4月。春。桜満開。ピーカン晴れ!
 私はパジャマ姿のままカーテンと窓を勢い良く開けて、大きく伸びをした。
 今日は高校の入学式!!


 1.羽ヶ崎学園入学式


 真新しいワンピース型の制服に腕を通して、真っ白いケープを羽織って赤いリボンを結ぶ。
 姿見の前でくるりと1回転。

 うん、こんなもんかな?

 私は鞄をひっつかんで居間へと降りていった。

「パパ、ママ、おはようっ」

 鞄をソファに投げ置いて、私はダイニングテーブルのいつもの席に。
 白いシェフスタイルで新聞を読んでたパパが、私の挨拶にバサバサと新聞を折りたたんだ。

「おはよう、。今日から高校生か」
「うんっ。どう? はね学の制服」
「もちろんよく似合ってるぞ。はママによく似て美人だからなぁ」
「ママははね学じゃなくて、はば学だったんでしょ。あーあ、私もはば学の制服着たかったな〜」

 焼きたてのフレンチトーストにさらに蜂蜜を塗って、ぱくりと一口。
 パパは朝の定番イングリッシュブレックファーストを口に運ぶ。

「はば学は厳しい先生がたくさんいるから、の性格じゃ大変だろう。はね学でよかったんだよ」
「パパもママもはば学OBでしょ。私も一緒のところがよかったの!」
「あら〜、はね学の先生ってイケメン揃いって有名じゃない。ママ、ちゃんが羨ましいわ」

 のほん、とした口調で殻をむいたゆでたまごを持ってきたママ。
 オレンジギンガムチェックのエプロンをして、いつもにこにこしてる顔に極上の笑顔を浮かべて。

「ね、ね、カッコいい男の子や先生がいたらお店に連れてきてね? ママ、おいしい紅茶入れてあげるから!」
「あのね、ママ。パパが聞いてるよ」
「いいんだ、が男を連れてきたらパパが唐辛子ケーキを焼いてやるから」
「やだ、パパったらヤキモチ焼いちゃって〜」

 もう、朝からこの万年新婚夫婦は。
 じゃれあってる二人をほっといて、私はミルクティとフレンチトーストとゆでたまごを手早く食べた。
 ゆでたまごはパパの好みで完熟かっちかち。私、半熟の方が好きなんだけどな〜。

 洗面所にかけこんで歯を磨く。
 鏡に映った自分の顔と髪をチェック。

 先週切ったばかりの髪は肩よりちょっと上の、短めのショートボブ。一度寝癖がつくととんでもないことになるけど、今日は大丈夫!

 口をゆすいで、イーッとチェックして、よし。

 居間に駆け戻って鞄を掴んで、私はいまだじゃれあってるパパとママを振り向いた。

「パパ、ママ。それでは、羽ヶ崎学園へ行ってまいりまっす!」
「いってらっしゃい、ちゃん」
「友達できたら連れておいで。パパのケーキをごちそうしてあげるから」
「うん! じゃ、いってきます!」

 元気良く挨拶して、私は玄関を飛び出した。

 私の家の玄関は路地の裏手側。
 表に面しているのは、パパとママが二人で経営してる紅茶専門喫茶『ミルハニー』の店舗。
 いつも早起きしてスイーツの仕込みをするパティシエパパと、趣味が高じて紅茶コーディネーターの資格までとっちゃったソムリエママ。
 私もイベントデーにはお手伝いすることもある。
 自慢のお店なのだ!

 はばたき駅から徒歩3分という立地条件もいいから、学生、社会人、おじいちゃんおばあちゃん問わずいろんなお客さんがくる。
 私はのんびりと朝の陽射しを浴びながら駅に向かった。

 見慣れたはばたき駅のバスロータリー。

 そこで、見慣れた顔を見つけた。

 真新しいはば学の制服に身を包んだ、中学3年間同じクラスだった男の子。
 私はそーっとそーっと近づいて、バス待ちの列最後尾にいたその子の背中をどんっと押してやった。

「わぁっ!」
「うわ!?」

 その子はすっとんきょうな声を出して飛び上がり、目をまん丸に見開いて振り向いた。
 エリート学校はばたき学園の制服をしっかり着こなした彼は、私の顔を見るなり形のいい眉をひそめた。

! 朝からおどかすなよ!」
「えっへっへー。おはよう、ユキ。似合ってるじゃない、はば学の制服!」
「ああおはよう。もまぁまぁ似合ってるんじゃないか? はね学の制服」
「ユキはいちいち言うことにトゲがあるの!」

 腰に手を当てて私を呆れたように見下ろしてるのは、赤城一雪。
 生真面目で一本気で、一言多いのがたまにキズだけど、優しいユキ。

 本当は、ユキが進学するから、一緒にはば学に行きたかったんだけどな。

「はば学も今日が入学式なんだね」
「ああ。ははね学だから電車だろ?」
「うん。ユキはこれからバス通だね。はば学の勉強、ついていけそう?」
「まぁ授業を見てみないことにはなんとも言えないけど。がんばるさ」
「そうだね、ユキならがんばれるよ、きっと!」

 ばしばしとユキの腕を叩いてやれば、ユキもやれやれといった表情で。

ははね学で遊びすぎるなよ? 君、おもしろいことにすぐ流されるからなぁ」
「大丈夫だよ。私、一流大学目指してるもん。大学はユキと同じとこ行くんだから」
「ま、期待しないでおくよ」
「もう!」

 憤慨してみせれば、ユキはおかしそうに笑う。
 こうやって3年間、仲のいい友達として過ごしてきたけど。

 はぁ。今でも私の一方通行かぁ……。

 ロータリーにはば学方面行きのバスが入ってきた。
 ドアが開いて乗客が乗り込んでいく。

「じゃあ、
「うん。じゃあね、ユキ」
「ここは通学路だから、お店のほうにもまた寄らせてもらうよ。もしっかりな!」
「うん! 行ってらっしゃい、ユキ!」

 バスに乗り込むユキを見送って、私もはばたき駅の改札をくぐる。
 ユキ、かっこいいから、すぐにはば学で彼女できちゃうかな。
 でもああ見えて案外そういうとこ鈍いから、私もまだまだがんばれば見込みあるかなぁ。
 とりあえず、朝はちゃんとこの時間に駅前に来れるように起きなきゃ。

 さ、気を取り直して。
 これから、入学式だ!
 電車の窓にうつる自分の姿を見ながらリボンを直して、私ははね学へと向かった。



 で。

「パパ、ママ、ただいまっ!」
「おかえり、
「おかえりなさい、ちゃん。あら、お友達?」

 自宅じゃなくてお店のほうの入り口を開けて、私『たち』は中に入った。

 白い革張りソファやスチールチェアやアンティーク家具。
 一見ばらばらなジャンルの椅子が置かれた店内は、喫茶店というよりはくつろぎの居間をイメージしたもの。
 カウンターもまるで対面式キッチンのような作りで、あまりお店の雰囲気はない。
 パパとママが、お客さんがくつろげるように、って考えてレイアウトした店内。

 そのカウンターではパパがパフェを作っているところで、ママは真っ白なミルクポットに温めた牛乳を移していた。

「うん。同じクラスになったの。早速呼んじゃった」
「そう。こんにちは、の母です。仲良くしてあげてね?」

 にっこりと、小学生に話しかけるかのように腰をかがめて微笑むママ。

「は、はい! よろしくおねがいします!」
「真面目に返事しなくていいよ、水樹さん。海野さんも大崎さんも、こっちこっち」

 ぺこんと頭を下げて律儀に挨拶を返すのは、北海道からやってきたっていう水樹さん。
 その後できょろきょろと物珍しそうに店内を見回しているのは、同じく今日友達になったばかりの海野さんと大崎さんだ。

 私はちょうどよく空いていた店奥のソファ席に3人を案内する。

「パパ、お友達記念だから特別なの作ってね。ママはあのいちごのヤツ入れて!」
「「おっけーい♪」」

 ソファ席から声をかけると、いつものように元気よくパパとママは体を斜めにそらしながら敬礼ポーズ。
 その様子をソファに腰掛けながら見ていた海野さんが、おかしそうにくすくすと噴出した。

さんのお父さんとお母さんっておもしろいね?」
「そう? 客商売だからかな。いっつもあんなテンションなんだよ」
さんの家族って、仲良しなんだね」

 にこっと微笑む水樹さん。対照的に、隣に座る大崎さんは表情を崩さずに店内観察に夢中になってる。

「大崎さん、なんかおもしろいものでもある?」
「んー、変な店だなって」

 うわ、なんてストレートな表現。水樹さんも海野さんもびっくりしてる。
 でも大崎さんは一切構わず。

「こんな内装ばらばらな喫茶店なんて見たことないし。おもしろくって好き」
「やぁ、それはありがとう」

 けして悪気があって言ってるわけじゃないんだろうな。ただ言葉を飾らないってだけで。
 アイスを乗せたはちみつトーストを運んできたパパも、褒め言葉と受け取ったのかにっこりと笑った。

「こんにちは。みんなまだお昼ご飯食べてないんだろう? ケーキの代わりにこれを食べなさい」
「わぁ、ハニートースト!」

 ぽんと手を叩いて喜ぶのは水樹さん。
 対して私は渋面になる。

「パパぁ、私朝これ食べたばっかりなんだけど〜」
「おや、の好物だろう?」
「そりゃ好きだけど、連続で食べるものでもないでしょ! 私には他のもの作って!」
「やれやれ、友達と親交を深めるには同じものを食べるのが一番なのに。仕方ない子だな」

 腰に手をあてて、私の分のお皿だけ取り上げるパパ。
 少し待ってなさい、と言ってカウンターに戻り、入れ違いにやってくるのはティーポットとミルクポットをトレイに載せたママ。

「はい、みんな。ミルハニーの特別メニュー、いちご紅茶よ。好みでミルクを入れてね」

 人数分のティーカップを並べて、ママがカップに紅茶を注ぐ。

「あ、すごい! 甘くていい匂い!」
「わぁぁ、ほんとうだ!」

 ふわんと立ち上る甘いイチゴの香りに、ソファにもたれていた大崎さんも体を起こし、海野さんも感動のあまり目をまん丸に見開いた。
 その反応にママは大満足。嬉しそうに微笑んで「じゃあごゆっくり」と去っていった。

「あ、みんな食べて食べて。私の分待ってたらせっかくのはちみつフレンチトーストが冷めちゃう」
「うん、じゃあいただきますっ!」

 水樹さんはもうにっこにこに相好を崩して、ナイフで切り分けたトーストにぱくりとかぶりついた。

 するとその手をぷるぷると振るわせたかと思ったら、目までうるうるさせちゃって。

「おいしい! いいな、さんっていつもこんなにおいしいハニートースト食べてるの!?」
「大げさだよ水樹さん……。でもありがとね。いつでも来てよ。パパには友達価格でお願いしとくから」
「うん。そんなしょっちゅうは無理だろうけど、来たときはよろしくね!」

 よっぽど感動してくれたのか、それ以上は何も言わずにぱくぱくとはちみつトーストに夢中になる水樹さん。
 よかった。パパのはちみつフレンチトーストは絶品だもんね。

 はね学に行って、すぐに友達が出来て、ついでに担任も超イケメンで!
 私の高校ライフ、まずは順風満帆に始まったんじゃない?

「あ、そうだ! ねぇねぇ、自己紹介シート! みんななんて書いたの!?」

 いちご紅茶にミルクをたらして、私はあとで聞こうと思ってたことを思い出した。
 入学式のあと、クラスで配られた自己紹介シート。
 明日以降のオリエンテーションで使うんだろうけど、やっぱり気になる。

 3人とも私の言葉に、え? って顔したけど。
 海野さんと水樹さんはたちまち顔を赤くした。
 クールビューティ・大崎さんは顔色変えずに淡々と。

「それってあのふざけた質問のこと言ってんの?」
「ふざけた……う、うん。好きな異性のタイプは、って、あれ」
「あんなん、なんに使うんだか」

 ぱく、とトーストに食いついて興味なさそうにため息をつく大崎さん。

「一応クールでかっこいい、にしといた」
「あ、なんかわかるかも。大崎さん自身がそんな感じだもんね?」
「それ海野にも言われた。私って、そんな感じに見えるの?」
「う、うん。嫌なの?」
「べつに。そうなんだ、って感じ」

 他人の評価なんか気にならないとでも言うふうに、飄々としてる大崎さん。
 真っ黒なストレートの髪を腰まで伸ばして、背も高いスレンダーボディ。
 第一印象とさほどかわらない、クールな人。

「海野は優しくて頼れるのがいいんだって」
「わぁっ! お、大崎さんいきなりバラさないでよっ!」

 さらりと暴露した大崎さんに海野さんはさらに顔を赤くする。
 私よりもう少し長い髪の海野さん。
 うちのママほどじゃないけど、彼女もぽやんとした雰囲気を持った可愛い子。

「海野さん、年上好き?」
「そ、そうじゃないけど……私、よくトロトロしてるって言われるから……」

 ごにょごにょ。
 最後のほうは小さくて聞き取れなかったけど、彼女の答えもイメージ通りだ。

 で、最後は水樹さん。

「水樹さんは?」
「え、あ、私?」

 目をぱちぱちさせてる水樹さんは、決して背が低いわけじゃないんだけど華奢な体をしてて、小柄な印象。
 髪をみつ編みに編みこんできっちりまとめてる様子は優等生そのもの。
 なんというか、純朴な、というか、素朴な、というか。可愛い顔してるんだけどね。

「優しくてカッコいい……にした」
「あ、同じだ、私と」
さんも?」

 みんなの反応を窺うように言った水樹さんは、私の同意が得られてちょっとほっとしたみたい。

 優しくてカッコいい。
 ユキみたい、な。

「あのさ」

 早々にトーストを食べ終えて、ソファにどっかりもたれこみながら紅茶をすすっていた大崎さんが、私たちを見回して。

「みんなのそれ、だれか具体的な人がいんの?」
「「「え??」」」
「きゃー、いるの? いるの? ママにも教えてっ!」

 大崎さんの質問に、私と海野さんと水樹さんはそろって固まって、そろって顔を赤くして。
 その様子に、近くで聞き耳たてていた乙女なママも楽しそうに寄ってきて。

っ、男女交際なんてお前にはまだ早いぞっ! 高校生の本分は勉強だぞっ!」

 カウンターからパパが焦ったように声を張り上げれば、

「マスター、ちゃん高校生ですよ? カレシの一人や二人いたって今時当たり前じゃないですか」
「お、お客さんっ! 彼氏が二人以上いるのが、今の高校生の当たり前なんですかっ!? そうなのか!? っ!!」

 常連さんもおもしろがって合いの手を入れてくる。
 あーあ、いつもどおりだ、これ。

「ごめんね、みんな。うちのパパもママもお店も、いっつもこんなテンションなの」
「謝ることないよ、さん。楽しいよ! ね?」
「うん、また来たくなっちゃう」

 手を合わせて小さく謝れば、海野さんと水樹さんは気を遣ってくれて。
 でも大崎さんは一人首を傾げて、ただもくもくと紅茶を飲んでいた。
 なんていうかこう……変わってるなぁ、大崎さんって。


 まぁそんなカンジで。私の新たな高校生活が始まった。
 ぽやんとした海野さんと、真面目そうな水樹さんと、いまいち掴みきれないクールビューティ大崎さんと。
 初日の友達は3人! うん、上出来でしょう!

 寝る前の習慣になってる日記を綴って、私はデスクライトを消した。
 明日からは早速授業が始まるから、しっかり寝なきゃ。
 ちゃんと授業受けて勉強して。
 ユキと同じ、一流大学目指すんだ……。

 おやすみなさい。

 私はベッドにもぐり、目を閉じた。
 明日からのはね学ライフ、一生懸命がんばるぞっ。

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