか……み、短すぎやしないかい? 刺激的な服装は風紀が乱れる元にも」
「これ? メイド喫茶でそんなこと言ったら駄目だよヒカミッチ! このオーバーニーとミニスカートの神聖さをわかってないね!?」
「えっ、神聖さ……?」
「オーバーニーとスカートの間のこの距離! ここは絶対領域って言って、メイド服着用者にとっては命かけるくらい重要な場所なんだよ!」
「い、命をかけるくらい!?」
「絶対領域の名の通り不可侵の神聖なココを維持するために、このスカートの長さは絶対条件!! 偉大な数学者でも解き明かせない絶妙なバランスで保たれてるんだから! それを、その努力をっ……」
「そ、そうだったのか……そんな重要な意味があるとは知らなかった。すまない、くん。制服については一度許可したのだからもう何も言わないよ」
「ありがとうヒカミッチ!!」
「(さん、氷上くんを言いくるめるなんて……!!)」
「(さすが裏店長だぜ……!!)」
「(商売の神……!!)」

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 そして12時を少し回った頃。
 ひょっこりと佐伯くんがやって来た。

「あ、瑛くん! お帰りなさいませ、ご主人さまっ」
「おまっ、ご主人様って……!」

 入り口でピンクのメイド服を着たあかりちゃんにお辞儀されて、さすがのはね学プリンスも顔を一瞬で紅潮させた。
 それにしてもあかりちゃん、姫子先輩から『小悪魔デイジー』の称号もらっただけあって、この手のプレイはかなり危険な香りがするわ……!!

 私も厨房から出て、硬直したまま動けなくなってる佐伯くんの元へ。

「いらっしゃい佐伯くん。一人?」
もか……本当にメイド服着たんだな……」
「どうどう? 私とあかりちゃんのメイド姿っ」
「ああ。オレ、そういうのすごく、なんていうか……好き」

 およ、なんて素直な。
 私とあかりちゃんは思わず顔を見合わせて噴出してしまった。
 すると佐伯くんはさらに顔を赤くして憤慨して。

「な、なんで褒めてやったのに笑ってんだよ!?」
「ごめんごめん、あ、チョップは無しね! あかりちゃん、佐伯くんのオーダーお願いね」
「うん! 瑛くん、じゃあこっちの席ね。お一人様ご案内しまーす!」

 くすくすと笑いながら席に案内するあかりちゃんに、ぶつぶつと文句を言いながらもついていく佐伯くん。
 ファンの追跡逃れて来てくれたのかな。
 義理、っていうよりやっぱりあかりちゃんのメイド姿見たさかな?

 微笑ましい二人を生温かく見送って、私は裏手に戻る。
 そろそろ交代時間だから、午前中自由時間を過ごしてたクラスメイトたちがちらほらと戻ってきてた。

さん発案のメイド喫茶、当たったね!」
「ほんとほんと。最初が提案したとき、賛成したの若ちゃんだけだったのにな」
「なんかこんな服ってこういう機会でもないと着れないし、かえって記念になるかもね!」
「でっしょー? こういうのは恥を掻き捨てて楽しんだもん勝ちなんだから!」

 午前と午後の係り交代で、手の空いた人から制服を交換する。
 私は戻ってきた人たちと出て行った人たちを名簿でチェックして。
 ふむふむ、今ここにいるのは午前中自由時間だった人たちね。

「みんな、他のクラスはどんなカンジだった?」
「午前の体育館プログラムが終わったから喫茶系にお客さん流れてきてるよ。外部の子は帰りだす子もいて、はね学饅頭販売クラスが行列出来てた」
「あと、火力が使える中庭の屋台が人気あるみたいだった。昼時だし、喫茶メニューよりそっちに行く子が増えるんじゃねぇ?」
「むむむ、ケーキメニューだけでお昼の戦線を戦い抜くのは難しそうかな?」
「ウチも行列途切れちゃったしね。空き席はまだ少ないけど……」

 ふぅむ、これは作戦転換の時間かな?

「裏店長、なんかいい案あんのか?」

 顎に手を当てて考え込むふりをしながらも、口元のゆるみが隠せなかった私。

「当たり前! このさんがメイド服だけに頼った商売するわけないでしょう!」
「おおっ、裏店長、なんか秘策あんの!?」
「もちろん! 演劇部に借りてきました!」

 期待の眼差しを向けてくるクラスメイトたちの目の前に、私は大きな紙袋を出した。
 みんな一斉にその中をのぞきこんで。

「「「おおーっ!?」」」
「ね! いいアイディアでしょ!?」
「で、でも誰がやるの?」

 中に入っていたモノを見て、みんな1発でわかったみたい。
 目をきらきらに輝かせて興奮の面持ちで問い詰めてくる。

 私はにやりと微笑んだ。

 そこへ。

「何やってんの?」

 一人交代時間に遅れてやってきたリッちゃん。
 ふあぁと欠伸をしてるということは、さては文化祭だってのにまたお昼寝でもしてたのかな?

 私はリッちゃんににこっと微笑んでから、クラスメイト一同を振り返った。

「総員に告ぐ! メイド軍団は若王子先生を確保! 洗い物班は今ウチで食事中の佐伯くんを確保!」
「な、なるほど!! さすが商売の神!」
「よしっ、行くぞ! 佐伯を確保だ!」
「私たちも若サマ連れてこよう! さっき階段の踊り場にいたよね!?」

 おーっ! と威勢のいい掛け声と共に、メイド姿の女子は教室を飛び出して行き、揃いのくまさんエプロンをつけた男子はフロアに駆け出した。

「佐伯! 1−Bのために犠牲になってくれ!!」
「うわ!? な、なんだ!?」
「え、みんなどうしたの??」

 仕切りのカーテンごしに聞こえてくる佐伯くんの慌てた声に、あかりちゃんの戸惑った声。

 私はふっふっふとまるで悪役のような笑みをこぼしながら、一人きょとんとしてるリッちゃんを振り向いた。

「リッちゃん、メイド服着るのいやだって言ってたよね?」
「やだ。誰が着るかっ」

 メイド服に最後の最後まで抵抗してたリッちゃん。
 結局クラス中大暴れしたこともあって、リッちゃんのメイド服着用は見送られてしまったんだけど。
 私は紙袋から、午後の1−B顧客獲得大作戦の切り札を取り出した。

「でもさ、これならどう?」
「……は? タキシード?」

 ずるりと取り出した紳士もののタキシード一式に、クールビューティ大崎も目を点にした。

 んっふっふっふっふ!

さんっ、若サマ捕獲したよ!」
「やや、なんでしょうさん?」
「こっちも佐伯を確保したぞ!」
「な、なんだよ!? っていうか、さん、なんのつもりかなぁ!?」
「おっけい! こっちもリッちゃんの承諾を得ました!」
「ちょ、っ、私まだ何も言ってない!」

 教室の後扉から、若王子先生の両腕をしっかり掴んだ女子がなだれ込んできて、フロアと厨房をしきるカーテンの奥からは男子が戸惑いながらもいい子モードを忘れない佐伯くんを押してきて。
 なんだなんだと、あかりちゃんと水樹ちゃんもやってきた。

 よしっ、これで人員はおっけい!
 私は右手人差し指を天に向けて、フロアにも廊下にも聞こえるような大声で、高らかに宣言した。



「ただいまの時間を持ちまして、1−Bメイド喫茶ヤングプリンスは、はね学プリンスとクールビューティとヤングプリンスによる、『執事喫茶ヤングプリンス』に営業転換いたしますっ!!!」



 うおおおおおおお!!!
 佐伯くんとリッちゃんの抗議の声は、1−Bクラスメイトのみならず食事にきてたお客さんも巻き込んでの雄たけびに掻き消されたのでした。



 その後の1−Bの破竹の勢いったらなかった。
 みんなの前でいい子の仮面を脱げない佐伯くんは、私とあかりちゃんにしかわからない激しい怒りを秘めながらタキシードを着て。
 メイド服を嫌がってたリッちゃんは、タキシードならまぁいいかと、説得してみれば案外あっさり納得してくれて。
 若王子先生に至っては。

「やや、先生、接客していいんですか!? ようし、お嬢さん、一緒にお茶しようぜー?」
「若王子先生、執事はそんな喋り方しません……」
「あれ、間違いでしたか。うーん、じゃあこうかな? ……お帰りなさいませ、お嬢様」

 タキシード姿の若王子先生にこんなこと言われちゃったクラスの女子、一部再起不能に。

 というわけで一部男装の麗人を加えた3人の執事に可愛いメイドたちでのぞんだ午後の1−B。
 佐伯くんファンやら若サマ親衛隊やら、他校生も含めてものすごい勢いで女子がなだれ込んできて。

 終わってみれば1−B喫茶ヤングプリンス、生徒会の最終集計待つまでもなくブッチ切りの売り上げトップ、というかはね学史上最多売り上げ記録を作っちゃいました!!

「はっはっは。それはそれは。瑛のヤツにいい経験をさせてくれてありがとう、さん」
「いい経験なもんかっ! 、覚えてろよ!!!」

 このことをマスターに告げたら、本当に楽しそうに大笑いしてくれた。

 文化祭が無事終了したあと、今までくらったチョップの中で最凶に破壊力のあるチョップを佐伯くんに貰った私は、問答無用で珊瑚礁に連行されたんだよね……。
 はね学で文化祭がある日は、珊瑚礁にもお客がたくさん流れてくるようでそれのお手伝いを強制的に命じられた。
 ……無償のボランティアで。

「当たり前だ。人をダシにした挙句、あれだけこき使ったんだ。トイレ掃除もやっとけっ!!」
「うええええ、今日寝不足なのにぃ〜」
「なんだって? 4時に寝て5時半に起きて6時には自宅に戻らなきゃいけなかったオレに、今なんて言ったのかな?」
「な、なんでもないです……」

 さ、佐伯くんの笑顔から古の大怪獣マクラノギヌスが見え隠れしてるんですけど……。
 ううう、あかりちゃんは手伝い免除されてるのに、差別だーっ!!

 結局私は珊瑚礁閉店までお手伝いをして、フロア掃除まできっちり働かせて。
 へとへとになって制服を着替えてからカウンターに突っ伏したら、マスターがホットミルクを入れてくれた。

「お疲れ様。文化祭で疲れてるだろうに、手伝ってくれてありがとう」
「いえいえ……。なんだかんだって、昨日も今日も佐伯くんには頼りっぱなしだったし。こんなことでお返し出来れば安いもんです」
「じいちゃんには殊勝なこと言うんだな。さっきまで眠いと疲れたしか言ってなかったくせに」
「そこはほら、雇い主には礼節をわきまえてというか」
「……ほう」

 あ、ヤバイ!

 と思った時には既に遅し。

 ぽすん!

「あう……昨日から通算何回目のチョップなんだか……」
「手加減してやったんだから、ありがたく思えっ」

 言いながら笑う佐伯くんもカウンターに座る。
 ああ、でもよかった。ご機嫌はどうやら直ったみたい。

「私は珊瑚礁での佐伯くん見てるからそうでもなかったけど、女子の佐伯フィーバーっぷりすごかったね!」
「あのな。勝手にフィーバーされた側になってみろ。なんで違うクラスで働かされなきゃならなかったんだ、オレ……」

 一気に気が抜けたのか、背中を丸めてカフェオレをすする佐伯くん。
 オールバックの大人びた装いも、今の表情はとっても幼い。

「写真は出来あがったらすぐあげるね」
「げっ、撮ってたのかよ!?」
「あったり前じゃない。この先見れるかどうかわからない佐伯くんとリッちゃんと若王子先生の執事スタイルだよ!?」
「ああ、大崎は結構カッコよかったよな」
「でしょ!? リッちゃん背高いし絶対似合うと思ったんだー! 手芸部に1着幅詰め頼んでおいてよかった〜」
「お前……どこまで計画的なんだ……商売の神っていうか、金に魂を売った亡者だな」
「あ、ひどいっ! そういうこと言うなら、写メったあかりちゃんのメイド姿転送してやんない」
「………………」
「欲しい?」
「……欲しい」

 ぷ。

 あ、マスターが奥で笑った。

「じいちゃんっ!!」
「ははは……いや、悪かった。それよりさん、もう9時になる。今日はそろそろ帰ったほうがよくないですか?」
「あれ!? もうそんな時間!?」

 言われて壁の時計を見上げればちょうど9時を差したところだった。
 そっか、今日はお客さん閉店直前まで残ってたから掃除始めるの遅かったんだっけ。
 
 私は慌てて残りのホットミルクを飲み干して、ぴょんっとカウンターから立ち上がる。

「佐伯くん、今日は本当にありがとう。お陰ですっごく楽しかった! 今日はゆっくり休んでね。マスターも、お疲れ様でした!」
「お疲れ様、さん。瑛、バス停まで送っていってあげなさい」
「うん。行くぞ、
「はーい」

 珊瑚礁の制服姿のまま佐伯くんが先に珊瑚礁を出る。
 私もマスターにぺこっと頭を下げて、その後を追った。

「うわっ、結構寒い! 佐伯くんそんな薄着で大丈夫?」
「平気だ。どうせすぐそこだし。ほらさっさと行くぞ」
「あ、待ってってば」

 佐伯くんはポケットに手をつっこんでこっちも見ずにさっさと長階段を降りていってしまった。
 もう、人が心配してるってのに。
 強がる佐伯くんに少々呆れながらも、私も階段を降り始めた。

 ものの。

 さすがに前日ほほ徹夜で文化祭ぶっとおし接客(ハリーのライブも密っちの演奏も聞きにいけなかったんだよー!)したあとに珊瑚礁の通しバイトのコンボはさすがに足にきてた。
 うわー、これは明日筋肉痛かも……。今も膝が少し笑ってる。
 今日はお風呂入って足マッサージを念入りにしなきゃ。

 そんなことを考えながらゆっくり階段を降りていたら、佐伯くんと大分距離があいてしまった。
 さすが男の子。体力にはまだまだ自信ありなのかな。

 私も距離を縮めようと少し急ぎ足で階段を降り始めて。

 ……それが悪かった。

 疲れた足で無理なんかするものじゃない。
 急にピッチをかえたものだから、踏み出した右足の膝が、踏ん張れずにかくんと折れた。

「わっ!?」

 なんとかバランスを取ろうとあがいてみるものの……駄目でしたーっ!!!

「きゃああ!?」
「えっ?」

 私の悲鳴に気づいた佐伯くんが振り返る。

 って!

「あ、危ない、佐伯くんっ!!」
「うわ!?」

 坂道を転げ落ちるように、とまらなくなった私の足。
 階段を駆け下りて、いや駆け落ちて、そのままぽかんとこっちを見上げた佐伯くんに突撃っ!!

 どんっ!!

 ……佐伯くんはなんとか受け止めようとしてくれたらしいんだけど、坂道の勢いがついた私を受け止めきれるはずもなく。
 私にタックルかまされた状態で、ふたりとも団子状態になって階段下の砂浜まで落ちた。
 不幸中の幸いだったのは、もうほとんど下まで降りてきていたことだろう。

「い……た、たたた……」

 頭を振って体を起こす。
 あちこちぶつけたみたいで、体中痛い……。

 佐伯くんの上にうつぶせ状態で倒れていた私は、どんと砂浜の上に移動した。

「ご、ごめんね佐伯くん。大丈夫? 怪我ない?」
「お、お前なぁ……どんだけ人に迷惑かけりゃ……いてて」

 肩の砂をほろいながら恐る恐る佐伯くんの顔を覗き込んでみれば。
 頭をおさえながら、佐伯くんはゆっくりと体を起こした。

「えっ、佐伯くん、頭打ったの!?」
「わっ、バカ、近づくなっ! またぶつかったらどうする!」
「いくらなんでも何もしてないのにぶつかったりしないよ! それより、頭打ったんなら」
「そうじゃなくて!」

 手でおさえている箇所を覗き込もうとしたら、佐伯くんは大きく仰け反った。
 もう! 照れてる場合じゃないってば!

「だめだよ、ちゃんと見せて! 傷になってたりしたら大変だよ!」
「あ、頭は打ってない! そうじゃなくて、今」
「頭じゃなくて?」
「……ぶつかった、よな?」
「うん、ぶつかったよ」

 そりゃもう、階段の上から盛大に。

 何を言ってるの、って風に佐伯くんを見ていたら、佐伯くんは口元を押さえて視線をそらしてしまった。

「事故だろ、これは」
「うん、事故だよ? ごめんね、私の不注意で」
「……お前、気づいてないのか?」
「へ? なにが?」

 何が言いたいんだろう佐伯くん。
 なんだか不機嫌そうにこっちをちらちらみては視線をそらして。

、今どこぶつかったかわかってるか……?」
「えーっと佐伯くんとぶつかったのは肩と腕と足、かな?」
「お前本当に気づかなかったのか?」

 今度は呆気にとられて。

「な、なにが……?」
「……痛くてわからなかったのか……? いや、の間抜けさならありえるか……」
「間抜けって」
「間抜けだろ」

 さっくり言い切って、佐伯くんは立ち上がった。

「さっさと立てよ。オレだってヒマじゃないんだ」
「あ、うん」

 私を促して、佐伯くんは歩き始める。
 でもすぐに止まった。

「……やっぱヤメ」
「は?」
「お前、先歩け」
「もうぶつからないってば〜」

 あうう、これは相当長いこと根に持たれそうかも……。
 私は大きくため息をついて佐伯くんの数歩先を歩き出した。

 10分もしないでバス停に到着する。
 佐伯くんは、バスが来るまで一緒にいてくれた。

「疲れてるでしょ? バス待つだけだし、もう大丈夫だよ」
「バカ。いくらバス道路でもこんな人通りの少ないところに一人にしとけないだろ。いつもより遅いし」
「そうだけど……」
「素直にありがとうって言えないなんて、お父さん恥ずかしいぞ」
「素直に言えないのはそっちのくせに……」
「何か言ったか?」
「言ってませ、アイタっ!」

 などといつもの調子でじゃれあいつつも。
 3分ほどでバスが来た。

「あ、来た来た。それじゃ佐伯くん、また来週ね。今日はありがとう!」
「ああ……な、なぁ
「ん?」

 バスが到着してドアが開く。
 佐伯くんは一瞬ためらったものの、すぐにキッと私を睨みつけた。

 ってええええ何〜???

「あとになってほじくりかえすなよ!」
「……は?」
「いいからさっさと帰れ!」

 って、わけわかんない。
 私は佐伯くんの言動にぽかんとしながらも、これ以上バスを待たせるわけにもいかず「うん、わかった……?」と疑問符つきの返事を返してバスに乗り込んだ。

 後部座席に座って、バス停を振り返る。
 発車したバスの中から、どんどん小さくなっていく佐伯くんを見る。
 佐伯くんは、ぐいっと口を拭って早足で珊瑚礁に戻っていくところだった。

 なんだったんだろ?


 ……でもまぁこんなカンジで。
 1年目の文化祭は大いに盛り上がって終了した。
 あとから聞いた話、文化祭中はそこかしこでなんだかラブなときめきがあったみたいなんだけど……。

 当然私にはなんにもなしでしたよっ!

 眠い目をこすりながら、いつもより長い日記を書き終えて私は布団にもぐったのでした。

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